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アヴィシャイ・コーエンのアプローチから見るインド音楽とジャズとの融合の形 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.144

アヴィシャイ・コーエンのアプローチから見るインド音楽とジャズとの融合の形 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.144

 イスラエル出身のトランペット奏者、アヴィシャイ・コーエンのニュー・アルバム『Naked Truth』がリリースとなる。長年ニューヨークのジャズ・シーンの最前線で活動を続け、近年はイスラエルに戻ってECMからリリースを重ねてきた。前作『Big Vicious』では5人編成のグループ、ビッグ・ヴィシャスを率い、マッシヴ・アタックのカバーを含めたボーカル曲のインストゥルメンタルとしての側面にフォーカスして、歌も即興も入れない演奏を展開した。新作はカルテットで録音され、再びジャズに戻ってきたのだが、ジャズらしい作曲や即興とは異なるアプローチが採られ、8つの音のモチーフから発展させた演奏で成り立っている。そのモチーフは、コロナ禍でライブ活動が中断して自分自身と向き合う時間の中で生まれた。それを譜面にして作曲することはせず、しかし、カルテットのメンバーには共有しようとした。“録音の前にメロディが書き留められることをなぜか望まなかった”というコーエンは、同時に自分がソロで自由に即興演奏をすることも望まなかった。その代わりに、“何を演奏し、何を演奏しないか”という議論をメンバー間で行ったという。さらに、コーエンは、ハリプラサード・チャウラースィアーの音楽をメンバーに事前に聴くように求めた。ヒンドゥスターニー音楽(北インド古典音楽)の竹笛バーンスリーのマスターであるチャウラースィアーの“すべてを演奏する能力と必要なもの以外は演奏しない能力”に、コーエンはインスパイアされていた。

『Naked Truth』Avishai Cohen

『Naked Truth』Avishai Cohen(ECM)
コーエンのECM5作目となるアルバム。メンバー全員がイスラエル出身というカルテット編成で、昨年9月に南フランスでレコーディングされた

 1938年生まれのチャウラースィアーは、ザ・ビートルズがインドを訪れた旅をサポートし、1970年代にはジョージ・ハリスンとのレコーディングやツアーを行っているが、それ以前に、ブリジ・ブシャン・カブラ、シヴ・クマール・シャルマとリリースした『Call of the Valley』(1967年)によって世界的な成功を収めた。ヒンドゥスターニー音楽にスティール・ギターを持ち込んだカブラと、イラン発祥の打弦楽器サントゥールを演奏するシャルマ、そしてチャウラースィアーの3人は当時30歳前後で、西洋音楽への関心と古典音楽の枠組みを超える意欲に満ちていた。『Call of the Valley』は伝統に則りながらも、欧米のポピュラー音楽のリスナーにもアピールするサウンドだった。ただ、チャウラースィアーが奏でる音楽そのものは西洋化されることはなく、独自のアプローチを続けた。譜面にとらわれている西洋の音楽家に対して、“インドの音楽家は、レパートリーを記憶し、それぞれの作品の中で即興演奏をしなければならない。これは規律と自由のユニークな組み合わせだ”と述べているが(※1)、これはまさにコーエンが志向したことだろう。

※1

『THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:インド/ハリプラサード・チャウラースィアーのバーンスリー』

『THE WORLD ROOTS MUSIC LIBRARY:インド/ハリプラサード・チャウラースィアーのバーンスリー』(キング)
インドの人間国宝に選ばれている竹笛奏者、チャウラースィアーの日本でのスタジオ録音盤

 

 チャウラースィアーは、一度だけECMの録音に参加している。それは、タブラ奏者、ザキール・フセインの『Making Music』(1987年)だ。チャウラースィアーより若い世代で1951年生まれのフセインは10代で渡米し、サンフランシスコのベイ・エリアを中心にジャズやロックのミュージシャンたちとの交流を深めていった。特に、イギリス出身のギタリスト、ジョン・マクラフリンと組んで北部のヒンドゥスターニー音楽と南部のカーナティック音楽を融合させたシャクティや、グレイトフル・デッドのドラマー、ミッキー・ハートとのパーカッション・アンサンブル、ディガ・リズム・バンドへの意欲的な取り組みで知られる。そうした活動も経てリリースされた『Making Music』は、フセインの初リーダー作で、チャウラースィアーのほかにマクラフリンとノルウェー出身のサックス奏者、ヤン・ガルバレクが参加した。リーダー作であるにもかかわらず、フセインのタブラはそれまでのさまざまなプロジェクトやコラボレーションで聴かれるほどには目立っていない。それが逆にとても印象的で、スピーディでシャープなソロをたたき出す瞬間もあるが、タブラ、バーンスリー、ギター、サックスの変則的なカルテットは、室内楽的なコンビネーションとアンビエント的なバランスの間を行き来するかのようだ。そして、それぞれの楽器はその楽器が鳴り響いていた文脈を少し離れ、出自をあえて曖昧にした微妙なニュアンスを大切にして、音楽的な対話へと向かっているように聴こえる。

『Making Music』Zakir Hussain(ECM)

『Making Music』Zakir Hussain(ECM)
ラヴィ・シャンカールの元でサポートを務め、1970年代からはアメリカでも活動するフセインの1987年作。音色が心地良く、音響的な魅力もある作品だ

 こうした取り組みは、『Making Music』が最初ではない。フセインも参加した、サックス奏者のジョン・ハンディとサロード奏者のアリ・アクバル・カーンのアルバム『Karuna Supreme』(1976年)も、インド音楽とジャズとの融合とは違う時間の流れが表れている。“インドのレコーディング・スタジオで昼休みにソプラノやアルトサックス奏者と行ったジャムの延長のようなものだった”とフセインはこの演奏を振り返っているが、ここには『Making Music』の原型のような、融合を目指さない対話による演奏が残されている。フセインは、昨年のインタビューで、ジャズとインド音楽との関係性を示唆する興味深い指摘をしている(※2)。

※2

 「インドのミュージシャンは、演奏に出かけるとガーランド・オブ・ラーガ(garland of ragas)と呼ばれるものを演奏する。シリアスな音楽を演奏した後、最後に軽い音楽を演奏するのをガーランド・オブ・ラーガと呼んでいる。私にとっては、ガーランドとはさまざまな和音を重ねて演奏することにほかならない」

 

 「インド人ミュージシャンは、さまざまなモードが相互に関連し合い、その移行が非常にシームレスに行われるガーランド・オブ・ラーガに慣れているので、ジャズのスタンダード曲をさまざまなコードで演奏することができるはずで、それはガーランド・オブ・ラーガと同じようなものだ」

 

『Karuna Supreme』John Handy & Ali Akbar Khan

『Karuna Supreme』John Handy & Ali Akbar Khan(MPS)
モントレー・ジャズ・フェスティバルなどで共演もしていたハンディとカーンによる、約41分の全3曲を収録するセッション・アルバム

 この関係性は、サックス奏者のチャールス・ロイドがフセインとドラマーのエリック・ハーランドとのトリオで録音した『Sangam』(2006年)でも聴くことができた。ロイドは、1960年代からラーガの影響を受けたモーダルな作曲を試み、ヴェーダンタ哲学の研究にも取り組んできたが、自身のツアー・バンドのラインナップはいつもジャズの習慣に従ってきたという。そこから解放されたのは、長年の友人であるドラマーのビリー・ヒギンズとのデュオ・アルバム『Which Way Is East』(2004年)だった。異なる伝統を特徴付けるさまざまな楽器を二人だけでシンプルに演奏したオープンな音楽言語のドキュメントのような作品だ。ヒギンズが亡くなったことで、続きを聴くことは叶わなかったのだが、ヒギンズの追悼コンサートでの録音が『Sangam』となった。ここでは、緊張感のある中でも対話が繰り返され、『Making Music』のアプローチを更新する演奏を聴くことができる。

『Sangam』Charles Lloyd & Zakir Hussain, Eric Harland

『Sangam』Charles Lloyd & Zakir Hussain, Eric Harland(ECM)
ECMを代表するサックス奏者のロイドによる2006年作。ライブ録音によるスリリングな演奏が展開されている

 インド音楽とジャズやポピュラー音楽との融合にはステレオタイプなアプローチが数多く登場してきた一方で、今もなお、新たなインスピレーションを与えるきっかけとなり得ている。『Naked Truth』のコーエンたちの演奏に見られる緩急のある時間の流れと、持続的に鳴り響く音響空間はその最も新しい試みである。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって