サカナクションの楽曲アレンジ/サウンド・プロデュースは、彼らがすべてを手掛けていると言っても過言ではない。江島啓一(ds、prog/写真左)、岩寺基晴(g、prog/同左から2番目)、草刈愛美(b、syn、prog/同右から2番目)、岡崎英美(k、syn、prog/同左)の4人だ。松尾スズキ作の舞台『マシーン日記』(2021年)のサウンドトラックなども担当する彼ら、そのスキルは折り紙付きと言える。本稿では『アダプト』のプロダクションについてインタビュー。DAWを駆使しながら、いかにしてバンド・サウンドへと結実させたのだろう?
Interview:Tsuji. Taichi & iori matsumoto Photo:Hiroki Obara
岩寺基晴/ノースリーブジャケット:74,800円(stein/carol:03-5778-9596)、草刈愛美/ピアス:39,600円(Blanc Iris/Blanc Iris Tokyo:03-6434-0210)
Liveを活用してアフロ・ビートのデモを作成
ー今回は、昨年末~今年1月のアリーナ・ツアーで十分に演奏した曲をアルバムに収録する形となりました。
草刈 当初は、普段の通りツアーの前にアルバムを出そうとしていたんです。テレビCMのタイアップ曲から制作し始めて、以降はアルバムのために曲作りしていたんですが、どうしても完成にこぎ着けられず、リリースはツアーの後にスライドさせ、その順序にある良さを逆手に取る形でプロジェクトとしてまとめることにしました。とは言え、ツアーでは新曲をやりたかったのでアレンジそのものは詰めていて、録音できる曲から録ってはいたんです。ツアーでの演奏を経て録り直すことにしたものもあったんですけどね。
ー曲の作り方は、サビのメロディをモチーフとして皆さん中心にフル尺のアレンジを制作し、それに対して山口さんが平歌を乗せる……という流れだったのですよね?
草刈 そういう場合もありました。例えば「月の椀」は、使わずに取っておいたメロディをサビとして曲全体のアレンジを作り、それを一郎君に渡してAメロとBメロの歌を作ってもらったんです。
岩寺 「月の椀」と「プラトー」は、もともとテレビCMに向けて作った曲なので、そこで使われるサビの部分しか確定していませんでした。だから、サビを中心とする全体の骨格を草刈主導で作ることになって。まずは彼女がABLETON Liveでオケのデモを作り、そこに僕らがアイディアを付け加えていくような作業です。映画の主題歌になった「ショック!」も同様のプロセスでした。
ー「ショック!」は、トーキング・ヘッズやフェラ・クティなどへのオマージュを感じさせます。
草刈 あの曲にはアレンジの案が幾つかあって、ジャンル感もいろいろだったんです。ハウスっぽいのもあったし。方向性がアフロ・ビートに決まったとき、一郎君からリファレンスとしてフェラ・クティなど複数のアーティストの曲が送られてきました。ポップな映画に当てる曲だったから、逆にすごくひねったアレンジというか、世界観にしたいという希望が一郎君の中にあったんだと思います。
ーセネガル出身のパーカッショニスト、ラティール・シーが参加していますが、デモの段階でアフロ・ビートをアレンジするのには手間がかかったのでは?
草刈 デモ制作の早い段階で打ち込んだドラム・パターンにアフロのような世界観が出ていたので、それを膨らませるパーカッションを加えました。16分音符で打ち込んだカウベルにLiveでアフリカンのグルーブを適用したり、アフロ・ビートの曲にあるアクセントを耳コピするようにして、LiveのPack『Latine Percussion』でボンゴをイチから打ち込んだり。そうやって作ったものをラティールさんに渡して、ジャンベとカウベルをたたいてもらったのが本チャンです。ただ、打ち込みのパーカッションも一部、残しているんですよ。完全に消すとイメージが少し変わってしまったので。ちなみに、タンバリンは自分の娘が演奏しています(笑)。良い感じのノリの部分をループさせて使いました。
曲に必要な要素をそれぞれが作るやり方
ーサビの歌メロから膨らませるパターンのほか、スタジオでのセッションが発端になる場合もあったのですよね。
江島 CM用に「月の椀」を作った後の時期……2020年の9月から10月にかけてですが、レコーディングを切り上げた後の時間帯に新しい曲の“種”を作るようなことをやっていたんです。「キャラバン」「フレンドリー」「シャンディガフ」は、そのときに作っていたもので。
草刈 「キャラバン」と「フレンドリー」は、モッチ(岩寺)とエジー(江島)と一郎君が3人でセッションしながらデモを作っていたと思います。タイアップ曲とは別にアルバムへ加えたい要素として、やりたいようにやるって感じで。
岩寺 そうそう。サビのメロディから膨らませるとかじゃなくて、ほとんどゼロから作ったはずです。APPLE Logic Proでリズム・ループを鳴らしながらピアノやエレピでコード進行のトライ&エラーを繰り返し、“そのコードいいね!”ってなったら、一郎に鼻歌でメロディを乗せてもらって。この段階で「キャラバン」と「フレンドリー」に関しては、主となるメロディが出来上がっていました。
ー「シャンディガフ」は、いかがでしたか?
岩寺 あの曲は『834.194』(2019年のアルバム)辺りからテーマのメロディだけがあって……“ビールを飲んでみようかな”のくだりですね。でも、コード進行がなかなか決まらなかったんですよ。一郎がギターの弾き語りでいろいろ当ててみるんだけど、どうしてもピッタリくるコードが見つからないというので、僕から“こういうのはどう?”って提案して。それでも“何か違うんだよな”ってなるから寝かせる、という期間が割と長いこと続きました。
草刈 それで、ザッキー(岡崎)が鍵盤でコード進行を作ることになったんだよね。
岡崎 モッチさんとエジーさんが「フレンドリー」を作っていたとき、別の部屋で作業していた記憶があります。
草刈 コードは早いうちにフィックスしたんですが、それ以外のアレンジが無い状態だったので、今度はフル・コーラスのオケのデモをザッキーが作ってくれて。
岡崎 LogicにARTURIAのピアノ音源を立ち上げて、アップライトの音色だったり部屋感だったりが曲に合うだろうなというイメージから始めました。それでコード進行をバーっと作って。ドラムに関しては、リズム・セクションの雰囲気が好きな、ある曲のリズムだけの部分をサンプリングしてタイム・ストレッチをかけ、入れたいところに配置して大体の流れを作ったんです。そこまではつるっとできたんですけど、1カ所だけコード進行をガラッと変えた部分があって、一郎君がメロディを乗せにくいと。
江島 テーマのメロディしか無かったから、一郎が“Bメロを足したい”と言っていたんです。そのためのオケをザッキーが考えたわけですが、一郎的にメロディを乗せづらいコード進行だったので、モッチが新しく作ることになって。ただ、ザッキーが作ったBメロはシンセ・ソロ部として残っていて、その手前にモッチの代替案が入った感じです。
ピアノの調律をジャストにしなかった理由
ーデモでアレンジの内容を決めてからスタジオに入り、それぞれのパートを本チャンとして録音したのですか?
江島 はい。「シャンディガフ」については、デモの感じのままエレクトロニックなサウンドでいこうか、バンドっぽくしようか決めかねていたので、初めはとりあえず2つ共、並行して作っていました。
草刈 いろいろ試す中でバンドっぽくなったんです。
ー各楽器をパンで左右に大きく振ったミックスが、『ヘルプ!』辺りのザ・ビートルズをほうふつさせます。
草刈 それは早い段階から意識していました。曲の雰囲気にビートルズというイメージがあったので、あの時代のステレオ・ミックスのように極端なパンニングもアリだねと。
岩寺 ミックス的な視点から、アレンジの方向性や内容を決めていった部分もあったと思います。ピアノを右、ドラムを左に振ってみたらオケが寂しくなったので、ベースやアコースティック・ギターを加えることにしたという。
ーピアノはデモの音源をそのまま使ったのでしょうか?
岡崎 自宅のアップライトに差し替えました。エンジニアの浦本(雅史)さんがレコーディングしにきてくれて。
江島 アップライトは奇麗に録りたいわけじゃなかったというか、外を走る車の音とかが入ってしまうのもアリかなと考えていました。ザッキーが自分で所有しているピアノというのも良いところだったし、家で鳴らすアップライトの質感も曲のイメージに合っているんじゃないかと思います。
草刈 デモの段階で、ザッキーがテープ・シミュレーターをかけて音を揺らしていたので、それを調律師の方にお聴かせして、あえてピッタリ合わせないというチューニングをしていただいたんです。アコギも、質感を変えるためにダウン・チューニングしていたよね?
岩寺 1960年代のビートルズのアコギを意識して、響き過ぎないようにしたんです。すべての弦のチューニングを半音落とし、テンションを緩めた状態で1フレットにカポタストを付けて弾きました。弦の小刻みな振動や胴体の鳴りを抑えることができるんですよ。浦本さんには、録音環境も1960年代を再現するようなものにしていただきました。
江島 ドラムも当時の楽器を使っています。最終的には3~4本のマイクで仕上げることになったんです。
SP-303を取り入れて奥行きを出す
ーインストの曲「エウリュノメー」のドラムも興味深いサウンドです。あちらも生ドラムでしょうか?
江島 もともとは生ドラムを録ろうと思っていたのですが、レコーディング終盤にコロナにかかってしまってスタジオに行けなくなったということもあり、すべて打ち込みなんです。BFD DRUMS BFD3とXLN AUDIO Addictive Drums 2を併用していて、和太鼓やパンデイロなどのサンプルも含んでいます。曲の土台は僕が作りましたが、みんなの色を加えるべくステムを共有しました。ベースを差し替えてもらったり、ギターを加えてもらったり、ソフト・シンセのフレーズを実機で録り直してもらうなど肉付けされています。
岡崎 私は、愛美ちゃんがスタジオに持ち込んだRHODES Stage Mark Iを弾いています。2月25日とか、そのくらいの時期だったと思いますが……。
江島 そのころはアルバム制作の大詰めで、録音とミックスとマスタリングが並行していたんです。「エウリュノメー」の仕上げに掛かる中、ほかの曲のミックスを確認したり、先行してマスタリング・エンジニアの山崎(翼)さんに送っていた曲のマスターをチェックしたり。
ーほかの方が主導したインストもあったのですか?
岩寺 「塔」は草刈が主導です。
草刈 もともとは、次のツアーのオープニング曲として作り始めたものなんです。それを今回、アルバムの1曲目にしようという話になったので、1月までやっていたアリーナ・ツアーのオープニング曲から幾つか素材を抜き出し、組み合わせて構成しました。ノンビートで約2分の曲ですが、結果的に40tr前後になってしまって……使い過ぎですね(笑)。
ーサウンドに重厚なレイヤーを感じます。
草刈 コード進行はSEQUENTIAL Prophet-5で演奏したものが主体で、そこにRazorやSymphony Essentials String EnsembleといったNATIVE INSTRUMENTSの音源を重ねています。参考にした曲が、ノイズの中をストリングスが出入りするようなアレンジだったので、いろいろなノイズを入れてみようと思い、Prophet-5のホワイト・ノイズやXLN AUDIO RC-20 Retro Colorのフラッター、エジーが小樽で録った海の音、ROLAND SP-303でノイジーに加工した素材なども使いました。SP-303を使ったのは、ソフト音源に頼り過ぎると奥行きが出にくいかな?と思ったからで。スタジオ作業の機会が限られていたので、自宅でもできるハードウェアでの色付けとしてやってみました。
マシン・ライブを再現して一発録り
ー「DocumentaRy of ADAPT」も、どなたかが主導で?
江島 あの曲は、アリーナ・ツアーで演奏するために全員でアレンジしたものです。JINS MEMEのCMに提供した曲を元に、ライブのインスト・パートを作ろうというアイディアがあって。さらに一郎から、以前のツアーでやっていたインスト……「DocumentaRy」とサンプルを組み合わせた曲から「ルーキー」につなぐっていうのをもう一度やってみたいと言われたので、それとCM曲の素材を合わせて作りました。
ー“ライブのインスト・パート”とは、電子楽器メインで演奏するマシン・ライブのコーナーのことですよね?
江島 そうです。だから、そのセットアップをレコーディング・スタジオで再現して、僕ら4人で一発録りしたんです。シンセやサンプラーなど各楽器の出力は個別にDIでパラって、AVID Pro ToolsとMACKIE.のミキサーに送出しています。Pro Toolsはパラの信号を録るために使い、MACKIE.からは2ミックスをPIONEER DJ DJM-900NXSに送り、内蔵エフェクトなどでリアルタイムに処理したものをPro Toolsに録音しました。浦本さんにはパラデータを使ってミックスしてもらいましたが、リファレンスとしてDJM-900NXSからの信号を録っておいたんです。
ータイトなグルーブが心地良い仕上がりです。
江島 ドラムはELEKTRON Octatrackで鳴らしたキックとLogicのシーケンスを合わせたもので、シンセを含むすべての音をコントロール・ルームのATC SCM25A Proからモニタリングして録っていきました。
ーこのインタビューを通して、個々のアイディアを巧みに融合させつつ曲作りしていることがよく分かりました。
草刈 今回は、作品リリースのための曲作りというより、アリーナ・ツアーなどのライブを目掛けてプロダクションする機会が多かったのが楽しかったです。時間がかかってしまったけど、“本来のやり方”に立ち返れたというか。
岩寺 ライブを経てからレコーディングできたのも良かったですね。普段は、演奏を重ねていくうちにアレンジがアップデートされて、レコーディングでもこうしておけば良かったと思うことがあるんです。それが『アダプト』には無いわけで、すっきりとした気持ちで聴き返せるなと。
江島 コロナ禍で、みんな生活スタイルが多かれ少なかれ変わってしまったじゃないですか。家に居ることが増えたりとか。それによって感覚も変化していったと思うんです。音楽について言えば、好きな曲や家でよく聴くものが違ってきたり。その変化を素直に受け入れて、作品に落とし込もうと思えたのが自分の中では大きかったです。適応するというよりは受け入れる。100%できたかどうか分かりませんが、作品に反映されているんじゃないかと思います。
岡崎 完成して間も無いので、振り返るところまで行けていないというのが現状ですが、私たち5人の色が今まで以上にはっきりと感じられる気がします。それがコロナ禍を経験したからなのかは分からないし、まだ当分は同じような状況が続いていくのかもしれないけど、ここ2年ほどのバンドの姿を記録に残せたのがすごく良かったと感じています。
Release
『アダプト』
サカナクション
ビクター/NF Records:VIZL-1995(初回生産限定盤A:Blu-ray付属)、VIZL-1996(初回生産限定盤B:DVD付属)、VICL-65644(通常盤)
※初回生産限定盤A(5,500円):楽曲CD+特典Blu-ray『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※初回生産限定盤B(4,950円):楽曲CD+特典DVD『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※通常盤(2,090円):楽曲CD
※NF member Limited Edition(NZS-875/7,700円)として、楽曲CD+Blu-ray+特典CD舞台『マシーン日記』オリジナル・サウンドトラックも発売
Musician:山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g、prog)、草刈愛美(b、syn、prog)、岡崎英美(k、syn、prog)、江島啓一(ds、prog)、Shotaro Aoyama(prog)、ラティール・シー(perc)、村上基(tp)、吉澤達彦(tp)、武嶋聡(tenor sax)、後関好宏(baritone sax)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史、中村美幸、草刈愛美、江島啓一
Studio:Aobadai、Soi