作詞家としての活動50周年を迎える松本隆。その節目となる今年7月に、B'zや幾田りらなど11組が参加したトリビュート・アルバム『風街に連れてって!』がリリースされた。誰もが知る名曲が令和のサウンドで響きわたる本作をプロデュースしたのは、日本を代表する音楽プロデューサーの亀田誠治だ。このプロジェクトは、一体どのようにして進められたのか。そのこだわりのプロデュース術を亀田に尋ねた。
Text:Kanako Iida
50年間人の心を動かしてきた松本先生の作品を、今のリスナーに違和感の無いサウンドで届ける
亀田誠治【Profile】1964年生まれ。音楽プロデューサー/ベーシスト。これまでに椎名林檎、平井堅、スピッツ、GLAY、いきものがかり、 JUJU、秦基博、GLIM SPANKY、大原櫻子、山本彩、Creepy Nuts、石川さゆり、MISIA、Little Glee Monster、アイナ・ジ・エンド、yonawoなど数多くのアーティストのサウンド・プロデュース、アレンジを手掛ける。東京事変のベーシストとしても活動し、フリー・イベント「日比谷音楽祭」の実行委員長も務めている。2021年には映画「糸」にて第44回日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞。
ー今回、どのように亀田さんの元に『風街に連れてって!』のプロデュースのお話が来たのでしょうか?
亀田 松本隆先生とはここ10数年来の関係で、1年半ほど前に本作のプロデュースのお話をいただきました。松本先生の作品は昭和~平成~令和と50年間人の心を動かしてきたし、今後50年も動かすと思います。そこで、現在活躍するさまざまな世代のアーティストにバトンをつないでもらい、今のリスナーが聴いて違和感の無いサウンドで届けることが僕の使命じゃないかと。さまざまなジャンルの作曲家、アーティストにより歌われてきた松本先生の紡ぐ言葉を全網羅して、作品にかかわる人物を検証し、Jポップ大全を作るような気持ちで受けました。基本的に“この楽曲にこのアーティストあり”の一択。叶わなければ曲を考え直すほどこだわりました。
ーエンジニアはどのような基準でオファーを?
亀田 ミュージシャンと同じく、“このボーカリストのこのトラックをミックスするならこの人”という基準で、僕のサウンドをいつも支えてくれる今井邦彦さん、牧野“Q”英司さん、南石聡巳さん、田中雄司さん、工藤雅史さんにお願いしました。そこで鳴っている音楽がいい音で録られていれば機材やプロセスは問いません。昔はエフェクターを何百個も買って、コンプもUREI 1176LNなどをそろえたりしましたが、今はこだわりが無いんです。とは言え、誠屋(編注:亀田の事務所)のマニピュレーターの豊田(泰孝)が取り仕切ってくれて最先端の機材で作っています。
ートリビュート・アルバムというものの表現の難しさや面白さはどのように考えますか?
亀田 誰もが知っている名曲ぞろいで、しかもオリジナルで名アレンジが付いているわけです。そこで、原曲を愛する音楽ファンとしての部分と、これからの音楽をクリエイトしていく音楽プロデューサーとしての部分、常に軸足を両方に置きながら、視野を広く持って進むようにしました。
ー原曲に思い入れがあるほどカラーを変えるのは難しいかと思いますが、どのような信念を持って進めたのですか?
亀田 松本先生の作品はアレンジャーも最高の人たちが腕を振るっているので、諸先輩方にも最大の敬意を払いながら、原曲の一部になっているアレンジは生かすようにしました。でも、今の時代に届けるためにプラスαの要素が必要なときは僕の感覚でアレンジを変えさせていただきました。
実は、去年と今年は行けていないですが、僕は50歳になってから、毎年のように武者修行を兼ねてロサンゼルスに行って向こうの作家やプロデューサーとコライトをしているんです。今まで何十曲も作ってまだ数えるほどしか当選していなくて、それも何人かのソングライター・クレジットの中にSeiji Kamedaが入るという状況ですが、その中で、やはりトラック(アレンジ)からくるフレーズも曲の一部だと非常に強く感じています。
僕はいつも自分で“良かれ産業”と呼ぶんですけど、良かれと思ったことしかやらない。そのボジティビティに支えられているので、オリジナルやアーティストのデモにある良いフレーズは躊躇(ちゅうちょ)無く採用する。うがった感じやネガティビティに引っ張られ、無理やり自分の色を着けていくようなサウンド・メイクはしません。『風街に連れてって!』も11組のボーカリストのカラーを発揮しつつ、原曲の持つ色合いや感動との合わせ技で楽曲を輝かせるということをシンプルに繰り返してきました。
恐竜の骨格標本のような“亀田デモ”を元に、ミュージシャンの能動的クリエイティビティを投入
ーアーティストと話し合う作業と1人で進める作業の分け目はどのように?
亀田 これが音楽ファンとプロデューサーとしての軸足を持つということで、アーティストの意向を無視しては絶対に感動する作品は作れないんですよ。なので、ヒアリングすると同時に僕の楽曲への思いも聞いてもらい、双方向での対話を繰り返すんです。まずはサウンド・デザインの第一稿となる“亀田デモ”を送って、アーティストのリクエストを受けながらプリプロ作業を行い、デモを磨いて最終的にスタジオに入ります。
ー“亀田デモ”はどのような環境で制作されるのですか?
亀田 僕のプリプロ・ルームでAVID Pro Toolsをキャンバスにして、ベース、ギター、ピアノを弾き、ドラムを打ち込みます。例えるなら、博物館にある恐竜の骨格標本のようなイメージで、形が分かって、今にも動き出しそうだけど最後の肉付けはミュージシャンたちと、という感じ。ストリングスやブラスはAVID Sibeliusで譜面化するので、そのまま生になっても最高のアレンジとして聴こえる水準まで練り込まれています。
ーその後はどのように進められるのでしょう?
亀田 コロナ禍があり、プロジェクト初期はいわゆる亀田組という僕の仲間のミュージシャンとデータを交換しながら作り、後半戦でようやくスタジオに入りました。ただ、ソフト音源でも最高のプレイヤーによる素晴らしいグルーブや彼らの感性のオブリガートが入るので、生楽器との区別は付かないかもしれません。今回はミュージシャンそれぞれに思い入れのある曲ばかりで、プレイヤー発信の能動的クリエイティビティというプラスαの息吹がたくさん投入されました。松本先生が“一曲一曲が輝いている素晴らしいアルバムをありがとう”と言ってくださったんです。それは僕のアレンジやサウンド・デザインだけではなく、もちろん歌われる方のパワーあってのことですが、ミュージシャンたちが大好きな音楽に対して心を込めて演奏してくれたことがとても大きいと思いますね。
ー作品全体のサウンド面で気を付けたことはありますか?
亀田 打ち込みなら打ち込み、生なら生を選んだ正当な理由があって、例えば、ミヤジ(宮本浩次)は常にバンド・サウンドの屋台骨に乗って歌を吠えてきたけど、送ってくれたギター弾き語りの「SEPTEMBER」がすごく良かった。これはバンド・サウンドで埋めちゃいけないと思って、ドラムを打ち込みにしてすき間を作り、歌のニュアンスが伝わるようにしました。一曲一曲、ボーカリストのどこを引き出すか工夫を込めるのが亀田流のプロデュース術です。“最大限に楽曲、歌、ミュージシャンの演奏を生かす”というシンプルなところに常に立ち返っていますね。
インタビュー後編(会員限定)では、幾田りら「SWEET MEMORIES」のレコーディング風景や、B'z、Daokoの楽曲デモ制作で使用したソフト音源やプラグインを公開!
Release
松本隆作詞活動50周年トリビュート・アルバム
『風街に連れてって!』
日本コロムビア:COCP-41453
Musician:吉岡聖恵(vo)、川崎鷹也(vo)、幾田りら(vo)、宮本浩次(vo)、池田エライザ(vo)、稲葉浩志(vo)、松本孝弘(g)、松尾レミ(vo)、亀本寛貴(g)、三浦大知(vo)、Daoko(vo)、横山剣(vo)、MAYU(vo)、manaka(vo)、アサヒ(vo)、亀田誠治(b)、皆川真人(k)、斎藤有太(p)、河村"カースケ"智康(d)、豊田泰孝(prog)、他
Producer:亀田誠治
Engineer:今井邦彦、牧野“Q”英司、南石聡巳、田中雄司、工藤雅史
Studio:prime sound studio form、モウリアートワークス、ビクター、atelier Q、Sony Music Studios Tokyo