サラウンド録音やハイレゾ録音の名手として名前が挙がる深田晃氏。ポップスからジャズ、クラシック、映画音楽までさまざまなジャンルを手掛ける氏は、新日本フィルハーモニー交響楽団『ベートーヴェン生誕250年記念配信演奏会』(U-NEXT)でDolby Atmosミックスを行った。そこには、ステレオ・ミックスとは異なるコンセプトがあったという氏。詳しく話を聞いた。
Photo : Hiroki Obara
ハイト・スピーカーがもたらす実在感
長くサラウンド作品に携わってきた深田氏。Dolby Atmosのようなフォーマットが出る前から、イマーシブな音場に関心を持っていたという。
「5.1ch時代から、センターとLFEをハイトL/Rとして実験している方々が居て。それを試聴したときに、上にスピーカーがあるのはいいなと思ったんです。1998年くらいのことでしょうか。実在感が違うというか、本物に見えるような気がしました。人間は高さ方向の音の認知があいまいだと言われていますが、それでも上があることで広がりが生まれてくる。当時は実現が難しいと思っていたのですが、今はそれができる環境が整ってきましたね」
どうしてハイト・スピーカーがあるとリアルに聴こえるのか?深田氏はこう分析してくれた。
「スピーカーから音が鳴っていること自体は、リアルとは違うものですよね。でも、スピーカーの本数が増えると、もうちょっとそれが薄まって、リアルになっていく。そんな印象があります。また、サラウンドはスウィート・スポットが狭くなりますが、ハイトがあると全体がブレンドされる面はありますね」
そんな深田氏がDolby Atmosで目指すのは、“演奏されている場に入っていくようなサウンド”だそうだ。
「クラシックだと、前にステージがあって、後ろに響きがあるような、良い席で聴いているような音場の作り方がサラウンドでは一般的でした。でも、それを家庭のリスニング環境で聴いても、僕自身はすごくワクワクしたりはしないんです。こういうイマーシブなフォーマットが出ると“ただ広がりが多くなっただけ”と感じるようなことも多いでしょう。だからハイトも含めて、その音が演奏されている場に入っていくように音を作る。バンドが演奏しているステージの上に一緒に居るような、音に包まれる感じが、やっぱり本来のイマーシブというか、没入感につながると思います。自分自身に向けたキャッチフレーズとしては“客席からステージへ”と言っていますね」
外に居る観客としてではなく“参加する”ような視点は、新しい音楽体験をもたらすだろう。多くのリスナーがストリーミング・サービスを通じてヘッドフォンで体験することになる。
「やっぱり、天井のハイト・スピーカーも含めた環境を自宅で構築して聴くというのは、よほどのマニアでない限りまず考えられませんよね。一般的なリスニング方法で、僕がDolby Atmosミックスで目指しているような体験ができる。バイノーラル・レンダリング技術の進化を感じますし、もっと良くなっていくことを想像すると、良い方法だと思います」
ベッドのスピーカー位置にこだわらなくてよい
深田氏が目指す、ステージ上で聴いているような音場はどのように作るのか? 鍵はサイド・スピーカーにあるという。
「5.1chよりもサイド・スピーカーのある7.1.4chの方が没入感は作りやすいですね。つまり、ステージに居るかのような横から音が来る感じを再現しやすいのです。また、リスニング・エリアの外から聴いて、半球状の音場ができていると感じられるようなミックスだと、ステージとの一体感が得られる仕上がりになっていると思います」
9月には、自身のレーベルTreeより、『J.Sバッハ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻』のハイレゾ&Dolby Atmos版をリリース予定という氏。さらに、実験も重ねているそうだ。
「すべてのトラックをオブジェクト化してみたりとかも試していますね。あまりベッドのスピーカー位置にこだわらなくてよいんじゃないかと思います。例えば、映画では効果音で移動感を作るので、音楽は移動させないで基本的にベッドで構成するのがよいかもしれません。でも、音楽だけの作品ならば、物理的なスピーカーがある位置を勘案したベッドよりも、オブジェクトで任意の位置に置いたり、動かしたりする……だからあまりこだわりを持たずに、何ができるかを考えています」
最後に深田氏は、こう述べてくれた。
「Dolby Atmosでは、従来のヘッドフォン・リスニングのダイレクトな感じとはまた違った、新しい楽しみ方が提示できるように思いますね。もちろんすべての音楽がDolby Atmosでないといけないとは考えていませんが、音楽の楽しみ方や在り方が一つ増えたんだととらえています。包まれるような音を楽しむという、新しい体験によって、聴くスタイルが変わり、制作スタイルも変わっていくと思います」
深田晃インタビュー 〜Dolby Atmos Music Creator’s Summitより
深田 晃
【Profile】CBS・ソニー録音部チーフ・エンジニア、NHK番組制作技術部チーフ・エンジニアを歴任した後、dream windowを設立。AESフェロー、英IBSメンバー、グラミー賞投票権を持つ米レコーディング・アカデミー会員。サラウンド・マイキング手法“Fukada Tree”を発案する。
Works
『J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第2巻』
桒形亜樹子
(Tree/dream window)