網守将平 インタビュー 〜名刺代わりとも呼べる新作『Ex.LIFE』の吸引力の秘密を聞く

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エフェメラルなものをキャッチしてとどめておく
追い求めたくなるメロディこそ印象に残るんです

東京藝術大学で作曲を学び、クラシック音楽を出自とする作曲家、網守将平。ポップスの皮をかぶった実験音楽作品とも言える2018年の2nd『パタミュージック』を皮切りに、高野寛の呼びかけによるイベント『Yellow Magic Children ~40年後のYMOの遺伝子~』への参加、DAOKOへの楽曲提供/ライブ・サポート、大貫妙子のコンサート・オーケストレーション、NHK Eテレ『ムジカ・ピッコリーノ』での楽曲制作など、ポップ・フィールドでの活躍も目立ってきた。しかし、2021年初頭にリリースされた3rd『Ex.LIFE』は、彼の作家性を凝縮したインスト作品。ピアノの響き、トライバルなリズム、うごめくシンセなどが渾然一体となりながら、深淵な美しさをたたえた仕上がりとなっている。名刺代わりとも呼べる作品を完成させた網守に、本作の吸引力の秘密を聞いた。

Text:iori matsumoto

 

明るく普遍的な部分と社会を見つめる暗い気持ち
その表裏一体で自分の素を出そうと思った

前作『パタミュージック』では、実験音楽の閉鎖性をポップというフォームを借りて打破するという趣旨のことをおっしゃっていました。それを受けて、3作目の今回は一体どうなるのかなと思ったのですが、第一印象がさまざまな要素が混沌とした中にある美しさだったのです。

網守 こっちが素ですね。今回初めて自分の本性を現すことができたと思います。1st『SONASILE』(2016年)は、音響系由来のアートにコンシャスなエレクトロニカが原体験としてあったので、自分が音楽教育を受けてきて得た技術とまとめてみようとしました。でも、エレクトロニカを自分の音楽にしようという気は無かったんです。前作は、現代美術の人と協働することが多い中で、そこで共有されている当時の思想を踏まえて、どういう音楽を作るかよりも、音楽を入れる箱や形式のことを考えてああなりました。実際に音楽へ没入させるんじゃなくて、その音楽を出したらすぐ否定するみたいなことをパッケージの中でやっていた。

 

音楽そのものよりもそのフレームワークの方を重視していたと?

網守 いや、むしろフレームワークを重視することで音楽そのものに関心を向けさせることができるかという、批評的な取り組みでした。逆に、今作は純粋に音楽として聴けるし、方向性もまとまっている作品を初めて作れたという感じですね。

 

確かに、研いでいた爪を出したような、網守さんの音楽家としての深い面が出てきたと思いました。

網守 もちろんコロナ禍のこともありますが、その前から、あいちトリエンナーレの一件があって、周りの芸術家たちと一緒に疲弊してしまったんです。それでポップ・ミュージックを作る気にはなれず、冷静な気持ちで普遍的な音楽を探求したい気持ちが大きくなっていきました。一方で、大貫妙子さんと出会ったのも大きいですね。大貫さんは、最大公約数的なスタンスを持ちながらも絶対に品の無いことはしない。だからこそ普遍的なわけですよね。以前お話ししたとき、“こんな時代なんだからこそ明るい音楽をやるしかないじゃない”とおっしゃっていました。そういったポップ・ミュージシャンとしての姿勢からの影響と、自分が社会を見つめて暗い気持ちになった部分が表裏一体となって、逆に自分の素が出しやすくなったんです。

 

『Ex.LIFE』で鳴っているシンセや民族音楽的な音、ノイズなど、一つ一つの要素はある種のニューエイジ・ミュージックやニューウェーブとか、ワールド・ミュージック……そういう既存の音楽との同位性があるように聴こえます。でも全体としては新鮮さが感じられました。

網守 歴史的に正しい方向を無意識に採ってしまうのはありますね。昔“癒やし系”とかあったじゃないですか? そういう括り方がすごく嫌いだったんですけど、小学生時代に流行して、原体験にはなっているので、ニューエイジやワールドっぽさはそこに起因しているかもしれないです。

 

楽曲の音像は途中でガラッと変わったりして、始まりと終わりが全然違うのに、一本のストーリーが流れているのが不思議でした。

網守 最近考えているのは、“エフェメラル”……“はかない”という意味だと思いますが、そういったものをいかにキャッチしてとどめておくことができるか?ということ。美術の世界だとインスタレーションというフォームで実践可能だし、それに対してうらやましさはあったんです。音楽にしろ美術にしろ、それが普遍的じゃないかという考えがあったんですよ。

 

そのエフェメラリティ……はかなさを、固定化される録音作品の中でどう表現するかを考えて、いろいろな展開やさまざまな音が一つの曲で渾然一体となっている?

網守 そうかもしれません。今作はアンビエントに聴こえる部分もあるかもしれませんが、音の展開を考えるとアンビエントとしてはそもそも機能しないですね。

 

アンビエントには、アンビエントとしての良さがあると思いますが、『Ex.LIFE』がアンビエントだとは思えません。

網守 構成的には、やっぱりメロディやコードなんですよね。それがアンビエントに聴こえないことにつながっているのかな。あと、最近“小さい音量”というものに関心があって、『Ex.LIFE』では大事なメロディをあえて聴こえづらくしています。キャッチーでインパクトのあるメロディよりも、追い求めたくなるメロディこそ印象に残るという考えがあって、それも影響していますね。

 

一度聴いて覚えられることには重きを置いていない?

網守 もちろん、良いメロディは必要なんです。でも、中毒性を重視したメロディに固執すると、逆に消費されて忘れられやすくなると思います。むしろメロディを追いかけるっていう能動性をふわっとリスナーに対してうながす音楽の方が普遍的なんじゃないかと。今回はそれを素直に実践できたと思います。

 

あたかもその擬似空間で鳴っているかのような
リード・シンセをVocalSynth 2で加工

今作のエンジニアは葛西敏彦さんですね。

網守 CM音楽などで何度かご一緒しており、自分の作品でお願いしてみたかったんです。今作は前作のように固いコンセプトが無いので、選択肢豊富な人に頼んで自由にミックスしてもらいたいというのもあったので。ピアノにBRICASTI DESIGN M7のリバーブをかけたいという希望もあって、身近でM7を使っているのが葛西さんだった、という理由もあります(笑)。ミックスの工程としては、MUSIKELECTRONIC GEITHAIN RL904で質感を作ったら、YAMAHA NS-10Mで全体のバランスを作っていくような手順でした。

 

距離感やリバーブのかかり方も含めて、生ピアノ以上の美しさを求めているのではないかと思いました。

網守 そこは素直に求めたものです。僕はピアノ・レペゼンじゃないので(笑)、必ずしも生ピアノのリアルさを目的としなくてもいいんです。例えば、「Fossil move」はペダルにAKG C414を向けただけなんです。

 

それであんなに遠い感じの音になっているんですか!?

網守 でもちゃんとメロディは聴こえますよね? アルバム全体で子供向けを意識したところもあって、赤ちゃんのはいはいの位置での聴こえ方はどうだろう?と試してみたんです。そこにマイクを置けば、赤ちゃんでも聴けるかなと。

 

作曲時点でも子供向けを意識されていた?

網守 いえ、曲ができていく中ですね。前作はこういう曲がここに来るから、次はこういう曲ではないとダメだと決め込んで、先に頭の中で鳴らして脳内で設計をしていったんです。今回は全く違って、完全に自分の中からたまたま出てきたものであると言えると思います。

 

楽音じゃない音やループっぽいもの、ドローンで構成されている曲もありますが、それも手と頭が一緒に動いて、ビルドアップしてできていく?

網守 もちろん部分的には“こういう曲があった方がいい”と思って、作った曲もありました。でも、今回自分を縛っているものはほとんど無いです。

 

そこが訴えかけるような強さなのかなと思います。衝動性と計画性みたいなものの合間というか。

網守 僕の場合は、前衛を見ないと普遍も見えないし、普遍も見ないと前衛は分からないという態度は通底しているので。今作のような両義性もそういった態度の延長かと思います。

 

先程おっしゃっていた、エフェメラルなメロディを意識した曲は?

網守 どれもそうなんですが、例えば「Aphorican Lullaby」は中でも大事な曲の一つですけれど、コードを鳴らしている音とメロディの音は、シンセシス自体は本当に微妙に変えてあるだけで、溶けているんです。だけど、何かメロディがあって、後半になるとそれが前に出てくる。リスナーがその動きを追いかける行為が起こるといいなと。それと、この曲はイントロ的な部分が2分くらいありますが、自分の録ったフィールド・レコーディングや素材を切り刻んで編集して。

 

同じ具体音が複数回出てくるので、通しの時間軸じゃないなとは思いました。そのメロディは擦弦楽器のようなうねりがありますね?

網守 擬似的な空間を作って、あたかもそこで鳴っているかのようにリード・シンセを鳴らす。最近ハマっている方法で、IZOTOPE VocalSynth 2をシンセにインサートして、ふにゃふにゃさせています。それを葛西さんに、あたかもこの空間で擬似的に鳴っているようにしてほしいとお願いして。PLUGIN ALLIANCE DearVR Proで処理してもらいました。メロディを能動的に追いかけてほしいという意識は、そういうところにも出ているかなと思います。

 

Aphorican Lullaby

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「Aphorican Lullaby」のAPPLE Logic Pro X画面。上画面に映るIZOTOPE VocalSynth 2のBiovoxでLogic Pro X付属のRetro Synthによるリードを声のような音色に加工。画面右にはNATIVE INSTRUMENTS Strings Ensemble Symphony Essentialsが立ち上がっているのが見える。下の画面はフィールド・レコーディング素材の加工で、使いたい音が鳴っている部分のみ切り張りし、細かくフェードが描かれた

 

ポップスのミュージシャンがやる
インプロビゼーションが面白い

トライバルな楽器も多く出てきますね。「Insulok」ではカンボジアっぽいボイスも聴けます。

網守 ちゃんとボイスに聴こえます? ボイスとシンセのコードを混ぜて、よく分からなくしたりしているんですよ。なんでそう作ったのか分からないんですけど。民族楽器に関してはNATIVE INSTRUMENTS Discovery SeriesやUVI World Suite 2かな。葛西さんのミックスでかなり面白いことになったと思います。

 

作っている段階では素の音なんですか?

網守 変調とかはガッツリ自分でやっていますが、葛西さんには質感をうまく処理してもらいました。

 

ディレイの処理も印象的ですね。

網守 ダブっぽいことはアレンジの段階でやる傾向はありますね。葛西さんが面白いディレイをかけてくれたのは「Next to Life」のアコギかな。フェネスっぽくしてほしいとお願いしたら、すごく変なディレイをかけてくれました。今、フェネスっぽくしたい人っていないと思う(笑)。

 

シンセ類は?

網守 ドローンとかパッドはSPITFIRE AUDIO Labsとかですね。「Insulok」のシンセ・ベースはAPPLE Logic Pro X内蔵のものだったりします。エレキベースの場合はIK MULTIMEDIA Modo Bassを使うんですが、今回は出番がありませんでした。

 

Insulok

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「Insulok」のトライバルなパーカッションには、NATIVE INSTRUMENTS Discovery SeriesのDhol(画面左上)、Dholak(同左下)などを使用。NATIVE INSTRUMENTS Razorも使用されているのが見て取れる

 

ハードウェアのシンセは使っていないのですか?

網守 「Non-Auditory Composition No.0」のセッションで使いました。KORG ARP Odysseyと、SOMA Lyra-8というドローンに特化したシンセ。Lyra-8が面白いのは、タッチ・センサーが触り方やその場の湿度に反応するので、息を吹きかけてから触るとピッチが変わったりするところですね。KNAS Ekdahl Moisturizerというスプリング・リバーブも使って、センド量を最大から0に一瞬でするみたいなことをしています。ゴツゴツしたノイズみたいな音もスプリング部分に直接触れて出しています。

 

この曲は、永井聖一さん、西田修大さんとのセッションでできたもの?

網守 これだけはインプロで、モニター音が聴こえない瞬間が各演奏者別々に発生するという状況で演奏しています。そのモニターを増田(義基)さんがファシリテータとしてミキサーでコントロールしています。このアイディアは、コロナ禍でオンライン化が進んで、ちゃんと音楽を聴く時間ができたり、擬似的な空間でオンライン会議をしていると誰かがしゃべっていると誰かが聴こえないとか。そうしたことで人類の耳の解像度が上がったり、耳を澄ませることが増えるんじゃない?というところから生まれました。

 

その点で『Ex.LIFE』の中では特異な曲ですよね。

網守 ルールも、キーと時間が決まっているくらいですね。あと、ポップ・ミュージックのミュージシャンにこういうことを頼むと、即興演奏家と違った面白さが出てくるんです。アンサンブルの仕方やタイム感、場当たり感すらも違って聴こえる。永井さんも、10秒ごとにエフェクトのプリセットを変えるだけだったりしましたからね。これをライブでもやってみたいんですが、モニターの回線が複雑だったり、キュー・ボックスが幾つも必要となるところが難しいんですよ。でも早いうちに実現を目指したいです。

 

Non-Auditory Composition No.0

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Studio ATLIOでの「Non-Auditory Composition No.0」のセッション。手前が網守で、右手にKORG ARP Odyssey、左にドローン・シンセのSOMA Lyra-8と、スプリング・リバーブのKNAS Ekdahl Moisturizerをセットしている。左奥にギターの永井聖一と西田修大。ソファに座りKORG SoundLink MW-2408を操作しているのが増田義基で、ファシリテータとして3人のモニターを随時ミュートして、演奏内容を分からなくする役割を果たす

 

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左が永井聖一、右が西田修大。永井のエフェクト・ボードにはEARTHQUAKER DEVICES Pyramids、EVENTIDE H9、DIGITECH WH-1、STRYMON Sunset、Timeline、ROSS Gray Compressorなどが収められている。西田はZVEX Fuzz Factory、RED PANDA Tensor、MERIS Hedra、LINE 6 M9、D.A.M Dope Priest、IBANEZ TS-10、EMPRESS EFFECTS Heavy、Reverb、STRYMON Digなどを使用

 

ラシャド・ベッカーのマスタリングは
低域が伸びて品のある仕上がりに

例えばメタル系パーカッションのパターンができていても、最初は漠然とした音にしか聴こえていなくて、ある瞬間からチャイムみたいなものだと分かるようなこともありました。これもエフェメラルな音作りといえるのでは?

網守 そうですね。そういう音自体の働きかけは無意識に仕掛けてあったりしますね。でも基本的な情報量は少ない作品だと思ってます。

 

確かに網守さんの出自である、クラシックのフルオーケストラと比較すれば、楽器の数は圧倒的に少ないですね。でも一つ一つの構成音が変わり身していくようで、その点でエフェメラリティとつながっているのかもしれません。「Falling on Earth」は、ピアノ曲かと思わされますが、途中から音の洪水のようになります。それでも描いているものは一緒というか……。

網守 ああ、それは一緒ですね。この曲、僕は、“東京の音楽”という感じがします。六本木ヒルズみたいな。

 

キラキラした感じから、私は東京ミッドタウンを思い浮かべました(笑)。

網守 僕も東京の人間なので、東京を反省的にとらえるみたいなことは常に考えていて。東京の変遷の記憶が、このサウンドやリバーブ感につながっていると言えるかもしれません。

 

とはいえ、マスタリングは、ベルリンのラシャド・ベッカーに依頼していますね

網守 リスナーとして、自分に特に関係あると思えるのがヨーロッパの電子音楽の人たちで、オウテカだったり、マーク・フェルなどPANレーベル界隈のアーティストなんですが、その多くをラシャドがマスタリングしているのが決め手でした。葛西さんのミックスとラシャドとの組み合わせも面白いかなと思ったので、依頼してみたんです。品のある仕上がりになりましたね。低域が伸びているし。最初は高域が抑え込まれる部分があったんですが、それだけ修正してもらって。あと、ひずみ方が奇麗です。前作をマスタリングしてくださった原真人さんもそうですね。ひずみのプロっていうか。

 

実験精神をポップに昇華した『パタミュージック』も面白かったんですが、あれは網守さんが驚かせようと思ったことにそのままびっくりしたんです。『Ex.LIFE』は出来の素晴らしさに、素直に感動しました。

網守 前作『パタミュージック』をリリースした影響で“面白音楽を作る人”みたいな評価が多いのも気掛かりでした。本当は今作の方が僕の本質です。前作まではなんとしても面白いことをしたくて、シンガーでもないのに歌ったりしていましたけど、しばらく歌うことはないかな。もちろん歌ったおかげでいいことがあったりもしました。大貫さんに聴いていただくきっかけにもなりましたし。いわゆる面白い音楽ももちろん作っていくつもりです(笑)。

 

角度によって見えてくるものは違っても、でもそこにあるものは同じで、動く彫刻のような楽曲群です。その意味で、『Ex.LIFE』は作曲家としての名刺だなと思いました。

網守 そう言っていただいて光栄です。長く聴ける作品になったかなと思います。

 

Release

Ex.LIFE

Ex.LIFE

  • 網守将平
  • エレクトロニカ
  • ¥1833

『Ex.LIFE』
網守将平
noble:NBL-229

  1. Falling on Earth
  2. c4jet
  3. Insulok
  4. wabe
  5. Slow Up
  6. Sarabande
  7. Non-Auditory Composition No.0
  8. Fossil move
  9. Scanning Earth
  10. kre
  11. Yarn Phone
  12. Aphorican Lullaby
  13. Impakt
  14. Next to Life

Musician:網守将平(ac.p、k、syn、all)、永井聖一(g)、西田修大(g)、増田義基(facilitation)、ゴンドウトモヒコ(euphonium)、坂本光太(tuba)、玉名ラーメン(reading)、エレナ・トゥタッチコワ(reading)
Producer:網守将平
Engineer:葛西敏彦、ゴンドウトモヒコ
Studio:ATLIO、no-nonsense

 

www.shoheiamimori.com

 

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