【動画】メットライフドーム × BOSE音響システム|音響設備ファイル【Vol.66】

メットライフドーム × BOSE音響システム|音響設備ファイル【Vol.66】

所沢市に位置する埼玉西武ライオンズの本拠地球場=メットライフドームが大型改修を終えリニューアル・オープン。西武鉄道・西武球場前駅の改札を抜けると眼前にボールパークが広がり、キャパシティ31,552人のドームへとスムーズにアクセスできる。本稿では、BOSEが採用された音響システムの更新をメインにお伝えする。

Text:辻太一 Photo:小原啓樹

 

【動画】メットライフドーム大型改修に採用されたBOSE音響システムの裏側を公開!

“球場の一体感”が改修のコンセプト

 埼玉西武ライオンズの本拠地球場として40年以上の歴史を誇り、2017年に名称を新たにしたメットライフドーム。同年の暮れにはドーム、チームのトレーニングセンター、選手寮、第二球場などを含むメットライフドームエリアの改修工事が始まり、今年3月にリニューアル・オープンを果たした。「改修の目的は主に2つありました」と語るのは、西武ライオンズ ビジネス開発部の加藤大作氏。詳しく聞いてみよう。

 

 「まずは“ボールパーク化”。野球観戦を中心としつつ、より幅広い世代の方々に楽しんでいただけるような場作りです。例えば、遊具施設のテイキョウキッズフィールドもその一環。また、グルメを楽しんでもらえるよう飲食店を充実させるなど、野球観戦そのもの以外にもエンターテインメントを用意しています。もう一つの目的は、選手を育成する力の強化です。チームを強くすることにつながるので、トレーニングセンターや第二球場の設備を更新したり、選手寮を建て替えるなどして、若い選手にとっても野球だけに打ち込めるような環境をさらに充実させました」

 

 ボールパーク化の根底には、席を離れている来場者、つまり遊具施設やフード・エリアなどに居る人たちにも、絶えず試合の臨場感を伝えたいという思いがあった。

 

 「どのように顧客体験を作っていくか考え、“一体感”というコンセプトを設けました。これを具現化するためには、照明と音響に加えて、試合の様子やCGを映すためのビジョン、飲食店などに設置するサイネージなど、すべてを連動させた演出が必要だと考えました。例えばホームランのとき、それを示すCGがビジョンに映し出され、同時に高揚感を引き立てる効果音が流れたり照明が旋回したり、飲食店のサイネージがホームランの表示に変わるような演出です。こうした中で、音響というものもお客様にとって非常にインパクトのある要素なので、全エリアの設備をしっかりと整えたのです」

 

 今回の改修では、球場のメイン・ビジョンである“Lビジョン”の更新やサブビジョンの新設、照明および音響機器の更新、デジタル・サイネージの新設など、演出装置の徹底的なアップデートが行われた。音響システムに採用されたのはBOSE。“一体感”なるコンセプトや演出装置の連動性に基づいて、音響プランの提案を行ったという。「プレゼンテーションの内容が明解で、“これで課題解決できるんだな”というのが身をもって分かりました」と加藤氏。その課題とは?

 

 「以前はLビジョン左右のスピーカーだけで場内の音響を賄っていたので、場所によっては音が遅れて聴こえたり、音圧がかなり低くなっていました。これが課題だったわけですが、BOSEさんは観客席の各ポイントをソフトウェアでモデリングして音響プランを作成し、そのプランが実際にどう聴こえるのかをAuditioner Playback Systemという装置で確認させてくださったんです。我々は音響の専門知識を有しておらず、音圧分布図を見て“ここを何dB上げてください”といった具体的なお願いをできるわけでもないため、イメージを体感させてもらえたのは非常に分かりやすかったです」

f:id:rittor_snrec:20210623185114j:plain

BOSEが音響プランを西武ライオンズに伝えるために使用したAuditioner Playback System。装置中央の台にあごを乗せ、左右のスピーカーで音を聴く仕様で、シミュレーションしたプランの音を実際に聴いて確認することができる

f:id:rittor_snrec:20210623184814j:plain

取材に協力してくれた西武ライオンズ ビジネス開発部マネージャーの加藤大作氏(写真左)、ボーズ プロシステム事業部のサウンド・システム・デザイナーの井戸覚道氏(同右)

BOSE Modelerでの音響シミュレーション

 音響のプランニングは、どのようにして進められたのだろう? ボーズ プロシステム事業部のサウンド・システム・デザイナー、井戸覚道氏に話を聞く。

 

 「もともとLビジョンの両脇にはラインアレイが設置されていたのですが、場所によってエコーが大きく聴こえたり、バックネット裏などでは音が遠く感じられたんです。そこで、球場のさまざまな場所にスピーカーを配置する“分散方式”を取り入れるのが最適と考えました。つまり、すべての席に同じタイミングで同等のクオリティの音を確実に届ける方法ですね。それに加えて、Lビジョンのスピーカーについてはビジョンの方向に来場者の注意を引き付けつつ、多彩な演出に対応すべくサブウーファーを加えてワイド・レンジに再生できるようにしてみようと。演出にはいろいろな音が使われるでしょうから、どのような音源でも十分に鳴らせることを重視しました」

f:id:rittor_snrec:20210623184544j:plain

Lビジョン(メイン・カット中央)両脇に収められたメイン・スピーカーと同様に、新しい音響の目玉となる分散方式のスピーカー・システム。ドーム内のさまざまなポイントにスピーカーを設置し、各エリアへピンポイントに音を届ける。写真左右のArenaMatch 4ボックス・アレイ(シリーズ製品のモジュールを4台用いたアレイ)は屋根照明部に設置されたものだ。なお、スピーカーの設置場所は施工会社のジャトーとともに調査し、決定された

f:id:rittor_snrec:20210623185241j:plain

ドームと屋外の境界にあるV柱に設置されたBOSEのスピーカー。写真左は外に向けたAMU108で、右の方はドーム内へ音を届けるAMU208。後者は分散方式システムの一部となっている

f:id:rittor_snrec:20210623185316j:plain

ドームの外側にも、さまざまな場所にBOSEのスピーカーが配置され、試合の臨場感を聴き取りやすい音で共有できるようになっている。写真にあるのはAMU108

f:id:rittor_snrec:20210623185845j:plain

バックネット裏に新設されたアメリカン・エキスプレス プレミアムラウンジ。冷暖房完備の飲食&休憩スペースだが、音響システムによってミットの音やバットの打球音などもしっかりと聴こえるようになった。試合の臨場感を味わいながら、グルメに舌鼓を打つのも一興だ

f:id:rittor_snrec:20210623185923j:plain

ラウンジの出入り口付近に設置されたBOSEのEM180。水平方向は180°、垂直方向は真下から75°をカバーする指向性が特徴で、天井の端から広い範囲をカバーできる。ミットの音や打球音は、ここから再生される

f:id:rittor_snrec:20210623190023j:plain

ラウンジのFS4CE。外野席上などに設置されたマイクで応援団の歌などを収め、ここから再生している

 実作業で最初に着手したのは、BOSE独自のスピーカー・システム・デザイン・ソフトウェア=Modelerでの空間再現だ。「部屋の形や音響特性を入力する作業は“モデリング”と呼ばれています。今回は、まずメットライフドームをモデリングするところから始めました」と井戸氏は続ける。

 

 「部屋の形は図面を元に3次元で入力していきます。ソフト上で3Dグラフィックを描くような作業で、まずはこれを正確に行うことが重要です。それから部屋の各面で使われている仕上げ材ごとに吸音率のデータを入力します。同じ素材でも周波数によって吸音率は異なるため、31Hz、63Hz、125Hz……といった周波数ごとに入力していくのです。これにより、その空間がどのくらい響くのか分かりますし、ある面に当たった音がどの程度、跳ね返ってくるのかも予測できます」

f:id:rittor_snrec:20210623185401j:plain

BOSEのスピーカー・システム・デザイン・ソフトウェア、Modeler。画面はメットライフドームの3Dグラフィックを描いた後、仮想的にスピーカー配置を行っているところで、直接音が赤い線、反射音がグレーの線で表されている。画面下部には、使用スピーカーの名称や設定が並ぶ

 モデリングに続いては、Modeler上でのスピーカー配置に着手したという。「どこに何の機種をどのような向きで設置するのか、というのをシミュレートするんです」と井戸氏。

 

 「各機種の指向性や音圧レベルといった情報は、Modelerにプリセットされています。今回は、ドームのどこにスピーカーを設置できるのか施工会社の方々と一緒に調査し、ここなら最適だろうと判断したところに配置していきました。スピーカーの位置が決まったら、それぞれの音量やディレイ、イコライジングなどを設定します。現場に設置した後で行うチューニングを事前にシミュレートしているわけですね。結果として音圧分布のグラフが得られ、各エリアの音圧と場内の均一性を視認できるようになります。またSTI(Speech Transmission Index)という指標を使って明りょう性を検証したり、エコーが発生しないかどうかも確認します。大空間で分散方式を採用すると、エコーを完全に無くすのは難しくなるんですけど、最小限に抑えるべくスピーカー配置や指向性制御を工夫しながらデザインしました」

f:id:rittor_snrec:20210623185459j:plain

Modelerで、ドーム観客席における音の明りょう性を検証している場面。STIという指標に基づいており、緑〜黄色であれば十分に明りょうな音が得られると予測できる

ドームでの分散方式を成功させた“DeltaQ”

 施工上の問題でスピーカーの設置場所を再検討しなければならないこともあったが、そのたびに最適解を見付け出し、最終的にはArenaMatchのスピーカーやアレイなどで構成される分散方式のシステム、そしてShowMatchのアレイによるLビジョン・スピーカーが完成した。

 

 ArenaMatchとShowMatchの特徴は、さまざまな指向性の製品をそろえる点。設置環境などに応じて適切な製品を選びアレイを構成することで、目的のエリアに最適なカバレージの音を届けられるという。この技術は“DeltaQアレイテクノロジー”と呼ばれ、今回の分散方式構築にも貢献したそうだ。

 

 「先ほど触れましたが、こういう大空間で分散方式を採ると、スピーカーが距離を置きながら至るところに配置されます。すると、各ポイントからの音が時間差をもって客席に届く可能性が出てきて、エコーの原因になりかねません。これを回避すべく、それぞれのスピーカーがカバーするエリアを明確に分けるということを徹底しました。しかしエリア分けをしても、すべてのスピーカーの水平指向性が広めだったとしたら、離れた場所では音が広がり、隣り合うスピーカーの音が広範にわたってオーバーラップしてしまいます。それがエコーなどの原因になるわけですが、DeltaQの技術があれば個々のポイントに合わせた指向性のスピーカーを選んで使えるため、目的のエリアに絞った音の放射が行えます。結果として、オーバーラップやエコーを最小限に食い止めることができ、どの客席にもクリアな音が届けられるのです」

f:id:rittor_snrec:20210623190259j:plain

分散方式の屋根照明部スピーカー。冒頭の方で紹介したのはArenaMatch 4ボックス・アレイだが、この写真の左上と右下に見えるのはArenaMatch 2ボックス・アレイだ。BOSE独自のDeltaQアレイテクノロジーにより、設置場所に応じてアレイの指向性をアレンジできるため、エコーの発生などを大幅に抑制しクリアな音が生み出せる

f:id:rittor_snrec:20210623190330j:plain

分散方式システムの一部である屋根看板部のスピーカー。写真左に見えるのはAM40、右の方はV柱にも設置されているAMU208

アレイ構成の妙で低域の指向性を制御

 指向性と言えば、Lビジョン・スピーカーのShowMatchアレイには低域の指向性制御が施されている。

 

 「低域は波長がとても長く、1台のサブウーファーから出力すると上下にも前後左右にも無指向に広がっていきます。そうするとあらゆる場所で反射音が生じ、ぼやけて聴こえてしまうんです。だから、なるべく客席にフォーカスして届けられるよう指向性を狭くしました。方法としては、サブウーファーを1カ所に固めず、ハイボックスを挟み上下に分けて設置することで、8mほどの長いアレイを構成。これにより垂直方向の指向性を狭めています。低域の指向性を制御するためには、波長と同じくらい長いアレイが必要です。もしサブウーファーをハイボックスの下に固めていたら、低域のアレイとしては2mほどになっていたので、波長が10m以上にもなる30Hz辺りに関しては制御できませんでした。サブウーファーを上下に離し、ハイボックスと合わせたトータルとして約8mのアレイを組んだからこそ、うまくコントロールできたのだと思います」

f:id:rittor_snrec:20210623190800j:plain

Lビジョン・スピーカーのハイボックスは、ShowMatch 12ボックス・アレイを採用。写真上に見えるのはアレイ上部のサブウーファーだ

f:id:rittor_snrec:20210623190524j:plain

アレイ上部に設置されたサブウーファー。全6台のうち、中央の2台が後ろ向きになっている

 水平方向の制御について、井戸氏はこう続ける。

 

 「後方に音が放射されないよう、一部のサブウーファーを後ろ向きに設置し、逆相でキャンセルしています。そのほか60Hzや70Hzといった帯域のコントロールもうまくいきました。ハイボックスからの60〜70Hzと合わさって、その帯域についても全体で一つのアレイにできていたからです」

f:id:rittor_snrec:20210623191000j:plain

Lビジョン・スピーカーのサブウーファーは、ShowMatchのSMS118を片側あたり計12台使用。ハイボックスを挟み上下に6台ずつ設置することで垂直方向の指向性を鋭くし、一部を後ろ向き&逆相にして後方への音の放射を抑えている。客席にフォーカスした低音のサービスが可能というわけだ。写真はハイボックスの下に設置されたもので、奥のアレイの中段、手前のアレイの上段と下段が後ろ向きになっている

f:id:rittor_snrec:20210623191320j:plain

Lビジョン・スピーカーの31Hzの放射パターン。画面中央の絵がアレイを表しており、そのアレイを真横から見たイメージだ。赤い部分は音量の大きなエリアを示しているので、前に鋭く放射されているのが分かる

f:id:rittor_snrec:20210623192529j:plain

Lビジョン・スピーカーをドライブするBOSEのパワー・アンプPM8500N。写真では8台が見える

 独自の指向性制御が鍵となった感のある音響改修。手応えについて、再び加藤氏に登場していただき語ってもらおう。

 

 「改修後は、スタジアムDJやMCの声は分散システムから、Lビジョン映像の音はLビジョン・システムから再生するなど、両者の特徴を生かして演出を工夫しています。以前と同じ音楽が流れていても、あらゆる場所でしっかりと感じ取れるようになりました。お客様から“音がすごく良くなったね”とお声掛けいただいたり、試合後のアンケートで“音響が良くなった”という言葉をもらったりもしたので、音の変化というのがいかに分かりやすいことなのかを実感しています。もちろん社内でも好評ですしね」

 

 ますます見応えのあるエンターテインメントになっているであろうメットライフドームでの野球観戦。本稿読者には、野球と同じくらい新たな音響システムも楽しんでほしいものだ。