草刈愛美&江島啓一が明かすBlu-ray制作の舞台裏〜ライブBlu-rayプレミアム視聴会&トーク・セッション

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1月12日に、御茶ノ水Rittor Baseで開催されたサカナクションのライブBlu-ray『SAKANAQUARIUM 2019 "834.194" 6.1ch Sound Around Arena Session -LIVE at PORTMESSE NAGOYA 2019.06.14-』のプレミアム視聴会。バンドの公式ファン・クラブNF memberの会員を招き、極上のサウンド・システムでDolby Atmos版の内容を体験していただいた。上映後は編集部司会のもと、サカナクションの草刈愛美(b/写真左)と江島啓一(ds/同右)によるトーク・セッションを敢行。山口一郎が先のインタビューで語ったように、本作の音作りは彼以外のメンバーとエンジニア浦本雅史氏に委ねられていた。江島と草刈の言葉を元にトーク・セッションを振り返り、このライブBlu-rayの制作過程をひも解こう。

Text:Tsuji, Taichi Photo:Hiroki Obara Hair & Make-Up:Asami Nemoto

 

サラウンドのライブ・システムにより
各聴取位置の音の明りょう度がアップ


 山口のインタビューにも記載した通り、今回のライブBlu-rayは昨年のアリーナ・ツアーが素材となっている。トーク・セッションは、そのツアーの話で幕を開けた。「CDなどの音源は、一聴してすべての音が奇麗に聴こえるよう整理するものですが、ライブ・サウンドはより“どこを聴かせたいか”に焦点を合わせていて、出すものは出す/引くものは引くという作りにしています」と草刈。ライブ・サウンドのバランスは、音源とは異なるようだ。江島が続ける。


 「大きな会場で演奏すると、空間の響きで音がボヤけてしまうので、音量が小さく繊細なパートは聴こえづらくなる傾向です。そういうものをいじるよりは、メインで聴かせたいパートを強調する方向で分かりやすいアレンジにしていくイメージ。特にザッキー(キーボードの岡崎英美)は、音源では数多くのパートをダビングしていますが、一度に使えるのは2本の手だけなので、どのパートを弾くかは事前に選んでおく必要があります。そういう取捨選択は、PAエンジニアの佐々木さんたちと相談しつつ進める感じですね。あと、セット・リストの相談などもするんです」

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今回の視聴会&トーク・セッションは本誌が主催。会場の御茶ノ水Rittor Baseは、2ウェイ・モニターGENELEC S360A+サブウーファー7380Aというスピーカー構成をメインとし、加えて8台のCODA AUDIO D5-Cubeも完備。視聴会では7.1.4chのうち4.0.4ch分のバーチャル・スピーカーをDSPプロセッシングで形成し、D5-Cubeから出力した。トーク・セッションについては、YouTube Liveでの配信も敢行


 セット・リストは、目下最新のアルバム『834.194』の収録曲から定番の作品までを含むものだった。「一郎君から流れについてのザックリとしたイメージを聞いていたので、それを元に彼以外の4人で原案を考えました。付箋(ふせん)に曲名を書いて、並び替えたりしながら(笑)」と草刈。『834.194』の曲が加わることで“100BPM前後”という新たなテンポ・レンジができ、従来に無かった展開が可能になったそうだ。そして新しい試みとしては、全公演を6.1chサラウンド・サウンド・システムで行ったことも見逃せない。


 「サラウンドって良いんですよ、やっぱり。すごく良いと思います。遠くの席まで音がきちんと届くので、その一体感というのが格別で。通常のステレオのライブでも一体感は生まれますが、サラウンド・システムはスピーカーの台数が多く、リスナーのすぐそばで鳴るわけですから、届けたいものをダイレクトに、横からも後ろからも出すことができる」


 「あれだけの数のスピーカーを仕込むことで、音の明りょう度が全体的に向上しました」と、江島が付け加える。


 「ホール・クラスまでなら、会場の響き込みでどう聴かせるかという目線もあったりするんですが、アリーナまで行くと、その響きがちょっとマイナスに働く……。通常のステレオ・システムでは会場の左右や後方に響きが集中して、スピーカーの音がボヤけてしまう場合もあるので、それが“アリーナ=音が悪い”というイメージにつながっているのかもしれません。でも横や後ろからも鳴らせれば、直接音の比率が増えて響きが少なく感じられるので、明りょうに聴かせることができます。小さい会場より大空間の方がスピーカーをたくさん使うことによるメリットが大きいのかもしれないし、あらゆる場所に可能な限り同様の音を届けるという点でも、台数が多いに越したことはないと思うんです」

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2019年のアリーナ・ツアーは、全公演が6.1chのシステムで行われた。写真は、幕張メッセ国際展示場9-11ホールでのスピーカー・レイアウトを撮ったもの。左にフロント、右手前にサイド、右奥にディレイ・スピーカーなどが見える

ステレオ版では聴きやすさを重視
臨場感を表現したDolby Atmos版

 

 スピーカーの多さも手伝って調整すべき点が多く、会場ごとにセッティングを大きく変えなければならないのがサラウンド・システムの大変な部分。チューニングの実作業は、PAエンジニア武井一雄氏が代表を務めるパブリックアドレスが手掛けたが、サカナクションのメンバーも会場内のさまざまな場所で音をチェックするなど余念が無かったそう。さて、このライブ・サウンドをBlu-rayという形に落とし込む際、記録の仕方についてはどのような考えがあったのか? 江島に尋ねてみると「ミックスは浦本さんによるものですが」と前置きしつつ、まずはステレオ版に関して答えてくれた。


 「従来はアリーナ会場での響き方というか、大きな空間で鳴っている感じを再現することが指針でした。でも今回はコンセプトを変え、規模感を意識し過ぎずにやってみようと。例えば、オーディエンス・マイク(客席に向けて設置し、歓声や会場の響きを収めるマイク)の音量は従来よりも抑えています。また個々の楽器についても、会場ではすべてスピーカーから鳴っていたわけですが“録音はラインのみ”というパートもあるので、それらはスタジオ・ワークと同じような作法で扱ったり。ただ、ボーカルのようにマイク収音したパートには会場の響きが含まれているため、ライブ音源とスタジオ音源のハイブリッド版みたいな仕上がりになりました」


 「特定の会場の臨場感を再現するよりは、ライブ音源としての聴きやすさを意識したんです」と草刈。一方、Dolby Atmos版については「会場の響きを意識して、あたかもそこに居るような感じを表現する方に寄せました」とのこと。Dolby Atmosミックスの制作には、7.1chサラウンド・システムにハイト・スピーカー(天井設置)を加えた7.1.4chの環境が推奨されている。そして視聴者も、同様にハイト・スピーカーを備えた環境で、そのサウンドを享受できるのだ。「Dolby Atmosの一番の特徴は、“高さ”を表現できるところだと思うんです。これは、従来のミックスには無かった部分ですよね」と草刈。

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「Dolby Atmosの特徴は“高さ”の表現。従来のミックスには無かった部分です」と、その効果について説明する草刈愛美

 

 続いて江島がこう語る。


 「オーディエンス・マイクをハイト・スピーカーに配置しているんです。これはポートメッセなごやの響きを再現する狙いでもありました。トリッキーな使い方としては、「新宝島」のギター・ソロを少し上に振っていて。目線辺りで鳴っていた音が上に行くと、聴こえ方が変わるんですよ。目立つようになるんですが、わざとらしさは無く、ソロをナチュラルに強調することができました」

 

 「そういう意味ではさりげない効果のためにも使ったし、中盤くらいに一郎君がパンナーで音をぐるぐる回すシーンがあるのですが、そこでのDolby Atmosの使い方は比較的派手なパターンですね」と草刈。

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サラウンド・スピーカーの間を音が動き回るような効果を演出したELECTROGRAVEのパンナー。カスタム・メイドの2イン/6アウト機で、各入力のゲイン・ノブや定位調整のためのジョイ・スティックを装備する

自宅でのDolby Atmos再生には
サウンド・バーがお薦め

 

 Dolby Atmosは確かに魅力的だが、自宅にハイト・スピーカーなどを取り付けるのは手軽とは言えない……そう江島に投げかけてみると「お薦めなのが、サウンド・バーというスピーカー・システムです」との答えが返ってきた。


 「テレビの手前に置いて使う細長いスピーカー・システムで、Dolby Atmosに対応した製品が各社から発売されていますよね。Blu-rayが仕上がった後、製品として問題ないかどうかチェックする際に、スタジオのシステムだけでなくサウンド・バーでも確かめたんです。最初は半信半疑だったんですよ、こんなに細いところから良い音が出るの?と。でも結構良かったんですよね、結果が。ちゃんと上とか横から聴こえてくる感じが得られるんです。これまで5.1chサラウンドなどでもBlu-rayを作ってきましたが、果たしてどのくらいの人がその環境で再生するだろう?という思いがあって。でもサウンド・バーが高性能になってきて、これで聴いてもらえるんだったら僕としてもうれしいなと。やっと自分たちの気持ちと現実的な再生環境のバランスが取れてきたという印象ですね」

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江島啓一。「ギター・ソロを少し上に定位させると自然に強調することができたんです」など、Dolby Atmosのミックスに対する恩恵を語っていた


 サウンド・バーだけでなく、イネーブルド・スピーカーや対応ヘッドフォンなどを使うことでも楽しめるDolby Atmos。自宅の環境にマッチした機器を入手すれば、サカナクションのライブ・サウンドを臨場感たっぷりに味わえるだろう。


 さて、トーク・セッションの最後に来場者への質疑応答を行ったので、その中から1つ紹介しておこう。質問の内容は“サカナクションの方々には、好きなライブ会場はありますか?”というもの。まずは草刈の答えから。


 「2018年にできた札幌文化芸術劇場 hitaruです。新しいホールは、どうしても響きが硬いと言われたり、ロック・バンドをやるには難しかったりするんですよ。でもhitaruは思いのほかやりやすくて、気に入りましたね」


 「やりやすいという点では、僕は幕張メッセが好きです」と江島が続ける。


 「ドラムをたたくので、跳ね返ってくる音が多い会場は苦手で。そのディレイ音が曲のテンポに合っていればいいんですけど、合うはずもなく(笑)。でも幕張メッセくらい広いと、あまり跳ね返ってこなくなるんです。野外ステージだと全く返ってこないので、それはそれで寂しかったりしますが(笑)、幕張は小ぶりのスタジオと同じような感覚で演奏できるんです。あと、響きの良いホールも好きですね。スネアをたたいたときなどにドーンと気持ち良く響いてくれて“ああ、すごい良い音鳴ってるな!”って思えるから」


 終始和やかなムードで行われたトーク・セッション。サカナクションのファンらしく、音作りの方法論に極めて熱心に聞き入る客席のムードもまた印象的だった。

 

『SAKANAQUARIUM 2019 "834.194" 6.1ch Sound Around Arena Session -LIVE at PORTMESSE NAGOYA 2019.06.14-』(完全生産限定盤:Blu-ray)
サカナクション
ビクター/NF Records:VIXL-298
※本編の音声は、メニュー画面でステレオ(24ビット/96kHz)とDolby Atmosを切り替えて視聴可能

 

<本編>
1.セプテンバー(Acoustic)
2.Opening(000.000〜834.194)
3.アルクアラウンド
4.夜の踊り子
5.陽炎
6.モス
7.Aoi
8.さよならはエモーション
9.ユリイカ
10.years
11.ナイロンの糸
12.蓮の花
13.忘れられないの
14.マッチとピーナッツ
15.ワンダーランド
16.INORI
17.moon
18.ミュージック
19.新宝島
20.アイデンティティ
21.多分、風。
22.セプテンバー -札幌version-
23.『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』
24.夜の東側
25.グッドバイ

 

<特典映像>(完全生産限定盤のみ収録)
『暗闇 KURAYAMI』記録映像
・ドキュメント
・第一幕「Ame(C)」~第二幕「変容」Visual Effects & Binaural Recording

 

Musicians: 山口一郎(vo、g)、岩寺基晴(g)、草刈愛美(b)、岡崎英美(k)、江島啓一(ds)
Producer:サカナクション
Engineer:浦本雅史
Location:ポートメッセなごや
Studio:P’s

 

sakanaction.jp