山口一郎(サカナクション)が語る、音楽シーンのピンチをチャンスに変える方法

会員限定山口一郎(サカナクション)が語る、音楽シーンのピンチをチャンスに変える方法

サカナクションの『アダプト “適応”』は、昨年11月の2デイズ・オンライン・ライブ『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』を皮切りに始まったプロジェクト。続く12月から今年1月末まで行われたアリーナ・ツアー『SAKANAQUARIUM アダプト TOUR』、そして3月にリリースされたアルバム『アダプト』などを含み、コロナ禍でのバンドとしての方針をプロジェクト全体で表現している。その意図について、フロントマンの山口一郎(vo、g)をインタビュー。昨今の音楽活動のヒントになるアイディアが満載なので、じっくりと読み進めてほしい。

Interview:Tsuji. Taichi & iori matsumoto Photo:Hiroki Obara Hair & Make:根本亜沙美 Styling:三田真一(KiKi inc.)
ジャケット:75,900円、シャツ:28,600円、パンツ:37,400円(以上すべてstein/carol:03-5778-9596)、シューズ:20,900円(MOUNTAIN RESEARCH × Reebok/Research GENERAL STORE:03-3463-6376)、メガネ:本人私物

新曲がリリースされることの価値を復権

プロジェクトとしての『アダプト』には、どのようなバックグラウンドがあるのでしょうか?

山口 僕らは2020年1月から『SAKANAQUARIUM 2020 “834.194 光”』というツアーをやっていたんです。総合演出に映像ディレクターの田中裕介さんが入ってくれたり、アリーナ公演に向けて音響面もPAエンジニアのサニー(佐々木幸生)さんが独自のスピーカー・システムSPEAKER+を考案してくれたりと、いわば“正常な状態での実験”を試みていたのですが、ツアーの期間中にコロナが蔓延し始め、中止せざるを得ない状況となってしまいました。ライブ・スタッフの方々は本当に仕事が無くなってしまったし、ミュージシャンである僕らも“スタジオに集まること自体どうなの?”という空気を感じていました。2011年ごろから制作にリモートを取り入れていたものの、対面のセッションができないとか、そういう状況になったとき“表現する場所が無くなってしまうんじゃないか”という不安がよぎって。それで、現状にミュージシャンとして適応していく上でどんなやり方があるのかを、従来のシステムやルールをいったん排除して考え始めたんです。

 

従来のシステムとは、これまでに音楽業界が培ってきたアーティスト活動の定石のことですか?

山口 そうですね。“今までの当たり前”ができなくなってしまったわけで、だからこそぽっと出のルーキーのバンドのように、自分たちの音楽の届け方をイチから考えて、ピンチをチャンスに変えてみようと思ったんです。“コロナが無くなる”という期待を、ひとまず忘れて。その結果、たどり着いたのがオンライン・ライブでした。

 

2021年11月に開催された『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』ですね。

山口 コロナ以前から、CDやライブがどうなっていくのか思案していたので、『アダプト ONLINE』をやる上で“新曲を届ける方法”についても考えました。昨今、サブスクリプションのストリーミング・サービスが普及して簡単に音楽を聴けるようになり、新曲がリリースされることの価値みたいなものが薄れてしまったように感じるんです。僕は1980年生まれで、ラジオをよく聴いていた世代なんですが、そのころは“誰々の新曲が初オンエア”となるとラジカセにテープを入れて待ち構えて、録音したワンコーラス半をワクワクしながら聴き返していました。“フル・コーラスはどんなだろう……”と考えながら。だからリリース日が待ち遠しかったわけですが、今は配信が始まったらいつでも繰り返し聴けるし、新曲から受けるショックの度合いみたいなものが希薄になっている気がするんです。

 

特にサブスクリプション・サービスでは、膨大な楽曲が日々、横並びで配信されているように見えるため、期待感や注目度を高めるには相応の施策が必要になります。

山口 新曲の発表の仕方に“シングル”という形態がありますが、ことCDシングルに関しては近年、アルバムのプロモーション・ツールであったり、ファン向けのコレクション用アイテムとしての性質が強く、作品的な要素が少ないと感じていました。そしてコロナ禍で経済が停滞する中、CDシングルがどれだけ受け入れられるだろうか、実はもっと違う届け方があるんじゃないだろうかと考え、“オンライン・ライブで新曲を初披露しよう”というところに至りました。

 

新曲のプレミアム感を高める方法ですね。両日共、5つの曲が初披露されました。

山口 オンライン・ライブ自体についても、普段のライブを撮影しただけのようなものではなく、ミュージック・ビデオのような作品性とライブならではのリアルタイム性を両立させたかったんです。例えば、芝居に“舞台と映画”という形態があるように、音楽ライブにも“リアル・ライブとオンライン・ライブ”があっていいわけで、オンライン・ライブはリアル・ライブと比較するものではないんです。むしろ“新しい曲を作ること”と“ライブをすること”に次ぐ、新しい表現手法だと思っていて。だからこそ田中裕介さんとともに世界観を詰めましたし、そのインパクトを強めるためにも、音源をリリースする前に新曲を初披露したんです。

 

サカナクションは『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』に先行する形で、2020年8月に『SAKANAQUARIUM 光 ONLINE』なるオンライン・ライブを開催しています。その際は、ヘッドフォン/イアフォンのユーザーが3Dサウンドで視聴できるというのが大きなトピックでした。

山口 サニーさんがイマーシブ・サウンド・プロセッサーのKLANG:TECHNOLOGIES Fabrikをミキシングに取り入れてくれたんです。音楽の歴史には、テクノロジーの進化とともに新しいスタイルが生まれるという側面がありますよね。例えば、シンセサイザーが登場したことによって多くのジャンルが生まれたし、サンプラーはヒップホップの発展に寄与しました。近年もテクノロジーの進化は続いていますが、クリエイターが使う道具よりはむしろ、インターネットやパソコン、スマートフォンなどの身近なツールが、最も大きな影響を音楽に与えている気がしていて。つまり“アウトプットされた音楽を受け取る側”が音楽に影響を及ぼすわけです。今後、インターネットの速度が落ちることは絶対にないでしょうし、デバイスの性能や機能も日進月歩です。だから我々音楽を作る立場としては、そこに則していかなければならない。目の前のお客さんに対してPAしてきたサニーさんが、ネットワークの向こう側に居る視聴者へ向けてオンライン・ライブのミキシングをしたのも、ある種の“適応”だと思うんです。新しい環境が生まれると新しい表現が必要になるのはミュージシャンだけでなく、照明デザイナーやカメラマン、映像エディターの方々なども同じです。オンライン・ライブを通して、各分野のプロによる新しい表現を目の当たりにしたのは、音楽を取り巻く状況のアップデートを実感できた瞬間でもありました。

 

 

インタビュー後編(会員限定)では、 『アダプト』の曲作りを振り返りながら、次作『アプライ』まで続くプロジェクトに込めた意図を聞きます。

Release

『アダプト』
サカナクション
ビクター/NF Records:VIZL-1995(初回生産限定盤A:Blu-ray付属)、VIZL-1996(初回生産限定盤B:DVD付属)、VICL-65644(通常盤)

※初回生産限定盤A(5,500円):楽曲CD+特典Blu-ray『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※初回生産限定盤B(4,950円):楽曲CD+特典DVD『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※通常盤(2,090円):楽曲CD
※NF member Limited Edition(NZS-875/7,700円)として、楽曲CD+Blu-ray+特典CD舞台『マシーン日記』オリジナル・サウンドトラックも発売

Musician:山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g、prog)、草刈愛美(b、syn、prog)、岡崎英美(k、syn、prog)、江島啓一(ds、prog)、Shotaro Aoyama(prog)、ラティール・シー(perc)、村上基(tp)、吉澤達彦(tp)、武嶋聡(tenor sax)、後関好宏(baritone sax)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史、中村美幸、草刈愛美、江島啓一
Studio:Aobadai、Soi

【特集】サカナクション『アダプト』

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