ジャズの歴史を継承する新たな才能、ジャメル・ディーンとイマニュエル・ウィルキンス 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.143

ジャズの歴史を継承する新たな才能、ジャメル・ディーンとイマニュエル・ウィルキンス 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.143

 タイニー・デスク・コンサートで音楽ファンに広く知られるようになったアメリカ公共ラジオ局のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)のサイトが、“2021年のジャズの物語”という特集を組み、批評家たちによるこの1年を振り返る原稿を掲載した。そこに、R&Bシンガー、ジミー・ホリデイの実娘で詩人のハーモニー・ホリデイが、“ジャメル・ディーン、イマニュエル・ウィルキンスは、ジャズの先祖を呼び寄せた”と題して、興味深い視点から寄稿していた※1。ロサンゼルス出身のピアニストでビート・メイカー/ラッパーでもあるジャメル・ディーンは、Stones Throwからデビュー・アルバム『Primordial Waters』をリリースしたばかりだ。一方、フィラデルフィア出身のサックス奏者イマニュエル・ウィルキンスは、2020年にBlue Noteからデビュー・アルバム『Omega』をリリースした。共に10代から頭角を現し、現在まだ20代前半である。

※1

 

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『Primordial Waters』Jamael Dean(rings/Stones Throw)
ディーン自身のグループによる演奏を収録したジャズ・サイドと、その演奏をサンプリングしたヒップホップ・サイドから構成された全20曲

 ディーンは、ロサンゼルスのラマート・パークのジャズ・コミュニティで育ち、ニュースクール大学でピアノを学ぶためにニューヨークに移ったが、授業もそこそこに、自分のルーツと位置付けるナイジェリア、ヨルバの音楽とジャズとの関連の探求に明け暮れた※2。一方、ウィルキンスはジュリアード音楽院に進み、アンブローズ・アキンムシーレやジェイソン・モランの指導を受け、瞬く間にBlue Noteからデビューを飾り、2ndアルバム『The 7th Hand』のリリースも控えている。対照的な歩みの早熟な2人のジャズ・ミュージシャンは、作り出す音楽も方法論も異なっている。しかしながら、ジャズの歴史、先祖代々の伝統やスピリチュアル(黒人霊歌)のとらえ方においては相通ずるものがあると感じられる。ロサンゼルスとニューヨークのシーンの違いやジャズ・ジャーナリズムが区別してとらえようとするテリトリーを超えて、ハーモニー・ホリデイはこの2人の音楽が照らし出そうとしている本質に言及した。

※2

 

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『The 7th Hand』Immanuel Wilkins(Blue Note)
前作『Omega』がNYタイムズ紙の2020年度ベスト・ジャズ・アルバムに選ばれたウィルキンスの最新作。7つの楽章からなる1時間の組曲を収録

 彼女は、ディーンの活動が、ジョン・コルトレーンが取り組んだ音階サークル※3や、ラサーン・ローランド・カークの『Blacknuss』での“何年も何年も盗まれ、囚われてきた失われた黒い音”(missing Black notes that have been stolen and captive, for years and years.)という叫びにつながっていることを指摘する。そして、詩人/作家のアミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)に捧げた曲(「Ba'Ra'Ka」)が、堅苦しいジャンルへの忠誠心から離れた大胆なバラカへの同化であることに賛辞を贈る。ディーンがレーベル運営にもかかわっていることを踏まえて、スタンリー・カウエルとチャールズ・トリヴァーが立ち上げたブラック・ジャズのレーベルStrata Eastと、Motownの創設者ベリー・ゴーディがスポークンワード・アーティストのために作ったレーベルBlack Forumのことも引き合いに出す。Strata Eastがリリースしたギル・スコット・ヘロンとブライアン・ジャクソンの『Winter in America』と、Black Forumがリリースしたアミリ・バラカの『It's Nation Time - African Visionary Music』は、ジャズやブラック・ミュージックとスポークンワード、そしてアフリカとの関連性を強く意識した作品だった。

※3

 

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『Winter in America』Gil Scott-Heron & Brian Jackson(Strata East)
ギル・スコット・ヘロンの4枚目のアルバムで、ジャズ・ファンクの名曲として知られる「The Bottle」を収録する1974年作

 

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『It's Nation Time - African Visionary Music』Imamu Amiri Baraka(Black Forum)
1972年リリース。Black Forumは2021年にレーベルとして再始動し、今作を含む5作品を配信などで聴くことができる

 

 また、ウィルキンスの活動も、技術的に洗練されるジャズに対して新しいスピリチュアルが求められている状況を敏感にとらえ、信仰と再生について扱っている点に注目する。そして、ディーンやウィルキンスのような存在が登場してきた背景について、“ジャズが真面目でありうることを証明するためだけにミニマリズムを追求することは偽りであり、最高の新しいジャズは、何十年もの間、スピリチュアルな才能を麻痺させるための努力を続けてきたように思える”と彼女は厳しく述べる。現代ジャズの多くは、スピリチュアルな要素を排除して、たとえ演奏が熱気を帯びても、ミニマルで端正な形式を根底で維持することに努めてきた。そして、いわゆるスピリチュアル・ジャズはレコードに刻まれた記憶となり、DJが再生する音楽として長年取り扱われ、支持も得てきた。

 

 ウィルキンスの『The 7th Hand』は7つの楽章からなる1時間の組曲のアルバムで、この原稿を書いている現時点では先行のシングル2曲が公開されているが、それらを聴くだけでも、インタラクティブな即興演奏とスピリチュアルなアフリカン・ドラムをシームレスにつないでいく新鮮な感覚を感じ取れる。特に“アフリカの音”を意味するファラフィーナ・カン・パーカッション・アンサンブルをフィーチャーした「Don’t Break」は、ヨルバにおけるドラムが持つスピリチュアルな力に言及し、カルテットの即興に呼応して躍動する演奏を実現している。ウィルキンスのサイト※4には、既にアルバムについての長い解説が掲載されており、彼はアルバム・ジャケットのイメージについて、“南部の黒人の洗礼をリミックスしたかったし、何が聖なるものとされ、誰が洗礼を受けることができるかについての批評を提供したかった”と述べている。従来の慣習に挑戦することが制作のあらゆる側面で意識され、このアルバムの重要なテーマとなっている。

※4

 

 ディーンやウィルキンスが生まれる半世紀ほど前にデビューし、2018年に92歳で亡くなったピアニストのランディ・ウェストンは、ジャズにおけるアフリカン・ルーツを強く主張した先駆者である。ニューヨークで生まれ、典型的なビバップの演奏でデビューしたが、早くからアフリカに関連するコンサートやセミナーを開き、次第に自身の音楽にもアフロセントリックなサウンドを取り入れていった。アメリカの文化交流プログラムでアフリカを訪れる機会を得たが、ジャズをアメリカの音楽として広く輸出する時代の要請とは相容れなかった。それゆえ、アフリカのリズムを重要視し過ぎているという批判を受けることもあったが、彼のアフリカン・ルーツへの取り組みは揺らぐことはなかった。1960年代後半にアメリカを離れる決意をした際も、同時代の多くのジャズ・ミュージシャンがヨーロッパに移住する中で、アフリカに向かい、モロッコに居を構えた。モロッコのグナワのスピチュアルを編曲したのが、ウェストンの代表曲である「Blue Moses」だが、キャリアの後半を迎えた1990年代初頭にリリースされた『Spirits of Our Ancestors』で、ファラオ・サンダースをフィーチャーした同曲の演奏が特に素晴らしい。それは、表面的な融合でも、一方的なアレンジでもない、ジャズの言語によって丁寧に咀嚼されたプロセスが伝わる音楽だった。このアルバムを含めて、この時代にVerveを中心に残された音源は、今こそ聴き直されるべき、示唆に富む内容だ。“バド・パウエルは好きだったが、彼のように演奏するつもりはなかった”と言い、ビバップから距離を置き、さまざまな模索を経てアフリカ音楽へと至ったウェストンの軌跡は、現在のディーンやウィルキンスが志向する先にある一つの指針かもしれない。

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『Spirits of Our Ancestors』Randy Weston(Verve)
ファラオ・サンダース、ビリー・ハーパー、デューイ・レッドマンなどを迎えて制作された、1991年リリース作品

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって