楽器としてのマイク作りにこだわるSE ELECTRONICS

楽器としてのマイク作りにこだわるSE ELECTRONICS

新旧さまざまなメーカーが日々新しいマイクを生み出している。“音を録る”というためだけのツールではあるが、そこには多種多様な個性があり、マイクの違いによって曲の良しあしが左右されることも。音楽家にとって、マイクは作品を形作るために欠かせない“楽器”なのだ。そんな楽器としてのマイク作りを徹底してきたのが、SE ELECTRONICS。手の届きやすい価格帯を実現しながらハンドクラフトにこだわって作られた同社のマイクは、多くのアーティストの助けとなってきた。ここではあらためてSE ELECTRONICSというメーカーを紹介するとともに、新製品DynaCasterと同社の人気マイクのレビューをお届けする。

Photo:Takashi Yashima(*を除く)

SE ELECTRONICS History 〜理想のマイクを追い求めて

 クラシック音楽の作曲家/指揮者/ファゴット奏者だったシウェイ・ゾウ氏が2000年に創業したSE ELECTRONICS。手に入れやすい価格帯、かつ自身の期待を満たせる性能のコンデンサー・マイクを作りたいという思いからスタートしたという。当初は大規模な生産工場でマイクが作られていたが、さらに高い水準を目指すため自社工場での製作へとシフトした。楽器や声をとらえるマイクは何より大切だと考え、特にマイク・カプセルは繊細で芸術的なプロセスが必要ということもあり、現在では熟練のエンジニア・チームによる手作業でマイク・カプセルが作られている。マイクをただの道具ではなく楽器としてとらえ、作り続けているのだ。

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 SE ELECTRONICSではダイナミック・マイク、コンデンサー・マイク、リボン・マイクと多彩なラインナップをそろえている。2つの真空管が搭載されたGemini IIやルパート・ニーヴ氏とのコラボレーションで生まれたRNTなどのハイグレードなモデルから、手ごろな価格のコンデンサーやリボン・マイクのX1シリーズなど、プロから宅録初心者までカバーする。続いては、同社のラインナップに新たに加わったDynaCasterのレビュー、SE ELECTRONICSの人気マイクのエンジニア・インプレッションをお届けしよう。

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DynaCaster 〜音楽制作からポッドキャストまでオールラウンドに使える高性能ダイナミック・マイク

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 近年、動画配信やポッドキャストなどに代表されるような、個人が自宅で声を収録してインターネット上へ映像や音声を公開するシチュエーションが非常に増えてきました。SNSでは配信向けマイクの情報が飛び交っていますし、電化製品店に行くと、10年前では考えられないような広い売り場で、さまざまな配信用マイクが売られています。そんな業界内で、最近の流行はダイナミック・マイクに傾きつつあるようです。今回はそこへ新たに登場したDynaCasterを紹介します。

Review by かごめP

ダイナミック型とは思えない高域の自然さ

 国内外の配信者を見ると、ハイクオリティなダイナミック・マイクのユーザーが増えてきているように感じます。その要因は幾つかあると思いますが、特に重視されているのは、ダイナミック・マイクの“遠くの音を拾い過ぎない”という特性でしょう。コンデンサー・マイクに比べると感度が低いため、遮音や吸音がしっかりしていない、いわゆる普通の部屋でも、残響や周囲のノイズを拾いにくいというダイナミック・マイクの特性が、個人の家で行われるポッドキャストのような現場では非常に有利に働くのです。

 

 そんな流れに合わせるように出てきたのが、今回レビューするSE ELECTRONICSのダイナミック・マイク、DynaCasterです。同社はコスト・パフォーマンスの良い高品質マイクに定評があるメーカー。DynaCasterは名前に“Caster”と入っていることから、ボーカルはもちろん、前述のようなインターネット配信者もターゲットになっている製品なのは間違いないでしょう。

 

 まず手に持ってみて感じるのが、その重量感。堅牢なツヤ消しブラックの金属製筐体が、非常に頼もしい印象です。赤の差し色も良いアクセント。ヒンジ部分の質感も良く、手に取った満足感はかなり高いです。その分、732gと自重がかなりあるため、マイク・スタンドはそれなりに頑丈なものが必要でしょう。華奢なスタンドでは倒れてしまう可能性があるので、特にブーム式のスタンドを使う際はカウンター・ウェイトなどを使うケースも出てきそうです。

 

 底面にあるスイッチでは、マイクとの距離に合わせたEQ調整(低域ブースト/カットと2段階の高域ブースト)や、後述するDYNAMITE機能のオン/オフができるようになっています。

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マイク背面にあるスイッチ類。左側は低域のトリム・スイッチで、ブースト/フラット/カットが選べる。中央はDYNAMITE機能のオン/オフ。右側は高域のトリムで、2段階の高域ブーストとフラットが選べる。マイクとの距離や収録環境に合わせて音質を調整可能だ

 肝心の音質です。僕の環境でテストした第一印象としては、非常にフラットで癖の無い音が録れました。赤のアクセントが配された重量感のある見た目から、ダイナミックらしい低域の押し出しが強い音が録れるのかと勝手に想像していたのですが、良い意味で期待を裏切られました。特に、ダイナミックとは思えない高域の自然さには驚かされます。その高域も耳当たりが良く、ディエッサーなどをかけずともそのまま配信へ乗せられそうな質感です。決して細い音ではなく、適度な低域と温かみのある音は確実に存在感を持って抜けてきます。ポッドキャストで人気の他社マイクは中低域に特徴のあるパワフルな音が録れますが、それと比べるとDynaCasterはナチュラルさがあり好対照をなしています。

 

 また、3層のポップ・ガードを備えており、さらにその独特のグリル構造のため非常に吹かれに強く、近接効果が出にくいのも特徴です。マイクを口元に近付けても、低域の盛り上がりや吹かれといった要素があまり現れません。口元からだんだんマイクを離して収録してみましたが、特性はあまり変わらず、音量だけが小さくなる印象です。その分、音量はマイクから離れると顕著に落ちます。

独自のDYNAMITE機能でゲインを+30dBできる

 厳重な3層のポップ・ガードを装備していることもあり、設計として、かなりオンマイクでの使用を想定したマイクのようです。声の際の適正距離は5~10cm程度でしょうか。この設計は、遮音/吸音のしっかりしていない部屋で声を録るという用途に非常に向いていると言えるでしょう。

 

 さらに、独自のDYNAMITE機能を使用することで、マイク出力を+30dBすることが可能です(48Vファンタム電源が必要)。ある意味、“コンデンサーとダイナミックの良いところどり”ができます。DYNAMITEをオンにすると、ゲインの上昇とともに中低域にパワーが少し加わりました。この機能、声量の大きくないナレーション収録や、ゲインの上げられないマイクプリを使用している方は重宝しそうです。また、DYNAMITEをオンにすることでインピーダンスも変動するので、インピーダンスの合わないマイクプリとのマッチング調整的にも使えます。

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カプセルには同社のダイナミック・マイクVシリーズのテクノロジーが生かされたDMC8を搭載。また、インライン・プリアンプのDM1 Dynamiteの機能も内蔵しており、+30dBというクリーンかつ安定したゲインを稼ぐことができる

 DynaCasterは特にインターネットでの配信者をターゲットにした製品であることは間違いありませんが、フラットで癖の無い音で、特に高域の特性が良いため、アコギやスネア、ドラムなどに使うのも良いと思います。また使用法としてはイレギュラーですが、吹かれの心配の無い音源では、ポップ・ガードをあえて外して収録することで、よりダイレクトな音を得ることもできるでしょう。

 

 ナチュラルな音や多機能さを持ち、オールマイティに使っていけるダイナミック・マイクのDynaCaster。時代に合わせた面白いマイクが出てきたなと感じました。特にボーカルの方やアコギを弾く方はぜひ試してみてください。

SPECIFICATIONS
■カプセル:ダイナミック ■指向性:カーディオイド ■周波数特性:20Hz~19kHz ■感度:-54dBV/-24dBV(DYNAMITEオン時) ■インピーダンス:300/135Ω(DYNAMITEオン時) ■外形寸法:62(φ)×220(H)mm ■重量:732g

かごめP【Profile】ボカロPとしての活動のほか、数多くのボーカロイド楽曲のミックスやマスタリング、インターネット配信業務も手掛ける。クリエイター集団VOCALOMAKETSとしても活動。

葛西敏彦 meets SE ELECTRONICSマイク

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 SE ELECTRONICSのマイクは、ブラックのボディに“SEレッド”のウィンドスクリーンといったカラーリングが印象的だが、特別な外観処理が施されたVintage Editionが数量限定で発売されている。今回はSE ELECTRONICSの人気マイクであるSE2200とV7、VR1のVintage Edition(VE)と、新製品のインライン・プリDM2 TNTをエンジニアの葛西敏彦氏に試していただいた。

音の表情にあたる部分に癖が無い

 マイクのテストは、ギタリストの阿南智史さんに協力して行いました。コンデンサー・マイクのSE2200とパッシブ・リボン・マイクのVR1はアコースティック・ギター、ダイナミック・マイクのV7は歌でのチェックです。

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葛西氏に試してもらったマイク。写真手前からSE2200 Vintage Edition(33,000円、通常モデルは39,600円)、V7 Vintage Edition(12,980円、通常モデルは15,400円)、VR1 Vintage Edition(オープン・プライス:市場予想価格40,700円前後、通常モデルは50,600円前後)、DM2 TNT(15,950円)

 SE2200は3万円台と手に入りやすい価格ながら、それを超える素直さを持った出音になっています。ピークが少なく、自然であまり脚色されていない感じです。低域は密度が軽めで高域はフラット。1~8kHzくらいまでの“音の表情”にあたるような部分に癖が少ないので、歌はもちろんメロディを奏でる楽器に合いそうです。ギターから離した位置でもしっかりと音を録れたので、感度も良く繊細に拾ってくれるタイプだと思います。音像も大きめです。

 

 VR1はナチュラルな音の良いリボン・マイクですね。ゲインは少し低いですが、SN比は良いです。ギターに近付けたときの印象も良かったので、リボン・マイクの背面からのノイズを気にされるときはオンマイクで録ってみるのもありだと思います。また、SE2200との相性がとても良かったです。位相を合わせて同時に録音すると、まるで1本のマイクで録っているかのように音がよく混ざってくれます。SE2200で音の表情を出しつつ、VR1で低域のふくよかさを足せるというコンビネーションがとても良かったです。オールマイティで、気軽に使えるリボン・マイクになっています。

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マイクのテストはギタリスト阿南智史に協力いただいた。アコースティック・ギターにSE2200とVR1、歌にV7+DM2 TNTをセッティング。それぞれのマイクのチェックのほか、マイク同士をブレンドしての音作りも行った。音の混ざり具合が非常に良く、葛西氏は「1本のマイクで録っているかのよう」と話す

 V7も癖が無いタイプのダイナミック・マイクです。無理に明るくしようとしていない素直さがあります。中低域にフォーカスしてしっかりと音をとらえてくれますね。例えば、スネアに立てているマイクがバシッと強過ぎてしまうようなら、V7で重心を落とすようなこともできるでしょう。スーパー・カーディオイドですが、その軸から口元がズレたときの“外れた感”があまり無いのも気に入りました。

インピーダンス設定が劇的な効果を生む

 DM2 TNTはゲインを+30dBと+15dBから選べるのが良いです。僕が持っているインライン・プリは+20dB固定なので、PA現場でのデジタル卓の場合には音が大き過ぎて受け切れないことがありました。低いゲインも選択できるというのは、現場をよく分かって設計されているなと感じます。また、インピーダンスの設定ができ、これが劇的な効果を生みました。インピーダンスを変えることで音色も変化するので、トーン・コントロールとして使えると思います。位相の乱れも無く、自然に音が変わります。特にV7との組み合わせは驚きました。なめらかに高域が伸びて天井が上がる印象で、良い真空管マイクで録ったようなサウンドになります。僕がよく使うリボン・マイクにも試してみたところ、普段は10kHz辺りをEQで持ち上げることを前提にしているのですが、DM2 TNTのおかげでEQ無しでもとても良くサウンドしていました。マイクごとに合うインピーダンス設定があるので、そこを探るのが面白いと思います。

 

 SE ELECTRONICSはどの製品も素直なサウンドです。マイク同士の相性も良く、今回のような弾き語りスタイルでマイクを3本立てても音の混ざりが良い印象でした。すべて合わせても10万円ほどとお手ごろで、宅録の入門にもぴったりです。Vintage Editionの外観も気分が上がる仕上げで、この高級感は所有欲を満たしてくれると思います。

葛西敏彦【Profile】サウンド・エンジニア。これまで蓮沼執太、青葉市子、スカート、大友良英、Okada Takuroなどのアーティストを手掛けてきた。蓮沼執太フィルにはメンバーとして参加。

製品情報

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