『Blind』を発表したジェイムスズーが語る能動的で客観的なリスニングとは 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.146

『Blind』を発表したジェイムスズーが語る能動的で客観的なリスニングとは 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.146

 オランダのプロデューサー、ジェイムスズーの『Blind』が、フライング・ロータスのレーベルBrainfeederからリリースされた。デビュー作『Fool』(2016年)、オランダのメトロポール・オーケストラとのコラボ作『Melkweg』(2019年)に続くアルバムで、興味深いミュージシャンが多数参加している。

『Blind』Jameszoo(Brainfader/ビート)
多数のゲストが参加するジェイムスズーの最新作。ジャケット・アートワークは、「Philip」のMVにも取り上げられたフィリップ・アッカーマンによるもの

 

 ECMからリーダー作『Vermillion』をリリースしたばかりのUKのピアニストのキット・ダウンズ、同じくECMからもリリースがあるUKの即興シーンを代表するサックス奏者のエヴァン・パーカー、アメリカのトランペッターのピーター・エヴァンス、それにUKのリチャード・スペイヴン、スイスのジュリアン・サルトリウス、ドイツのクリスチャン・リリンガーという個性的なジャズ・ドラマーたちも参加。本連載で以前紹介したスウェーデンのベーシストのペッター・エルドや、オーストリアのプロデューサーのドリアン・コンセプトも参加している。また、助言を受けたという映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキーの声がインタールード的に使われている。

 多様なミュージシャンの参加がありながらも、現時点ではジャズ系にせよ、エレクトロニック・ミュージック系にせよ、欧米のメディアで『Blind』のレビューはほとんど上がっていない。ジャンル分けしづらい音楽であること、ジャズとエレクトロニカの融合といった説明にも当てはまらない音楽であること、アーティスト性を否定するようなテーマを扱っていることなどが、敬遠された理由だろうか。ジェイムスズーは、参加ミュージシャンの個々のアプローチを明確化しないだけではなく、自分自身すらもアルバムの主人公とはならないように制作を進めたという。

 「音楽やそのほかの芸術では、アーティストが重視される。どの作曲家が、どのソリストが、どの演奏家が、そして、それらの間の重点の移動が、私たちが聴くものに色を付けている。これを回避するようなものを作ることは可能だろうか? 能動的で客観的なリスニングをうながすようなプロジェクトはできないだろうか?」

 これは『Blind』のプレスリリースに引用されたジェイムスズーの発言で、興味深い指摘ではあるが、実際に表現として提示された音楽からその意図を汲み取ることは容易ではない。参加ミュージシャンの有機的なつながりが簡単には見えて(聴こえて)こないからだ。しかし、ジェイムスズーが共同監督を務め、アルバムとともに公開されたMVを見てから、少し聴こえ方が変わってきた。これは、モロッコ出身の盲目のコンテンポラリー・ダンサー、サイード・ガルビを主役にしたアルバムの曲「music for bat caves」のMVだ。

 

 映像は曲の倍以上の長さがあり、短編映画と言っていいクオリティの作品で、ガルビとの対話から作られた。聴覚を頼りにしたガルビのダンスは、この曲にある隠れたレイヤーを立体化して見せるようだ。この曲では、ダウンズのピアノやパーカーのソプラノ・サックスなどを聴き取ることができるが、作曲の元にはYAMAHAのDisklavier(自動演奏ピアノ)が生成したフレーズがある。『Blind』は、自発的な即興演奏とスコアに基づいた演奏、そして勝手に自動生成される演奏の間で、自在にモーフィングしていく音楽ととらえるのがしっくりくる。この表現は、続いて公開された「Philip」のMVにより明確に表れている。1万枚以上の自画像を描き続けてきたオランダの画家フィリップ・アッカーマンへのオマージュである映像は、日々変化する自画像の蓄積をモーフィングしている。

 

 こうしたモーフィングの表現は、『Blind』に参加したサルトリウスのソロ活動にも感じ取れることだ。彼はジャズ・ドラムの教育を受け、スイスのピアニスト、コリン・ヴァロンのトリオのドラマーとして活動し、ECMからリリースされた『Danse』では端正で繊細なジャズ・ドラムをたたいている。一方で、日々録音した365のビート・トラックと写真集からなる12枚組LPボックス・セット『Beat Diary』を制作したり、ドラム・スティックと録音機材を持ってハイキングに出かけ、出会ったものをたたくフィールド・レコーディングを続けている。サルトリウスは、さまざまなドラマーに感銘を受けて模倣するプロセスを経て、正しいとされることをすべて忘れるに至った心境を振り返り、こう語っている。

 「街灯、標識、木の幹など、あらゆるものを打楽器として使い始めたとき、これらのものをどう演奏するかにルールは無いことに気付いた。ベンチをどう演奏すれば“良い音”になるのか、誰も教えてはくれない。ドラム・セットという楽器には、ルールや伝統がある。文字通り“音楽のルール”の無いもので演奏する経験は、僕のドラム・セットへのアプローチにインスピレーションを与え、広げてくれた。ドラムは共鳴体であり、それ以外の何ものでもない。好きなように扱えばいい」※1

※1

『Danse』Colin Vallon Trio(ECM/ユニバーサル)
ヴァロンがECMから発表する3作目として2017年にリリースされた。サルトリウスがドラマーを務めるトリオ作品で、5月11日に国内盤が再発される

 

 サルトリウスは、昨年(2021年)、自分のドラムを使った112のロックド・グルーブを収録した『Locked Grooves』と、UKのプロデューサー、マシュー・ハーバートとのアルバム『Drum Solo』をリリースした。特に、『Drum Solo』のアプローチは、『Blind』の表現と通じるものを感じた。このアルバムは、ハーバートのレーベルAccidentalがスタートさせた新シリーズ“Album In A Day”の第1弾で、2021年11月にロンドンで一日で録音された。サルトリウスはドラムと各種のパーカッションを演奏し、ハーバートはサルトリウスの出す音だけを使ってリアルタイムで処理を加えた。ミキシングも1日で行われ、それはキング・クルールやサンズ・オブ・ケメットのプロデューサーであるディリップ・ハリスが担当した。『Drum Solo』は、サルトリウスの正確なリズム・キープと複雑なレイヤーの積み重ねから成り、それがはっきりと分かる録音に仕上がっているが、アッカーマンの自画像のモーフィングと同じように、蓄積された自己のビートを自動再生させているかのようにも聴こえる。

『Locked Grooves』Julian Sartorius(OUS)
ループ長を1.8秒に限定した112曲を収録する。ロックド・グルーブとは、再生を終えたレコードが周回し続けて発生するノイズを由来とするビートのこと

 

『Drum Solo』Matthew Herbert、Julian Sartorius(Accidental)
サルトリウスの演奏をハーバートがリアルタイムで加工した作品。録音の模様の一部を、作品のBandcampページ上で視聴できる

 

 『Blind』や『Drum Solo』は、気軽に聴き流せる音楽ではない。それなりの集中力をリスナーに強いる。しかしながら、十分メロディックな要素はあり、強いビートも刻まれており、フライング・ロータスやハーバートが彼らの表現に関心を寄せていることも含めて、実験的でシリアスな表現だととらえる必要も無いだろう。ジェイムスズーの言う“能動的で客観的なリスニング”とは、何かを了解したり、確認したりするために聴くのではないということだ。事実、これらは聴き返すたびに、異なる印象や発見をもたらす音楽である。

『Mux』Julian Sartorius(Marionette)
4月28日リリースとなるサルトリウスの最新作。生音にも電子音にも聴こえる不可思議な音色がビートを構築している

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって