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再演決定!“耳で視る映画”evala/See by Your Ears『Sea, See, She - まだ見ぬ君へ』

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 自らの制作のあり方を“空間的作曲”と表現し、新たな聴覚体験を創出するプロジェクト“See by Your Ears”を主宰するサウンド・アーティストevala。『Sea, See, She - まだ見ぬ君へ』が第24回文化庁メディア芸術祭 アート部門優秀賞を、『聴象発景 in Rittor Base – HPL ver』が国際賞プリ・アルスエレクトロニカ2021 Digital Musics & Sound Art部門 栄誉賞を受賞し、それぞれの凱旋公演が決定した。

 両作品の再演を記念して、『Sea, See, She - まだ見ぬ君へ』プレミア上映時のレポートを『サウンド&レコーディング・マガジン』2020年4月号より再掲する。

聴覚と闇が現実感を奪う中で立ち上る視覚情報

 立体音響システムを新たな楽器として操るサウンド・アーティスト/音楽家のevala。2016年に新たな聴覚体験を創出するプロジェクトSee by Your Earsをスタートし、無響室や公共空間でのインスタレーションなどを手掛けてきた。“身体をまさぐられるような感覚”とevala自身が称するそのサウンドは、作品としてのコンポジションも相まって、唯一無二の芸術性とエンタテインメント性を兼ね備えたものだと言える。

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evala (See by Your Ears)

 そのevalaが“インビジブル・シネマ”と銘打った作品の第1弾として「Sea, See, She-まだ見ぬ君へ」を発表。ワールド・プレミアの会場となった青山スパイラルホールには、“シネマ”と称するだけあって映画館のような階段席が設けられていた。フライヤーにはキー・ビジュアルと、短いストーリーを示したテキストが記載されているが、“音で物語を描く「映画」”という情報しか事前には明かされていない。とはいえ、前方にはスクリーンが配されている。

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ワールド・プレミアの会場となったスパイラルホールには、映画館のように階段状に客席を設置。フロントにはスクリーンが用意されている。スピーカーはすべてMEYER SOUND Ultra-Xとサブウーファーの900-LFCで構成

 会場が暗転し、作品が始まる。水音、獣の咆哮など、さまざまな自然音がさまざまな方向から流れては近寄ってきたり、遠ざかっていったりする。しかし、これは記録映画ではない。眼前にさざ波がたゆたう一方で後ろから地鳴りが迫ってきたり、あるときには無数のビーズが頭上から延々と降ってきたり。否が応でも聴覚が研ぎ澄まされる全暗の世界の中で、“知っているはずの音たち”がありえない世界を演じている。よく聴くと、さまざまな電子音が環境音同士の接着やシーンのトランジションに使われている。現実音を中心に、何かのストーリーを描いているようだ。

 

 不思議なことに、眼前のスクリーンには何も投影されていないはずなのに、何かが見えたような気さえしてくる。それだけサウンドが強烈な印象を与えてくるのだろうか。同様の感覚を抱いた観客も多く居たようだが、具体的なせりふも映像も無い中で、観客おのおのがいつ、何を見たのか、答え合わせは至難の業。終幕間際になって実際に映像がスクリーンへ投影されるだけに、余計に途中で存在しないものを見たのではないかと疑心暗鬼になる。投影される映像も抽象的かつおぼろげで、何を見たのかははっきりと言えない。

 

 “水の音を聴いた”“何かの姿を見た”……ミクロで見れば、そういうコメントはできる。しかし作品全体を通じて得た感覚は、何とも言語化しにくい。何を見たのか/見ていないのか、何を聴いたのか、我々はどこにいたのか……そうした現実感を奪うような体験をもたらす作品だと感じた。

 

 こんな作品をevalaが生み出せるのは、彼が長く立体音響に携わり、作品数とともに経験を蓄積してきたことが大きいだろう。2Dから3Dへと次元を拡張していくような感覚で、新しい作品に新たな意味付けをしてきた。そのevalaが現在到達している次元は、他の追随を許さないところまで来ている。

インビジブルにこそイマジネーション豊かなものが見える〜Interview

“内側から立ち上がってくる視覚”を映像化

 evalaはこれまでのSee by Your Earsの作品でも“耳で「視る」”というコンセプトを重視し、真っ暗な空間での聴取体験というテーマに取り組んできた。代表例は、メトロノームの音がダイナミックに変容していく「hearing things #Metronome」などのAnechoic Sphereシリーズ。一人で無響室に入り鑑賞する作品だ。

 それが今回、劇場という空間を前提にした作品を制作した。その理由をこう語る。

 

 「Anechoic Sphereのように一人ずつ閉ざされた空間で作品に向かってもらうことも大事なんですが、暗い中でも、人が隣に居るのはまた違う意味を持つ。単にキャパシティを大人数にしたいということではなく、真っ暗な中で隣に人が居て作品を鑑賞するのは特異な体験ですし、劇場に戻って、コンサートとは別の形式でやってみたかったんです」

 

 多数での鑑賞体験は、1+1+1+1……とは異なる。それこそシネマ=映画の鑑賞スタイルそのものと同じではないか? そのことをevalaに問いかけた。

 

 「そう。一人だけど、一人じゃない。だから“インビジブル・シネマ”と呼んで、音だけの映画を作ろうとしたんです」

 

 そう答えるevalaだが、視覚的な演出を使うことは最初から決めていたそう。

 

 「僕の作品に映像を加えるという発想ではなく、むしろ逆なんです。外側から与えるビジュアルではなく、内側=脳内から立ち上がってくるような視覚。耳でしか見られない世界を理解していただける映像作家の方と、何か一緒に作ってみたいなという思いはありました。たまたま昨年『TRANSPHERE』という関根光才監督の作品に参加したときに、“こういうことを考えている”と光才さんに伝えたら、すごく理解してくれて、一緒にやりましょうというところから始まりました」

 evalaと関根の付き合いは1年ほどとそう長いものではないが、仕事を通じて共感し合うところが多いという。関根はこう語る。

 

 「まだ面識が無かった2016年に、See by Your Earsの最初の作品を鑑賞してショックを受けました。“これは映像作品だな”と感じられたんです。今回は、見られないものの映像を作る……そういう矛盾へのチャレンジは面白いんじゃないかなと思いました。でもどうやって参加したらいいのか?と(笑)。それで、最初にフライヤーに載せるテキストを書いて渡したんです。お互いにゴールを設定するために」

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初演時のフライヤーに掲載された関根光才によるテキスト

 evalaもこのテキストに感じるところがあったそう。

 

 「話をした翌日にこのテキストをもらって、深度が深いというか、すごく通じ合うものがあった。特異な世界を理解していただけるそんな方と一緒に制作できました」

映画に寄せた7.1.4chシステムで再生

 今回のワールド・プレミアの音響面では、MEYER SOUNDのスピーカーで7.1.4chシステムが組まれた。「インビジブル・シネマと名付けたので、映画に寄せたシステムにしようと思いました」とevala。システム構築はevala作品を支え続けてきたアコースティックフィールド/See by Your Earsの久保二朗氏が担当しており、MEYERSOUNDのスピーカーで組まれている。

 

 「evalaさんも今回の制作では7.1.4chを前提として音の配置をしていきましたが、以前8ch立方体システム向けに制作してきた素材も使っているので、それらはコンバートして7.1.4chに展開できるようにしています」と久保氏。会場内で意図しない雑音の発生源を抑えるなど、スピーカー以外の細かなチューニングまで担当していた。 

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フロント/リアのL/Rとセンターは60°×50°のエリアをカバーするUltra-X42を採用(写真はフロントLch)。サブウーファーの900-LFCはフロントとリアのL/Rに計4基置かれたが、ソースは同一で、.1ch扱い

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客席後方側。リアL/Rは客席レイアウトに合わせて高さを稼ぐために、スタンドにマウントしている

 最後にevalaは、本作のサウンドと視覚の関係性について、あらためてこう語ってくれた。


 「記憶のどこか片隅にある音が、日常とは違う形で響いてきたりする。映像もその感じがあって、具体的な何かを見せたいというわけではなく、インビジブルなものにこそイマジネーション豊かなものが見える。視覚を“内側から立ち上がらせる”ことで、人それぞれに感想が変わるのが面白いんです。そういう感覚をもたらすのは目に見えない音だからできること。映像に音楽を合わせても、この感覚は得られません。そんな音だからできるイマジネーションの世界のためには立体音響と空間の作曲が必要で、光才さんの視覚演出もその延長です」

 

公演情報

第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展  インビジブル・シネマ「Sea, See, She - まだ見ぬ君へ」

日程: 2021年8月28日(土) 〜30日 (月)
上映時間: 約70分
会場: スパイラルホール (東京都港区南青山5-6-23 スパイラル3F)
チケット: 無料(8月18日(水)より申し込み開始)
主催: 第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
*詳細は8月16日(月)に文化庁メディア芸術祭フェスティバルページにて発表

https://j-mediaarts.jp/festival/

 

Ars Electronica 2021 Garden TOKYO
「Chosho Hakkei in Rittor Base - Live Performance ver」

日時: 2021年9月11日(土)20〜21時、12日(日)24〜25時
主催: 文化庁
特設サイト:

https://jmaf-promote.jp/art2021(英語)

※9月8日(水)本公開
*ライブ・パフォーマンスのほか、トーク・セッションを9月11日(土) 22〜23時に開催
*詳細は後日発表

関連サイト

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