入交英雄が語るDolby Atmos制作のポイント「上下のスピーカーをうまく使いスピーカーの後ろの距離感を出す」

入交英雄が語るDolby Atmos制作のポイント「上下のスピーカーをうまく使いスピーカーの後ろの距離感を出す」

 沢口真生氏と並んで、放送の世界を中心にサラウンドの実践に長く身を投じてきた入交英雄氏。WOWOWで3Dサウンドの研究に従事しながら、最近では2015年に上演された冨田勲作品のオーケストラ公演を、『源氏物語幻想交響絵巻 Orchestra recording version』としてDolby Atmosをはじめとするさまざまなフォーマットのミックスに仕上げている。

客席よりもステージに近い音場を演出

 『源氏物語幻想交響絵巻』は、1998年初演で、2014年に冨田勲作品としては意外にも初めて、演奏会形式のオーケストラ・スコアが用意された楽曲だ。入交氏が録音とミックスを手掛けた『〜Orchestra recording version』は、その集大成として2015年に大阪いずみホールで行われたコンサートをとらえたものである。

 

 「作曲されているころから、楽曲の途中で4chで作ったミュジーク・コンクレート的なセクションをオーケストラと共演させたいというお話を冨田先生から伺っていました。このコンサートの収録に関しては、打ち合わせにも参加して、公演ができていく過程をずっと見られました。コンクレート部分が4chなので、それを生かすにはイマーシブを前提にした録音が良いだろうと思いまして、そのころ既に手掛けていた3Dオーディオの収録を提案したのです」

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『冨田勲・源氏物語幻想交響絵巻 Orchestra recording version』のマイキング・プラン。客席よりも近い音像を目指して、各セクションへのオンマイクも用意されている。オーケストラ全体をとらえるデッカ・ツリー(独自アレンジ)やアウトリガーも用意した

 サラウンド作品を早くから手掛けていた冨田だけに、入交氏の意図はすぐに汲み取ったのだろう。氏がイマーシブでの収録を提案した理由は、ほかにもあったそう。

 

 「冨田先生の『源氏物語〜』のさまざまな公演に脚を運んでいたので、客席よりももっと近くに寄って聴いた方が面白い作品だと思っていました。ですので、楽器自体の粒立ちを見ると、かぶりつきで聴いてるような感じくらいまで近い音像にしています。同時にホール録音によるアンビエントな部分とアンバランスにならないように、そのせめぎ合いで作りました。俯瞰(ふかん)して聴ける部分と、音楽にどんどん入り込んでいく部分とが感じられる仕上がりになっていると思います」

統一した空間の中で楽器を広げる方法

 入交氏がDolby Atmosで実現できるような立体音場を作る上で意識しているのは、スピーカーの向こう側にある音を作ることだという。

 

 「上下のスピーカーをうまく使うことで、ステレオでは表現が難しかったスピーカーの後ろの距離感が出しやすいと思います。スピーカーより前は、リスナーとスピーカーとの距離で決まってしまいますが、イマーシブ・フォーマットになると、その後ろ何十mの音を表現しやすくなるんです」

 

 そうした表現をしていくために入交氏が工夫しているのは、マイキングで“音の面”を作ることだという。

 

 「オブジェクト・ベースの場合、そのオブジェクトを置くと点で定位します。逆に言えば、そこには広がりはないので、ステレオ・ペアだけなく、4本のマイクで音の平面を作る。これをうまく使うことで奥行きが表現できます。あるいは8本のマイクで立方体を構成するのもよいでしょう。ただ、オンマイクの音を4つ使っても、うまく平面が構成できるわけではないのが難しいところです」

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ホールの残響をとらえる無指向性マイク×8本のオムニ・キューブ。上下のマイクの距離はおよそ3m

 “空間の要素が無い録音”に空間を付与するために、こうしたことを氏は行ったわけだ。つまり、立体化した音場に対して、点から線、面、立体へとソースの定位を拡大するためのマイキングが必要となる。今秋リリース予定のある作品では、ステレオ用に収録されたマルチからDolby Atmosミックスを行ったそうだ。

 

 「どうやって3D化していこうかをいろいろ考えました。たまたまピアノを2組のペア・マイクで録っていたので、それを4点に置いて面を構成。ベースはラインとマイクがあるので、上下にずらしたり、ドラムのオーバー・ヘッドをうまく上下へ散らす。それでも、それぞれがオンマイクで収録したものなので空間の統一感が無いんです。なので、スタジオにスピーカーを2つ置いて、そこに13chのマイキングをして、3D版のエコー・チェンバーのようにしました。空間をとらえた上で、さらに楽器の音には広がりを表現する方法について考えるようにしています。その一つが先程述べたマイキングですね」

 

 入交氏は、イマーシブ・オーディオ作品の場合は特に、氏が『源氏物語〜』に携わったように、エンジニアを含めた制作サイドの議論やイメージの共有が欠かせないという。

 

 「同時に、エンジニアとしては何を提案できるか、自分の中でストックしておくことが大事。音の世界はやっぱり学習と訓練で出来上がるのだと思うんです。ですので、普段から3D的な音の聴き方を意識してみると、いろいろな感覚が培われていくと思いますね。私たちは3次元の世界に生きているので、お手本は常にさまざまなところにあるのです」

入交英雄インタビュー 〜Dolby Atmos Music Creator’s Summitより

 

入交英雄
【Profile】学生時代よりマルチチャンネル作品の制作を行う。毎日放送入社後、1987年に放送業界初となる高校野球Dolby Surround放送を手掛ける。2020年からはWOWOWエクゼクティブ・クリエイターとして3Dオーディオの技術開発に携わっている。

 Works 

『冨田勲・源氏物語幻想交響絵巻 Orchestra recording version』
藤岡幸夫、関西フィルハーモニー管弦楽団
(RME Premium Recordings)

 

特設サイト「Dolby Atmos Music Creator‘s Summit」

【特集】Dolby Atmos Music〜空間オーディオの潮流

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