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いきものがかりBlu-rayを映画館で上映 〜【第17回】DIYで造るイマーシブ・スタジオ 古賀健一

 去る10月30日、イオンシネマ幕張新都心でBlu-ray『いきものがかりの みなさん、こんにつあー!! THE LIVE 2021!!!』のDolby Atmos上映会が行われ、ファン・クラブの方々に、映画館の巨大なスクリーン映像とDolby Atmos音声を発売前に体験してもらうイベントが開催されました。当初個人的に不安だった音質面での問題もほぼ解決し、エンジニアとしても貴重な体験になりました。

劇場と家庭のスピーカー・レイアウトの違い

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上映会では、トーク・イベントも開催。Dolby Japan佐藤哲郎氏、本作の監督を務めた伊東孝俊氏(Moment Tokyo)に加え、いきものがかり水野良樹がシークレット・ゲストとして登壇した。ステージ上のサブウーファーや、サイド、ハイトなど、イオンシネマ幕張のDolby Atmosシアターのスピーカーは総数47本!

 このライブ作品のステレオ&Dolby Atmosミックスを担当したエンジニアは、甲斐俊郎さん。僕がアシスタント時代からとてもお世話になっている業界の大先輩です。“古賀君、ライブのDolby Atmosミックスってどうやるの? どれくらい時間がかかる?”と昨夏に聞かれてから、トントンとすごいスピードで、Blu-rayのDolby Atmos化、そして映画館上映が決まりました。“多くの人にこの素晴らしいサウンドを体験してほしい”というスタッフの熱い思いがこのようなスピード感を生んだと思います。僕はそのDolby Atmos部分の制作サポートを担当しました。

 

 本来、映画館で上映するにはDCP(Digital Cinema Package)という、画や音の素材を一つにまとめたパッケージを作る必要があります。ところがこれは、例えば僕のスタジオにあるDOLBY HT-RMUでは作成できません。RMUにはCinema用とHome Theater用があり、僕のスタジオにあるものはHT=Home Theater用のマスタリング/レンダリング・ユニットです。現在、日本でDolby Atmos Cinemaを作りたい場合、後述のダビングステージを備える東映かグロービジョンといったMAスタジオに行くしかありません。

 

 しかし今回のイベントの趣旨は、発売するBlu-rayと同じものをファンに体験してほしいということ。つまり、映画館で市販のBlu-rayをプレーヤーから流すことです。たぶん、Dolby Atmos作品としては初めてのトライだと思います。

 

 ここから私見ですが、Blu-rayと映画館でのサウンドの違いは再生される空間の大きさによる音質変化だと思います。ちょうど甲斐さんとDolby Atmosミックスを始める直前まで、僕は来年公開の映画の仕事で東宝スタジオのダビングステージ(映画の音の最終ミックスする巨大な空間)に通っていて、スタジオと映画館のサウンドの違いと戦っていました。

 

 映画館には、昔から引き継がれるスピーカー・チューニングの特徴として、シネマ・カーブ(ISO 2969 Xカーブ)というものがあります。大まかに言えば、中域は2kHzから減衰し、10kHzからさらに減衰、結果16kHzでは10dB以上落ちる特徴があります(このカーブに沿ったEQを意図的にスピーカーへかけているというわけではありません)。さらにサラウンド成分は複数のスピーカーで再現するため、スタジオの1ch=1スピーカーの再生環境とも異なります。

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ISO 2969(SMPTE ST121)のシネマ・カーブ。2kHz以上が減衰、10kHz以上がさらに減衰する特性を持つ。これは劇場での間接音の影響を加味した特性で、客席数が増えるほど減衰が大きくなる。また、低域もわずかに減衰している

 最後にハード・センターの使い方。ステレオ環境の音楽だと、例えばボーカルはL/R再生によるセンター定位、ファンタム・センター(虚音像)に慣れています。しかしそれだと、左に座った人は左から、右に座った人は右から歌が聴こえてきて、映像とギャップが出てしまいます。映画ではサイドにいる人にもスクリーンの真ん中から音が聴こえるようにハード・センターにセリフを置きます。

 

 ダビングステージでミックスを詰めていれば自然とこうしたことを意識した音を作りますが、Blu-ray用のHome Theaterのスピーカー距離だと、これらのサウンドの違いに対応しづらくなります。もちろん今回のBlu-rayのミックスの音が悪いという意味ではありません。再生される環境に合わせてきちんとミックスをアジャストした方が、良い結果になるという意味です。その差は、ステレオにおけるヘッドフォン/小スピーカー/ニアフィールド/ラージ/ライブPAの違い以上にあると思います。

 

 ですので、完ぺきにできた!と思っていたBlu-rayのサウンドを、イベント前の上映テストでそのまま映画館で流すと、想定通り高域の無いこもった音になりました。しかしDolby Japanのシステム・エンジニアに、シネマ・カーブに沿った逆EQの補正をしてもらうと、あら不思議、見事に甲斐さんの作った素晴らしいバランスのサウンドが復活! 正直ここまで再現性があるとは僕も驚きました。貴重な経験です。

 

 イベントではコロナの影響も考慮し、席数を絞り、音の悪い前後左右の端の席は空席にする措置を採りましたが、中央に近い席は、それこそ横浜アリーナのサウンドそのものでした。

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上映会に先駆けて、再生確認を行った際にはシアターの特性測定も念入りに行われていた

空間オーディオとは異なるBlu-rayマスター制作での注意点

 少し時間を戻して、ミックスの話。今回のステレオ音声は24ビット/96kHz PCMで収録されています。しかし現時点で、DolbyTrueHD(ロスレス)でのDolby Atmos音声は48kHzまでです。よって事前に48kHzへダウン・コンバートしてもらいました。

 

 甲斐さんにはベッドやオブジェクトなどDolby Atmosの基本的な概念を説明したのですが、ミックスを始める段階では映画館上映の話は浮上しておらず、エンジニアによって考え方の分かれやすいボーカルのハード・センターの使い方もきちんと議論しています。

 

 作業も一部分担。Dolby Atmosミックスではボーカルのリップ・ノイズや、トラックのノイズなど、ステレオでは埋もれて気にならなかった部分がかなり気になってきます。午前中は僕がノイズ除去やMCの音量、オーディエンス・マイクの上げ下げなどを進めていました。Xylomania Studioでの作業最終日はHT-RMUに一度.atmosとして録音し、ADM-BWFに変換。それをP'sスタジオに持ち込み、MAのためにAVID Pro Toolsへベッドとオブジェクトとして再展開します。ステレオのMAは既に終わっているので、P'sスタジオのエンジニア、村上智広さんとDolby Atmosのデータをステレオに合わせるMA作業をしました。

 

 僕のスタジオでもこの作業をやろうと思えばできるのですが、専門でない自分にはディスプレイとスピーカーの音のシンクが100%大丈夫だとは絶対に言えません。“餅は餅屋”、ここはポストプロダクションのプロに頼むべきだという判断です。意外と知られていませんが、例えばDOLBY Dolby Atmos Production SuiteのDolby Atmos Renderer(つまりハードウェアのHT-RMUではなくソフトウェア単体)では、Blu-rayマスターになる.atmosの録音(マスタリング)はDOLBYのサポート外になります。音声のみの“空間オーディオ”(Dolby Atmos Music)とは違うのでご注意ください。

 

 今回、いきものがかりチームのおかげで貴重な経験ができました。ぜひBlu-rayもご覧ください!

Release

山下穂尊脱退前、3人での最後のステージとなった2021年のツアー・ファイナル(6月11日/横浜アリーナ公演)を完全収録(ジャケットは完全限定生産グラデュエイション!!!盤<2BD+2DVD+2CD>)

 

古賀健一

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【Profile】レコーディング・エンジニア。青葉台スタジオに入社後、フリーランスとして独立。2014年Xylomania Studioを設立。これまでにチャットモンチー、ASIAN KUNG-FU GENERATION、Official髭男dism、ichikoro、D.W.ニコルズなどの作品に携わる。また、商業スタジオやミュージシャンのプライベート・スタジオの音響アドバイスも手掛ける。
Photo:Hiroshi Hatano