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クリス・シュラーブ&チャド・テイラーが目指したサンディ・ブルの先鋭性と無我の境地 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.139

クリス・シュラーブ&チャド・テイラーが目指したサンディ・ブルの先鋭性と無我の境地 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.139

 今年になってリリースされたアルバムの中でも、特に引かれたタイトルの一つに、ギタリストのクリス・シュラーブとドラマーのチャド・テイラーによる『Time No Changes』がある。シュラーブは、カリフォルニア州ロングビーチで活動を続けるギタリスト/作曲家で、ソロではフォーキーなサウンドを軸にアンビエントやジャズの要素も交えた音楽を作り、サイキック・テンプルというグループも率いている。テイラーは、コルネット奏者のロブ・マズレクとのシカゴ・アンダーグラウンド・デュオで知られ、シカゴのポストロック・シーンに影響を与えた一人だが、近年はジャズ・ドラマーとして、サックス奏者のジェームス・ブランドン・ルイスやトランペット奏者のジェイミー・ブランチなど次世代の注目すべきプレイヤーたちと活動を共にして、ジャズ・シーンに刺激を与える存在となっている。

 

 この2人によって、シュラーブのスタジオで一発録りされたのが『Time No Changes』だ。シュラーブはサイキック・テンプルとして昨年リリースしたアルバム『Houses Of The Holy』でシカゴ・アンダーグラウンド・トリオ(デュオにベーシストのノエル・クッパースミスが加わる編成)との演奏を収録していたので、その流れもあったのだろう。『Time No Changes』で、シュラーブは6弦ギターと12弦ギターを弾き、テイラーはドラムとカリンバを演奏している。一発録りと言ってもセッションのようなラフな感じはなく、対話し合うようにして一つの世界を構築している。

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『Time No Changes』Chris Schlarb & Chad Taylor(BIG EGO/Astral Spirits)
テリー・リードやマックス・ベネットも復活させたクリス・シュラーブはチャド・テイラーを誘いサンディ・ブルをよみがえらせた

 

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『Houses Of The Holy』Psychic Temple(Joyful Noise Recordings)
共演はチェリー・グレイザー、シカゴ・アンダーグランド・トリオ、ドリーム・シンジケート、Xololanxinxoという破天荒な人選

 

 このアルバムに引かれたのは、音楽だけではなく、背景にもあった。彼らは、1960年代前半にフォーク・ギタリストのサンディ・ブルとジャズ・ドラマーのビリー・ヒギンズが共演した演奏にインスパイアされて、この録音に臨んだ。ブルのデビュー・アルバム『Fantasias For Guitar And Banjo』(1963年)と2nd『Inventions』(1965年)の2作で、2人の共演を聴くことができる。特に『Fantasias〜』の「Blend」と『Inventions』の「Blend II」が、『Time No Changes』の原型だとシュラーブは明言している。共に20分以上ある曲で、ブルとヒギンズは、ギター、バンジョーとドラムのシンプルな構成ながらも、互いのルーツにあるフォークやジャズのみならず、クラシックやゴスペル、インド音楽などにもつながっていく、まさにブレンドのような即興演奏を繰り広げた。

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『Fantasias For Guitar And Banjo』Sandy Bull With Billy Higgins(Vanguard)
「Blend」のほか、カール・オルフ「Carmina Burana」、ウィリアム・バード「Non nobis Domine」も演奏

 

 1941年生まれのブルは、ピート・シーガーに影響を受けてバンジョーを始め、まだ10代だった1960年代初頭にニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジのフォーク・シーンにおいて、バンジョーやギターの独創的な演奏で注目された。ジャズ評論家で作家のナット・ヘントフが執筆した『Fantasias〜』のライナーノーツには、ブルとジャズとの出会いが述べられている。当時セシル・テイラーと共演していたチェロ/コントラバス奏者のビュエル・ネイドリンガーと知り合ったブルは、フリー・ジャズのムーブメントに強い関心を抱いた。だから、オーネット・コールマンのドラマーであったヒギンズとの共演は必然的なことだった。サンフランシスコで、ヌビア人ウード奏者のハムザ・エル・ディンとルームシェアしていたこともあるブルは、ギターやバンジョーのほかに、ウードも演奏した。

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『Re-Inventions(Best Of The Vanguard Years)』Sandy Bull(Vanguard))
現在「Blend」を聴けるのはこのベスト盤のみ。『Inventions』『Demolition Derby』からの曲も収録

 

 インド音楽のドローンをいち早く取り込んだのもブルだった。ラヴィ・シャンカールの影響でラーガ・ロックが流行するより前のことだ。ヘントフは、ブルが「Blend」でドローンを用いる際のチューニングについてもライナーノーツで詳しく解説している。ブルはドローン効果を得るための方法をバンジョーで研究して、そのオープン・チューニングをギターに用いたり、メロディを弾いている弦の両側の弦でドローンを鳴らすようなことも行った。「Blend」は、ブルの高度なギター・テクニックだけではなく、ジャズのモーダルな演奏からロックンロールまでが参照され取り込まれていた。序盤の緩やかな展開から、次第にギターのカッティングは激しさを増し、それに呼応してヒギンズもダイナミックなドラミングを見せる。

 

 『Inventions』には、続編の「Blend II」が収録されている。このアルバムでもライナーノーツを担当したヘントフによれば、オーネット・コールマン、インドのサロード奏者アリ・アクバル・カーン、伝承歌「Pretty Polly」、レバノン音楽、北アフリカのポピュラー・ソング、エジプトの歌手ウンム・クルスームのテーマなどが採り入れられているという。確かに、「Blend」以上に多様な音楽的影響が感じ取れる演奏になっている。

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『Vanguard Visionaries』Sandy Bull(Vanguard)
3rd『E Pluribus Unum』から「Electric Blend」も収録のベスト盤。残念ながら「Blend II」は未収録

 

 シュラーブは、テイラーと演奏する際、少し自意識過剰になっていて、ピッキング・パターンのちょっとした失敗も気になったという。そんなときに、聴き直したブルとヒギンズの演奏は、自意識など吹き飛ばすほどに美しいことがあるとシュラーブに思い出させた。『Time No Changes』の公式情報には、シュラーブの言葉を受けて、ブルとヒギンズは演奏の完ぺきさには興味が無く、フロー(Flow)に興味があったのだと解説されている。フローは、心理学で完全に集中して無我の境地にある感覚を指す。サウンド・ヒーリングを提唱するアーティスト、ラベンダー・スアレスは、“エゴや自己批判を捨てて自由に創造することができる状態”を“フロー状態”と表現した。

 

 アコーディオン奏者/作曲家で電子音楽家でもあったポーリン・オリヴェロスに師事したスアレスは、オリヴェロスのディープ・リスニングから影響を受けて、音による瞑想を心理学や神経科学の面からも研究した著書『Transcendent Waves: How Listening Shapes Our Creative Lives』(Anthology Editions/2020年)で注目されている。ブルとヒギンズの演奏も、シュラーブとテイラーの演奏も、ジャズのインタープレイという言葉だけでは説明できない意識の流れがあるのは確かだ。その意識を、神秘的な言葉や文学的な言い回しではなく、別の角度から聴く可能性を示してもいる。

 

 ロングビーチを含むアメリカ西海岸から起こったニュー・エイジのリバイバルも、チープでうさんくさいレッテルを張られてしまっていた音楽を、もう一度、個人的な深い聴取体験に引き戻した。それは、音による瞑想や治療に関して、まともに向き合うきっかけともなった。聴くことがマインドフルネスの瞬間を引き出すというスアレスの見解も、こうした音楽へ向かう意識と無関係ではない。

 

 ブルは、4枚目のアルバム『Demolition Derby』(1972年)をリリースしたころ、深刻な薬物中毒に悩まされていた。ボブ・ディランのツアー『ローリング・サンダー・レヴュー』のオープニング・アクトを務めるなどライブ活動は行っていたが、リリースは長らく途絶えた。その後、1980年代末にリリースを再開したが、2001年に亡くなった。ブルの活動も、ブルとヒギンズの演奏も、一部では高い評価を受けてきたが、再評価はこれからなされていくのだろうと思う。『Time No Changes』でのシュラーブとテイラーの演奏が示したように、テクニカルな側面から意識の在り方まで、参照すべきもの、再解釈すべきものが多く残されているからだ。

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって