愛知県豊田市民文化会館の大/小ホールが音響改修工事を終えて、昨年11月にリニューアル・オープンを果たした。PANASONICの業務用音響機器ブランド、RAMSAのラインアレイ・システムを導入し、音響設計/補正には同社のソフトPASDを使用。緻密(ちみつ)なチューニングにより、スピーチやさまざまな音楽にも対応可能な、色付けの無い音になっているという。実際に訪問して取材を行った。
Text:鹿野水月 Photo:安田典謙 Movie:熊谷和樹
【インタビュー】RAMSA音響システム導入レポート 〜愛知県豊田市民文化会館
ホールの隅々に音が行き届くようになった
愛知県豊田市と言えば、自動車産業が盛んな車の街。さまざまな関連企業がひしめき合う豊田市で、文化発信と交流の中枢を担っているのが豊田市民文化会館である。まずは所長の永坂正和氏に改修の経緯を聞いた。
「建物全体の老朽化に伴う長寿命化工事の一環で、大/小ホールの音響設備をリニューアルしました。昨年3月から10月までの8カ月間で、音響のほか、舞台機構、バリアフリー化のためのエレベーター設置などを含むさまざまな工事を行いました。オープンしてから小ホールが47年、大ホールが40年経過していたので、経年劣化や法令遵守できていないところの改善が目的でした」
豊田市民文化会館のホールは、コンサートや演劇のほか、企業の講演会なども行われていると永坂氏。
「豊田市は企業が多く集まる地域なので、このホールでもよく地元企業のさまざまな催物が開催されています。今回スピーカーを新しく導入するにあたっては、どんなシーンでもオールラウンドに対応してくれて、多くのお客さんにとって聴きやすいものが理想的だと考えていました」
小ホールにはRAMSAのポイント・ソース・スピーカーのWS-HM5104とサブウーファーWS-HM518Lが採用された。これについてホールの音響/照明を担当する、豊田舞台照明の西山敏昭氏は「以前ラインアレイを使用していたときよりライブ感が向上し、スピーチもよりクリアに聴けるようになりました」と話す。
大ホールには、RAMSAのラインアレイ・スピーカーWS-LA500A×4基+サブウーファーWS-LA550A×2基の構成を、左右のサイドカラムとステージ上の移動式で配置。さらに、プロセニアム・アーチにWS-LA500A×7基と2ウェイ・スピーカーのWS-HP400を、ステージ下にはWS-M10T-K×5基を設置している。西山氏は、以前よりも音が良くなったと語る。
「ホールの隅々にまで音が行き届くようになり、客席のデッド・スペースが大幅に減りました。以前、ポイント・ソース・スピーカーを使用していたときと比べて音の跳ね返りが少なくなり、コンソールでEQ調整する必要がほとんどなくなったのもよかったです。特に中域はハウリングしづらくて扱いやすいのが魅力です。導入してから数カ月が経ち、どんどんホールに合う音になりました。スピーカーの慣れもありますが、チューニングによるところも大きいです。具体的には、高域を少し抑え、70Hz以下の低域は上げて、高解像度かつ長時間聴いても耳疲れしない音にしていただきました」
PASDで位相を乱さず均一性のある音を実現
「RAMSAの音質は原音忠実が特徴なので、チューニングの際も強く意識した」と語るのはパナソニックのサウンドSEである正清義悟氏。今回のスピーカー導入にあたり、同社の音響設計/補正用ソフトのPASD(Panasonic Acoustics Simulation Designer)を使い調整を行ったという。
「大ホールに採用したラインアレイは、複数のキャビネットを干渉させて低域のパワー感を出すスピーカー。そのため、各キャビネットの角度とレベル調整が鍵を握っています。使用したPASDは、音圧レベル分布などを見ながら最適な音響設計をするためのシミュレーションと、そのデータを生かしてチューニングまでを一括で行うことが可能なソフトです。設計/提案のために抽出した数値をチューニングにも用いるという、設備音響に特化したRAMSAならではの考え方で開発されました。まずは、キャビネットごとの軸着点を中心にマイクを立てて録音し、データを収集。信頼度の高いデータを選んで分析させて、その結果を元に各キャビネットの角度やレベルを個別に調整していきます。例えば、直接音がよく届く客席前列から、届きにくい後列や2階席までをPaLAC(Panasonic Line Array Calculator)で自動調整し、音圧が均一になるようにしています。後列/2階席の音圧を強くすることで、全体に音が行き届くようサポートしました。これはPASDの解析があったからできたことです」
このようにPASDを用いて角度やレベル調整を行うメリットについて、正清氏はこう語る。
「PASDのチューニングにはFIRフィルターを用いるので、位相特性を乱すことなく各キャビネットのパワーを調整できます。さらにスピーカーすべてを一斉に鳴らしたときの音の一体感は、どの席でも実現できていました。そしてPASDを使うと、RAMSAのどのスピーカーも色付けの無い、ある程度似た音に操作できます。均一性を持たせられる点は、設備音響においてかなり重要です」
そんなRAMSAの音もさることながら、西山氏にとっては安心感や利便性に優れているのも魅力だそう。
「RAMSAならば万が一故障したときも代替スピーカーの用意をスムーズにしていただけるなど、メインテナンス面での安心感があってメリットを感じます。またコンパクトで軽量なので、移動が楽に行えるのも魅力です」
こうして、より品質の高い音を届けられるようになった大ホールと小ホール。「豊田市民文化会館は今後も改修などによりアップデートし続ける」と永坂氏は言う。
「私が所長を拝命したときに、これまでリーチできていなかった層にもサービスを届けたいと思いました。その思いは、今回の改修の理念にも通じる部分です。ほかにも、施設内のオープン・スペースでは、音楽ワークショップなども開催しています。比較的多くの人が気軽に楽しめる音楽を用いて、高齢者や高校生の利用者を増やしていきたいと考えているのです。今後もそういった創意工夫で、より多くの方々に利用いただきたいです」