笹久保伸『Venus Penguin』を起点に考察〜世代をまたぐギターという共通言語 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.145

笹久保伸『Venus Penguin』を起点に考察〜世代をまたぐギターという共通言語 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.145

 近年、ギターを軸にした音楽を聴く機会が増えたと感じている。ギタリストやギターに特別に関心を持って聴いていたからではなく、自分が引かれる音楽にギターが使われていることが多いと気が付いたのだ。笹久保伸の音楽も、その一つである。クラシックのギタリストからスタートし、ペルーに移住して演奏活動やアンデス音楽の研究にも取り組んできた彼は、既に30枚以上のアルバムをリリースしている。僕はソロの『秩父遥拝』と作曲家の藤倉大との『マナヤチャナ』を聴いて興味を持ったのだが、昨年からリリースされてきたサム・ゲンデルやアントニオ・ロウレイロなど国内外のさまざまなアーティストとの一連の録音には、特に引かれるものがあった。いずれも素晴らしい内容で、そこでは彼の弾くアコースティック・ギターが、異なる場所にあるものをつなげる優れたコミュニケーション・ツールとして機能しているようにも感じられた。

 最新アルバム『Venus Penguin』も、4名の海外アーティストそれぞれとの曲とソロ曲から構成されている。コロナ禍のためデータのやり取りで制作されているが、そのことはこの作品では大いにプラスに作用していると思う。個々のアーティストのパーソナルな空間から生まれたものが丁寧に記録されていると感じられたからだ。それは、スタジオに一緒に入って録ることとは別の価値を生み出しているとも思う。“基本的に自分の活動スタンスはギターのソリスト”という笹久保は、こうした取り組みに至った経緯について、先日、僕にこう語ってくれた。

 「2020年以降、世界がコロナ時代になり、社会から受ける孤立感や分断という意識要素が、逆に誰かと演奏しようという気持ちを僕に与えました。コロナ時代における逆転の発想で、知り合いでもない海外の新しい人々とリモートで制作するようになりました」

『Venus Penguin』笹久保伸

『Venus Penguin』笹久保伸(CHICHIBU LABEL)
ノエル・アクショテ、アントニオ・ロウレイロ、フレデリコ・エリオドロ、アダム・ラトナーをゲストに迎え、各者との共作曲と笹久保のソロを収録する最新作

VENUS PENGUIN

VENUS PENGUIN

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 それをコラボレーションという言葉で説明してしまうと、何かが失われてしまうような、繊細で、卑近なことを大切に扱ってもいる音楽だと思う。そこでクローズアップされてくるのがギターという楽器で、ボーカルやほかの楽器もフィーチャーされているが、ギターによって対話が成立するような、お互いを結ぶ役割を果たしているように聴こえる。そのことについて、笹久保は実に明解な答えを持っていた。

 「近年、若くて素晴らしい音楽家たちが出現していますが、みんなギターを弾くんですね。サム・ゲンデルも、アントニオ・ロウレイロも、フレデリコ・エリオドロも、marucoporoporoも、アダム・ラトナーも、ギターで大変素晴らしい表現を持っていて驚かされます。そういう若い世代を見ていると単に“マルチ”というのではなく、どうも楽器や機材を扱う感覚そのものが変わってきているように感じます。ギターを共通言語のように扱う感覚なのではないかと思います。ギターはピアノからインスパイアされる表現ともまた感覚が違うと思うので、そういう点も制作上面白いです。彼らとはギターが共通言語にあるという点で感覚的に分かり合えるのかもしれません」

『Sam Gendel & Shin Sasakubo』Sam Gendel & Shin Sasakubo

『Sam Gendel & Shin Sasakubo』Sam Gendel & Shin Sasakubo(カルネ音楽部)
ゲンデルと笹久保それぞれのソロ4曲と、共作2曲を収録。埼玉県秩父市にある喫茶店、喫茶カルネからリリースされた

 一方で、ギターは世代、時代をまたいで、過去の音楽とつながる可能性を提示することもある。そのことを積極的に実践しているギタリストの一人が、ジュリアン・ラージ(レイジとも)だ。彼の話も示唆的である。ジャズ、カントリー、ブルース、ブルーグラスなど過去の膨大な音楽の系譜を結びつける糸のようなものは何かあるのかと問われて、こう答えている。※1

 「単純化して言えば、僕がいつも感じている最強の糸は、馬鹿げて聞こえるかもしれないけど、ギターだけだ。文字通り、ギターの音が45分間の音楽的な物語のためのマウスピースになっている。それだけで、ひとつの作品になるような気がする」

 「インストゥルメンタルの音楽を好きな理由の一つは、結局のところ、抽象芸術であるということ。ジャズでもロックでも、インストゥルメンタルの音楽にはそういうところがある。言葉の代わりに、このギターの音を使おうとする。それを想像で置き換えて、何を感じるか。(ギターは)そのギャップを埋めてくれると言っていいと思う」

※1

 ラージはこの発言を裏付けるように、最新アルバム『Squint』では全曲インストながら、ジェイムズ・ボールドウィンやニッキ・ジョヴァンニの詩やスピーチに合わせて即興で演奏することから曲を作り始めた。また、彼がクラシック出身のギタリスト、ギャン・ライリーとのデュオでジョン・ゾーンの楽曲を演奏したアルバム『Midsummer Moons』や『Chesed』を聴くと、笹久保の言う共通言語が表れていることも感じられる。

『Squint』Julian Lage

『Squint』Julian Lage(Blue Note)
ネルス・クラインやチャールス・ロイドの作品にも参加するラージの、ギター/ベース/ドラムのトリオによるBlue Noteデビュー作

 笹久保とデュオのアルバム『Auto & Bauto』を作り、『Venus Penguin』にも参加しているフランスのギタリスト、ノエル・アクショテの話も示唆に富む。彼はインプロバイザーとして1990年代から活動を続けているが、いち早くデジタルでのリリースに移行し、膨大な数の音源を出し続けている。それはまるで日記のように日常的に制作されてきた。オリジナリティをめぐる長いインタビューの中で、アクショテはこう述べる。※2

 「オリジナリティというのは複雑な言葉で、大量生産されたものでも深いオリジナリティがある一方で、自分で作ったものでも全く注目されない、あるいはごく普通の、どこかオリジナリティの無いものになる可能性がある。“実験的”とか“自由”と自称するものが、中身は単なる安っぽいメインストリームであることが多くなってきている」

 「少し変に聞こえるかもしれないが、僕はメインストリームのアーティストだ。つまり、僕がやることは、特殊なニッチやクラブ、グループのためではなく、本当にすべての人のためのものだ。これは、僕がメインストリームのテクノロジーを使っているからで、そのレベルでは我々は多かれ少なかれ平等だ」

※2

『Auto & Bauto』Noël Akchoté & Shin Sasakubo

『Auto & Bauto』Noël Akchoté & Shin Sasakubo(Noël Akchoté)
アクショテと笹久保のギター・デュオ作品。ジャズ、グレゴリオ聖歌、アクショテが作曲した楽曲など全6曲を収録する

 ここにも、ギターという共通言語に通じる話が表れている。アクショテの最新アルバム『Loving Highsmith』は、作家のパトリシア・ハイスミスのドキュメンタリー映画のためのギターのみの音楽で、ビル・フリゼールとメアリー・ハルヴォーソンそれぞれとのデュオもフィーチャーした48曲を収録して、トータルで2時間以上に及ぶ。オリジナル曲に混じって、スタンダードのカバーも演奏している。ここでのフリゼールの演奏は、彼のBlue Noteでの録音とかけ離れてはおらず、彼とアクショテの演奏はラージの演奏ともつながっていることを感じさせる。PDFで添付されたソングブックには、丁寧にコード譜も記載されていた。アクショテは、クオリティという評価軸に対して、“完ぺきなオリジナリティの世界では、誰もが自分の作品にしか勝てないから、競争はあり得ない”とも述べているのだが、それはいまギターという共通言語の広がりに表れていることなのかもしれない。

『Loving Highsmith』Noël Akchoté Featuring Mary Halvorson & Bill Frisell

『Loving Highsmith』Noël Akchoté Featuring Mary Halvorson & Bill Frisell (Ayler Records)
全48曲からなるアクショテの最新作。Bandcampで購入すると、楽曲スコア付きのソングブックPDFが付属する

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって