複数の大震災や9.11、世紀や元号の改新など、いずれも時代の境界になってきましたが、新型コロナ・ウィルスは1万年前の農耕牧畜からの影響が超過的な都市生活や移動手段によって噴き出たものとも言われており、これこそがその大本命なのでしょうか。このウィルスが、私たちに従来の社会活動を変えることを迫っているかのようです。今年を経済活動のピークとして、計画的にスロー・ダウンする時代に入るのかもしれません。そういう世界で音楽が社会に貢献できることを考え実践をすることが、今の時代を生きる音楽家に与えられた使命だと思います。
音作りのプロセスは編曲時で完結
ミックスではEQとコンプでシンプルに
筆者担当最後となる今回は、仕上げのミックス工程です。筆者は普段この作業をAVID Pro Toolsで行っていますが、その理由は外部スタジオと連携しやすいという汎用性を考えてのこと。Digital Performer(以下DP)の音質が劣っているわけではありません。ちなみに、Pro Toolsに移行するときはDPでオーディオ・マージをしますが、以前のバージョンだとオーディオ・クリップがある部分でしかできませんでした。現在は空白部分を含め任意の場所で行うことができます。大量のマージやエクスポートでも処理時間が速く、Pro Toolsを併用する場合も手間は感じません。
今回はDPだけでのミックスです。まずは、繰り返し述べてきた“整理”をしっかり行います。もちろん、集中力を途切れさせず衝動を保つためです。最終的に採用したトラックに明解な名前を付けて分かりやすい順番に並べ、不要なトラックは削除/非アクティブ(トラックウインドウのトラックメニューにある青色の有効ボタンをオフ)/非表示(前回書いたように、筆者はarchivedやtracksという名前のフォルダに保管)などを行います。さらに、シーケンス画面で波形をズームして拡大表示し、減衰や不要なノイズも視覚的にチェックしましょう。
さて、エフェクトをかけていきますが、積極的な色付けをする空間系/ひずみ系/モジュレーション系などは編曲の領域にも大きく影響するので、筆者はアレンジ中にかけてしまいます。また、最初から音響処理がされていて、邪魔な音域があまり含まれていないソフト・シンセとは違い、生楽器はしっかりEQなどをして曲中での音響的な立ち位置をしっかり定めた上で、全体のアレンジを進めることも有効です。今回だと、録音したピアノを最終的な状態の音になるように早めにプロセッシングしておきます。要は、音色作りのプロセスは編曲中に済ませておき、ミックス時にはEQとコンプだけかけていけば仕上げられる状態にしておくのです。
音色作りに有用なDP付属プラグインも紹介しましょう。DPには歴代パワー・アンプ/スピーカー・キャビネット/エフェクト・ペダルなどのギター・エフェクトが非常に充実しています。Live Room GやLive Room Bはスピーカー・キャビネットの種類、4つのマイクの位置とミックス・バランスを変えることで部屋鳴りを再現できる優れたシミュレーター。MegaSynthはフィルター/アンプ/パターン・ジェネレーターなどを組み合わせた過激かつ遊びのあるプラグインです。
ミックス&マスタリングに向いた
Masterworks Seriesプラグイン
EQ/コンプに関しては、独立したパッケージとしても販売されているほどのクオリティを誇るMasterworks Seriesを使います。Masterworks EQは、7バンドに対するゲイン、周波数、Q幅の基本処理はもちろん、NEVEのEQ特性をエミュレートしたものなど4つのEQスタイルを選べる高品質な設計です。Masterworks Compressorは、MOTUの中でも比較的古くからアップデートされてきた信頼できるマルチバンド・コンプ。この2つのプラグインを楽曲のステレオ・トラック×21trに使いましたが、全く負荷がかかっていないようにキビキビと動作しているのはさすがDPネイティブです。
なお、これらエフェクト・プラグインのインサートを、DP10の新機能“コンテンツブラウザ”を使って迅速に行うこともできます。これは、インストゥルメントやループ、クリップ、プラグインなど、DPで使用するすべてのリソースに素早くアクセスできる機能。プロジェクトメニューから呼び出すことができ、コンテンツブラウザ左側メニューの中から“エフェクト”を選ぶと、メーカー別にプラグインのプリセットが表示されます。任意のプリセットをミキサーのインサート・ボックスにドラッグすると、そのプリセットの状態でエフェクトがインサートされます。
音量バランスを取っていく際、DP10で新たに追加されたVCAトラックを使うこともできます。VCAトラックは、複数トラックの相対的な音量をコントロールできる機能です。前回でグループを組んだトラック群に対して、1本のフェーダーだけでオートメーション操作がまとめて行えます。そうして各トラックやグループ・トラックのパンニング、音量バランスを完成させ、マスター・フェーダーでピーク・オーバーしないような設定にすればミックスの完成です。
マスタリングはそれだけで職業になる工程で一朝一夕にできるものではありませんが、ミックスそのままよりはプレゼン時の聴こえ方を良くしておきたいということは多々あるでしょう。MOTUプラグインには、最終アウトプットをリミッティングするために最適なMasterworks Limiterも含まれています。64ビット浮動小数点演算によるち密な処理により、スレッショルド、ルックアヘッド、リリースなどの設定を用いて最終的な音像を追い込むことが可能です。
最後におまけコーナーです。僕の周りのDPユーザーにレコメンド機能を聞いています。最終回はCM音楽の巨匠で、自作リリースも活発にされている先輩の音楽家、内山肇さんです。“多彩な音源とエフェクトをセットにしたインサート設定の保存と読み込みが迅速に行えるところ。さまざまな楽器の音色セットをあらかじめ用意しています”とのこと。音楽は料理と似ていると感じることが多いですが、丁寧でしっかりした準備をしておくと大胆に調理にかかれますよね。インサート設定は、料理で言う下ごしらえではないかと思います。
筆者独自の使用法もあったと思いますが、“ほかのユーザーの使い方を見ると少しだけ発見がある”という視点でご覧いただけたなら幸いです。ご高覧、ありがとうございました!
安田寿之
コンセプチュアル作からシンガー・ソングライター的な作品まで、多様な制作を行う音楽家。テイ・トウワやアトム・ハートなど、国内外やジャンル問わず多くのアーティストと共作/共演する。5thアルバム『Nameless God’s Blue』では、J-WAVEチャートにて6週にわたりランクイン。ドラマ『これは経費で落ちません!』の音楽も担当した。ARTURIA公式ユーザー・グループ東京リーダーを務め、武蔵野音楽大学にてコンピューター音楽を教える。
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