亀田誠治 インタビュー【後編】松本隆『風街に連れてって!』からB'z「セクシャルバイオレットNo.1」デモ画面公開

亀田誠治 インタビュー【後編】松本隆『風街に連れてって!』からB'z「セクシャルバイオレットNo.1」デモ画面公開

作詞家としての活動50周年を迎える松本隆。その節目となる今年7月に、B'zや幾田りらなど11組が参加したトリビュート・アルバム『風街に連れてって!』がリリースされた。誰もが知る名曲が令和のサウンドで響きわたる本作をプロデュースしたのは、日本を代表する音楽プロデューサーの亀田誠治だ。このプロジェクトは、一体どのようにして進められたのか。そのこだわりのプロデュース術を亀田に尋ねた。

Text:Kanako Iida

 

インタビュー前編はこちら:

 

亀田組のミュージシャンたちと、僕なりのティン・パン・アレーをやっているつもり

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亀田誠治【Profile】1964年生まれ。音楽プロデューサー/ベーシスト。これまでに椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAY、いきものがかり、 JUJU、秦基博、GLIM SPANKY、大原櫻子、山本彩、Creepy Nuts、石川さゆり、MISIA、Little Glee Monster、アイナ・ジ・エンド、yonawoなど数多くのアーティストのサウンド・プロデュース、アレンジを手掛ける。東京事変のベーシストとしても活動し、フリー・イベント「日比谷音楽祭」の実行委員長も務めている。2021年には映画「糸」にて第44回日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。

 

松本さんの歌詞は色彩があざやかなものが多いですよね。亀田さんのきらびやかなサウンドでアレンジされることで、そのあざやかさがより引き出されるように感じます。

亀田 おっしゃる通りで、松本先生の歌詞の持つ色彩感や、“風”“君”“僕”という言葉一つ一つに深みがあるんです。人の心のどろっとした部分や初恋のキュンとする部分など、さまざまな要素が入っているのですが、色彩豊かで品良く受け止められるので聴き手に届くのだと思います。

 

 「夏色のおもいで」は松本先生の作詞家としてのごく初期の作品で、松本先生が大事にされている“風”という言葉を、心を込めて歌える歌い手を考えたときに、歌詞に“風”が山ほど出てくるいきものがかりだと思って、吉岡聖恵ちゃんに歌ってもらったんです。

 

「風の谷のナウシカ」のDaokoさんは少し意外でした。

亀田 安田成美さんの歌声にある浮遊感のようなものが誰なら届くか考えて、Daokoさんにお願いしたら“私が人生で一番観てきた映画です”と。“この歌詞はこのシーンを思い浮かべて歌う”みたいな歌のプロットまで作ってくれました。僕が作ったハープの音色のアプローチなども喜んでくれましたね。この曲も、歌の空間を空けるためにシンセ・ベースとリズムを打ち込みで入れて、シンセを多めにしました。壮大なストリングスは生です。『風の谷のナウシカ』は(椎名)林檎さんをはじめ東京事変のメンバーも好きで、多くのアーティストに影響を与えた映像作品なので入れたかったんです。とにかく細野(晴臣)さんの曲が良いですよね。

 

Daoko「風の谷のナウシカ」デモ

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打ち込み中心で作られた「風の谷のナウシカ」。ピアノにはSPECTRASONICS Keyscape(上段左)、ベースはTrilian(下段左)を使用。Daokoも気に入ったというハープの音色は、UVI Orchestral Suite内のHarp(上段中央)。上段右のD16 GROUP Nepheton / Drum Machineは、ROLAND TR-808系音色。リズムの打ち込みにはNATIVE INSTRUMENTS Maschineソフトウェア(下段右)をプラグインとして立ち上げて使用している

 

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「風の谷のナウシカ」で使用されたエフェクト類。ディレイ/エコーのSOUNDTOYS EchoBoy(上段左)はピアノに適用。EQのFABFILTER Pro-Q3(下段左)は、Loop1というトラックなどで使用されている。右列に並んでいるコンプレッサーのWAVES CLA-76(上段)、NEVE 1081を再現した4バンドEQのWAVES V-EQ4(中段)、ディエッサーのFABFILTER Pro-DS(下段)は、いずれもVO[guide]というボーカル・トラックにて使用

 

池田エライザさんの「Woman “Wの悲劇”より」は、見事に現代の歌声に置き換えられていますね。

亀田 エライザさんの演じる女性像が功を奏すると考えて、彼女が演じるための舞台設定としてアレンジを大きく変えました。原曲はユーミンの作曲(呉田軽穂名義)で、最高のスタジオ・ミュージシャンによる演奏でしたが、今回はドラムを入れずにピアノと電子音とベースのアンビエントな感じにしています。ただ、オリジナルの高水健司さんによるサビのベース・ラインは忠実に再現しました。

 

 僕は1980~1990年代のJポップのスタジオ・ミュージシャンの演奏が大好きで、僕の目標になっています。いつか自分も仲間たちと一緒に、彼らのようなミュージシャン集団をやりたいと夢見ていたんです。僕が若手のアレンジャーとして世の中に出たときには、山木秀夫さんや青山純さん、林立夫さん、松原正樹さん、島健さん、倉田信雄さんなど先輩たちからスタジオ・ミュージシャンの心得をたくさん教えていただきました。今はカースケ(河村智康)さんや西川進さん、斎藤有太さん、皆川真人さんといった亀田組のミュージシャンと僕なりのティン・パン・アレーをやっているつもりですね。僕はミュージシャンとしても、松本先生の作品からバトンを受け取ったところが大きいです。

 

幾田りらさんの「SWEET MEMORIES」は、打ち込み中心のYOASOBIとは対照的に、生演奏によって幾田さんの大人の色気のようなものが引き出されるように感じます。

亀田 僕がアレンジャーを目指すきっかけになった大村雅朗さんの作曲で、絶対にやりかった曲です。聖子さんの歌声は昭和から平成にかけて日本中でレコードやCDで聴かれてきた歌声ですよね。そこで、令和の時代にストリーミングで何億回も再生されているYOASOBIのikuraさん(幾田)の歌声で投げかけたいと思いました。ikuraさんもAyaseさんも昭和~平成のJポップをすごく聴いているし、ikuraさんはR&Bやヒップホップもたくさん聴くと知って、ikuraさんの歌を単体で抽出すれば、YOASOBIと真逆のサウンド感で曲の良さを引き出せると思ったんです。アレンジは、ドラム、ウッド・ベース、ピアノ、ストリングスを大胆に導入しました。イントロのベースは元のアレンジが印象的なので、原曲ではエレキベースのハイポジションで演奏されたものを、僕はウッド・ベースのローポジションでそのままのフレーズを演奏しました。

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「SWEET MEMORIES」制作風景。ボーカルとストリングスのレコーディングはprime sound studio formで行われ、録音とミックスは今井邦彦氏(写真右)が手掛けた

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ボーカルを務めたのは、YOASOBIのikuraとしても活動する幾田りら(写真中央)。亀田は「アーティストの意向を無視しては絶対に感動する作品が作れない」と語り、アーティストとの双方向での対話を繰り返しながらアレンジを進める

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ストリングスのオフマイクとして使用されたNEUMANN U87。幾田りらのボーカルにはSONY C-800Gを使用

一方で、「キャンディ」など渋みのある楽曲も多いですね。

亀田 「キャンディ」は、三浦大知君が子供のころから聴いていたので歌いたいと言ってくれました。音数が少ない最近の洋楽のようなアプローチをしようと思い、ビートで大知君らしさを出すのではなく、皆川(真人)さんのエレピに、大知君の歌だけでグルーブを出してドラマを作るという究極の引き算をしました。とにかく絶対行けると思ったんです。ちなみに、エレピはWURLITZERのソフト音源を使っています。

 

「ルビーの指環」は横山剣さんにぴったりですね。

亀田 キーワードは“ダンディズム”で、剣さんしか居ないと思いました。ただ、井上鑑さんアレンジのイントロのインパクトが強過ぎてどう向き合おうかと。そのままやる手もあるけど、音楽の神様に“そこは自分で考えなさい”と怒られるような気がしたんです。そこで、曲の都会性と時代性からビリー・ジョエル「ストレンジャー」のようなマンハッタンの摩天楼が思い浮かび、東京からニューヨークにワープして、孤独な男が都会にたたずむようなサウンド・デザインをしました。歌が生まれた背景や、歌詞から見える情景に対して、フレーズに必要な音色やリバーブ感などが見えてくるのが僕のやり方です。

 

GLIM SPANKYの松尾レミさんのシャウトで始まる「スローなブギにしてくれ(I want you)」はどのような経緯でオファーを?

亀田 松尾さんはそもそもはっぴいえんどが大好きだし、1960年代の音楽をたくさん聴いてきていて、彼女から自然に出てくるものもそういうルーツ音楽に根差しているんです。原曲はシンセ・ベースや打ち込みを多用した後藤次利さんのアレンジで、時代的に打ち込みが新しかったものを、普遍的な新しさとは何かと考えた結果、全楽器を生で塗り替えました。

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prime sound studio formのroom 1に設置されたSL4064G

川崎鷹也さんが歌う「君は天然色」は、ローファイ感を感じますが、どのようにアレンジされたのですか?

亀田 「君は天然色」は、ドラム、ギター、ストリングスの一個一個のフレーズが曲の一部になっているので、それを最大限に生かそうと考えました。大滝詠一さんファンの方は音やアレンジから入る方が多いと思うので、僕が塗り替えた意図が伝わるような翻訳作業がすごく必要だと思ったんです。ただここで集中すべきは、松本先生と大滝さんが当時どういう気持ちで作ったか。松本先生の妹さんが亡くなって歌詞が書けなかったのを大滝さんが待ってくれたことを思ったり、アレンジがチューニング音から始まったり、サビ前の仕掛けの音が毎回変わったりするのは楽しみながら作っていたのではないかなと想像したりして、当時スタジオで生まれたマジックを大事にしました。そして、まだ何色にも染まっていない、しかし間違い無くこれからJポップの中心を担っていくであろう川崎君で行こうと思ったんです。大滝さんへのリスペクトから、川崎君はボーカルをダブル・トラックにしたがったのですが、シングルの方がブレスや歌を切るタイミングなど細かいニュアンスが伝わるからと説得してシングルにしました。

 

音楽を始めたての少年の心に戻って宅録で制作。風で始まって風で終わる一つの循環になる

「セクシャルバイオレットNo.1」は、B’zらしい勢いと原曲の桑名正博さんのとがった感じを兼ね備えていますよね。

亀田 これは松本先生が作詞家として初めてオリコン1位を獲った曲で、原曲はシンセ中心ですが、今回はブラスをフィーチャーしました。当時は、“歌謡曲とロックが融合するのはこんなに格好良いんだ”という印象でしたね。僕はB'zのお二人との関係を10年近くかけて築いていて、一昨年くらいから、レコーディングにベースで呼んでもらえるようになったんです。ただ制作会議で“B’z一択で行こう”と言ったら、いやいやB'zのお二人はカバーやってくれないでしょ?みたいな雰囲気でZoom画面の向こうが凍り付いて。そこで、僕からお手紙を書いたらマネージャーの方から電話が来て、“すごく前向きですよ、今横に居るから打ち合わせしましょう”って。松本(孝弘)さんは、“実は桑名さんのバンドでこの曲を弾いていたんだ。本当に楽しみだよ”と。稲葉(浩志)さんも“チャレンジングで、やりがいがあるからぜひ歌わせてくれ”と気持ちが盛り上がっているのが伝わってきて、ロックの国宝であるB’zのお二人が少年のように喜んでくださったのが本当にうれしかったです。

 

B'z「セクシャルバイオレットNo.1」デモ

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「セクシャル・バイオレットNo.1」のデモ制作で使われたソフト音源。グランド・ピアノの音色はSPECTRASONICS Keyscape(上段右)で、同社製品は、TrilianやStylus RMXなども使用しているという。シンセが多い原曲に対して、今回はブラスをフィーチャー。デモでは、NATIVE INSTRUMENTS Session horns Pro(下段右)が立ち上がっている。ドラムにはFXPANSION BFD3(下段左)を使用

 

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「セクシャルバイオレットNo.1」デモのエフェクト類。ベースはRADIAL JDIへ入力後に、LINE 6 Bass Podへ出力。JDIから直接出力したトラックには、AVID BF-2A(上段左)を使用。ガイド・ボーカルのトラックにはコンプレッサーWAVES CLA-76(上段右)がかけられている。エレキギターはライン録りで、ハーモナイザーAVID Eleven MK Ⅱ(下段左)、ディレイBBD Delay(下段中央)で音を作る。リバーブにはRevibe Ⅱ(下段右)を使用

 

締めくくりは、Little Glee MonsterのMAYUさん、manakaさん、アサヒさんによる「風をあつめて」ですね。

亀田 manakaさんは細野さんフリークで、僕よりもはっぴいえんどや細野さん作品に詳しいですね。「風をあつめて」は恐らく東京の街を傍観している歌なんですけど、その街がさまざまな都市に見えて、それこそが“風街”で。そこを翻訳して彼女たちの歌声でメロディに乗せたら最高だと思いました。3コーラス構成で、3人にそれぞれの景色を歌ってもらうことも意味がありました。

 

 皆川さんのピアノ以外は、宅録で全部僕が弾いています。自分が音楽を始めて、シーケンサーを回し、4trのカセット・レコーダーで宅録していた少年の心に戻って作りました。コロナ禍でギスギスした心や不確かな気持ちを音楽で溶かしたいと思ったときに、僕の部屋から見える東京の空は、コロナ禍の前と後で変わっていなくて。「風をあつめて」は、作品の締めくくりとしてすごく重要な意味を持ちます。「夏色のおもいで」で始まり、「風をあつめて」で終わることで、風で始まって風で終わる一つの循環になるのが曲の置き所の狙いです。多くの人に届いてほしい作品ですね。

 

インタビュー前編では、亀田誠治が「松本先生の紡ぐ言葉を全網羅して、Jポップ大全を作るような気持ちで受けた」と語る本作品プロデュースのきっかけについて伺いました。

Release

松本隆作詞活動50周年トリビュート・アルバム
『風街に連れてって!』
日本コロムビア:COCP-41453

Musician:吉岡聖恵(vo)、川崎鷹也(vo)、幾田りら(vo)、宮本浩次(vo)、池田エライザ(vo)、稲葉浩志(vo)、松本孝弘(g)、松尾レミ(vo)、亀本寛貴(g)、三浦大知(vo)、Daoko(vo)、横山剣(vo)、MAYU(vo)、manaka(vo)、アサヒ(vo)、亀田誠治(b)、皆川真人(k)、斎藤有太(p)、河村"カースケ"智康(d)、豊田泰孝(prog)、他
Producer:亀田誠治
Engineer:今井邦彦、牧野“Q”英司、南石聡巳、田中雄司、工藤雅史
Studio:prime sound studio form、モウリアートワークス、ビクター、atelier Q、Sony Music Studios Tokyo

 

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