サム・ゲンデルとメアリー・ハルヴォーソン〜演奏技術や理論から離れて見つけた独自のサウンド 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.149

サム・ゲンデルとメアリー・ハルヴォーソン〜演奏技術や理論から離れて見つけた独自のサウンド 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.149

 FESTIVAL FRUEZINHO 2022でサム・ゲンデルとサム・ウィルクスのライブを見た。彼らのアルバム同様にサックスとベース・ギターだけのシンプルなステージだったが、デュオというミニマルな編成から繰り出されるバリエーション、ハーモニーや音色の多彩さ、それにミルトン・ナシメントからジュディ・シルまでカバーした選曲でもオーディエンスを魅了した。後方が開け放たれて屋外とつながっている立川ステージガーデンというユニークな構造のホールともマッチした演奏だった。ゲンデルのライブを見るのは2回目だが、アルト・サックスとエフェクト・ペダルのセットは基本的に変わっていないようだった。

『Live A Little』Sam Gendel & Antonia Cytrynowicz(rings/Psychic Hotline)
11歳の少女が即興で口ずさんだ歌を元に、ゲンデルが作り上げたというアルバム。即興とは信じがたいほどの美しい作品集

『Superstore』Sam Gendel(astrollage/Leaving)
ソロ曲やブレイク・ミルズ、フィリップ・メランソンらとの共演楽曲など、ゲンデルの未発表曲34曲を収録。8月3日にCDリリースを予定している

 ゲンデルが取り上げられた本誌2021年9月号のBeat Makers Labで、ロサンゼルスのプライベート・スタジオの様子を知ることができる。アメリカでも独特なサックスのサウンドが注目され、その秘密を知りたがる者は多かったようだ。ちょうど同時期に、彼にインタビューする機会があったが※1、「“最近、どのペダルを使ってるの?”とか、“何を買えばいい?”というメッセージが来たりするんだけど、みんなは自分で一つ一つ何かを試して、探求する気力がないんだ」と苦言を呈していた。とはいえ、本誌の取材にも応じ、アメリカのジャズ雑誌でもピックアップで拾ったサックスの音に複数のハーモナイザーを通していることを説明するなど、ある程度、情報はオープンにしているように思う。

※1

 ゲンデルが「Volunteered Slavery」をカバーした全盲のマルチリード奏者ラサーン・ローランド・カークは、複数の管楽器を同時に演奏したことで有名だ。その音楽はハード・バップからソウル・ジャズやフリー・ジャズにも根ざしていたが、一方でミュージック・コンクレート、特にエドガー・ヴァレーズに興味を持ち、1960年代前半からテープ・コラージュを試み、1960年代後半にはいち早くテープ・ディレイを演奏に取り入れた。同じ頃、エディ・ハリスがSELMERのVaritoneを使い、テナー・サックスのサウンドをエレクトリック化した。Varitoneは木管楽器用のピックアップとエフェクト・ユニットで、ソニー・スティットらも使用した。ゲンデルは、アルバム『Satin Doll』でハリスの「Cold Duck Time」をカバーしているが、それはハリスと忘れられた楽器、サウンドへのオマージュでもあった。HAMMOND Innovex Condor RSMやCONN Multi-ViderなどVaritone同様の商品が発売されたが、結局、エレクトリック・ギターやピアノのような発展を遂げることはなかった。ちなみに、カークは、1977年に42歳の若さでこの世を去ったが、晩年はウィンド・シンセサイザー(電子管楽器)のCOMPUTONE Lyriconを使ったり、自然音と電子的な変調や加工を組み合わせたテープ音楽も録音に加えていった。そして、ゲンデルは、ROLANDのウィンド・シンセサイザーAerophone Pro AE-30もよく使用している。

『The Case of the 3 Sided Dream in Audio Color』Rahsaan Roland Kirk(Atlantic)
スティーヴ・ガッドらが参加するファンキーな楽曲と、コラージュなどの実験的な要素が混在した1975年リリース作品

 もちろん、ゲンデルのサックスはカークにもハリスにも似てはいない。背景に過去へさかのぼるストーリーはあれど、似ていないことが大切なのだ。この何ものにも似ていないサウンドを、メアリー・ハルヴォーソンのギターにも感じてきた。偶然にもゲンデルと同じレーベルNonesuchからリリースされた彼女の2枚の最新アルバム『Amaryllis』と『Belladonna』は、新たなセクステットとミヴォス・カルテットの弦楽四重奏と共に録音され、ハルヴォーソンとデュオ・アルバムもリリースしているディアフーフのジョン・ディートリックがプロデュースした。彼女のこれまでの作品の中で最もメロディアスでグルーブがあり、特にギターで弦楽器のために作曲された伸びやかで広がりのあるアンサンブルは、作曲家としての彼女の新たな可能性を示している。

『Amaryllis』Mary Halvorson(Nonesuch)
2作同時に発表したハルヴォーソンの最新作。トランペット、トロンボーン、ビブラフォンなどとのセクステットが中心となっている

『Belladonna』Mary Halvorson(Nonesuch)
ハルヴォーソンと弦楽四重奏の共演作。両作品とも、ディアフーフのジョン・ディートリックがプロデュースしている

 既にソロやコラボレーションで30枚以上のアルバムを発表してきたハルヴォーソンは、マッカーサー・フェローも受賞し、ジャズ・ジャーナリズムからの評価も高く、さまざまなことが語られてきた。しかし、彼女の弾くギターが異常なほどピッチを揺らし、スケール・アウトしていくことについてはそれほど正面から触れられたことがない。その演奏は“酸欠状態のジム・ホール”と彼女のバンド・メンバーから言われてもいたが、ピッチが揺らぎすぎて逸脱したサウンドは時に笑いを誘うほどなのだ。彼女の音楽は必要以上にシリアスに受け止められてきたためか、ユーモアやウィットの表現と結びつくことはない。だが、先日公開されたジュリアン・ラージ、マイルス・オカザキとのギタリスト同士の和やかなインプロビゼーションの映像では、彼女がピッチを揺らしながらフレーズを弾くとほくそ笑むラージの表情が印象的だった※2。この映像にも映っているが、彼女がピッチ・モジュレーションのために使っているLINE 6のディレイ・モデラーDL4について語るインタビューは興味深かった(※3

※2

※3

 「DL4については、多くのギタリストが持っているにもかかわらず、同じような使い方をするのを耳にすることはほとんどなく、何年もかけて、自分にとって効果的な新しいサウンドをたくさん発見してきました。例えば、フレーズの途中でエクスプレッション・ペダルを使ってハンズフリーで音を操作するのも、私のアプローチの大きな特徴です」

 ハルヴォーソンはプリセットに長いディレイをプログラムして、ループや無限のディレイを演奏のレイヤーの一つとして扱い、エクスプレッション・ペダルでディレイ・タイムをコントロールしている。ペダルによるコントロールは、演奏中にたまたまディレイ・タイムのノブを回してしまったことで発見したのだという。トリルやスライド、ハンマリングといった指板での弦の演奏と同等にディレイ・タイムをエクスプレッション・ベダルで、すなわち足の動きでコントロールしているということだ。彼女は「音楽学校に1年間通い、ギターに幻滅していた時期でした。ギターの何が楽しいのか、エフェクターがあればまた興味が湧くかもしれないと思ったんです」とDL4を手に入れた当時を振り返るが、これは、ジャム・セッションでケニー・ギャレットに似ていると言われて、サックスを吹くことに幻滅を覚え、エレクトロニックなプロセッシングの模索を始めたゲンデルの話と重なる。

 ハルヴォーソンは伝統的なジャズを学ぶことに嫌気がさし、サックス奏者/作曲家のアンソニー・ブラクストンやギタリストのジョー・モリスに師事したが、彼らから自分の声を見つけることを学んだという。それは単に新奇なサウンドを意味しているわけではない。ただ、2000年初頭に手に入れたDL4を20年以上も使ってサウンドを発見してきた作業は自分の声を見つける助けになったのは確かであり、それは演奏技術や理論では到達できないものがあることをあらわにする。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって