エンジニア浦本雅史 インタビュー 〜サカナクション『アダプト』を録音&ミックスの面から紐解く

エンジニア浦本雅史 インタビュー 〜サカナクション『アダプト』を録音&ミックスの面から紐解く

Aobadai studioを拠点とし、サカナクションをはじめ一線のアーティストのレコーディング/ミキシングを手掛ける浦本雅史氏。彼にインタビューを行い、エンジニアリングの面からも『アダプト』を紐解いていく。

Interview:Tsuji. Taichi & iori matsumoto Photo:Hiroki Obara

670や77-DXなど往年の名機を活用

制作の追い込みの時期は、あらゆる工程を並行して進めるような忙しさだったと聞きました。

浦本 最後の4~5日はそうでしたね。残っていた分の録音をAobadai studioの中村に任せて、僕はミックスに集中していました。「塔」「エウリュノメー」「シャンディガフ」「フレンドリー」「DocumentaRy of ADAPT」の仕上げに掛かっていたんです。ただ「エウリュノメー」はエジー(江島)が、「塔」は愛美ちゃん(草刈)がアレンジの段階で音作りしていたので、僕は微調整を行った感じです。例えば「塔」では、細部のバランスや周波数の調整、緩急を付けるためのボリューム・オートメーションなど。アンビエント的に聴こえそうな曲ですが、実際は攻めた音作りをしているので、それがよく伝わるように調整しました。

 

クオリティを保ちつつ素早く仕上げるためにAVID Pro Toolsでテンプレート作りなどを行っているのですか?

浦本 そうしていた時期もありましたが、今は基本的にまっさらな状態からミックスしています。特にサカナクションは曲によってやるべきことが変わるので。

 

『アダプト』の収録曲も、アフロ・ビートやエレクトロニックなインスト、「シャンディガフ」のようにザ・ビートルズを意識したものなどバリエーション豊かですね。

浦本 「シャンディガフ」では1960年代的な音を狙って、ドラム・ミックスを3本のマイクだけで作ったりしました。トップは2本のAKG C414EBでキックはD12です。両方共プリアンプはNEVE 1093を使い、 C414EBはCHANDLER LIMITED TG1、D12はFAIRCHILD 670でコンプレッションしながら録っています。録音の段階からセッティングを決め込んでおかないと、当時の音になかなか近付けられないと思うんです。モッチ(岩寺)のアコースティック・ギターに関しても、ビンテージ・リボン・マイクのRCA 77-DX、TG2や670といったアウトボードを使って録りました。

Aobadai studioのコントロール・ルーム

Aobadai studioのコントロール・ルーム。写真下に見えるのが「シャンディガフ」のドラム録りなどに使われたNEVE 1093(プリアンプ)で、Aobadai studioがアビイ・ロード・スタジオから譲り受けたものだそう

写真上から2番目のコンプはCHANDLER LIMITED TG1で、3番目がTG2

写真上から2番目のコンプはCHANDLER LIMITED TG1で、3番目がTG2

スネア録りなどに使用されたコンプNEVE 2254などを含むアウトボード群

スネア録りなどに使用されたコンプNEVE 2254などを含むアウトボード群

「シャンディガフ」のアコギ録りなどに用いたリボン・マイクRCA 77-DX

「シャンディガフ」のアコギ録りなどに用いたリボン・マイクRCA 77-DX

FAIRCHILD 670は、キックやアコギのコンプレッションに使用。77-DXとも併用された

FAIRCHILD 670は、キックやアコギのコンプレッションに使用。77-DXとも併用された

岡崎さんのご自宅で録音したというアップライトは?

浦本 2本のC414でハンマーを狙いつつ、同じく2本のNEUMANN KM184をアンビエンス・マイクとして使用しました。出張レコーディングだったので、UNIVERSAL AUDIO Apollo X4の内蔵プリアンプを使い、UADプラグインをかけずに録音しています。ピアノのピッチが少しだけ揺れているのは、ミックスの際にXLN AUDIO RC-20 Retro Colorをかけているからです。

 

「シャンディガフ」のミックスは、各楽器をパンで左右に大きく振っているのが印象的です。

浦本 どちらか一方のスピーカーへ振ったとき、片チャンネルの音ばかり聴こえてしまう……とならないよう、あらゆる聴取位置ですべての音が聴こえてくるミックスを目指しました。ポイントは、一つ一つの楽器をしっかり鳴らすことだと思います。そのためにコンプやEQを使って、ダイナミクスや周波数を調整しました。

DJM-900NXSのフィルターは優れた設計

「DocumentaRy of ADAPT」は、ステージで行うマシン・ライブをスタジオで再現して録音したのですよね。江島さんがPIONEER DJのミキサーDJM-900NXSの内蔵エフェクトなどで音作りしたラフを元に、浦本さんがドライのパラデータを使ってミックスしたと聞いています。

浦本 はい。DJM-900NXSの内蔵エフェクトはとてもよくできていて、特にフィルターが優秀です。がっつりかけると出力音量が小さくなってしまうフィルター・プラグインも多い中、DJM-900NXSのフィルターは音量感が変わりにくく、エンジニアリングに明るくない人が使っても格好良い音が出せるような設計です。ミックスではSOUNDTOYS FilterFreakのハイパス・フィルターとAVID EQ IIIを使用し、DJM-900NXSでのフィルター・ワークを再現しました。音量感が小さくなった部分は、FilterFreakの入力音量を上げて少しひずませたり、周波数的に物足りなくなったところをEQ IIIで補ったりするような音作りです。PIONEER DJからはRMXシリーズというDJ用エフェクターが出ているのですが、その効果をDAWで扱えるようにプラグインが付属しているそうで。事前に入手できていたら試してみたかったです。

 

ミックスのトータル処理は、どのような方法で?

浦本 まずはリズム、ベース、ギター、鍵盤、歌の各グループをPro ToolsからSPL MixDreamに送ってサミングしています。MixDreamのマスターにはMANLEY Stereo Variable Mu Limiter Compressorをインサートしました。それでコンプレッションした信号をPro Toolsに録って、テープ・シミュレーターのCRANE SONG Phoenix IIをかけているんです。Phoenix IIを使うと音がギュッとまとまる印象ですね。あまりやり過ぎると飽和してしまうので、ほんの少しかけるくらいです。IZOTOPE Ozone 9でリミッティングしたバージョンも用意したのですが、基本的にはリミッティングしていないものをマスタリングしてもらいました。

 

『アダプト』の次には『アプライ』も控えていて、サカナクションの次のステップがとても楽しみです。

浦本 今回のアルバム制作で最も大きかったのは、ツアーの後にアルバムを発売するという、普段とは違う順序を採ったことだったと思います。僕もライブに参加する中で曲が成長していくのを感じていましたし、やはりグルーブが成熟した段階で録音する方が、アーティスト本人たちとしても納得のいく仕上がりになると思いますね。

Release

『アダプト』
サカナクション
ビクター/NF Records:VIZL-1995(初回生産限定盤A:Blu-ray付属)、VIZL-1996(初回生産限定盤B:DVD付属)、VICL-65644(通常盤)

※初回生産限定盤A(5,500円):楽曲CD+特典Blu-ray『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※初回生産限定盤B(4,950円):楽曲CD+特典DVD『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※通常盤(2,090円):楽曲CD
※NF member Limited Edition(NZS-875/7,700円)として、楽曲CD+Blu-ray+特典CD舞台『マシーン日記』オリジナル・サウンドトラックも発売

Musician:山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g、prog)、草刈愛美(b、syn、prog)、岡崎英美(k、syn、prog)、江島啓一(ds、prog)、Shotaro Aoyama(prog)、ラティール・シー(perc)、村上基(tp)、吉澤達彦(tp)、武嶋聡(tenor sax)、後関好宏(baritone sax)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史、中村美幸、草刈愛美、江島啓一
Studio:Aobadai、Soi

【特集】サカナクション『アダプト』

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