ビリー・アイリッシュ『ハピアー・ザン・エヴァー』、ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』 〜エンジニアNagie's ディスク・レビュー

 第一線で活躍するエンジニアに毎月お薦めの新作を語ってもらう本コーナー。Nagie氏の今月のセレクトは、ビリー・アイリッシュ『ハピアー・ザン・エヴァー』、ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』です。

ワイドなステレオ感とドライな楽器の絶妙な配置
ミックスの広さと奥行きを見事に作る素晴らしいミックス

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ビリー・アイリッシュ『ハピアー・ザン・エヴァー』(ユニバーサル)

 今回は気に入ったミックスを2点紹介したい。ビリー・アイリッシュの「ユア・パワー」は、ミッドテンポのアコースティックな楽曲。冒頭のアコギのストロークは一本のように聴こえるが、M/Sで広がった処理をした上で、薄く丸く加工された同じ演奏がダブルでステレオの反対側に居て、それが自然で広いステレオ感を作っている。ところどころ絡むリフがあり、ギター・トラック数は意外に多い。歌の処理には今までの作品の音の特徴をうまく残している印象。ボーカルにくぐもった丸さを残すEQがかけられており、暗いチャンバー系のやや狭いリバーブが歌の残響感をサポートしつつ、ギターや途中で絡むドライなウィスパー・ボーカルのワイドなステレオを邪魔しない作り。そして、サブベースと謎のパーカッションがドライでステレオ感のあるパートの下を埋める。ワイドなステレオ感とドライ楽器の絶妙な配置で、ミックスの広さと奥行きを見事に作る素晴らしいミックスだ。

 

キックとリム・ショットが奇麗に分離して前に張り付く
打ち込みかと思うもよく聴くと生演奏のドラムに注目

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ハイエイタス・カイヨーテ『Mood Valiant』(ビート)

 次のハイエイタス・カイヨーテの「Red Room」も同じくドライな楽器の配置が見事。特に注目したいのがドラムだ。キックとリム・ショットが奇麗に分離して前に張り付いており、打ち込みかなと思いながらもよく聴くと生演奏。しかし最初から16分音符で刻んでいたハイハットがはっきり出たり出なかったりと、少しこのドラム処理からの影響が出ている。日本だったらドラマーからクレームが来て、多分納得してくれないだろう。ミックス全体で見たら、これが大正解だ。

 

Nagie

【Profile】ANANT-GARDE EYES、aikamachi+nagie、CM、アニメ、劇伴、映像音楽中心に活動。Vocaloidライブラリー開発も行う