安田寿之が使うDigital Performer 10 第2回〜DP10の機能を使った編曲 クリップウインドウからトラック整理術まで

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21世紀になり感染症(COVID-19)にこれだけ世界を乱されると予想していた方は、少ないのではないでしょうか。先延ばしにされてきたリモート・ワーク、環境汚染改善などの議論に加え、音楽業界でもオンラインでのライブやレクチャーなどの本格運用も取りざたされています。変化というのは自発的に起こすより、周辺環境が先に変わりそこに適応を迫られることの方が多いのかもしれません。さて、今回は編曲でのDigital Performer(以下DP)の活用を解説していきます。

 

クリップウインドウで素早く録音
MIDIはすぐにオーディオへ変換する

 まずは、前回作ったコードとメロディにリズムを加えます。音源はDPに付属するドラム専用ソフト音源Model-12を使用します。Model-12には生ドラムや往年のリズム・マシンなど即戦力になる音色が何百と入っていますが、オリジナル音色を取り込むサンプラーとしても充実した機能を備えています。

 ここで、DP10に搭載された画期的なループ・トリガー機能“クリップウインドウ”を活用します。前回の作曲メモを聴きながらリズム・パターンを試し、アイディアが固まってきたらクリップウインドウで直接録音していきましょう。クリップ名をクリックして編集画面を呼び出すと、クオンタイズやベロシティなどの編集とともに、長さ/開始位置などの調整も行えます。作成したクリップをトリガーして録音し、トラックウインドウに取り込むことも可能です。慣れると、リズムなどはトラックへ録音していくより速くプログラミングできるかもしれません。

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DP10より搭載された新機能のクリップウインドウ。各スロットにオーディオ/MIDIフレーズを格納し、ループとしてトリガーができる。それぞれで違う長さに設定ができるので、ポリリズムを簡単に作ることも可能だ

 MIDIフレーズが完成すると、曲構成のことはあまり気にせず早々にオーディオ化します。MIDIのオーディオ化という作業には、“いったん区切りを付けて前進させる”という創作において重要な役割があると思います。もし問題があればまたMIDIに立ち返ればいいのですから、とにかく前に進みましょう。そのMIDIをオーディオ化する機能=バウンストゥディスクも、DP10.1で機能が強化されています。ソースとして、これまでの“アウトプット”に加えて“トラック”が選べるようになり、1回のバウンス操作で複数のトラックやステムのバウンスが可能になりました。書き出し終わったオーディオを使い、曲構成やほかの楽器との関係を考えながらコピー&ペーストやミュート、フィル部の編集などを行い、リズム・トラックを構築します。

 

複数の音色を組み合わせることで
旋律を際立たせる

 この曲では生ピアノを録音しますが、それは次回に行い、ここではベースを例にした音源での編曲を解説します。使うのはDP付属シンセのBassLine。ノコギリ波と矩形波をブレンドする1つのオシレーターを基本に、フィルターやアンプ、モジュレーションも備えたシンプルで力強いモノ・シンセです。この曲でのベースは、オクターブを8分音符で上下するディスコ的なラインにしました。1音色でも問題無いですが、僕は複数の音色を組み合わせることが多いです。編曲のコツの一つとして、“リズムはメロディックに/器楽音はリズミックに”というものがあります。優れた演奏家だと1音色でメロディックに奏でることができますが、打ち込みでは難しいもの。複数の音色を組み合わせることで、旋律を際立たせることができます。複数の音を使うと言っても、同じタイミングで音を重ねる方法、階段状に音符を分けてパズルのようにさまざまな音色を出入りさせる方法(スクリッティ・ポリッティの名作『キューピッド&サイケ85』はその好例)、それらを組み合わせる方法があります。

 この曲では、ベース・ラインをオクターブの上下でトラックごとに分けました。メニューの“リージョン”にある“スプリットノート”で音域を指定して分けることもできますが、今回は分離したいフレーズの音域が重なっています。そういうときはシーケンスウインドウで音符を選択し、そのままトラックウインドウに移って別トラックにドラッグして分離します。

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ベース・ラインは、オクターブを8分音符で上下するディスコ的なフレーズにした。オクターブの上下ごとに音色を作るため、それぞれを別リージョンに分ける必要があるが、音域が重なっている部分があるため、音域を指定して分離するスプリットノートが使えない。その場合はシーケンスウインドウで分離したいノートを選択し、トラックウインドウで別のトラックにドラッグすれば分けることが可能だ

 では、リズムと同様にベース・トラックもバウンスしていきます。プリセットや自作した音色を使ってどんどん書き出しましょう。実際にサウンドを重ねてみないと、なかなかベストな音色の組み合わせは分かりません。この曲では結果的にオクターブ下は2つの音(アタック部分を担う音色とサブ音色)を重ね、オクターブ上はアシッド的な音色を使うことにしました。この組み合わせを決定するまでに5音色ほどを書き出していますが、多いときは30音色くらいを調整しながら組み合わせを試すこともあります。ここが打ち込みアレンジの正念場であり、妙味とも言えるでしょう。音色が決まった後は、リズムと同様にコピペやミュートなどの編集を行い1曲分にします。

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上の2trがオクターブ下、一番下のトラックはオクターブ上のサウンドだ。オクターブ下はアタック部分を担う音色とサブ音色、オクターブ上はアシッドな音色を使い、それらを組み合わせてベース・サウンドを作り上げた

 そのほかの楽器は、基本的にはベースと同様に組み立てます。DPにはMX4やPolySynth、Modulo、Protonなど、キャラクターの違うシンセが付属されているので活用しましょう。さらに、DP10にはMOTU Instruments Soundbankが追加されました。UVI FalconやWorkstationで使える多様なサウンドとループを5GB分収録しています。トラック内容に応じて、これらを使い分けて編曲を進めましょう。

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DP10に備わっているサウンド&ループ集のMOTU Instruments Soundba nkは、UVI FalconやWorkstation(無償)で読み込むことが可能。生楽器を中心とした5GB分ものサウンドとループを扱うことができる

 データ整理に使えるTipsも紹介します。バウンスしたオーディオ・トラック名に音源/音色名を付けておけば、MIDIに立ち返ってエディットし直し、再度バウンスする際などに便利です。トラックの色はMIDIとオーディオを一致させておき、さらにリズムは赤系、ベースは黄色系などある程度色を決めています。また、不可欠な機能がトラックフォルダ。アイディアやボツになったトラックは“archived”、実際に採用したトラックの途中経過は“tracks”という名前にして格納しています。英語の“Arrange”には、並べる/整えるなどの意味もあるように、しっかり編曲をするために作業内容や過程の整理は肝要です。データを整えることで集中を途切れさせる不要な作業を減らして初期衝動を保ち、過不足を認識しましょう。

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ピアノの録音を残し、そのほかのシーケンスが完成。各トラックは、リズム系が赤系、ベースは黄色系などカラーを決めて整理している。また、トラックをまとめるトラックフォルダ機能を使い、アイディアやボツになったトラックなどは“archived”として、採用したトラックの途中経過(オーディオ化前など)は“tracks”として格納。しっかりと整理整頓を行うことで、楽曲全体を認識しやすくすることが重要だ

 最後におまけコーナーです。僕の周りのDPユーザーにレコメンド機能を聞いています。今回は、友人の音楽家Firoさんです。“ショートカットをカスタマイズできる、コマンド機能がお薦めです。頻繁に使う項目をコンピューターのキーに割り当てています”とのこと。セットアップメニューの“コマンド”で出るウィンドウで項目を選びキーを登録すれば、簡単にショートカットをカスタマイズ可能です。僕は“全てのクリッピングインディケータを解除”という機能をよく使うので、command+2(WindowsはCtrl+2)にしています。

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安田寿之

コンセプチュアル作からシンガー・ソングライター的な作品まで、多様な制作を行う音楽家。テイ・トウワやアトム・ハートなど、国内外やジャンル問わず多くのアーティストと共作/共演する。5thアルバム『Nameless God’s Blue』では、J-WAVEチャートにて6週にわたりランクイン。ドラマ『これは経費で落ちません!』の音楽も担当した。ARTURIA公式ユーザー・グループ東京リーダーを務め、武蔵野音楽大学にてコンピューター音楽を教える。

 

Breaking the Silence (Version 10.4.0)

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