Muqata'a - Beat Makers Laboratory Vol.105 〜ビート・メイキングの目的の一つはパレスチナの文化をアーカイブすること

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世界の各都市で活躍するビート・メイカーのプライベート・スタジオを訪れ、トラック制作にまつわる話を聞いていく本コーナー。今回紹介するムカータはパレスチナ出身で、現地のヒップホップやトリップホップ・シーンを長年けん引するアーティストだ。約1年前からベルリンに滞在しており、今後は2拠点で活動していく予定。2月に発表したばかりで、既にPitchforkなどで高い評価を得ている新アルバム『Kamil Manqus』の制作背景を伺った。

Interview:Yuko Asanuma Photo:Yara Abbas

 

キャリアのスタート

 僕は7歳ごろからピアノを習っていたので、それが基礎になっていると思います。制作をするきっかけになったのは、音楽雑誌の付録CD。そこにデモ版のDAWが入っていて、兄と一緒にコンピューターで使ってみたんです。自分一人で曲を完成させることができると分かったのは、大きな発見でした。2002年ごろ、兄と友人とともに“Ramallah Underground”というアラブ音楽のプラットフォームを立ち上げたのが、本格的なキャリアの始まりです。それが次第にコレクティブとなり、ヒップホップ・グループとして活動することとなり、だんだん海外にも呼ばれるようになっていきました。

 

スタジオについて

 ツアーなどがしやすいように昨年2月にベルリンへ引っ越してきたのですが、その直後にパンデミックとなってしまい最悪なタイミングとなりました。出身地であるラマッラーのスタジオと行き来しようと思っていたので、ここは簡易スタジオとも言えますが、制作に必要なものはほぼそろっています。REASON STUDIOS Reason、サンプラーのROLAND SP-404SXとELEKTRON Octatrack MKII、シンセのTEENAGE ENGINEERING OP-1の4アイテムが基本的なセットアップですね。ラマッラーのスタジオには、KORG MicrokorgやWALDORF Pulse 2などの小型シンセのほか、ラック・マウント型のオーディオ・インターフェースなどを残しています。

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ベルリンにあるムカータのプライベート・スタジオ。自宅リビングの一角を作業スペースにしている。DAWはREASON STUDIOS Reasonで、オーディオI/Oはモニター・コントローラーのMACKIE. Big Knob Studio、ターンテーブルはAUDIO-TECHNICA AT-LP120Xを使用

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ニアフィールド・モニターには、FOCAL Shape 65を備える

ビート・メイクのこだわり

 ハードウェアで作ったサンプル素材はすべてReasonに取り込んで編集しています。ハードを使うことでヒューマン・エラーの確率が高くなり、それによってビート・メイキングが面白くなると感じるのです。以前は完全にグリッドに沿った音楽しか作れませんでしたが、ハードウェアを導入したことで自由で動きのある音楽になったと思います。今ではすっかりアンチ・クオンタイズ派ですね(笑)。

 

ビート・メイクの手順

 まずは曲のムードを定める“何らかのサンプル”から始めます。それをループさせてメロディやリズムを考慮し、音を足していくのです。そこから16小節くらいのループに広げ、キックやスネア、ベースなどを足し、今度はそれを平均4分前後の長さに展開します。構成が定まったら、そのほかの音を最初から最後まで通しで演奏して録音する、というやり方が多いです。ミスをしたときは修正しますが、多少の揺れやズレは味として曲に生かします。そうすることで、変化や動きのある“生き生き”としたビートになると思うのです。ミックスではReasonの付属プラグインを主に使っています。

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サンプラーのROLAND SP-404SX。ムカータは「エフェクトもたくさん内蔵されているのでライブにも向いていると思います」と語る

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同じくサンプラーのELEKTRON Octatrack MKII

ビート・メイキングについて

 目的の一つは、パレスチナの文化をアーカイブすること。僕らの文化は抹消されようとしているからです。最新アルバム『Kamil Manqus』には、OP-1を使って取り込んだラジオ放送、アラブ音楽のレコード、日常で僕らが遭遇する暴力的な人の声や環境音など、さまざまなサンプルを多用しています。これらを音楽に乗せて表現することは僕にとってセラピーであり、抑圧への抵抗でもあるのです。

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友人から贈られたというシンセのTEENAGE ENGINEERING OP-1

読者へのメッセージ

 僕は毎日必ず音楽を作ることを目標にしています。今日のビートを“1”、明日のビートを“2”というふうにファイル名に番号を付けてシリーズ化することで、継続するように自分を仕向けているのです。ビート・メイキングを自分の習慣にすることが重要なんですよ。続ければ得られるものが絶対にあることを、これまでの経験上知っていますから。

 

SELECTED WORK

『Kamil Manqus』
ムカータ
(Hundebiss)

 タイトルはアラビア語で、“不完全な全体”あるいは“完ぺきな不完全”という意味。2月にデジタル版がBandcampでリリースされ、数カ月以内にアナログ盤も発売される予定です。