EQのかけ方と調整方法を基礎から解説〜EQテクニック再入門

EQのかけ方と調整方法を基礎から解説〜EQテクニック再入門

“なんとなくEQしてみたけど、これで本当に良いのかな?”というモヤっとした疑問を持つ方のために、EQテクニックをあらためておさらいする本特集。続くStep2では、EQ処理の事前準備から作業中に「なんとなく」が生じがちなポイントを挙げて1つずつ解説していきます。

講師:大野順平(スタジオ・サウンド・ダリ)

 

【Step 2】EQテクニック〜基礎編〜目次

EQ前の下準備

★ポイント:制作/演奏段階で完成度を高め、目標とする音の明確なビジョンを描く

 僕はまずEQをしていない状態のラフ・ミックスを触らずにただ聴いて、どこが気になるかを確認し、最終形を考えてから処理を始めます。どういう音にしたいのかという完成品の明確なビジョンを持ち、目標とする音と現状の音は何が違うのかを考えながらミックスしましょう。それが無いと何をしているか分からなくなってしまいます。

 次に、本当にEQが必要かをジャッジしましょう。EQは必ずしなければいけないものではないですし、それ以前の楽器演奏や打ち込みの時点で限り無く理想の音に近付けることが一番大事です。後でEQすればいいやというネガティブな考え方はなるべく避け、クリエイティブな気持ちでEQに触れましょう生楽器ならマイキングや楽器の調整、位相コントロールをするだけでよいのに無理やりEQをしてしまうということも起きがちです。

 EQをする場合も、その前にフェーダー(音量)とパン(定位)でできる限り追い込みましょう。音量レベルを整えたり、パンを少し外に振るだけで埋もれてしまった音が聴こえてくることもあります。

 

何のためにEQするのか?

★ポイント:補正のEQと音作りのEQ、どちらにしたいのか区別する

 僕の中での補正のEQとは、ほかのオケが入ってきたときにもちゃんとその楽器本来の音にすることです。例えば、オケの中でもLUDWIGドラムの音、ギターならGIBSON Les Paulの音として聴こえるようにする。全部の楽器がそれぞれ輝いている状態にすることが理想だと思います。

 ただ、違和感のあるところを聴きやすくするためにやっていることが仇になることもあります。元からあったデコボコ感が無くなって普通になってしまう場合などです。

 そういった引っかかりが無いときにフックとなるような音作りをするためにもEQは使うことができます。スマホなどでパッと聴いたときに引っかかってもらうためのちょっとしたクセ付けなどです。音楽にはヘンテコな音も大事で、“悪い変”を取り除いて“良い変”だけを残していく。耳障りにならない程度に曲に個性を付けるのもまたEQの使い道の一つなのです。そのEQが正解かどうかは現場次第でしょう。良い違和感を付けるのか聴きやすくするのか、どちらの用途で使いたいのかを明確にしましょう。例えばシティ・ポップのような70’s的質感を作りたい場合、奇麗に整え過ぎると無難になってしまいますし、汚し過ぎると耳障りになってしまう。その辺りを見極めながらEQをする必要があります。

 

EQをかける帯域の探し方

★ポイント:カットは狭いQ幅、ブーストは広いQ幅で効果的なポイントを特定

【カットしたいとき】

  1. Q幅を狭く設定
  2. ゲインを大きく上げてカットしたい音の帯域を見付ける
  3. ほかの楽器とのバランスを確認しながらカットするゲインを調整

 気になる音がどの帯域に存在しているかをピンポイントで探すために狭くして探すとよいでしょう。

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【ブーストしたいとき】

  1. Q幅を広く設定
  2. 帯域を前後させながら中心となる周波数を探す
  3. ほかの楽器とのバランスを確認しながらブーストさせるQ幅を調整

 Q幅が狭過ぎると得られる効果が分かりにくいので、広めにして大体の場所の目安を付けてからQ幅を調整します。

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EQの効果がしっかり出ているか確認したい

★ポイント:ソロではなくオケ全体でバランスを確認! 上モノだけで聴くのも◎

 ある楽器が今のミックスに適切な影響を及ぼしているかを知るには、そのトラックをミュートするとよいでしょう。ミュートしてもあまり影響が無いときは、そこの帯域をほかのパートが埋めてしまっているということ。ほかの楽器との兼ね合いを見ながら、その楽器が無いと物足りなく感じるように調整しましょう。また、僕はドラム、ベース、ボーカルをミュートして上モノだけ出し、それぞれ役割分担ができているかも確認します。

 EQは、ソロではなく全部の音が出ている状態ですることが多いです。ソロで聴いて良い音であっても、全体で流すと良い音で無くなってしまうのでは意味がありません。また、カットしたことでほかの部分が気になってくることもあるので、ざっくりと処理しながら、全体のバランスを見て調整していきましょう。

 また、耳障りなところときらめいているところは紙一重。耳障りなところをカットするとツヤを失うことになりかねませんし、モヤモヤしているところを切ると太さを失う場合もあります。全体で聴きながら必要な部分を見極め、各楽器の役割をきちんと組み立てて、たまにソロにして変な音になっていないかを確認する、といった具合に進めて行きます。

 

EQとほかのエフェクトの関係

★ポイント:コンプやリバーブで解決する問題や新たに生じる課題もある

 ミックスではEQだけでなく、コンプやリバーブ、そのほかのエフェクトなどとの兼ね合いも考慮する必要があります。耳に痛いと感じた音が、コンプやリバーブをかけることによって気にならなくなる場合もあれば、逆に、エフェクトをかけたことによって飛び出してくる帯域もあるでしょう

 例えば、僕はフィルターとサチュレーション・プラグインのSOUNDTOYS Decapitatorなどを併用してナローなドラムの音作りをすることが多いのですが、ローファイな質感を得るために使ったフィルターのレゾナンスにより、シンバルなどに耳障りなピークが生じることもあるので、その後段で後述のダイナミックEQを使って整えています。このように、録りの段階とは違うアプローチをしたときに気になったポイントを処理する使い方もEQでよくやる手法です

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大野氏の愛用するサチュレーション・プラグインのSOUNDTOYS Decapitator。Steepというスイッチを入れてローファイな質感にした後にダイナミックEQでシンバルなどの耳障りなポイントを整えている

いつどこで聴いても良い音で鳴るEQをするには?

★ポイント:いろいろな再生媒体/リスニング環境/音量でモニターする

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 EQはいろいろな再生媒体、いろいろな場所、いろいろな音量で聴いてみるのが大事です。僕は再生しながらニアフィールド・モニターとラージ・モニターを切り替えて、飛び出る帯域が無いように調整します。自宅であれば、ラジカセからニアフィールド・モニターへ切り替えたときに単純に広くなる感じを目指すのが良いと思います。

 自分でEQをしてみることで使っている再生媒体の特性も分かってくるでしょう。特にエレキギターなどは中高域の出方がスピーカーによって違うので、なるべく同じ鳴りになるように調整します。例えば、ハイミッドの鳴りが上品なニアフィールド・モニターだと2.5kHz辺りを大胆にブーストしてもあまり変わらず、別のスピーカーに切り替えて初めて中高域がうるさくなっていることに気付いたりします。そのような場合、スタジオでよく使われるヘッドフォンのSONY MDR-CD900STやスピーカーのYAMAHA NS-10Mなど中高域のレスポンスが良いものを使うと、うるさくなり過ぎていないか確認できます。ただ、それだけでミックスをすると、逆に削り過ぎてしまうこともあるので注意しましょう。

 中高域は小さい音量ではあまり気になりませんが、爆音で聴いたときに耳障りになります。ちょっと辛いかもしれませんが、耳を痛めない範囲で大音量でミックスする時間もあるとよいかもしれません。あと最近重要なのが、スマートフォンで聴いたときに良い音をしているか。特にエレキギターの耳に痛い部分はかなり飛び出してくるので、僕は必ずスマホでの確認もしています。

 また、環境を変えて客観的に聴くこともとても大切です。僕はミックスしたものをカー・ステレオでよく聴くのですが、車の運転中は街や道路などのいろいろなノイズがあるので、その中でふかんして聴くことでダメなところが見付かったりします。いろいろな環境で聴くことで、自分が伝えたい音世界が伝わるミックスに近付けることができると思います。我々のような職業エンジニアも常に試行錯誤しながらやっているのです。


EQし過ぎてバランスが崩れた……

★ポイント:元に戻すことを恐れずに再挑戦!

 EQをいじり過ぎてわけが分からなくなった場合、元に戻すことを恐れないようにしましょう。何かこれは音がおかしくなっていると感じたら、まずはそのトラックを複製。1つは頑張った功績としてオフ状態で残しておき、もう1つを使って再チャレンジしていきます。僕も2時間くらい作業して、全然まとまらずに最初からやり直すことはありますね。ミックスは最初の30分が肝心で、そこで乗れなかったりビジョンが見えなかったら闇雲にやっても良いものはできないので、その日はその曲を止めた方が良いかもしれません。EQに限りませんが、僕は“プラグイン5段縛り”をしていて、使うのは最大5段までと決めています。6段以上使う必要性を感じたら、そもそも何か間違っていると考え、使う楽器やアレンジも含めて見直すようにしています。

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 Column:EQ以外での問題解決策を考える 

【アレンジや演奏の変更】

 ある特定のパートがどうやってEQをしても聴こえないときは、そもそも曲のアレンジに何かしらの問題点があるかもしれません。エンジニアだとアレンジの変更をするのは難しいですが、自作曲を手掛けている場合には、アレンジもしくは使う楽器を変えてみるのもよいでしょう。例えばベースが聴こえない場合には、音域をオクターブ下げることで解決するケースなども多々あります。音作りのEQをする場面でも同様で、ピアノをもっと明るい音にしたいと思ったら、EQではなくボイシングを変えて、トップのノートを一段階高くするだけでも派手になるわけです。特にMIDIでの打ち込みの場合には音域やボイシングは簡単に変えられるので、それらを一度試してみてもよいかもしれません。

【位相コントロール】

 複数のマイクを立てる生ドラムなどは、EQをせずに位相のコントロールだけで解決できる問題もたくさんあります。例えば、スネア裏のマイクを逆相にするというのはセオリーとして知っている人が多いかもしれません。それに加え、オーバーヘッド・マイクに入るスネアの音との位相差も大事です。スネアを足せば足すほど音が痩せてしまうような場合には、オーバーヘッド・マイクを逆相にするだけで太さが出て音が前に出ることがあるので、位相反転を試してみましょう。エレキギターなどで2本以上のマイクを立てている場合も同様です。位相反転スイッチは見落としがちですが、時にEQ以上の効果を発揮します。

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AVID EQ3のインプット部分に搭載された位相反転スイッチ(赤枠)

ソフトウェアを使ったEQ

★ポイント:デジタルならではのテクニカルな処理が可能

 プラグインのEQならではの特徴として、ものすごく狭いQ幅に設定してピンポイントでカットできるものや、多大なバンド数が作れるものなどがあります。最近だとダイナミックEQも特徴的です。ダイナミックEQとは、入力レベルに応じてブースト/カット量が変化するもので、曲中の特定のポイントで気になる周波数の飛び出しや抜けがある場合に、そこだけカット/ブーストできるタイプのEQ。急に入ったピッキング・ノイズを抑える処理などができます。

 ただし、特定のときに周波数帯域が飛び出すのは悪いことばかりではなく、それが演奏の熱やフックになることもあるので、使い過ぎには注意です。使っているときは狙ったポイントが思ったように無くなるので、“いい感じ!”と思いがちですが、出来上がってみたら平坦でつまらないものになることも起き得るので、具合を注意しながら進めましょう。

 あと私がマスター・セクションで使うこともあるIZOTOPE Ozoneなどには、前述のダイナミックEQのほか、プロポーショナルQという方式のEQも搭載されています。これは、ゲインを大幅に上げるとQ幅が狭くなり、少し上げると緩やかなカーブというように、Q幅がブースト量に応じて自動的に変わる仕組みです。

 以下に、Step3で使用するEQプラグインを紹介します。ここで紹介したものに限らず、それぞれのDAWソフト付属のものや各社から発売されているプラグインEQは数多く存在するので、いろいろ試してみるとよいと思います。

FABFILTER Pro-Q3

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 EQバンド数を最大24まで設定できるプラグインです。ポイントごとにダイナミックEQを設定することができるようになっています。後述の実践編でも使用しているので、参考にしてみてください。Q幅の狭いピンポイントな調整や、フィルター・スロープを急な傾斜にすることもできます。

AVID Pultec EQP-1A

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 プログラマブルEQと呼ばれる方式を採用しているPULTECタイプのプラグインです。低域は1つの周波数ポイントにそれぞれブーストとカットが付いていて、シェルビングのカーブが違うので、同じポイントで同じ値のブースト&アッテネートをすると、その帯域の少し上にディップ(へこみ)ができてスッキリします。高域は、10kHzを上げて5kHzからアッテネートすることで、耳障りな帯域にディップができて、その上のサーっと伸びるトップ・エンドの空気感が奇麗に出てきます。

PLUGIN ALLIANCE Maag Audio EQ4

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 固定されているそれぞれのEQポイントが理にかなっていて、音が壊れにくく、重宝しています。160Hz近辺は、ほかのプラグインではカットすると薄い音になりがちですが、Maag EQ4はすっきりするだけで薄っぺらくならず、絞り切っても不自然な音になりません。2.5kHzは抜けない音のときによく効きます。

 

ハードウェアを使ったEQ

★ポイント:音が壊れにくいものや倍音が多くなる高品質の機種が多い

 ハードウェアEQは、補正と音作りどちらの用途にも適したものが多いです。倍音が増えて良い感じになるものや狙ったところが的確に調整できるようなクオリティが高いものが多い気がします。特にブーストするときには個性が出るものが多いので、ハードウェアEQを試すとよいかもしれません。

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写真上から、API 550A×2、API 560×4、PULTEC EQP-1A3

API 550A/API 560

 APIはガッツのある音で、基本的に何にでも使えますが、個人的にはドラム周りで使うことが多いです。僕は変にEQしたものを“音が壊れる”と表現するのですが、550Aは、例えばドラム全体の400Hzを6dBカット、エレキギターの3kHzを9dBブーストなど、かなり大胆な処理をしても音が壊れずいい具合になったりします。APIのEQには前述のプロポーショナルQが採用されています。

 560のようなタイプをグラフィックEQと言い、調整可能な周波数ポイントが固定されています。グラフィックEQは、レコーディングよりはPAのモニターのチューニングなどでよく使われるのですが、API 560などはレコーディングやミキシングでもよく使用されています。

PULTEC EQP-1A3

 PULTEC系は積極的に音を作っていくようなイメージで、ちょっと上品なサウンドに仕上げたいときなどに良い効果を得られたりします。これをプラグイン化した前項のAVID Pultec EQP-1Aで紹介しましたが、プログラマブルEQという方式が採用されています。

 これらのハードウェアを模したプラグインはたくさん出ているので、まずはそれで試してみるのも手だと思います。

 

最後に〜EQのかけ方まとめ

【制作に熱中し過ぎず適度に耳をリセットする】

 僕はよくミックスを作っている途中で耳リフレッシュをします。聴きなじみのあるCDなどを聴いて耳をリセットすると、自分の作品のダメなポイントが見付かったりもします。特に作業している本人は少しずつ変化する経過をずっと聴いているため、気付いたらとんでもない地点に行ってしまうことも。信じられないくらい耳に痛い音でもずっと聴いていると慣れてしまうので、一度冷静になることは大事です。また、結構な落とし穴なのがスマートフォンの内蔵スピーカー。スマホでずっと音楽を聴いていると中高域ばかりに耳が行ってしまい、ちゃんとした音がすごくモコモコに聴こえてしまいます。音を作る人はスマホの内蔵スピーカーで音を聴き過ぎないようにしましょう。

 

【好きな曲を分析して自作曲と比較してみる】

 好きな曲の好きな音を脳内にたくさんストックしておくことが大切です。この曲のこういう音を目指すというところから始めてもよいですし、練習として全く同じ音を作るチャレンジをしてみるのもよいと思います。それによって今の自分の曲のどこの帯域が多過ぎるのか、足りないのかが分かるようになるとEQが少し楽になるかもしれません。

 

【第三者に聴いてもらってアドバイスを受ける】

 人に聴いてもらうのもとても良いでしょう。第三者の思わぬ意見から全く違うやり方が見えてきたりもします。僕もアーティストやアシスタントに聴いてもらい、取り入れるべきアドバイスは取り入れていきます。自宅で制作を行うと一人の世界にこもりがちかもしれませんが、2ミックスにして友人に聴いてもらうのも良いのではないでしょうか? いまだに僕も誰相手にでもファースト・ミックスを送るときはドキドキします。

 

【こうEQしたらうまくいくという必勝法は無い】

 これはEQの特集で言うことでは無いかもしれませんが、世にある“EQのコツ”を鵜呑みにし過ぎない方が良いでしょう。よく言われる“スネアの裏はバッサリ低域をカットする”“ハイハットの低域は残すと重いのでカットする”なども一概に正しいとは言えません。目指す音を明確にして、常に自分の耳でジャッジしましょう。決まった処理が手癖になっていると、イマイチだと感じてもそこが原因だと気付けなかったりします。

 EQはかくやるべし、というものは無く、楽器や人によって変わるので毎回探ることになるでしょう。昔、とあるエンジニアの方に“迷わなくなったら終わり”だと言われたことがあります。迷うのはもっと良いものにしたいという証拠でもあるのです。我々のような職業エンジニアでも常に試行錯誤しながらやっていますので、恐れずどんどんEQに挑戦してみてください。

 

 

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講師:大野順平

【Profile】スタジオ・サウンド・ダリ所属のレコーディング・エンジニア。中田裕二、SUGIZO、福原美穂らの作品を多数手掛けるほか、浜端ヨウヘイ、秦基博、LUNA SEA、KOTEZ andYANCYと多ジャンルにわたって個性的なアーティストの作品に携わる。

 

【特集】EQテクニック再入門

www.snrec.jp

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