ケンドリック・ラマーの最新作に参加〜デュヴァル・ティモシーによる共感覚的な表現 〜THE CHOICE IS YOURS - VOL.148

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 ケンドリック・ラマーの新作『Mr. Morale & The Big Steppers』にフィーチャーされていたアーティストの中で、ポーティスヘッドのベス・ギボンズ以上に目を引いたのがデュヴァル・ティモシーだった。南ロンドン生まれで、西アフリカのシエラレオネをルーツに持つティモシーは、ミニマルなソロ・ピアノのアルバム『Brown Loop』で注目されたピアニスト/プロデューサーだが、コンセプチュアルなインスタレーションやプロジェクトを手掛けてきたアーティストでもある。『Mr. Morale & The Big Steppers』では、ティモシーの弾くピアノ/キーボードが、アルバムの一つの軸として使われている。特に、「Crown」では『Brown Loop』の「Through the Night」という曲が丸々使われていた。王冠をかぶったことで偶像化され賞賛される立場になった自らの弱さをラマーが吐露する「Crown」は、アルバムのハイライトの一つだが、ビートは一切登場せず、ピアノとの対話のように曲は進む。

『Mr. Morale & The Big Steppers』Kendrick Lamar(ユニバーサル)
ラマーの5作目となるアルバム。ティモシーはアルバム冒頭の「United In Grief」や「Crown」など、計4曲に参加している

『Brown Loop』Duval Timothy(Carrying Colour)
2016年にリリースし、2020年に再発されたアルバム。ミニマルな反複するフレーズを中心に構成されているソロ・ピアノ作品

 『Mr. Morale & The Big Steppers』については他誌でレビューを書いたので、ここでは詳しくは言及しないが、自己批判や不安の生々しい言葉以上に、音楽が多くの感情を表出しているアルバムに感じられた。ジャズ・ミュージシャンを多数フィーチャーした『To Pimp a Butterfly』の外に向いた強く勢いのある表現とは対照的に、このアルバムでは個の内的な表現に向かい、その幾つかにティモシーが絡んでいる。彼のピアノ/キーボードは、ビート以上にラップに寄り添っているように聴こえる。ラマーと女優のテイラー・ペイジが口論を繰り広げる「We Cry Together」のバックに執拗に流れ続けるピアノのループは、ゲイリー・ピーコックのトリオでのアート・ランディの演奏のサンプリングだが、これもまたピアノの響きがアルバムに通底していることを印象付ける。

 アーティストの両親を持つティモシーはロンドン芸術大学のセントラル・セント・マーチンズで美術を学び、ファイン・アートの世界に進んだ。アブストラクト・アートやミニマリズムに影響を受けた絵画やインスタレーションの制作をしていた彼にとって、音楽はサイド・プロジェクトだった。子供のころに一度クラシック・ピアノのレッスンを拒絶したが、好きな曲のコードを耳で覚えてピアノを弾くことは続け、学生時代の数年間はピアノを習った。“やがて、そのコードが歌になり、メロディの蒸留液のようになった。実家のピアノで録音してみたところ、それが『DUKOBANTI』となった”とティモシーは言う※1。『DUKOBANTI』は彼のデビュー・アルバムだが、ネットで大きな反響を呼んだ。

『DUKOBANTI』Duval Timothy(Duval Timothy)
2012年にリリースしたティモシーの1作目。ローファイなピアノの音質が生々しい

※1

 一方、アートの世界に完全にはなじむことはできず、友人のレストランで働きながら、「The Groundnut」というフード・プロジェクトを立ち上げて、アフリカン・ディアスポラの料理を提供する夕食会を定期的に開催した。このプロジェクトの様子は、ティモシーのサイト※2に詳しく紹介されている。こうした活動を通じて、従来のアフリカ料理のイメージを一新する料理本『The Groundnut Cookbook』がイギリスとアメリカで出版され、話題を集めた。サイトにはほかにも、ティモシーがかかわってきたさまざまなプロジェクトが紹介されている。シエラレオネの伝統的な織物の工程を学んで新たなデザインの開発に取り組んだり、カーペットの製造技術であるタフティングを使ったコラボレーション、日本の蹴鞠からインスパイアされた参加型のインスタレーション、地元の商人や職人を巻き込んだ社交場や憩いの場としてギャラリーを開放することを試みたトルコでの展覧会、かつて南ロンドンで計画された極右政党のイギリス国民戦線の行進と住民たちの反対運動を題材にした展覧会など、多岐にわたる。

※2

 このサイトを見れば、ティモシーが自らをマルチディシプリナリー(多分野)アーティストと名乗ることもよく理解できる。音楽家としてのティモシーはその一部に過ぎない。しかしながら、彼の音楽は作品がリリースされるたびにいろいろなフィールドから関心を集めてきた。ソランジュの「Dreams」でも曲がサンプリングされるなど、ポップなフィールドにも少しずつ浸透していった。もっとも、ティモシー自身はその世界とは距離を保とうとしているようだ。4枚目のアルバム『Help』に収められ、シングル・カットもされた「Slave」では、奴隷貿易の歴史をテーマに、メジャーのレコード会社による契約もまた抑圧と支配のメカニズムとなっていることを告発するのだが、そのためにファレル・ウィリアムスがレコード会社について批判したYouTubeの音声をサンプリングするという行為に出た。サンプリングは、ティモシーの音楽を特徴付けている一つの要素だ。『DUKOBANTI』にはドラマーのバーナード・パーディがハイハットとスネアで演奏するゴースト・ノート(非常に小さな音量でたたく奏法)について語るレッスン映像から音声が採られている。パーディのドラムはゴースト・ノートを使って曲をグルービーに変えるが、ティモシーは自身の音楽におけるサウンドの残響を使った効果へと転換する。サンプリングやボイスメモ、フィールド・レコーディングといったサウンドの素材は時折ティモシーの音楽に現れるが、それらは取るに足らない効果音ではなく、一つ一つが視覚における繊細な色彩と同じであるととらえている。

 「自分を共感覚を持つ人間だとは言わないが、サウンドと色を同一視しているのは確かだ。人々が共感覚について話すとき、色が一つのものであるかのように話すけど、そうではないんだ。赤は一つではない。赤は、光の当たり方、色の質感、量によって変わる」※3

『Help』Duval Timothy(インパートメント)
2020年リリース作。共同プロデューサーにキング・クルールなどを手掛けるロデイド・マクドナルドと、ビョークを手掛けるマルタ・サロニが迎えられた

※3

 ティモシーの弾くミニマルなピアノも、サンプリングやサウンド・コラージュの組み立ても、手法そのものはシンプルで目新しいものではない。ただ、それらが視覚的な色彩と対になっていることで、多面的で開放的な表現に変化する。それはアートワークやビデオによって補完されているだけではなく、サウンドの素材のちょっとした使い方にも現れている。また、南ロンドンとシエラレオネのフリータウンを行き来する生活のさまざまな局面で得られたことが反映されてもいる。そして、その表現の根底には、ティモシーが言うサウンドと色がつながる共感覚的な領域が存在するように感じられる。

 ティモシーはフリータウンで“白人”と呼ばれることがあるという。そこで生活して文化に溶け込んでいてもアウトサイダーとして扱われる。そうした経験の一つ一つが彼の感覚を研ぎ澄ませてきたのだと思う。それは、『Mr. Morale & The Big Steppers』の表現を支える一つのモチベーションにもつながっているだろう。

『Son』Rosie Lowe & Duval Timothy(インパートメント)
イギリスのシンガー・ソングライター、ロージー・ローとのコラボ作品。絵本をセットにした国内盤がリリース予定となっている

 

原 雅明

【Profile】音楽に関する執筆活動の傍ら、ringsレーベルのプロデューサー、LAのネットラジオの日本ブランチdublab.jpのディレクター、ホテルのDJや選曲も務める。早稲田大学非常勤講師。近著Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって