創造性と効率性のバランスで考えるテンプレートとの接し方 〜中村佳紀が使うStudio One【第1回】

創造性と効率性のバランスで考えるテンプレートとの接し方 〜中村佳紀が使うStudio One【第1回】

 皆さん、初めまして。作曲家の中村佳紀と申します。今月から、このコーナーを担当することになりました。全4回にわたってPRESONUS Studio One(以下S1)の魅力や制作を通して役立つと思ったテクニックを惜しみなくシェアしていきますので、よろしくお願いします!

S1は最良の選択だったDAW
近年はキー・スイッチ系の機能も充実

 最近は主にゲーム作品のBGMを制作しています。オーケストラ系を中心とした大編成のモックアップを作ることも多く、ときには本チャンの打ち込みからミックスまで、すべてをS1で行っています。僕がS1を使い始めたのはバージョン2のころ。当時は音楽専門学校に通っており、校内の主流DAWソフトはAPPLE Logicでした。僕も当初はLogicを使用していたのですが“ほかの人とかぶりたくない!”という理由だけで、当時まだ学校で広く知られていなかったS1に乗り換えました。機能面とは全く関係の無い動機ですが、振り返ってみると本当に最良の選択だったと思います。

 

 具体的には、プラグインをドラッグ&ドロップで立ち上げられる快適さ。動作が軽く、直感的に扱いやすい操作画面。CELEMONY Melodyneの統合、ミキシングとのシームレスな作業が可能なマスタリング・プロジェクトなど画期的な機能も合わさり、とにかくストレスフリーなDAWソフトです。

 

 現在のStudio One 5も、シンプルな見た目や動作の軽さは健在。バージョン5へのメジャー・アップデートでは、待望のキー・スイッチ機能が追加されましたね。シネマティック系の音源では、キー・スイッチで音色やアーティキュレーションを切り替えることが多いので本当に助かっています。そしてバージョン5.2からは“サウンドバリエーション”なる機能が登場。これはキー・スイッチのノート・ナンバーを自由に設定したり、MIDI CCをキー・スイッチ的な要領で扱えるようになるもので、使いやすさも機能性も格段に進化しました。

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S1のバージョン5.2から実装された新機能“サウンドバリエーション”。キー・スイッチをトリガーするためのノート・ナンバーやMIDI CCのトリガー用ノートを任意に設定でき、S1の純正音源/サード・パーティ音源の運用方法を自分好みにカスタマイズ可能だ。画面のサウンドバリエーションエディター(赤枠)は、ピアノロール左のMIDI情報欄などから立ち上げることができる

複数のテンプレートを用意しつつも
ゼロベースで作り始める理由 

 劇伴制作では、ときに膨大な楽曲を作ることになります。また大編成の楽曲であれば、一曲の打ち込みにかかる時間は果てしないものに。スケールの大きな世界観のゲーム作品だと“大編成”を通り越して、“超編成”の楽曲を制作することも少なくありません。限られた時間の中で最大限のクリエイティビティを発揮するために活用されるのは、テンプレートなどの機能だと思います。テンプレートがあれば、思い付いたメロディやアレンジを狙いのサウンドですぐ形にできるため、普段からさまざまな用途に合わせたものを用意しています。ただ、僕はどちらかと言えば“意図したサウンド”よりも“偶発的なサウンド”を楽しむ性分なので、まずは空のソング・ファイルを立ち上げ、まっさらなパレットに好きな絵具をまき散らすような感覚で最初から組み上げていくことが多いです。

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筆者が作成したテンプレート。大規模なものになると、200tr近くに及ぶ。音源については、AUDIOBRO LA Scoring Strin gsやSPITFIRE AUDIO、8DIOの製品などを好んで使うことが多い

 テンプレートは便利ですが、編成が大きくなればなるほどトラック数が膨大になりがちですし、ルーティングも複雑化します。普段使っているテンプレートでは、ストリングス(第一バイオリン〜コントラバス)だけでさまざまなサード・パーティ音源を使い分けている上、奏法別にトラック分けしている場合がほとんど。そこにブラス、ウッド、パーカッションやシンセサイザーを加えるとなると、よほどワークフローの効率化に長けたテンプレートを作っておくか、膨大なトラック数に耐え得るシステムを構築していないことには、操作の小回りが利きづらいですよね。また、せっかくテンプレート化していても、最後まで使用しないトラックが出てくることだってあります。

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オリジナル・テンプレートの一例。スペースの都合上、一部を切り取って掲載しているが規模感は伝わるはず……。奏法ごとにトラック分けしている部分も多いので、どこからどこまでが一つのトラックとしてのくくりかを見やすくするために、トラック間に空のインストゥルメント・トラックを入れている

 なので新しい音色を探したり、見過ごしていた音源や音色の思わぬ組み合わせを発見しながら、一曲ずつトライ&エラーをストレス無く繰り返せるよう、操作や動作の身軽な状態から取り掛かっています。決してスマートなやり方ではありませんが、描いていたイメージとは違う可能性が広がっていくのは楽しいですし、発見も多いです。ドラッグ&ドロップで簡単に音源やエフェクトを立ち上げられるのも、こういった制作スタイルを採る大きな要因になっているのかなと思います。

 

別のソングから任意のトラックを
持ってきて使える便利機能

 全くテンプレートを活用しないのかと言ったらそうではなく、大体は楽曲の全容が見えてくると、お気に入りの音源などを使いたくなる場面が出てきます。そういったときに活用しているのが“ソングデータをインポート”です。使用中のソングに別のソングのトラック(および付随する情報)を読み込める機能で、例えば制作中の楽曲にテンプレートのストリングス音源のみを読み込みたいと思った場合などに便利です。複数のトラックを選択して読み込めば、音量バランスや出力設定を維持しつつ、使用中のソングに立ち上げることができます。

 

 使い方は、まず画面上部メニューの“ソング”から“ソングデータをインポート”をクリック。Studio Oneフォルダーの中身が閲覧できるようになるので、Templatesフォルダーから目的の.songtemplateファイルを選びます。するとポップアップが出現し、インポートしたいトラックや情報が選択可能に。インポート元でフォルダー・トラックを作成していれば、それを選ぶだけでフォルダー内のトラックはすべて読み込まれます。

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“ソングデータをインポート”機能のポップアップで、テンプレートの中身(使用トラック)を閲覧している様子。この画面ではフォルダー・トラックのみを表示させており、チェックを入れて選択しているのはLA Scoring Stringsのもの(赤枠)

 ポップアップ右側では、トラックに付随する情報をどこまで読み込むかを設定可能。トラックオプション内の“イベント”にチェックを入れると、そのトラックのイベントを丸ごと読み込めますし、コンソールオプションの“インサート”を選べばトラックに挿したプラグイン・エフェクトも含めインポートすることができます。また、過去に作った楽曲のソングからトラックを読み込むことも可能。テンプレートに組み込んでいない、もしくはプリセット化が面倒な音源や音色の組み合わせを楽曲に生かしたいと思ったときも、すぐにインポートできます。

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フォルダー・トラックを展開して表示させたところ。フォルダー内の全トラックを選択しているのが分かる(赤枠)。画面右では、トラックに付随する情報をどこまでインポートするかを選択可能だ(黄枠)

 こういったテンプレート関連のTipsにはよりベターな方法が存在するものの、万人共通の正解は無いと思っています。そしてS1はとても自由度が高く、柔軟に使える機能が多いと思うので、いろいろな可能性を探ってみてください!

 

 次回からは、音楽制作の実作業で積極的に使っている機能など、より踏み込んだ内容をシェアしていければと思います。来月以降も、ぜひお付き合いください。

 

中村佳紀

【Profile】1995年生まれ。中学時代、バンド活動に没頭しDTMを始める。専門学校に入学後、ゲーム音楽のコンテストで最優秀賞を受賞するなど多くの注目を集め、在学中から作曲家としてのキャリアをスタート。現在、ゲーム・ドラマ・アニメなど幅広いジャンルの劇伴作家として活躍する気鋭のクリエイター。Spotifyのプレイリストでワークスを聴くことができる。

【Recent work】

『FINAL FANTASY VII REMAKE Original Soundtrack』
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