オーディオ編集〜ミックスで即生かせるStudio Oneの機能&テクニック 解説:中村佳紀

オーディオ編集〜ミックスで即生かせるStudio Oneの機能&テクニック 解説:中村佳紀

 中村佳紀です。筆者がこの連載を担当するのは、今回でひとまず最後になります。PRESONUS Studio One(以下S1)のお気に入り機能や制作手法をシェアしてきましたが、正直まだまだ伝え切れていません! そこで今回は、余すところ無くお伝えするために話題を凝縮しました。少し足早になりますが、筆者が実際に使用するTipsばかりです。

ゲインエンベロープを用いれば視覚的にもダイナミクスを付けやすい

 本稿で題材とする楽曲は「ディープグラウンドソルジャー」。SONY PlayStation5用ゲーム『FINAL FANTASY VII REMAKE INTERGRADE』のサウンドトラックからの一曲で、同タイトルのメイン・コンポーザーの一人、浜渦正志氏の楽曲を筆者がアレンジしたものです。実はこの曲、アレンジからミックスまでをS1で完結させています。記事後半では、セルフ・ミックスの際の筆者なりのテクニックや考え方も含め解説します。

 

 「ディープグラウンドソルジャー」はラウドな打ち込みドラム&シンセを主体としつつ、ストリングスやブラスなどが加わる構成。特に注力したのはリズムで、S1のドラム用サンプラーImpact XTにサンプルを入れてMIDIで鳴らす方法/トラックにサンプルを張り付ける方法の2通りで制作しました。

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S1に標準搭載されているドラム用サンプラーImpact XT(画面右)には、ワンショット・サンプルをインポートしてMIDIでトリガー。併せて、トラックにサンプルをじかに置いてドラムを構成している

 サンプルを張り付けると定位が左右のどちらかに寄っていて、真逆にしたいと思うことがあります。その際に筆者が使っているのは、付属プラグインのMixtool。トラックに挿してSwap Channelsをオンにするだけで、パンニングが左右反転します。Mixtoolでは位相の反転も行え、音色をレイヤーする際に位相をズラす狙いで使用することも。設定は、プリセットからPhase Invertを選ぶだけです。効果は場合によりけりですが、音同士の混ざり具合がグッと良くなることもあるので、試してみることをお勧めします。

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Mixtoolはトラックのゲイン調整やL/Rchの入れ替え、M/S変換、音声信号内のDCオフセットの削除、L/Rchの位相反転が行える付属プラグイン。筆者が行うパンニングの左右反転は、L/Rchの入れ替えスイッチ“Swap Channels”をオンにするだけで実行できる

 オーディオの調整において、筆者が最近重宝しているのが“ゲインエンベロープ”という機能。ミキサーのフェーダーではなくイベントのゲイン(音量)にオートメーション・カーブを描ける機能で、S1のバージョン5で実装されたときには、その便利さにとても感動したのを覚えています。

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画面上段はブラスのインストゥルメント・トラックで、それをバウンスしたものが下段。バウンス済みのオーディオ・イベントに描いているのがゲインエンベロープだ。通常のボリューム・オートメーションは内蔵ミキサーのフェーダーを動かして音量調整するものだが、ゲインエンベロープはイベント自体の音量を直接コントロール。描いたカーブに合わせてリアルタイムに波形が変化するので、視覚的にも分かりやすい

 例えばMIDIの状態でダイナミクスを付けても、思ったより抑揚に富んでいなかったという場合があります。しかし自分としては起伏を付けた気になっているため、冷静な判断ができるまでに時間を要してしまうことが悩みでした。それがゲインエンベロープで劇的に改善されたのです。使用法は、MIDIイベントを新規トラックにバウンスした後、波形を見ながらイメージ通りのフレーズになるまでゲインエンベロープで追い込むというもの。ゲインの設定に応じて波形のグラフィックも変化するので、音だけでなく視覚的にも判断可能です。

 

 筆者は、ほとんどのトラックに対してこの作業を行います。時間と労力を考えればスマートなやり方とは言えないのかもしれませんが、クオリティは段違いに上がるようになりました。またバウンスする分、トラック数が増えてしまうので、元のインストゥルメント・トラックは右クリック・メニューの“トラックを隠す”で見えないようにし、アレンジ画面を整理しています。

クロストークで“かぶり”を再現。Splitterを低域のモノラル化に活用

 ここからは、主にミックス関連のトピックです。筆者が特に気に入っているのは、バス/マスター・チャンネルにインサートできるConsole Shaperというエフェクト。名称の通りアナログ卓のエミュレーターで、回路に起因するひずみやノイズ、クロストークを再現可能。このクロストークを“マイクのかぶり”のシミュレーションに使うのが筆者流です。

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バス/マスターチャンネルのインサート・スロットの上にある“ミックスFX”欄から立ち上げられるConsole Shaper。アナログ卓の回路を再現したエフェクトで、ひずみやノイズ、クロストーク(ミキサーのチャンネル間で音が漏れ聴こえる現象)をシミュレート可能。本文中で言及しているオーケストラ楽器以外でも、複数の異なる音源やドラム・サンプルにまとまりを持たせたり、ボーカルにオケをにじませてライブ感を演出してみるなど、さまざまな使い方/音の組み合わせが考えられる

 ストリングスなどのオーケストラ楽器はアンサンブルで同時録音する場合が多く、第1バイオリンを狙ったマイクに第2バイオリンやビオラ、チェロといったほかのパートがかぶってきます。これを打ち込みのストリングスにおいて再現できるのが、Console ShaperのCrosstalkというパラメーターです。複数のトラックをまとめたバスチャンネルにConsole Shaperを立ち上げCrosstalkノブを上げていくと、各トラックに薄っすらとほかのトラックの音が入り込み、かぶりと同様の効果が得られます。試しに値を100%にし、バスチャンネルをソロで聴いてみれば効果がはっきりと分かるでしょう。楽曲によっては合わない場合があるので、その都度適切な判断が必要になりますが、うまくいくと非常に生っぽい響きになるためお勧めです。

 

 さて、この曲のアレンジではキックとベースがセンターに定位し、ローエンドがしっかりと出ています。そこでコントラバスやチューバといった低音楽器のパンを左側に振りつつ、それらの低域成分のみをモノラル化することで、ローエンドを分散させず中央へ集める処理を行いました。

 

 まずは低音楽器にS1付属のSplitterをインサート。単一の信号を2系統に分割するためのプロセッサーで、ここでは分割モードの“周波数分割”を選択。設定した周波数よりも低い帯域がSplitterの画面左側、高い帯域が右側にレイアウトされます。その左側の方にS1のBinaural Panを挿し、プリセットの“Make Mono”をロード。これで低い帯域のみがモノラル化され、センター定位として聴かせることができます。

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Splitter(赤枠)は、音声を2系統に分割するためのプラグイン。シンプルに2つに分岐させる“標準”、左右のチャンネルを分割できる“チャンネル分割”、設定した周波数で分けられる“周波数分割”の3モードが用意されている。「ディープグラウンドソルジャー」ではコントラバスなどの低音楽器を周波数分割し、低い方の成分にBinaural Panをインサート(黄枠)。プリセットのMake Monoでモノラル化し、センター定位で聴かせている(緑枠)

ラウドネスやトゥルー・ピークが自動計算できる2ミックス向け機能

 低域と言えば、S1のマスタリング・プロジェクトにビルトインされているウォーターフォール・アナライザーが便利です。2ミックスにおける各帯域のレベルを色別に表示するもので、レベルが大きいほど明るい色になります。筆者の自宅環境では大音量を出すことが難しいため、リファレンス曲を使って色の違いを見比べつつ調整し、理想のロー感に近付けます。

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ウォーターフォール・アナライザーでは、ミックスの周波数分布が色別に表示される。曲の中でレベルの大部分を占めがちなキックやベースをチェックするのにうってつけだ

 最終的な2ミックスのレベル管理には“ラウドネス情報”という機能が有用です。一曲を通してのラウドネス値(EBU R128)、左右のトゥルー・ピーク値やRMS値などをワンクリックで自動計算してくれるため重宝しています。マスター・エフェクトを挿す前段の“プリFX”とインサート後の“ポストFX”の各数値が算出されるのも、ありがたいですね。

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マスタリング・プロジェクトの機能“ラウドネス情報”。EBU R128規格のラウドネス値やトゥルー・ピークなどがワンクリックで瞬時に算出される

 全4回にわたりS1の使い方を出し惜しみすることなくシェアしてきましたが、いかがだったでしょうか? 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。筆者の記事が少しでも制作のヒントになれば幸いです。またどこかで!

 

中村佳紀

【Profile】1995年生まれ。中学時代、バンド活動に没頭しDTMを始める。専門学校に入学後、ゲーム音楽のコンテストで最優秀賞を受賞するなど多くの注目を集め、在学中から作曲家としてのキャリアをスタート。現在、ゲーム・ドラマ・アニメなど幅広いジャンルの劇伴作家として活躍する気鋭のクリエイター。Spotifyのプレイリストでワークスを聴くことができる。

【Recent work】

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『FINAL FANTASY VII REMAKE INTERGRADE Original Soundtrack』
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