アリス・コルトレーン再評価とニューエイジ・リバイバルの次のステップ 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.140

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 アリス・コルトレーンのソロ作『Kirtan: Turiya Sings』が、今年リリースとなった。1982年にカセット・テープで発表された『Turiya Sings』の元となる音源で、オルガンとボーカルのみによる録音だ。音源のアーカイブを管理している息子のサックス奏者ラヴィ・コルトレーンらが見つけ出した。当時の彼女は、サンスクリット語のトゥリヤサンギータナンダを名乗り、主宰するヴェーダンティック・センター(ヴェーダ聖典を学ぶためのセンター)に集う人々に向けて音楽制作を行っていた。それだけに、この音源の商業的なリリースは長らく見送られていたようだ。

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『Kirtan: Turiya Sings』Alice Coltrane(impulse!)
WURLITZERのオルガンとボーカルのみで、南インドの音楽だけでなく、ゴスペルやブルースからクラシックの影響も感じるハーモニーを構成

 アリスは、亡くなった夫のジョン・コルトレーンのトリビュートでもある初リーダー作『A Monastic Trio』で、1968年にソロ・デビューした。コルトレーンのカルテットを支えたジミー・ギャリソンらとの録音で、ピアノとハープを演奏した。その後、約10年間にわたってメジャー・レーベルからリリースを重ねた。女性のプレイヤーがまだ少ない時代だった。彼女はアフリカ系アメリカ人のアーティストとしてブラック・パワーやラディカリズムを標榜しなかった。その音楽は内省的で瞑想的であり、次第にジャズのフォーマットからも逸脱していった。スワミ・サチダナンダとの出会いやインド旅行が契機となり、エレクトリック・ピアノとオルガンを弾いてヒンドゥー教の信仰歌をコーラスと共に演奏し、インド伝承のリズムとゴスペルのグルーブを融合させた。こうした活動を続けながら、彼女は世俗的な生活から距離を置き、1975年にヴェーダンティック・センターの設立に至った。

 

 1983年には、ロサンゼルス郊外の広大な土地にサイ・アナンタム・アシュラムを設立して、センターもその中に移した。アシュラムは信仰を持つ求道者を歓迎し、ヴェーダの伝統に則り、精神生活に関する崇高な教えを体験できる場所とされた。アシュラムについてはほとんど情報が無かったが、2017年にデヴィッド・バーンが主宰するLuaka Bopが、アシュラムで録音された『Turiya Sings』を含む4つのカセット作品からコンパイルした『World Spirituality Classics 1: The Ecstatic Music of Alice Coltrane Turiyasangitananda』をリリース。音楽史家のアシュリー・カーンのライナーノーツと、dublabの設立者であるフロスティことマーク・マクニールによる関係者のインタビューが掲載された。

 

 このリリースの背景には、叔母アリスのアシュラムを毎週日曜に訪れることを楽しみにしていたというフライング・ロータスことスティーヴン・エリソンのような新たな世代の台頭があった。彼は、リリース当時にジャズの評論家からは酷評されたアリスの『Lord of Lords』や『World Galaxy』を賞賛し、自身の『Cosmogramma』の世界観へと発展させた。フロスティのインタビューにも登場して、叔母とアシュラムについて述べている。

 

 「みんなポジティブなエネルギーを持って入ってくる。その場に居ると、それを感じることができた。ああ、これは本物のスピリチュアルな場所なんだ、と。そして、叔母が出てきて、心に響く言葉を言い、音楽をかけ始めて、みんなも一緒になって、それを2時間、3時間、4時間と続け、帰っていく」

 

 「彼女はいつも、声は最もパワフルな楽器であり、すべての音を奏でることの重要性、楽器全体を使ってすべての力を発揮することの大切さを語っていた。これは、クリエイティブなことにも応用できる。すべてのものを使い、ツールを理解して、いつ使うかを考える」

 

 「こういうものを求めていれば、手に入れることができるということなんだ。彼女がニューエイジ・ミュージックのシーンで大成功を収めようとしているなんて思いもよらなかった。ただ、音楽に関して、人々が求めているものがあれば、それを見つけてほしいと思う。必要なときに必要なものがそこにあるはずだから」

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『World Spirituality Classics 1: The Ecstatic Music of Alice Coltrane Turiyasangitananda』Alice Coltrane(Luaka Bop)
フライング・ロータスいわく「アシュラムは旅のようなものだったと記憶している。魔法のような場所に行っているような」

 2010年代に顕在化したロサンゼルスを中心としたニューエイジ・リバイバルと、アリスの再評価は無関係ではない。ヤソスやララージの再評価もしかりだ。ベイ・エリアのラッパー、リル・Bのビートレスのアルバム『Choices and Flowers』がBillboardニューエイジ・チャートにランク・インしたことも偶然ではない。そして、ヨガや瞑想と密接に結びついた音楽のありようは、チープで胡散臭いレッテルを張られていたニューエイジのイメージを少しずつ刷新していった。

 

 今年、アシュラムでのアリスの音楽に呼応するように、注目すべきリリースがあった。一つは、エスペランサの『Songwrights Apothecary Lab』。音楽療法士や神経科学者と対話を経て、癒しのための音楽実験の場S.A.L.を作り、そのための音楽として制作された。彼女は、アリスがアシュラムで録音した『Divine Songs』や『Infinite Chants』からメロディのヒントを得た。すべての曲にFormとWellを組み合わせた「Formwela」というタイトルが付けられ、ストレス解消や緊張の緩和、大切な人にかけるべき言葉の発見、年長者への敬意、時間の確保などにフォーカスしている。参加アーティストも単なる共演者以上の対話相手としてフィーチャーされているが、インド出身のボーカリスト/マルチ奏者/作曲家で学者でもあるガナヴィア・ドライスワミーの参加が特に興味深い。彼女はアリスが自費出版した自叙伝『Monument Eternal』を引用した作品を作曲してもいる。

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『Songwrights Apothecary Lab』Esperanza Spalding(Concord/ユニバーサル)
ウェイン・ショーターも参加し、ラファエル・サディークらがプロデュースを担当。いわゆる“癒しの音楽”とは一線を画する

 もう一つは、ナラ・シネフロの『Space 1.8』。カリブ系ベルギー人でロンドンを拠点に活動する彼女は、Warpからのデビュー作でハープとモジュラー・シンセを演奏している。ここではすべての曲が「Space」とタイトル付けされている。彼女はUKのジャズ・シーンにコミットして特異なポジションを確立しつつあるが、周波数特性や幾何学の研究にも取り組み、生楽器とエレクトロニクスのより有機的な融合を志向し、アリスのように内省的で瞑想的なサウンドに重きを置いている。『Space 1.8』は、アリスが表立った音楽活動の最後にリリースしたライブ盤『Transfiguration』の、信仰歌を経た即興演奏やドローンを意識したソロ・ピアノのアップデートのようにも聴こえる。

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『Space 1.8』Nala Sinephro(Warp/ビート)
腫瘍を摘出したことがきっかけで医学としての音楽に興味を持ったという22歳によるアンビエント・ジャズを刷新する音楽

 

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『Live at Real World Studios with Edward Wakili​-​Hick & Dwayne Kilvington』Nala Sinephro(NTS)
サンズ・オブ・ケメットのエディ・ヒックとマルチ奏者のドウェイン・キルヴィングトンとの即興を収めたデビューEP

 

 エスペランサやシネフロが提示する音楽による瞑想と癒やしは、ニューエイジ・リバイバルの次のフェイズにある表現だ。“解放的な技術を研究し、この世界にもたらしたい”“何が力を与え、誰が力を失うのか、何が癒され、誰が病むのかというある種の二項対立を研究し、その二つを結びつけたい”とはライスワミーの言葉だが、そこで再び見出されているのがアリス・コルトレーンの音楽だ。『Kirtan: Turiya Sings』が今年、日の目を見たのは必然だったのだ。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって