ダニエル・ビジャレアルやドス・サントスが掲げるアメリカ音楽シーンでの移民文化の新たな流れ 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.147

ダニエル・ビジャレアルやドス・サントスが掲げるアメリカ音楽シーンでの移民文化の新たな流れ 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.147

 ドス・サントスは、シカゴを拠点に活動するラテン系バンドだ。僕がこのバンドに興味を持ったのは、International Anthemからリリースされた音源がきっかけだった。シカゴの新しいジャズの流れをフォローし、ポストロックのレガシーも受け継ぐようなリリースを続けるレーベルにあって、中南米をルーツに持つサウンドのドス・サントスは少し異色の存在だった。しかし、昨年秋にリリースされた最新アルバム『City Of Mirrors』は、ラテン系バンドという枠を超えた広がりのある音楽性を打ち出し、しかも従来のよくあるハイブリッドなポップさとは異なる音楽を成立させていた。なぜ、この音楽が生まれたのか、そして、ドス・サントスはなぜシカゴで活動しているのかということも気になった。それで、いろいろと調べていくと、メンバーがとてもユニークなバックグラウンドを持っていることを知った。また、僕がレーベル・プロデューサーを務めるringsで、ドス・サントスのドラマーでDJでもあるダニエル・ビジャレアルのソロ・アルバム『Panama77』をライセンス・リリースすることになって、彼にも話を聞く機会があり、さらに詳しいことが見えてきた。そこには、シカゴのみならず、アメリカの音楽シーンにおける移民文化の新しい流れが表れているように感じた。

 

『City Of Mirrors』Dos Santos

『City Of Mirrors』Dos Santos(International Anthem)
シカゴの5人組バンド、ドス・サントスが2021年にリリースした最新作。打ち込みやサンプリングも取り入れられ、新たなアプローチが展開されている

 

『Panama77』Daniel Villarreal

『Panama77』Daniel Villarreal(rings/International Anthem)
シカゴとLAのミュージシャンが参加したビジャレアル初のソロ作。編集とミックスは、マカヤ・マクレイヴンの作品などを手掛けるデイブ・ベテライノと共同で行う。国内盤はringsより6月1日に発売

 

 ドス・サントスは、ボーカリスト、ギタリストでHAMMONDオルガンも演奏するアレックス・チャヴェスとビジャレアルを中心に結成され、2013年ごろから活動を始めた。テキサスのメキシコ移民の家庭に育ったチャヴェスは、大学で文化人類学を教える准教授という別の顔も持つ。ラテン・アメリカ音楽の研究者としても知られ、メキシコ北中部のシチュの伝統音楽ウアパンゴ・アリベーニョの音楽家ギジェルモ・ベラスケスの音源をプロデュースして、世界的な音楽遺産をアーカイブするSmithsonian Folkwaysからリリースしてもいる。ビジャレアルはパナマ共和国の生まれで、10代からドラマーとして活動を始め、パナマで最初にレゲトンやデンボウをドラムでたたいたドラマーに師事した。その後、アメリカに移住したが、興味深いのは、ドス・サントスで演奏しているラテンのリズムの多くをチャヴェスから学んだことだ。中米と南米を結ぶ地峡に位置するパナマは音楽的にも多様な文化が混じっているが、パナマにいた当時はそれほど多くのリズムを俯瞰(ふかん)して見ることはできなかったという。

 

『Serrano de Corazón』Guillermo Velázquez y Los Leones de la Sierra de Xichú

『Serrano de Corazón』Guillermo Velázquez y Los Leones de la Sierra de Xichú(Smithsonian Folkways)
チャヴェスがプロデュースしたギジェルモ・ベラスケスのアルバム。楽団名はスペイン語で“シチュ山脈のライオンたち”という意味

 

 ドス・サントス・アンティ−ビート・オルケスタの名義でリリースしたデビュー・アルバム『Dos Santos』を聴くと、メキシコのルーツ・ミュージックからの影響が色濃く、それにサルサやラテン・ジャズ、ラテン・ロックの要素も加わった比較的オーソドックスなサウンドのバンドだったことが分かる。しかし、International Anthemからリリースした2ndアルバム『Logos』では、アフロ・ビートからポストロックまで多様な音楽が入り込み、中南米各地のリズムと複雑に混じり合っていった。

 

『Logos』Dos Santos

『Logos』Dos Santos(International Anthem)
2018年に発表した2ndアルバム。メンバーのルーツであるラテンの音楽と、シカゴ・ブルース、ハウス、ポストロックなど多様な音楽性が融合している

 

 ドス・サントスのリズムは、コロンビア発祥で先住民やアフリカ系民族の影響も受けたクンビアと、ケチュア族のワイニョ音楽とクンビアとロックが融合したアンデスのチチャが基盤を成している。チャヴェスに言わせると、クンビアやチチャはラテン系のオルタナティブ・ミュージックの世界ではあまり人気がなかったのだそうだ。さらに、アメリカのラテン系アーティストやバンドは常にステレオタイプなイメージを持たれてきたと指摘する。だからこそ、彼らは、クンビアとチチャをはじめとした汎ラテン・アメリカのリズムの融合によって、本来の文脈を離れた音楽を志向した。ただ、“僕らは新しいことをやっているわけではない”とチャヴェスは言う。ラテン・アメリカの音楽は流動的で、固定されたものではなく、融合や変化を繰り返してきた。そもそもクンビアやチチャ自体がそうやって生まれた。ドス・サントスは、それを現在のシカゴとアメリカの音楽も反映させながらやっているというわけだ。

 チャヴェスは2017年に『Sounds of Crossing』という本を出版している。サブタイトルに“音楽、移民、そしてウアパンゴ・アリベーニョの聴覚的詩学”(Music, Migration, and the Aural Poetics of Huapango Arribeño)とあるように、ウアパンゴの音楽と詩を扱ったものだが、チャヴェスはこの本についてのインタビュー※1で、テキサスで音楽活動をしていた当時、ウアパンゴを演奏するミュージシャンがテキサスやミシシッピ周辺に多数居ることに興味を持ってシチュを実際に訪れた経緯を語っている。そのミュージシャンの中には非正規(チャヴェスは“不法”という言葉を使わない)の滞在者もいて、そこから移民がどうやって集まってくるのか、また彼らの集まりで音楽がどう機能してきたのかに関心が至ったという。さらには、メキシコとアメリカの国境がどのように存在しているのかという問題に及び、多くの移民が国境を越えるという場所の移動に物語を見出した。そして、移民の中に共に故郷としてあるメキシコとアメリカの場所が突然折り重なるようなことが、音楽によって呼び起こされると指摘する。

※1

https://orderofm.com/conversation/connectivity-as-reimagined-geographies/

 

 非常に興味深いテーマを扱っている本に思えるが、ドス・サントスやビジャレアルの音楽もまた中南米の音楽とアメリカの音楽が幾重にも折り重なっている。それは、リズム、あるいはメロディを引用して重ねる融合ではなく、複雑に入り組んでいるが、それでいてメロディやリズムは聴きやすさを保っているのが特徴でもある。特に、チャヴェスがドス・サントスのサウンドの要だというビジャレアルの音楽とドラムは、実に多様な音楽的要素から成り立っている。ラテンのリズムはもちろんのこと、アフロ・ビートからシカゴ・ハウスまでがシームレスにつながっているかのようだ。『Panama77』は、ジェフ・パーカーらとの裏庭でのセッションが元になっているが、個々の楽器の勢いやちょっとしたニュアンスまでが伝わってくる録音だ。それはライブの生々しさとも、スタジオ録音の正確さとも異なっていて、チャヴェスが魅力を感じたウアパンゴを演奏するミュージシャンたちの集まりにインスパイアされているのかもしれない。

 『Panama77』の大半の楽曲はセッションから作られているが、例外的に作曲された楽曲「Ofelia」は、パナマの作曲家/オルガン奏者のアベリーノ・ムニョスに捧げている。無声映画時代の映画館の演奏から始まり、テレビやラジオで必ず曲が流れるパナマの国民的な存在となったが、独学で音楽を習得して自身のオーケストラを率い、中南米のみならずアメリカでも演奏活動を行った。モダンな要素をいち早く採り入れた先駆者でもあり、ビジャレアルは今もその音楽にインスパイアされるという。ビジャレアルはアメリカに渡った当初、音楽も社会もすべてが細分化されていることにカルチャー・ショックを受けたと語っていたが、彼やドス・サントスは細分化に抗いつつ、音楽がつなげる可能性を慎重かつ大胆に提示している。

 

『Estampas Panameñas』Avelino Muñoz

『Estampas Panameñas』Avelino Muñoz(Marvela)
1950年にアベリーノ・ムニョスが発表した12曲入りのアルバム。オルガンの音色とラテンのリズムが心地良い作品だ

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって