山口一郎(サカナクション)〜その時代の最先端のものをしっかりとクリエイトする これが将来的にも作品を陳腐化させない秘けつだと思う

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山口一郎(vo、g)をコンセプターとして、常に斬新な試みを実践している5人組のロック・バンド=サカナクション。1月15日にリリースされたライブBlu-ray『SAKANAQUARIUM 2019 "834.194" 6.1ch Sound Around Arena Session -LIVE at PORTMESSE NAGOYA 2019.06.14-』は、昨年のアリーナ・ツアーにおけるポートメッセなごや公演の模様を収録したもの。このツアーは全公演を6.1chのサラウンド・サウンド・システムにて敢行し、2013年から継続して行っているサラウンド・ライブの最新形を提示した。その音像をステレオはもちろんDolby Atmosでも追体験できるというのが、今回のライブBlu-rayである。サラウンド・ライブや本作のプロダクションに込めた思いを山口本人に語ってもらおう。

Text:Tsuji, Taichi Photo:Hiroki Obara Hair & Make-Up:Asami Nemoto

 

生演奏以外で表現したいことも多いから
“LとRの2chでは足りない”と感じていた

 

ーそもそもサラウンド・システムでのライブを志向したのは、どういった動機からだったのでしょう?

山口  まず、僕らがアリーナ・クラスの会場でライブをやり始めたのは2011年ごろで、その時期からフェスでも大きなステージへ出るようになったんです。フェスで最初にびっくりしたのは、会場の規模に対するスピーカーの少なさ……“スウィート・スポットって、かなり狭いんだな”と。でもチケットの値段を見てみたら一律だったので、すごく不公平だなと思って。最初は“そういうものなのかな”という思いもあったんですが、ツアーを重ねながらPAエンジニアの方々と密接にかかわる中で、スピーカーを増やせばエリア・カバーを広げられることやアリーナでのシステム構築について、いろいろと話を聞いたんです。それで、いつかはそういうライブを実現したいなと。スピーカーを増やしたり、サニーさん(PAエンジニアの佐々木幸生氏)が作ってくれた音響を来場者全員が等しく体験できるようなライブですね。


ーサラウンド以前に“エリア拡大のためにスピーカーを増したい”という思いがあったのですね。

山口  はい。あと、僕らは「映画」(2013年)という曲にバイノーラル・レコーディングを取り入れていて。ヘッドフォンやイアフォンで聴くと、その良さがよく分かるわけじゃないですか? でも、ライブではどのようにして表現すればいいのかという話になって。そのときに僕が“アリーナでサラウンド・システムって組めないんですかね?”と、子供の悪ノリみたく言ってみたんですよ。そしたら“できるかもしれない”と。実現させるには、どうしたらいいのだろう?というのをチーム一丸となって考え始めたんです。それが、サラウンドでライブをやることの発端でした。


ー今や「映画」に限らず、さまざまな楽曲でサラウンド・システムを活用していますよね。
山口  僕らは、結成した当初からDAWと同期しながら演奏していて。生演奏だけでは手が足りなかったり、デジタルでコントロールしながら表現したい部分がたくさんあったりするんです。だから、音素材の数からしてもLとRの2chだと飽和状態になってしまう部分が出てきて、ステレオでは足りないなと。その点、サラウンドなら音の配置の自由度が格段に上がるし、足せるものだって増える。合唱をサイドやリアのスピーカーに定位させることで、リバーブを使わずとも包み込むような音場を表現できるかもしれない……つまり“ステレオで表現し切れなかった部分が可能になる”といった発想があったんです。初めてサラウンドでライブをしたときには、どう聴こえるか現場で鳴らしてみないと分からない部分もあり試行錯誤しましたが、回を重ねるうちに面白さというか、表現の仕方みたいなものが分かってきて。ステレオで表現できなかったものをサラウンドで実現する、というところから、よりエンターテインメント性を加えられるようにもなりました。音が周囲を回るとか、左から右へ動くだけでなく後ろを経由するとか、そういう仕掛けですね。


ー昨年のツアーでは、6アウトのサラウンド・パンナーを使ってリアルタイムに定位を変化させていました。

山口  新しい音の体験みたいなものを、来場者にはっきりと分かってもらうポイントも作った方が良いなと思って。あと面白いのが、ステージから見える客席の様子。フェスなどでは、後方になるにつれてお客さんの手の動きにタイムラグが見られるんですが、サラウンド・システムにはリアのスピーカーもディレイ・スピーカーもあるから、ラグが生じないんです。あの光景はサラウンドならではのものですね。


ライブ本番の映像演出は
照明との関係性を重視しつつ構築

 

ーステージについては、従来にも増してビジュアル面の演出が華やかだったと思います。「新宝島」や「多分、風。」などのMV(ミュージック・ビデオ)を手掛けた映像作家=田中裕介氏がライブ映像の監督を務めたのですよね?

山口  はい。サカナクションが世の中に認知されていった時期はYouTubeがより身近になったタイミングでもあって、オンライン上でMVを視聴するというのが一般化していました。そのMVのイメージを持った上で自分たちのライブを振り返ったとき、ステージ上の映像がMVとひも付いていないことに疑問を持ったんです。そこで、両者をうまく一致させたいなと。また、映像というのは光なので、いわば照明の一部でもあるわけじゃないですか? 映像が出ているときに照明が煌々としていたら見づらくなってしまうし、映像の光と照明が溶け合っていなければ違和感にもつながります。そんな中、田中監督とは何度も一緒にMVを作ってきたので、ライブでの映像演出も共にできないかとお願いして。最も重要視したのは、やはり照明との関係性でした。そこに軸足を置きながら、各曲に対してどのようなイメージの画(え)を付けるのか、その画を出すタイミングはどうすればベストなのかなど、細かく話し合いました。


ー田中氏が照明チームとの架け橋になってくれた?

山口  照明にもオペレーターの平山(和裕)さんの世界観があるんです。そこに映像が入り込んでくるというのは、照明側にとって大きなインパクトだったでしょうし、うまくコミュニケーションを取りながら進めないことには打ち消しあってしまいますよね。だからこそ、長くサカナクションのMVを手掛けてきた田中監督がライブの映像に入ってくれるというのは、関係性としても一番良いだろうと考えたんです。

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映像作品は録音作品に比べて
テクノロジーの要素が強いと思う

 

ーこの作り込まれたライブをBlu-rayなどの映像作品へ落とし込むときに、どのような考えがありましたか?

山口  今やインターネットなどを使えば、さまざまな時代の音楽へすぐにアクセスできますよね。その中で感じるのは、時代時代の最先端のものをしっかりクリエイトすることが、将来に振り返って聴かれたときにも良いと思ってもらえる秘けつなんじゃないかと。特に映像作品って、CDなどの音源以上にテクノロジーの要素が強いと思うんです。音源は、現在でもカセット・テープやアナログ・レコードが素晴らしいものとして受け入れられていますが、映像作品については画質が向上し続けていて、テレビ本体のスピーカーも性能を上げていくでしょうし、もしかしたらインテリアとしてスピーカーを埋め込んだ住宅なども出てくるかもしれない。そう考えたときに、今の一般的な家庭用オーディオだけに合わせて作られたものは、将来スペックの低いものとして見られるんじゃないかと思うんです。だから、その時代に自分たちができる最高のスペックを追い求めていくというのは、特に映像作品の場合はすごく重要だと考えていて。


ーだからこそ、今回のBlu-rayにはDolby Atmosを採用したのですか?

山口 はい。そもそもDOLBYさんとは、サラウンド・ライブを始めるときに相談に乗ってもらうなど、交流があって。『バクマン。』の映画音楽を作ったときにも協力してもらったし、Dolby Atmosについてはかなり以前から話を聞いていました。サラウンド音響と言えば22.2chなどの選択肢もあるんですが、リスナーが手に入れやすい環境と自分たちが実現できることの接点を考えて、その中で最も先端的なものを探った結果がDolby Atmosというわけです。


ー仕上がりについては、いかがでしょう?

山口  僕自身は、片耳が突発性難聴で聴こえないので、普通に聴こえる人のような体験はできていないんです。だから音作りに関しては、エンジニアの浦本(雅史)さんやメンバーに委ねた部分が多いんですが、僕らがサラウンド・ライブのときに体感していた部分をどのくらい再現できるか、という部分が作業において重要なポイントになったと思います。


ー新たなツアー『SAKANAQUARIUM2020 " 834.194 光"』が1月から始まっていますが、今回もやはり新鮮な体験ができるのでしょうか?

山口  そうですね。僕らは“こんなことをやりたい”というのが前提にあって、それを実現するためにどんなテクノロジーが必要なのか、という順序で考えているんです。決してテクノロジー・ファーストではないんですね。その点では、今回のツアーにはすごくあいまいな部分もあるし、テクニカルな面もある。そして、普通にライブを見に行くという以外の感動も手にできるようになっていると思います。


ー今回のツアーではサラウンド・システムを用いていませんが、5月1日と2日に神奈川のぴあアリーナMM、そして5月8日に大阪城ホールで予定されている『SPEAKER +』という公演では、また新たなスピーカー・レイアウトを?

山口  はい。“ステレオのメイン・スピーカー+ディレイ・スピーカー”という通常のアリーナ用セッティングに対してスピーカーをプラスします。スタンド席などにもスピーカーを仕込み、あらゆる場所で偏りの無いステレオ音像を聴いてもらえるようにするんです。もちろんアリーナ席への2ミックスのクオリティも高めていきますが、スタンド席でも同様に体験できる空間を作るというのは健全なことだと思うし、それを実現できるのは僕らくらいしか居ないのではという自負もある。ぜひ、体験しに来てもらえたらと思います。

 

※編註:本稿は『サウンド&レコーディング・マガジン 2020年4月号』(2020年2月25日発売)からの転載記事であり、本文中の公演スケジュールが一部変更されております。詳細はサカナクションのオフィシャルWebサイトをご覧ください

 

『SAKANAQUARIUM 2019 "834.194" 6.1ch Sound Around Arena Session -LIVE at PORTMESSE NAGOYA 2019.06.14-』(完全生産限定盤:Blu-ray)
サカナクション
ビクター/NF Records:VIXL-298
※本編の音声は、メニュー画面でステレオ(24ビット/96kHz)とDolby Atmosを切り替えて視聴可能

 

<本編>
1.セプテンバー(Acoustic)
2.Opening(000.000〜834.194)
3.アルクアラウンド
4.夜の踊り子
5.陽炎
6.モス
7.Aoi
8.さよならはエモーション
9.ユリイカ
10.years
11.ナイロンの糸
12.蓮の花
13.忘れられないの
14.マッチとピーナッツ
15.ワンダーランド
16.INORI
17.moon
18.ミュージック
19.新宝島
20.アイデンティティ
21.多分、風。
22.セプテンバー -札幌version-
23.『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
24.夜の東側
25.グッドバイ

 

<特典映像>(完全生産限定盤のみ収録)
『暗闇 KURAYAMI』記録映像
・ドキュメント
・第一幕「Ame(C)」~第二幕「変容」Visual Effects & Binaural Recording

 

Musicians: 山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g)、草刈愛美(b)、岡崎英美(k)、江島啓一(ds)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史
Location:ポートメッセなごや
Studio:P’s

 

sakanaction.jp