坂東祐大 × STUTS インタビュー【後編】〜劇伴「#まめ夫 序曲」と主題歌「Presence」のDAWプロジェクト&プラグインを公開

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このドラマは国内だけで終わる作品ではないと思うので
音楽に関してユニバーサルなものにしないといけない

4~6月放映のTVドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』が、音楽面で異例の展開を見せた。挿入歌にグラミー賞アーティストのグレッチェン・パーラトやBIGYUKIらが参加し、劇伴は毎週書き下ろしで追加。主題歌「Presence」は作品に出演する松たか子、岡田将生、角田晃広、松田龍平とラッパーのKID FRESINO、BIM、NENE、Daichi Yamamoto、T-Pablowらが週替わりでタッグを組み、トラックは劇伴のサンプリングによる制作と、注目すべきトピックは枚挙にいとまがない。このプロジェクトに攻めの姿勢で挑み続けたのが、作曲家の坂東祐大(写真右)とトラック・メイカー/プロデューサーのSTUTS(同左)だ。ここでは2人の対談が実現。その制作を振り返りつつ、それぞれが軸とする音楽シーンへの思いを語る。

Text:Kanako Iida Photo:Hiroki Obara(インタビュー)

 

インタビュー前編はこちら:

 

SONY C-800G/9Xの質感の良さで
マイク選びの重要性を実感

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「Presence」のレコーディングはどこで行いましたか?

STUTS 自分の楽器などは自宅で、ラップはそれぞれの環境で録ってもらっています。俳優の皆さんのボーカルは新大久保のFreedom Studio INFINITYで前田洋佑さんに録ってもらいました。マイクはSONY C-800G/9X、TELEFUNKEN Ela M 251E、U47を提案していただいて聴き比べたら、C-800G/9Xのパキッとしつつも温かみのある質感がすごく良くて。マイクによって音像が全然違って、マイク選びの重要性を実感しましたね。最終的なミックスはD.O.I.さんにお願いしました。トラックはラフ・ミックスを割と生かしていただいた感じなのですが、トラックと歌の混ざり具合や全体的な低域の質感をより良い感じにしてもらいました。マスタリングは山崎翼さんで、どのプラットフォームで聴いても曲中の感情が動く部分がエンハンスされるように整えてくださって。坂東さんのミックスはどなたでしたか?

坂東 メイン・エンジニアは涌井良昌さんで、ミックスは佐藤宏明さんのスタジオEELOWで行いました。涌井さんにはさまざまなテクスチャーから成るハイブリッドなサウンドを作っていただきました。「かごめのお気に入り」は日本コロムビアの塩澤利安さん、「All The Same」のグレッチェンさんのボーカル曲は、ニューヨークのバンカー・スタジオのトッド・カーダーさんによるミックスです。

STUTS ローファイな音って具体的にどう作るのですか?

坂東 涌井さんに録りの段階から調整していただきつつ、楽器によってはシンセ音源などをすごくわずかにブレンドしたりして。今は、2ミックスでも立体的な音像を質感込みでどう作るかという時代だと思うので、ミックスもとても細かく丁寧に仕上げていただきました。

 

特にこだわった楽曲の処理などはありますか?

坂東 「まめ夫序曲」では、本筋とは別でサンプリング用にオケ曲を録音して、このためにオーケストラ・ヒットを作りました。あと質感を変えるために、同じ奏者の別日に録った音のサンプルと、スタジオで録ったものを合わせたりしています。箱の質感と音色はセットで考える必要があって、例えば、この“ド”はどういう箱感で鳴る“ド”なのか、まで計算するのはアコースティックでも必須ですね。いろいろサンプリングしてきた蓄積もあるので、自分の中である程度体系化しています。

STUTS 僕は音像やグルーブの調整をするときに楽器や声の波形編集をよくするのですが、坂東さんも録った楽器の音の波形編集などはされますか?

坂東 細かいテイク選びはほぼ全曲しますね。リズムに関してはエディット魔かもしれない。一通りセッションを把握した上で、リバーブやひずみのイメージ、こういうローファイ感にしたいなどの方向性を作るのは、ミックスで細かくお願いします。ただ、僕の中でエディットまでは作曲だと思っていますが、ミックスは別物なんです。違う方の目線を入れることで曲を客観的に聴くことができるすごく大事な過程だと思います。

 

「#まめ夫 序曲~「大豆田とわ子と三人の元夫」」Project Window

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全140trで構成された「まめ夫序曲」のPro Toolsセッション・ファイル。中にはEnsemble FOVEの演奏をサンプリングして制作したオーケストラ・ヒットも含まれる(画面下)。坂東は、ABLETON Live、AVID Pro Tools、Sibelius、APPLE Logic Pro、手書きの譜面を使い分けて行き来しながら作業を行っていく

 

現代音楽で埋もれたアイディアや
ポップスに使われていないギミックを足掛かりに

劇伴や主題歌の制作と、ご自身の作品を作るときではどのような違いがあるのでしょう?

坂東 ドラマはある程度コンセプトが決まっている場合が多いですが、自分はやっぱり根本は現代音楽の作曲家なので、自分の作品では今何を投げたら一番良いかとか、コンセプトを作るのにすごく時間がかかります。

STUTS ヒップホップはフィジカル的な突き動かされる感覚を大事にするところがあるので、僕は基本的には何も考えずに作ってみるような始まり方が多いですね。

 

現代音楽とJポップの感覚的な違いはありますか?

坂東 現代音楽はインテリジェンスを持った上でどう自由にマイ・ルールを作るかという面白いゲームなので、ポップスとはそもそも求められる方向が違うんです。でも、そこで埋もれたアイディアや、ポップスにはまだ使われていないギミックがあって、それを足掛かりにしているかもしれません。音楽を作ることを大きく二分すると、メロディを軸に作る“ソングライティング”と、歌無しの器楽で作る“コンポジション”の技術に分けられると思います。今、日常的にメディアで耳にする音楽はソングライティングに非常に偏っていますが、音楽の歴史でいうと、オペラのように両者をハイブリッドする文化も多い。コンポジションもれっきとした表現方法だし、作曲家のアーティスト性を軽んじないでほしいとずっと思っています。今は作曲家って、劇伴だけ、アレンジだけとか分業され過ぎていて基本的に裏方だと思われている節があると思うんです。でもクラシックの歴史を見たら絶対そんなこと無いはずで。網守将平とかも同じ方向を向いていますね。サンレコ読者には分かってくださる方も多いと思いますが、歴史的にも作曲家はそもそもマルチな活動をするもので、れっきとしたアーティストだというのは大きく言っておきたいです。作曲家がより多彩な活動をすることがカルチャーとして広がるといいなと思います。ヒップホップは盛り上がっていて少しうらやましいです!

STUTS 数年前よりはだいぶ。でもまだまだ日本では市民権を得ていないと思うんです。今回は今までメディアが提示してきたヒップホップと違う角度から提示できたと思うので、これを機に少しでもヒップホップに興味を持ってもらえたらうれしいですね。今回はエンディング映像の監督の選定なども含めて委ねていただいたおかげでビジュアル面も良い感じにできましたし、佐野さんには感謝してもしきれないです。

 

STUTS「Presence」Project Window & Plugins

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主題歌「Presence」のPro Toolsでのセッション画面。ビートはAKAI PROFESSIONAL MPC Liveを使い、「#まめ夫 序曲」をサンプリングし、半音9つ分落として使用。WAVのパラデータをPro Toolsに流し込み展開を付けたという。上モノの打ち込みにはSPECTRASONICS OmnisphereとKeyscape、IK MULTIMEDIA Miroslav Philharmonik 2などのソフト音源のほか、MOOG Sub 37、SEQUENTIAL Prophet-6などのアナログ・シンセも併用

 

最後に、『とわ子』を手掛けた感想と、それを受けて今後挑戦したいことなどありましたら教えてください。

STUTS ドラマの主題歌を作れるとは夢にも思っていなかったので光栄でした。『とわ子』は映像は奇麗だし、脚本も最高で音楽も素晴らしい。その一部になれたことがすごくうれしくて。自分にとって初めてのことも多かったんですが、こちら側で作ったメロディや歌詞をボーカリストに歌ってもらうのもその一つで、それならではの表現にまた挑戦したいです。

坂東 こんなに自由にさせていただいたのは初めてでした。選曲は大変でしたけどやればやるほど面白く、愛おしい作品でした。それを受けて今後は……ヒップホップのトラックを作ってみたい! 1人でもやってみたいですし、STUTSさんとも何かやりたいです。Daichi Yamamotoさんとも何かやってみたいですね。すごく変わったものができるかも(笑)。

STUTS そう思ってもらえるのはうれしいです! 今回は好き放題サンプリングさせてもらってありがとうございました。

坂東 STUTSさんとご一緒できてとても楽しく光栄でした!

 

インタビュー前編では、 毎週書き下ろしで追加された坂東祐大による劇伴制作の裏側や、主題歌を担当したSTUTSの制作手法に迫ります。

 

坂東祐大
【Profile】作曲家/音楽家。1991年生まれ、大阪府出身。作品はオーケストラ、室内楽からトラック・メイキング、立体音響を駆使したサウンド・デザイン、シアター・パフォーマンスなど多岐にわたる。2016年、Ensemble FOVEを創立。米津玄師や宇多田ヒカル、嵐などの編曲などジャンルを横断した活動も多方面に展開する

STUTS
【Profile】1989年生まれのトラック・メイカー/MPCプレイヤー。自身の作品制作やライブと並行して、数多くのプロデュース、コラボレーションやTV、CMへの楽曲提供など活躍の場を広げている。2020年9月には最新作となるミニ・アルバム『Contrast』を発表し、バンド・セットでの単独公演を成功させた

Release

『Towako’s Diary – from “大豆田とわ子と三人の元夫”』
坂東祐大
日本コロムビア:COCQ-85525

Musician:坂東祐大(k、melodica、prog)、グレッチェン・パーラト(vo)、マイカ・ルブテ(vo)、LEO今井(vo)、須川崇志(b)、林正樹(p)、石若駿(ds)、BIGYUKI(k)、鈴木大介(g)、Ensemble FOVE(orch)、他
Producer:坂東祐大、横田悠生
Engineer:涌井良昌、吉川昭仁、トッド・カーダー、塩澤利安
Studio:Dede、The Bunker、ランドマーク、サウンドクルー、A-tone

 

『Presence』
STUTS & 松たか子 with 3exes
ソニー:BVCL-1129

Musician:STUTS(MPC、k、g、prog)、松たか子(vo)、KID FRESINO(vo)、BIM(vo)、岡田将生(vo)、NENE(vo)、角田晃広(vo)、Daichi Yamamoto(vo)、松田龍平(vo)、T-Pablow(vo)、butaji(vo)
Producer:STUTS
Engineer:D.O.I.、前田洋佑、STUTS
Studio:Freedom Studio INFINITY、プライベート