ABLETON Liveの空間作りや調律用ツールを駆使した各トラックが粒立つミックス・テクニック|解説:Mimi Del Ray

ABLETON Liveの空間作りや調律用ツールを駆使した各トラックが粒立つミックス・テクニック|解説:Mimi Del Ray

 おはようございます。朝イチ、心にも体にも頭にも何も入れていない状態で、ある程度仕上げたプロジェクト・ファイルを開きます。まだ一日の雑念や疲れが無い状況が必要です。なぜなら今日はミックスしなきゃ。クリアな耳の状態を優先し、心もいつでもその曲にダイブできる、冷静さと情熱の間、みたいなものが必要です。始めますか!

ミックス作業は宝石磨きのパート。L/RやM/S処理に優れたEQ Eight

 耳はどうやら人間の器官の中でトップ・レベルの欠陥品らしい。という話を音響心理学やシンセサイザー、MIDIに興味を持ったときに聞いてから、私は耳だけに頼るのではなく、頭骸骨や子宮が音に対してどのように反応するかを意識しています。200Hz以下の響きが良ければ子宮に到達し、1kHz以上がギラギラし過ぎると頭が痛いというように、音をどう立体的に配置するかを、いろいろな体の器官を使って定めていきます。制作の段階で0からある程度は出来上がっていますが、まだ1に到達していません。ミックスも曲作りの一環であり、大切な宝石磨きのパートなので、各トラックを粒立たせていく感覚で作業します。

 まずは音の現状を知るためにヘッドフォン、コンピューター、モニター・スピーカー、APPLE AirPodsなど出力先を変えて曲を確認。デバイスによって音の聴こえ方が違うので、バランスを把握するところから始めます。

 トラック数が多ければ多いほど、音と音が重なり合ってそれぞれを消してしまったり、大きい音がほかの音を邪魔するようなマスキング効果が起きがちなので、各トラックに対して基本の音量調節とパンの調整に加え、EQ処理をします。EQプラグインは1つに限定せず、他社のものも取り入れて楽器ごとに変えたりしますが、Live付属のEQ Eightはとても使いやすいです。ヘッドフォン・マークを押せば任意の音だけを聴けるので聴覚的にも視覚的にも編集しやすく、不要な音を直感的かつスピーディにカットできるので重宝しています。音の広がりが気になったら、不要な音と立たせたい音の整理やMidとSideの調整をします。EQ Eightはステレオ、L/R、M/Sすべて同軸で行える優秀なデバイスです。また、私は手軽にM/S処理を施せるようにUtilityを使用したMS Rackというデバイスを作りました。平べったくて一直線!という音にならないように、曲を、一つずつの音を、魚眼レンズでのぞいているような感覚で色付けしていきます。

Live付属の8バンドEQデバイス、EQ Eight。入力信号は、Stereo(L/Rを等しく調整)、L/R(左右のチャンネルを個別で調整)、M/S(Mid/Sideを個別で調整)のいずれかのモードで処理できる。画面を拡張して8バンドを同時に編集することも可能だ

Live付属の8バンドEQデバイス、EQ Eight。入力信号は、Stereo(L/Rを等しく調整)、L/R(左右のチャンネルを個別で調整)、M/S(Mid/Sideを個別で調整)のいずれかのモードで処理できる。画面を拡張して8バンドを同時に編集することも可能だ

筆者は、M/S処理用にMS Rackと名付けた自作デバイスを駆使。ステレオで出す音の広がりや音の芯となるモノラル感を調整するために使用している

筆者は、M/S処理用にMS Rackと名付けた自作デバイスを駆使。ステレオで出す音の広がりや音の芯となるモノラル感を調整するために使用している

左右のトラック位置をずらして作る包み込まれるようなワイドな空間

 L/R、M/Sでの配置だけではダイアモンドがバリバリっと空中に散らばるようなところまでは達成できないので、さらに空間を広げるためには、リバーブやディレイ、エコーなどを使うか、音をずらします。MIDIトラックであればモノラルでオーディオに変換。それを複製したトラックを耳で確認しながら40ms以内の範囲でずらし、片方ずつ左と右にパンを最大限まで振ります。そうすることで、パッドなど直接的には耳に届いてこないけれども音を支える、重要な大黒柱が力を発揮します。これは音作りにおけるとてもベーシックな方法ですが、さらに左右どちらかにHybrid ReverbのプリセットDelayed Blurry Hallなどをインサートし、任意の場所にDry/Wetのオートメーションを描いたりすると、大きく包み込まれるようなワイドな空間を体験できるでしょう。Hybrid Reverbは予期できない空間作りができるので、スタメンになりつつあります。

ワイドな空間を作るときには、モノラルのオーディオ・トラックを複製し、それらを40ms以内の範囲でずらして配置。左右にパンニングしたら、いずれかのトラックにHybrid ReverbのプリセットDelayed Blurry Hallをインサートし(画面下段)、Dry/Wetをオートメーションで描いていく

ワイドな空間を作るときには、モノラルのオーディオ・トラックを複製し、それらを40ms以内の範囲でずらして配置。左右にパンニングしたら、いずれかのトラックにHybrid ReverbのプリセットDelayed Blurry Hallをインサートし(画面下段)、Dry/Wetをオートメーションで描いていく

 Delayなどのモジュレーション機能を持つプラグインは、ハイハットやパーカッションにも使えます。Live付属デバイスは想像を超える効果を生み出してくれるものばかりで、例えば、任意の上モノにほんの少しEchoなどをかけるだけでも定位が変わり、新しい音の部屋をどんどん作るような感覚で、まだ使われていなかった帯域へのアプローチが可能です。

上モノにはEchoをインサート。Dry/Wetノブを使って数%Wetに設定することで定位が変わり、空間作りの際に変化をもたらすことができる

上モノにはEchoをインサート。Dry/Wetノブを使って数%Wetに設定することで定位が変わり、空間作りの際に変化をもたらすことができる

音のまとまりを出すための調律ツールTuner&Spectrum

 人間の耳は周波数が20Hz〜20kHzの音だけ認識することができるらしいのですが、それぞれの帯域における感度はバラバラです。そのことからミックス段階でなんだか音の配置に違和感を覚える、ということが起こり得ますが、そのようなときに登場するのがTunerやSpectrumといった調律を行うためのデバイス。曲を支えるドラムのキーが曲とマッチしないことによる違和感を解消してくれます。もちろんあえて外すことで曲の味になる場合もありますが、調律すると音がまとまり、音の飛ぶ方向が変わることによってスペースができるので、上に乗っているシンセ・リードやピアノ、ギターが際立って音が3Dへと変化していくような感覚を体験できるのです。

Tunerはその名の通り、チューニング用のデバイス。音階名を表示してくれるので、キックなどの音高が認識しやすいパートで活用できる

Tunerはその名の通り、チューニング用のデバイス。音階名を表示してくれるので、キックなどの音高が認識しやすいパートで活用できる

ハイハットやパーカッションなどの音高が認識しづらいパートの調律にはSpectrumを活用する。デバイスの波形表示をダブル・クリックすることで、上部に拡張ビューとして表示されるので、より視認性が高くなる

ハイハットやパーカッションなどの音高が認識しづらいパートの調律にはSpectrumを活用する。デバイスの波形表示をダブル・クリックすることで、上部に拡張ビューとして表示されるので、より視認性が高くなる

 Tunerは分かりやすく音高を表すのでキックなどに使えます。一方で、音高を認識しづらいハイハットやパーカッションなどではSpectrumが活躍。インサートしてダブル・クリックすると波形が拡大表示され、波形が一番大きくなっているところにカーソルを合わせると、その音の高さが分かります。曲とだいぶずれている場合には、調律をするだけで音の定位はもちろん、トランジェントも立って曲の雰囲気が変わります。

 と、いろいろ書いていますが、ミックスは丁寧さも大胆な荒さも必要不可欠で、とにもかくにもクリアな耳を必要とする作業。あまり自分の耳を信じ過ぎず、ツールに助けてもらいながら進めます。ただ、耳にもリミッターが搭載されているようで、例えばクラブなどで最初は大音量に耳がキーンとしても徐々に慣れるように、特定の周波数も聴き続けると同じことが起きるので、曲の中を行き来したり、耳を休めたりすることがとても大事だと思います。奇麗に仕上げることがすべてではないし、荒々しいミックスも個人的に大好きですが、どちらも基本的なことを忘れずに進めていきます。マスタリングで音圧を上げるのではなく、ミックスの段階で各トラックを磨くことが最優先です。音を操るときには出来上がる音の波と一体になりながら作業を進めたいのですが、そういった点でもLiveは感覚的かつ速くピンポイントでディテールを詰めることができ、私を簡単に音にダイブさせてくれます。いろいろなツールやプラグインを使って音を着飾るにも、着崩れしない土台作りを基準に、Liveというスマートかつ直感的な作曲ツールで、TPOに合わせた自分の音のあり方を探る冒険をし続けていきたいです。

 

Mimi Del Ray

【Profile】プロデュース/ソング・ライティング/トラック・メイキング/アレンジなどのミュージック・プロダクションはもちろんのこと、コンセプト立案からの制作やアーティスト・プロデュース、DJまで、あらゆる仕事をこなすマルチ音楽プロデューサー。ヒップホップを軸に、トラップやベース・ミュージックの要素も織り交ぜたスキルフルかつアンダーグラウンドなプレイスタイルは、国内外問わず多くの注目を集める。

【Recent work】

『HOTEL CLOUD』
DFT
(bpm tokyo / bpm plus asia)

 

ABLETON Live

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LINE UP
Live 11 Lite(対象製品にシリアル付属)|Live 11 Intro:10,800円|Live 11 Standard:48,800円|Live 11 Suite:80,800円
*オープン・プライス(記載は市場予想価格)

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS X 10.13以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10 Ver.1909以降、INTEL Core I5以上またはAMDのマルチコア・プロセッサー
▪共通:8GBのRAM、オーソライズに使用するインターネット接続環境

製品情報