メロウな作風からエレクトロ回帰を視野に……サカナクションの現在地と展望

メロウな作風からエレクトロ回帰を視野に……サカナクションの現在地と展望

昨年11月のオンライン・ライブ『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』を皮切りに始まったプロジェクト=『アダプト “適応”』。ニュー・アルバム『アダプト』もその一部だが、来年にかけて『アプライ “応用”』なるプロジェクトへ移行していくとのことで、早くも次作『アプライ』がアナウンスされている。『アダプト』と合わせて“二枚でひとつ”のコンセプチュアルなタイトルになるだろう。山口一郎(vo、g)インタビューの後編では『アプライ』にもかかわる方針、そして『アダプト』の楽曲制作に迫る。

Interview:Tsuji. Taichi & iori matsumoto Photo:Hiroki Obara Hair & Make:根本亜沙美 Styling:三田真一(KiKi inc.)
ジャケット:75,900円、シャツ:28,600円、パンツ:37,400円(以上すべてstein/carol:03-5778-9596)、シューズ:20,900円(MOUNTAIN RESEARCH × Reebok/Research GENERAL STORE:03-3463-6376)、メガネ:本人私物

インタビュー前編はこちら:

強く長く愛されることの方が重要

『SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE』で新曲を初披露した後は、どのような流れを想定していましたか?

山口 曲を生で体験したい人にはアリーナ・ツアーへ来てもらって、“さらにCDも欲しい”という人に向けてCDを作ろうと。CDは要らないけど曲は聴きたいと思ってくれる人には、サブスクリプションを使ってもらえたらいいなという考えです。CDに関しては、サカナクションのプロジェクトを詳しく知りたい人や応援したいという人たちに入手してほしくて。だからこそブックレットの内容を充実させたり、アリーナ・ツアーで演奏した「DocumentaRy of ADAPT」をCD限定で収録したり、はたまた僕の自宅から配信したライブ『NFOFFLINE FROM LIVING ROOM』の映像を付けたりしている。“特典映像”と銘打たれていますが、実は特典と言うより、コンセプトを知ってもらうための映像なんです。

 

楽曲を聴かせる媒体である以上に、強力なサポーターに向けたコンテンツがCDというパッケージなのですね。

山口 売れそうな曲を作って、そのCDなりを買ってもらうという時代はじきに終わると思っていて。単曲で評価されるミュージシャンも、もちろん存在し続けるとは思うんですが、僕らはプロジェクトから知ってもらうことでより“濃く”応援してもらえるタイプだろうと。同様のミュージシャンはサカナクション以外にも居るので、そのあり方を広く伝えるためにもCDを再定義したかったんです。“何万枚売れた”というステータスでは、もう無いわけですよ。それよりは強く支持してもらえる、強く愛されること、あるいは長く愛されることの方が僕らにとっては重要です。

 

その点では、旧譜にアクセスしやすいサブスクリプション・サービスにも利点がある?

山口 確かに、サブスクリプションが一般化したことで、古い曲も新しいものとして聴いてもらえる時代になりましたよね。瞬発的に売れる曲をリリースしていくというのは、もはや一部でしかないんじゃないかと。なので、今こそ長く愛される音楽を作り出せるチャンスだと思っています。今すぐ売れる曲を作るよりも難しいことだけど。『アダプト』と『アプライ』に関しても、2つで一枚のアルバムと考えてもらえたら、より長く聴かれるのかもしれないですし。

 

息の長さも考慮して2枚に分割したのでしょうか?。

山口 一つは1タイトルあたりの価格を抑えたかったから。コロナ禍で経済的に困窮する中、1万円、2万円という価格で発売するようなやり方は不適だろうと思って。もちろん、音に対するこだわりやレコーディングでの試行錯誤には変わらず力点を置いていますが、CDというものに関しては今回、通常盤であれば2,000円台で買ってもらえるようにしたかったんです。もう一つの理由は、コンセプトを具現化するためにはCDのリリースだけなくオンライン・ライブやリアル・ライブなども必要で、まっとうするのにそれなり期間を要するだろうと思ったこと。2枚の作品というマイルストーンがあれば、より長い期間を設けられるし、さまざまな取り組みを実現できそうだなと。裏を返せば、CDのリリースはゴールやメイン・イベントではなく、『アダプト』~『アプライ』という一連のプロジェクトの構成要素なんです。

“仕組み”のアップデートが驚きを生む

“CDをリリースして、その後のツアーで披露する”という従来の定石とは、全く違う考え方ですね。

山口 オンライン・ライブという新たなツールを有効活用できれば、CDリリースやリアル・ライブを含むシステム全体がアップデートされるのではないかと思います。そして、そのアップデートこそが、大抵のことでは驚かなくなった人たちにショックを与えるとも。今回は、従来のシステムとは逆の流れになりましたが、ライブで新曲を演奏し、成熟させてから録音することができたので、最良の形になったんじゃないかと思っています。オーディエンスの前で繰り返し演奏されて育ったものを記録に残す、という健全な流れです。

 

新曲のサウンドには何かテーマがあったのですか?

山口 僕らは曲作りに際して“楽曲担当”を決めていて、アレンジのデモを僕以外の4人のメンバーが手分けして作るという方法を採っています。デモをみんなで一堂に会してブラッシュアップしていくというのが常でしたが、コロナ禍でその方法がやりにくくなってしまい、個々に依存する部分が増えたんですね。だから、今まで以上にメンバー4人のクリエイティビティが曲に反映されていると思います。

 

曲作りの流れは、山口さんがボーカルのメロディを作って、それを元にメンバーの方々がアレンジを考えるような形でしょうか?

山口 大きく分けて2つのパターンがあります。まずは僕が作ったメロディの断片……例えばサビのメロディだけが存在していて、それをメンバーに渡してフル尺のアレンジを作ってもらう場合。メロディを送るほかは、コンセプトしか伝えないんです。“アフロ・ビートとトーキング・ヘッズを足した感じにしたい”とか。そこからアレンジができてきたら、それを元にAメロやBメロを僕の方で作ります。もう一つのやり方は、例えば僕とギターのモッチ(岩寺基晴)でスタジオに入って、何らかのセッションをしながら曲の輪郭を作る場合。そこから膨らませるのはメンバーに任せています。

 

今回、歌モノにはメロウな曲が多い印象です。

山口 それもコロナ禍に関係していて、フェスに出演できなくなったことが大きな理由ですね。これまでは、特にシングル曲を作る場合などはフェスでどう評価されるかとか、盛り上げなきゃいけないというような考えがあったんです。でもコロナ以降、ライブ会場には席が用意され、それぞれが距離を取って声も出せずに手拍子だけ、という状況になりました。その中でライブを楽しんでもらうには、どんな曲を演奏すべきなのか考えた結果、生まれたのが「キャラバン」や「フレンドリー」のような“染みながら踊る曲”だったんです。幕の内弁当みたいな曲よりも、素材本来の味を楽しめるものの方が今は届きやすいんじゃないかと思って。

 

「塔」「エウリュノメー」「DocumentaRy of ADAPT」といったインストの曲は、随分とエレクトロニックですね。

山口 インストの曲に関しては、メンバーのうち誰か一人が自宅のDAWでまとめ上げるというパターンが多かったんです。「塔」は、ベースの(草刈)愛美ちゃんが主導で制作しました。アリーナ・ツアーのオープニング曲の素材を取り入れながら形にしてくれたんです。ツアーでは、例によって電子楽器メインで演奏するコーナーがあったのですが、それをスタジオで再現したのが「DocumentaRy of ADAPT」。「エウリュノメー」は、ドラムのエジー(江島啓一)がリードした曲です。あるプロジェクト向けに作った曲が発端で、そこにギターやベースを足したり、一部の音を差し替えたりして完成しました。基本的にリモートでの制作でしたね。

 

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“エレクトロ回帰”を構想している

次作として『アプライ』が控えていますが、作風の青写真は既にあるのでしょうか?

山口 メンバーとは“エレクトロ回帰をやろう”という話をしています。ここ数年、昭和歌謡などの古き良きものからインスパイアされて作品を作るという、懐古主義的なアプローチを時代に即しながらやってきましたが、エレクトロ回帰することで自分たちの“ネオ・オルタナティブ”を表現し直せるんじゃないかと。僕らはよく“ロックとダンス・ミュージックを混ぜ合わせたバンド”と言われ、それもすごくうれしいのですが、より本質的な部分は何だろうと考えたときに、やっぱり根元にあるのはオルタナティブなんです。だからネオ・オルタナティブというワードを核にして、あらためて自分たちとは何かを『アプライ』で表現しなくてはならないと考えています。

 

エレクトロ回帰、待っていましたという感じです。

山口 やっぱり自分たちがワクワクしないと、人をワクワクさせることはできないんです。15年以上もバンドをやっていると、そう簡単にワクワクしなくなるんですよ(笑)。“こうしたら、こうなるよな”と結果が分かるから、100点を狙っても80点や70点になってしまいがちで。でも150点を目指して、120点の方がいいじゃないですか? もしくは、150点を狙って結果が70点でも、その方が100点を狙うより緊張感があるしワクワクする。良いときも悪いときも応援してもらいたいわけですから、自分たちがワクワクできる環境を作るためにも“チャレンジ”というのは重要で、そこを実感できたコロナ禍でしたね。

 

インタビュー前編では、従来の音楽活動のシステムやルールをいったん排除して辿り着いたという、オンライン・ライブの背景について話を聞きました。

Release

『アダプト』
サカナクション
ビクター/NF Records:VIZL-1995(初回生産限定盤A:Blu-ray付属)、VIZL-1996(初回生産限定盤B:DVD付属)、VICL-65644(通常盤)

※初回生産限定盤A(5,500円):楽曲CD+特典Blu-ray『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※初回生産限定盤B(4,950円):楽曲CD+特典DVD『NF OFFLINE FROM LIVING ROOM』
※通常盤(2,090円):楽曲CD
※NF member Limited Edition(NZS-875/7,700円)として、楽曲CD+Blu-ray+特典CD舞台『マシーン日記』オリジナル・サウンドトラックも発売

Musician:山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g、prog)、草刈愛美(b、syn、prog)、岡崎英美(k、syn、prog)、江島啓一(ds、prog)、Shotaro Aoyama(prog)、ラティール・シー(perc)、村上基(tp)、吉澤達彦(tp)、武嶋聡(tenor sax)、後関好宏(baritone sax)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史、中村美幸、草刈愛美、江島啓一
Studio:Aobadai、Soi

【特集】サカナクション『アダプト』

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