バイオスフィア『Angel's Flight』、イノーダ『スン』 〜エンジニアNagie's ディスク・レビュー

 第一線で活躍するエンジニアに毎月お薦めの新作を語ってもらう本コーナー。Nagie氏の今月のセレクトは、バイオスフィア『Angel's Flight』、イノーダ『スン』です。

ちまたの冷たいシンセのアンビエント音とは一線を画す
弦楽器から感じるどこか温かい音色と“ゆらぎ”

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バイオスフィア『Angel's Flight』

 ノルウェー出身のアンビエント・ミュージック界の重鎮、バイオスフィア。このジャンルの音楽にはよくある、シンセのドローン音やアンビエント音のプリセットが頻出するため、特に興味を持てなくなっていた。だが本作はそういった類のものではなく、ベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第14番」を元に制作されているとのこと。すべての音はくぐもった奥深いアンビエント音で、よく聴くと弦楽器を元に処理を加えて再編成された音だと分かる。弦楽器から感じるどこか温かい音色と“ゆらぎ”は、ちまたの冷たいシンセのアンビエント音とは一線を画す。眠りに落ちるときの、目の前がすべてフォーカス・アウトしている気持ち良さ、そんな風に感じた。音作りの一つの手法として押さえておきたいアルバムだろう。

 

2021年の“新しい何か”が加わっていると感じる
ミキシングの技術とマスタリングのうまさ

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イノーダ『スン』(HEADZ)

 お次のイノーダはオーストリア出身で、この手は僕が一番好きなジャンルだ。デジタル・ビットを感じるノイズ、CYCLING '74 MaxやPure Dataなどから発せられたかのような冷たいドラム、パーカッション、パッド。どれも一見目新しいとは思えないが、全体的に2021年の“新しい何か”が加わっていると感じた。それは、恐らくミキシングの技術。このジャンルはノイズやいろんな音が混とんとするのがお決まりなのだが、すごくスッキリとミックスがまとまっていて、しかも音場に前後の奥行き感がある。日本でも人気の高いドイツの電子音楽家、シュテファン・マチューのマスタリングも非常にうまい。うん、やはり2021年のサウンドだ。

 

Nagie

【Profile】ANANT-GARDE EYES、aikamachi+nagie、CM、アニメ、劇伴、映像音楽中心に活動。Vocaloidライブラリー開発も行う