Digital Performerを使った“シンクマスター”のライブ・シーケンス 〜木内友軌が使うDigital Performer【第1回】

Digital Performerを使った“シンクマスター”のライブ・シーケンス 〜木内友軌が使うDigital Performer【第1回】

 初めまして、木内友軌です。楽曲制作とコンサートなどでサポート・ミュージシャンをしています。Digital Performer(以下DP)は、10年以上私のコンサートの仕事をサポートしてくれている、とても信頼しているDAWです。今回の連載では私がDPを信頼する理由や、その機能、使い方についてお話しできたらと思っています。

チャンクやウエイトモードなど
パフォーマンスを支える頼もしい機能

 楽曲制作とは、音楽プロデュース、作詞、作曲、編曲など音楽を作る仕事。DPはそのためのソフトとして有名で歴史も長いですが、私が主にお話するのはコンサートのサポートにおけるDP活用法です。コンサートでの私のポジションは“シンクマスター”というポジション。ライブ・シーケンスを使ったパフォーマンスを行い、コンサートやショウのお手伝いをしています。全体のバランスを取りつつ自らもパフォーマンスするポジションなので、バンド・マスターを任されることも多いです。

f:id:rittor_snrec:20210720230018j:plain

筆者が実際にシンクマスターを行う際のセッティング。コンピューターやミキサーなどに加えMIDIキーボードやMIDIパッドなどのコントローラーも準備している。エフェクトとしてANTARES Auto-TuneやDJ用エフェクターも用意しており、マルチなライブ・パフォーマンスを可能とするシステムだ

 DPとの出会いは、初めてコンサートでライブ・シーケンスを扱う現場に呼んでもらった際、バンド・マスターからDPを薦められ教え込んでいただいたのが始まりでした。ほかのDAWとは違う“チャンク”システム、楽器入力と同時に再生がスタートされる“ウエイトモード”など、コンサートにおける頼もしい機能がたくさんあり、一生懸命覚えたのが懐かしいです。

 

 そんな私のデビュー戦が満員の大阪城ホールのコンサート。ひよっこの私を頼もしく支えてくれたのは、そのバンド・マスターの先輩と、DPでした。そこからさまざまな経験を経て、2016年には日本で初めて制作されたアリーナ規模のショウ・ツアー『ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー』で音楽、演技、演出、すべてを細かくシンクロさせるために、完全にオリジナルのライブ・シーケンス・システムをデザインしました。そのことをきっかけに、シンクマスターというセクションをライブ・シーケンスの再定義をする意味を込めて提案しています。

 

 では、シンクマスターとは具体的にどういった役割なのか。近年の楽曲は、リッチな音数が好まれてきたことや、DAWやプラグインの発達によりコンサートでの生演奏だけで再現することが難しいものが多くなりました。そこで、レコーディング・データと生演奏をシンクロさせるライブ・シーケンスという手法が、現在のライブ現場では一般的に行われるようになっています。それと同時にイアモニ、ライティングなどの技術も発達。より複雑なライブ演出やモニタリングが可能となったため、演奏と演出を高度にシンクロできるようになりました。高い次元の演出を求められることも多く、内容を汲み取った上で最適なライブ・アレンジや音楽演出を提案し、シーケンス・システムをプログラミングしながらパフォーマンスをするというポジション。それがシンクマスターです。そして、そのライブ・シーケンスの中心として欠かせないのが、DPなのです。

 

パートを分けてPAへ出力
マーカーを描き楽曲の展開を把握

 では第1回の残りの時間は、DPで作ったライブ用のデータをもとにライブ・シーケンスの基礎中の基礎からお話ししていきましょう。実際に組んだデータをお見せします。まずはその仕組みについて。シーケンス・データを作る際に、大きく分けて2つの方向へ音を送ります。“外に出る(お客さんが聴く)音”と“モニターだけの(お客さんに聴こえない)音”です。外に出る音はレコーディング・データやあらかじめ作った音で、生演奏などと一緒に客席へ届く音。モニターだけの音は、クリックやキー出し音などの、ステージ内に居る人だけが聴くものです。アーティストやバンド・メンバーはこのクリックを聴きながら演奏をしてシーケンス・データとシンクロします。

f:id:rittor_snrec:20210720230216j:plain

ライブ・シーケンスを行う際の例として筆者が組んだトラック画面。上から、クリック、ボーカル、ドラム、シンセ、コーラスとなっていて、それぞれのアウトプット・チャンネルにアサインされている

 つまり、最もミニマムなライブ・シーケンスの形は、オーディオ・インターフェースから外に出る音がステレオで2ch、モニターだけの音=クリックが1chの合計3ch出力されているものです。現場により、ここからさまざまに応用していきます。

 

 例えば、外に出る音の中でもパーカッションやコーラスといったパートは、曲によってそれぞれが楽曲中で担う役割が全く異なっていたり、またダイナミクスも違っていたりすることがあります。ですので、ほかのパートと分けてFOHのPAエンジニアの方に調整してもらった方が、より良い音で、かつより良いバランスをとってもらえるでしょう。この場合は、パーカッションのステレオ2chとコーラスのステレオ2ch、それとクリック1chの合計5chがオーディオ・インターフェースから出力されることになります。こういった具合にチャンネルを設定していくのです。一番スタンダードな形と言えるのは、“リズムものステレオ2ch”“音階楽器ものステレオ2ch”“コーラスものステレオ2ch”という6回線をPAに送っているものでしょうか。

 

 どのチャンネルにどの音をアサインするかは、皆さんの癖みたいなところがあるので、自分流を探してみてください。私の場合、クリックはch8、ボーカルをch7、あとはch1から順にリズム、シンセ、コーラスとアサイン。ボーカル・トラックはステレオ・データなのでch7/8へのアサインになるのですが、ミキサー画面でLにパンを100%振ることでch7からのみ出力されるようにしています。1番下にあるのはマスター・トラックで、各チャンネルから出る音の大きさを管理します。ボリュームを上げ過ぎてクリップしていないか、極端に小さ過ぎないかなどを見ることができます。もちろんここにEQを挿したり、ボリューム調整したりすることも可能です。

f:id:rittor_snrec:20210720230311j:plain

ボーカル・トラックのミキシングボード画面。元はステレオ・トラックだが、L側にパンを100%振ることで、ch7のみから出力するようにしている。クリックがch8からの出力のため、それぞれの音が混ざらないようになっている

 現場によってオーディオ・インターフェースを選定することも大事。アウトプットしたいチャンネル数に合わせたオーディオ・インターフェースを使う必要があります。先述した8chですと、MOTU 828シリーズなど8ch以上のアウトプットが搭載されているものがお薦め。私の場合16ch以上出すこともあるので、光回線やMADI、Danteなどを用意する場合もあります。オーディオ・インターフェースもそれぞれキャラクターがあり、出音も異なります。お好みをチョイスしてみてください。

 

 シーケンス・データの基本で重要なのはマーカーです。マーカーで楽曲の展開をしっかり把握することで、リハーサルや万が一トラブルが起きた際でもスムーズに対処できます。シーケンスのスタートからしっかりと描きましょう。

 

 さて最後にお見せするのは、シンクマスターとしての現場のシーケンス・データを再現したデータです。次回からはこちらを使ってDPの機能を解説をしていきます。お楽しみに!

f:id:rittor_snrec:20210720230400j:plain

筆者が実際に現場で使っているシーケンス・データを再現したトラック画面。縦に入った黄色の線がマーカーで、シーケンスのスタートからイントロ、Aメロ、Bメロなど楽曲中の各展開のポイントで細かく区切られている。マーカーを描き展開を把握することで、リハーサルでの各ポイントからの再生や、急なトラブルの際にもスムーズに対処することができる

木内友軌

【Profile】バンド、シンガー・ソングライターとしての活動を経て音楽プロデューサー、作詞家、作編曲家として活動中。バンドとクラブ・シーンで培ったハイブリッドなサウンドでアーティストや、映画、映像作品、ショウなどへの楽曲提供を行う。2020年からは10代、20代の新しい才能との制作に力を入れ、若い世代の心をつかめる作風が喜ばれている。クリエイティブ・テーマは“世界人の中の日本人としての世界に誇れるソングライティング”

【Recent Work】

『僕でいいじゃん』
三阪咲
(Bloom Slope Records)

 

製品情報

MOTU Digital Performer

オープン・プライス

f:id:rittor_snrec:20210707101105j:plain