Pro Toolsで行うトラック・メイクとリズム・ループの低域補正の方法|解説:Ryosuke "Dr.R" Sakai

Pro Toolsで行うトラック・メイクとリズム・ループの低域補正の方法|解説:Ryosuke Dr.R Sakai

 初めまして、音楽プロデューサーのRyosuke "Dr.R" Sakaiです。今月から4カ月連載を担当します。僕の制作スタイルは楽曲作り、レコーディング、ミックスに至るまですべてPro Toolsで完結させています。この連載では実際に僕が作った楽曲を題材にして、トラック・メイクや、ボーカル録音、ボーカル素材の編集/ミックスなどの手法についてお話ししていきたいと思います。

AVID Pro Subharmonicでサブハーモニックの合成/補正

 さて、題材をいろいろと悩みましたが、2022年1月にリリースされたMs.OOJA「Open Door」にしようと思います。楽曲のテイストは、前半は歌+ピアノのシンプルな構成、後半からはリズムが入ってソウル・テイストを帯びていくミドル・テンポのメロウな楽曲です。この曲はMs.OOJAと僕とシンガー・ソングライターのYui Muginoの3人で作りました。レコーディングやエディット、ミックス、マスタリングに至るすべてのプロセスを僕が担当しています。

 まずはトラックがどういった形で構成されているのかをご説明しましょう。見ていただければ分かると思いますが、かなりシンプルな作りです。バック・トラックは全部で12trで構成されています。緑色のトラックがリズム関連、赤色のトラックが音ネタ系、茶色のトラックはソフト音源を使用したMIDIトラック、青色のトラックはインストゥルメント・トラックをコミット(Macではshift+option+C、WindowsならShift+Alt+C)して作ったオーディオ・トラックになっています。

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Ms.OOJA「Open Door」のプロジェクト画面。バック・トラックは全部で12trで構成されており、緑色のトラックがリズム関連、赤色のトラックが音ネタ系、茶色のトラックはソフト音源を使用したMIDIトラック、青色のトラックはインストゥルメント・トラックをコミット(Macではshift+option+C。WindowsならShift+Alt+C)して作ったオーディオ・トラック

 それでは、リズム・パートから詳しく見ていきましょう。キックの20〜50Hz付近は楽曲のサウンド・キャンバスのサイズを定める大きな要ですので、冷静に音を判別した上で処理していくことをお勧めします。ほとんどのサンプルは超低音域まで音が詰まっていないスカスカなものばかりなので、そういった場合はサブハーモニックを生み出すプラグインを使い、不足部分の倍音を調整してみるとサウンドの完成度がグッと上がります。リズムの低音部分が不足したまま制作を進めてしまうと、ほかのパートの低音も不足がちになってしまい、結果として全体的に小さい音像になってしまいます。最近は世界的に音数が極めて少ない、シンプルなトラックが主流になってきていますので、一つ一つの音像をキッチリと仕上げていくことが肝です。的確な低音処理をするにはサブウーファーの導入をお勧めしますが、居住環境的に導入が難しいようならばヘッドフォンやイアフォンで代用することも可能です。土台作りを間違うと後からは取り返しのつかない音像になってしまいがちなので、ぜひキックの音作りの参考にしていただければと思います。

 この楽曲では2バース目からリズムが入ってくるのですが、たまたま出来の良いリズム・ループを発見したのでループの使いたい部分をカット・アップして使用しています。普段はキックやスネア、ハイハットなど、それぞれのサンプルを別々のトラックに張り付けて作るスタイルです。

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2バース目から入ってくるリズムのループ。すべてのリズム・パートが入ったものをカット・アップして使用している

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普段筆者はリズム・パートについて個別トラックを作りサンプルを張り付けて制作しているという。ここでは、上からハイハット2種類、スネア2種類、キック1種類という構成

 今回使用したこのループの雰囲気は良かったのですが、若干音質が軽かったのでEQで音質調整後、低域の量感を補強するためにAVID Pro Subharmonicを使用しました。サブハーモニック合成の周波数範囲として60〜90Hzを選択し、30Hzと45Hz周辺、DIRECT(ソース信号の低域)ゲインをコントロールします。ここでは30Hzを−15.3dB、DIRECTを−24dBと下げて設定しています。

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サブハーモニック補正プラグインのAVID Pro Subharmonic。ループの低域を補強し調整することを目的に使用

生演奏っぽさが大事な楽曲ではナチュラルな演奏をそのまま記録

 次に、メイン楽器のピアノを見ていきましょう。今回のピアノ音源はSPECTRASONICSのKeyscapeを使用しています。これまで数々のピアノ系ソフト音源を使ってきましたが、最近は完全にKeyscape一択になりつつあります。かなり出来が良いので、もしピアノ音源で悩まれている方がいたら、ぜひお試しください。MIDI打ち込みですが、僕の場合はノンクオンタイズの状態でリアルタイムに演奏していきます。

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「Open Door」のメイン楽器として使用したピアノ・ソフト音源のSPECTRASONICS Keyscape。

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SPECTRASONICS Keyscapeで打ち込んだピアノのMIDIノート。今回はクオンタイズをかけずリアルタイムに演奏したため、ノートの長さに統一感は無い

 シンセ系の音はしっかりクオンタイズ(メニュー・バーのイベント→クオンタイズ選択)しますが、本作のような生演奏っぽさが大事な楽曲の場合はクオンタイズせず、ナチュラルな演奏状態を記録することを心掛けています。とは言え、やはり時々大幅にリズムがずれてしまうこともあるので、その際にはピアノロール画面を用いて部分的に微調整を施していきます。

ベースはアンプ・シミュレーターで倍音を増やし音抜けを良くする

 そして、もう一つのサウンドの要であるベースについても見ていきましょう。ベースもソフト音源を使い、リアルタイム演奏で打ち込みをしています。最近はベース音源単体でも非常に音質の良いものが多いですが、僕はエレクトリック・ベース系の音を使う場合は、ほぼ必ずアンプ・シミュレーター・エフェクトを使用します。倍音が増えることによって、音抜けも確実に良くなりますし、空気感が良くなります。低音域の出具合もふくよかになりますのでお勧めです。今回はPLUGIN ALLIANCE BrainworxのAmpeg B-15Nを使いました。

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エレキベースの倍音を増やし、音抜けの良いサウンドにするために、PLUGIN ALLIANCE BrainworxのAmpeg B-15Nを使用

 ベースもキックと並んで全体のサウンド・キャンバスに大きな影響を与える要因なのですが、キックとベースでにごりなくきっちりと低音域を構成できれば、おのずとほかのサウンドの配置も奇麗に決まっていきます。ただしキックもベースも、両方低音をただ単純に出せば良いということではないので、その点はご留意ください。無駄に低音域がたまると、最終的に音圧をしっかり入れられなくなってしまいます。WAVES C1 Compressorなどを使い、キックをトリガーにベースに対してサイドチェイン・コンプを掛けたりするテクニックも有用ですが、まずはしっかりとしたモニター環境で過不足の無い低音を作ることを心掛けてみてください。

 この曲のほかの構成音としては、コーラス・パート、オルガン、ストリングスがありますが、このようにシンプルな楽器構成でトラックは出来上がります。先述の通り、現在世界的にシンプルなトラック構成が主流です。シンプルな方が、一つ一つの音像を大きく聴かせてリッチに仕上げることができますし、歌が入る楽曲の場合は“歌”そのものに焦点を当てることができるので、利点が大幅に増えます。ぜひ参考にしていただけますと幸いです。

 

Ryosuke "Dr.R" Sakai

【Profile】ちゃんみなやmilet、AK-69、Ms.OOJA、UVERworld、東方神起など、数多くのアーティストを手掛けるプロデューサー。2021年からはDr.Ryo名義でアーティスト・プロジェクトをスタートした。また、レーベルのMNNF RCRDSを主宰する。

【Recent work】

『Open Door』
Ms.OOJA
(ユニバーサル)

 

AVID Pro Tools

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LINE UP
Pro Tools | First:無償、Pro Tools:35,300円、Pro Tools | Ultimate:94,500円
(いずれも年間サブスクリプション版の価格。永続ライセンス/月間サブスクリプションもあり)

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

製品情報