幾多のアニメ作品に彩りを与えてきた4人のプロデューサーが
過去から現在のアニメ・ソング制作における変遷を語り合う
アニメ作品そのものとともに、アニメ・ソングも時代によって移り変わってきた。1980年代末からJポップのメジャー・アーティストを起用した主題歌が一般化し、近年では声優による歌唱やキャラクター・ソングの多様化も見られる。まずは、アニメの第一線で活躍を続ける音楽プロデューサーたちが集結。野崎圭一、山内真治、佐藤純之介、木皿陽平の4名に、原点となったアニメ・ソングやアニメ・ソングの中で転機となった作品、アニメとJポップの制作における違い、アニメならではのミックスなど、アニメ・ソングの過去から現在への変遷を語ってもらった。
Interview:Yusuke Imai、Kanako Iida Photo:Hiroki Obara
野崎圭一
【Profile】ビクターレコード34年の経験を生かして、音響監督、音楽プロデューサーとして今年起業。フライングドッグでは、『機動戦士ガンダムSEED』『機動戦士ガンダム00』『.hack』シリーズを担当、梶浦由記、石川智晶ソロプロジェクトを含め多数のヒット楽曲をプロデュース。
山内真治
【Profile】アニプレックスの音楽プロデューサー。『<物語>』シリーズ、『ソードアート・オンライン』シリーズ、『はたらく細胞』『かぐや様は告らせたい』などのアニメ作品や、『Fate/Grand Order』『マギアレコード』などゲームの音楽プロデュースを担当。
佐藤純之介
【Profile】アニソン・レーベル、ランティスのチーフ・プロデューサーを経て現在Precious tone代表取締役。伊波杏樹、茅原実里、渕上舞、μ’ sなどの声優アーティストをはじめ、中国のV-Singer洛天依やV-Tuberなどの音楽制作を行う。
木皿陽平
【Profile】ストレイキャッツ代表。音楽プロデューサーとして『ラブライブ!』をはじめ、多数のアニメ作品およびアーティストの音楽をプロデュース。現在はレーベル、ストレイキャッツを立ち上げ、TVアニメーション『アズールレーン』、新田恵海、Prima Porta などを手掛ける。
アニメ・ソングの原点
ー皆さんの原点となったアニメ・ソングは何ですか?
野崎 世代的に『巨人の星』や『タイガーマスク』ですね。
山内 僕は『勇者ライディーン』『ガッチャマン』『キャンディキャンディ』のオープニングですね。今思えば当時から分析しながら聴いていた気がします。
佐藤 僕は『シティーハンター』です。ハードボイルドな歌ものを初めて聴いたし、TM NETWORK、PSY・S、岡村靖幸さんの主題歌でJポップに興味を持ちました。ストーリーとシンクロした楽曲の格好良さ、という強烈な体験が、今の制作にもつながっていますね。
木皿 僕がリアルタイムで見ていて覚えているのは、『うる星やつら』です。エッジが効いていて、音楽として良いなと意識しました。
『シティーハンター』(1987年)
北条司原作のTVアニメ・シリーズ。TM NETWORK「Get Wild」や岡村靖幸「SUPER GIRL」、PSY・S「Angel Night~天使のいる場所~」などを主題歌として使用している
ターニング・ポイントとなった曲
ーアニメ・ソングはこれまでさまざまな変遷がありましたが、ターニング・ポイントだったと感じる曲はありますか?
木皿 山本正之さんの出現は大きかったです。『タイムボカン』が背骨としてある上で7~8タイトルにわたって山本さんの節回しとボーカルがガッツリ入っていたんですよね。
山内 山本さんの“J9シリーズ”はアニメ・ソングが別方向で洗練されたと思いましたね。カッティング・ギターやブラック・ミュージック感が格好良くて。
佐藤 僕は、ランティスに入社した2006年4月に『涼宮ハルヒの憂鬱』が始まって。あれよあれよという間にすごく話題になって、世界中で「ハレ晴レユカイ」を踊っている人がいて、そのころからアニソンのテンポが速くなり始めたんです。今現在のアニソンのベースとなる2006年がターニング・ポイントなのかなと思います。
野崎 僕は『シティーハンター』の TM NETWORK「Get Wild」の使い方です。ラスト・シーンからイントロが流れる手法に影響を受けて作ったのが、『機動戦士ガンダムSEED』のエンディングだったSee-Saw「あんなに一緒だったのに」。あれはエンドに与えられたタイムが60秒で、短さを克服するためにイントロを7パターン作り、話数に合わせて本編への食い込みを替えて、一番良い場面から始まるように仕掛けました。“1秒でも長く聴いてほしい”、そんな気持ちが強かったので、「Get Wild」のスタイルを意識しました。
『タイムボカン』(1975年)
タツノコプロ制作、『タイムボカン』シリーズの第1作。本作のほか、後に続く『ヤッターマン』なども含め、シリーズ作品の主題歌、挿入歌の作詞曲、歌唱の多くを山本正之が手掛けた
『J9シリーズ』
『銀河旋風ブライガー』(1981年)、『銀河烈風バクシンガー』(1982年)、『銀河疾風サスライガー』(1983年)の総称。山本正之は全作で主題歌を作曲し、『ブライガー』『バクシンガー』は劇伴も担当した
『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)
谷川流のライト・ノベルを原作にした京都アニメーション制作のTVアニメ。主人公涼宮ハルヒ役の声優である平野綾が主題歌「ハレ晴レユカイ」や挿入歌「God knows...」などの歌唱を担当
『機動戦士ガンダムSEED』(2002年)
野崎圭一氏が音楽プロデューサーを担当。石川智晶(vo)、梶浦由紀(k)によるユニットSee-Sawの「あんなに一緒だったのに」やT.M.Revolution「INVOKE-インヴォーク-」を主題歌に使用した
エンディング曲の制作
ー主題歌のアニメでの使われ方は制作に影響しますか?
野崎 エンディングは、本編のいろいろな感情を引きずったまま見るので難しいですね。
山内 エンディングで物語をリセットさせるか、さらに感情をブーストさせるかという2つの考え方があって。重い展開のアニメは、エンディングだけでも救いたいというのはあります。どんよりさせ過ぎず、爽快感で30分が終わるように。
野崎 歌詞で救ってあげたいと考えたこともありました。
山内 物語上ではあり得ない平和な風景を敢えて入れることもあって、ある種それが願いとして込められている感じとか。
佐藤 エンディングには読後感のようなものを求められることがあるので、センスが問われるところではあります。あと、特殊エンディングで、ターニング・ポイントとなるストーリーだけ別の曲にすることもあります。ダークなときにもっと極端にダークにしたり、いつもと違うハッピー・エンドにしたり。
木皿 『ラブライブ!』は、曲は同じだけど各話ごとに歌い分けを変えてました。
山内 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では、ニコニコ動画でエンディング曲を募集する企画をやって、1,000曲以上聴いた。
佐藤 『おそ松さん』第1期のエンディング「SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~」は全12パターン作りましたね。
『ラブライブ!』(2013年)
オールメディアで展開するスクール・アイドル・プロジェクト。TVアニメ『ラブライブ!』は、μ'sの物語で、キャストによるライブの開催など音楽活動も行われてきた。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』(2010年)
伏見つかさのライトノベルが原作のTVアニメ。2010年の第1期、2013年の第2期ともにエンディング・テーマをコンテスト形式でニコニコ動画上で募集。優秀作品がテーマ曲として実際に使用された
オープニング曲の制作
ーオープニングは過去から現在までに変化しましたか?
山内 過去のものはそもそも尺が60~70秒くらいのものも多いですね。
佐藤 しかもAメロ→サビ→Aメロ→サビで終わったり。今のようにテンポが速くなってからは、サビ→イントロ→Aメロ→Bメロ→サビ→Dメロを89秒に収める作り方です。
山内 「ジャパリパーク」現象ですね(笑)。
佐藤 映像の制作チームからも『新世紀エヴァンゲリオン』の「残酷な天使のテーゼ」のようにカットがどんどん切り変わる感じのオーダーを受けることが多いので、あらかじめ音楽側でカットが変えやすいフィルやタイトルが出る場所が分かりやすい部分を作って出来上がりを待つこともありましたね。
野崎 タイトルを表示するタイミングは音楽的にも気にします。チャレンジしたいけど、与えられた時間内では構成的に選択肢が意外と少なくていつも悩みます。
木皿 オープニングは作品の顔になるのでキャッチーにしないといけないのですが、一方でどの曲も同じようになりがちなので、そこでどう違いを作るのかが我々の腕の見せ所だと思います。
山内 僕は頭にサビを持ってくる定番の構成に自ら禁止令を課して、なるべく違いを出そうとしたりしましたね。
佐藤 でも違うアプローチを提案すると意外と受け入れてもらえないこともあって(笑)。
木皿 オープニングは趣味やエゴを入れずに、極力フラットに作ります。僕は監督の作る映像をどう引き立てるかに気持ちをシフトすることが多いですね。
オープニング映像の尺が90秒であるのに対し、最初と最後は0.5秒ずつ無音でなければならない(ノンモンと呼ぶ)。従って音楽の尺は89秒となる。オープニング映像が60秒の場合は音楽は59秒となる
「ようこそジャパリパークへ」(2017年)
TVアニメ『けものフレンズ』のオープニング・テーマとなったどうぶつビスケッツ×PPPの楽曲。作詞・作曲は大石昌良が手掛けた。展開の激しい構成とテンポの速さが特徴
『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)
GAINAX制作のTVアニメ作品。オープニング・テーマは高橋洋子「残酷な天使のテーゼ」で、カットが次々切り替わる演出が施された。庵野秀明総監督によるリメイク版完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が近日公開予定
Jポップとの制作の相違点
ーアニメ・ソングはアニメ制作チームと音楽チームでやり取りをするなど、Jポップとは制作の流れも違いますか?
野崎 違いますね。僕がかつて泉谷しげるさんを担当したときは、1~2年に1枚のペースで作っていました。でもアニメは毎クール1本担当すると1年に4作品、その中でオープニング、エンディング、BGM、キャラクター・ソング、ドラマCDを作り、さらに違う作品もこなしていくので、頭の中は戦略的に作品消化していく思考になります。
佐藤 アニソンはJポップのように幅広く網を投げ入れるのではなく、特定の話やシーンを共有している人たちに届ける音楽なので、密度の濃さが求められますし、ピンポイントで針の穴を突く音楽を作らないといけません。気が抜けないし、手抜きなんてしたら絶対ユーザーに伝わってしまう。“この作品にこんなシーン出てこない”“ここで歌っている相手は誰のことだよ”とか。なので、一切の手抜き無しでスピード感を持ってやるしかないというのはありますね。
制作の際の事前情報
ー曲を作る際、どのくらいの情報から始めるのですか?
木皿 だいたいプロットでストーリーは出来上がっているのですが、分からないこともありますね。
山内 原作がコミックスだとありがたいです(笑)。
木皿 ゲームだと情報量が膨大なので大変ですね。
佐藤 作曲家は把握できないケースもあるかもしれませんが、作家に発注するプロデューサー側は完全に理解した上で、どう解釈するかも含めて曲をオーダーしているはずです。
ープロデューサーの元で解釈を入れ込んで発注することで作詞しやすいように持っていく?
野崎 そこが僕たちの最大の役割じゃないですかね。このメンバーで同じ作詞家や作曲家と仕事することもありますけど、絶対同じ出来栄えにはならないのです。
佐藤 プロデューサーとしての軸ですよね。
主題歌を手掛けるアーティスト
ーアニソンを歌うアーティストにも変化があったと思いますが、なぜそのような流れになったのでしょうか?
山内 1990年代のアニメからタイトル連呼系は無くなっていき、そのころから今で言うアーティスト・タイアップの流れが本格化し始めた。僕と野崎さんも『機動戦士ガンダムSEED』シリーズに同時に関わっていた時期があるのですが、ソニーやビクターといったメジャー・レーベルがアニメに出資して、自社のアーティストでオープニングとエンディングを担当するという手法を強く推進して1つの時代が出来上がっていったのかなと思います。『るろうに剣心』をはじめ、ジャンプ作品のアニメへの影響もかなり大きかったですね。ただ、タイアップだと、そのアーティストの曲としてはいいんだけど、アニメとの相性が合わない場合もあって。そういうときは他社と組んだりするパターンもありました。
佐藤 アニプレックスやポニーキャニオン、キングレコードで映像が作られているアニメの音楽やキングレコードの作品の音楽をランティスが作ったり。タイアップもオープニングとエンディングでレーベルが違ったりとか。そういうのも15年くらい前から増えてきたなと。
山内 その中でアニソンにアーティスト性を強く折り込んでいたのが、当時野崎さんがいたフライングドッグ。アニメと渋谷系を合わせたりもしてましたよね。
野崎 そうですね。フライングドッグの傾向としてサウンド志向のディレクターが多く、声優さんを扱っても、ポップであるよりマニアックなアプローチの作品が多かったかもしれませんね。
佐藤 フライングドッグの楽曲からは、深く作品と結び付いたブランディングや作品のクオリティに感銘を受けることがありました。“こうしたらアニソン的に感動できる、マッチしていくのか!”というのはすごく意識して聴いていましたね。
『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』(1996年)
和月伸宏原作のTVアニメ。JUDY AND MARYやTHE YELLOW MONKEY、T.M.Revolution、SIAM SHADEなどメジャー・アーティストが主題歌を担当した
ーアーティストへのオファーは、皆さんから直接できるのでしょうか?
野崎 僕は35歳でJポップからアニメに来ましたけど、そのころはまだ一般アーティストがアニソンを歌うことは少なく、会社のミッションとしてJポップの作家や歌手を意識的にキャスティングしました。SHOW-YAの寺田恵子さんにエンディングでバラードを歌ってもらうとか、ホリプロに“優香さんでぜひ!”とお願いしたり。歌を歌っていなくて今後ブレイクしそうな人を探したりもしました(笑)。
佐藤 僕はいろいろなライブ・ハウスに行ったり、コミケの音楽コーナーを片っ端から聴いたり。良い才能があればすぐ連れて来て、社内プレゼンを半年くらい粘ってデビューさせるという手法をしていました。“新しい才能の音楽でアニメをヒットさせてやろう”というのが根本にありましたね。2000年代以降はとにかく作品が多くて、ここに居る4人を合わせたら4桁以上のアニソンを制作していると思います。
コミックマーケット
1975年より行われている、国内最大規模のマンガやアニメ、ゲームなどの同人誌即売会。コミックマーケット準備会が主催。アニメ作品にインスパイアされた楽曲の販売も多数行われる
キャラクター・ソングの増加
ー最近はキャラクターが歌う曲も増えましたよね。
佐藤 作品が増えてアーティストが足りなくなったので、声優に依頼する原作者やプロデューサーに対応するうちに、自然と数が増えたんだと思います。キャラクター・ソングはシーンやキャラクターを深掘りしやすいので、ファンも作っている人も思い入れを持ちやすいんです。自分が好きな作品の好きなシーンを音楽にしたという達成感などがすごくありますね。ファンにも届きやすく愛される作品が多いような気がしています。
山内 ある種のスピンオフと言うか。音楽は映像と比べれば少ない予算で作れるし、ストーリーのアナザー・サイドや、“こういうことがあったとしたら”というifものとかいろいろ表現できる。そういう要素を入れ込んだキャラソンが作品宣伝にもつながる、ということで需要が高まってきたのかな。
佐藤 Blu-rayの特典でいっぱい作りました(笑)。
山内 しかも我々音楽プロデューサーが趣味の世界に入っていい唯一のジャンルじゃないですかね。異様に音楽性が高く、キャラクター性もすごく濃いキャラソンが、作品ファンには高く評価されたりもするし。
木皿 エッジが効いたことがやりやすいジャンルではありますね。
作家への発注
ー発注するときはリファレンスを提示するのですか?
木皿 基本的に具体的な曲名は出さないです。アニソンは参考にしないし、曲名を出すとそれに寄るので、言語化して伝えます。
佐藤 発注のときの“3行ルール”というのもありますね。発注を3行に制限して思いを込めることで、不要なものが削られて、このキャラの何が伝えたいか、何の歌が欲しいかまで絞れる。それにいろいろなサウンドや傾向を足して発注することで、作曲家が自分の得意なフィールドに持ち込めた、今までやったことのない挑戦ができて、聴いたことが無いようなものが出来上がってくることがあります。
山内 例えば、“和風ディスコでお願いします”とだけ投げると作家はすごく悩むけれど、実はすごく的確な言い方だったりする。僕はロック・テイストの曲が得意ジャンルなんですが、逆に打ち込み系のものとかは通り一辺倒しか分かっていなくて。ある作品でそっち方向の発注をしなければならなかったときは、めちゃくちゃ考えて“テクノ・サウンドを中心に、日本風インド・カレーと言ったら言い得て妙な感じの曲でお願いします”と。
佐藤 素晴らしい! きっとあの曲のことですね!(笑)。
山内 作家の解釈する余白が無いとね。
ー制作側からはリファレンスとなる曲は出てくるのでしょうか?
佐藤 監督から直接的なものを受け取ったら、ニュアンスをとらえつつ、作家やアーティストにはそのまま渡さないです。
木皿 ある程度道筋をつけるために誘導はしますけどね。
佐藤 絶対影響を受けるじゃないですか。でもそれは“クリエイターとして果たして正解なのか?”とか、“シナジーはあるの?”というところで、翻訳の仕方は悩んでいますね。
山内 アニメと音楽のクリエイティブをつなぐ通訳ですね。
野崎 言葉も習慣も違うので、監督やスタッフが理解しやすい単語に置き換えて具現化していきます。
木皿 最小限の言葉で最大限の成果を持ってくるのがこの仕事の境地ですね。でも、余白を大事にし過ぎて実生活では説明が足りないと怒られがちです(笑)。
ジャンルの幅の広さ
ー制作のためにどんなインプットをすると良いでしょう?
木皿 アニソンしか聴かない人はアニソン以上のものを作れません。アニソンはジャンルでは無くマーケットなので、何でもありなんです。演歌のアニメなら演歌を使いますし。
山内 多分僕らそれぞれに狭くないですか? 全ジャンル語れるかと言ったらそんなことはない。
木皿 僕はもともとクラシックで、ロックを通らずに来てしまったので、その共通言語が無い状態でやっています。
佐藤 ロックが分からないからこそ作れるロックもありますよね。
山内 僕はロックと言ってもハード・ロック/ハード・メタル、イギリスかアメリカで言ったらアメリカ、その西か東かで言ったら西と、ものすごく狭いです。
ー通っていないジャンルはどう対処しているのですか?
山内 ジャンルの代表曲を分析して、フォーマットを探し出しますね。
野崎 僕はクラシックを通っていなかったので、最初は劇伴ディレクションが大変で。弦の動きの良し悪しなどが全然分からなかったので、毎日聴いていました。必要となればみんな頑張って学ぶんですよね。
木皿 僕は佐藤純之介さんと組むことが多く、『ウィッチクラフトワークス』で水島努監督に、“踊れないテクノでお願いします”と言われて、どうしようかなと思って泣きつきました(笑)。
佐藤 『ウィッチ・クラフトワークス』ですからね。あとはご想像の通りです(笑)。
『ウィッチクラフトワークス』(2014年)
水薙竜のマンガ作品が原作のTVアニメ。監督は水島努氏が務め、劇伴およびエンディング曲『ウィッチ☆アクティビティ』の制作はTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが手掛けた
アニメ・ソング制作のトレンド
ーアニメ・ソングの楽曲構成のトレンドはありますか?
佐藤 落ち着きましたね。4~5年前は89秒でどうやって表現するかでしたけど、今はもう少し自由になったと思います。いろいろな価値観が認められる感じで。あらゆる作品や世界観があるので、テンプレートはありつつ、今はあまり気にせずやっているというか。
野崎 僕は、劇中で編集されて使われる可能性のある曲は、最初と最後は同じキーにして間奏で転調を駆使し、最後のサビで上がった感じで元に戻す“錯覚”を利用したりしますね。
佐藤 展開や転調が多くなったのは、キメやシンコペーションが多くなった、テンポが速くなったのと同じ理由のバリエーションですね。まずテンポが速くなって、そこにキメが増えてカット割りがしやすくなった。さらに、カット割りがしやすくなってキメだけだと追いつかないので転調させるという流れかなと思います。今は、曲が良かったらいいという時代に戻ってきているような手応えは感じています。ちょっと昔だとマニアックだと言われていた提案も、“面白い音楽ですね”と言っていただけるような土壌ができつつある。
ーサウンド面の流行などはありますか?
木皿 トラック数は今が上限じゃないですか? 2006年くらいの作品を聴いたら音がスカスカに感じると思います。
佐藤 今の半分くらいかも。2006年はまだハードウェアのシンセをラックに入れてやっていた時代で、2009年くらいからはソフト・シンセで幾らでも重ねられるようになった。昔は投資が必要でしたが今はそれほど散財しなくてもできるので、“どんどん派手に”“もっと売れる曲を”となる中でトラック数が増えたと思います。あと、NATIVE INSTRUMENTS Massiveの登場は大きいですね。1つの音色で場を支配するくらいの太さが出ますし、3ピースのバンド・サウンドの上に鳴らすだけでいい感じになるので使う人は多いです。以前はキーボーディストがトラック・メイカーになることが多かったですが、最近のアニソン・クリエイターはマルチプレイヤーでもあるギタリストが多くなっている気がします。全部1人で完パケできるし、細かいところまで意思が伝わるんです。良い曲でもデモにギターが入っていないだけで不利な感じはありますね。僕らは脳内で補完できますけど、アニメの監督さんとかに聴かせると“何か物足りないんだよね”となるので、最初からギターを入れて作れる人の方が仕事がしやすくなっています。
アニメ・ソングのミックス
ーアニメ・ソングのミックスは定位やバランスなど、Jポップと差があると思いますが、ミックスの指示は出しますか?
佐藤 僕は声優さんの倍音を録りたいので録りの段階で比較的マイクをオンめにします。その分リミッターはほぼかけずにサビでも1~2dBしかメーターが当たらないくらい弱く録って、ミックスするときに数種のコンプをかけて聴かせる方法を採りますね。キャラクターが多い案件では、いかに個別に聴き分けられるようにするかは研究しました。ほんの少しのパンニングのずれで別人だと認識されるとか、それに対してダブルをどういう定位にするかとか。全員個別にEQとコンプをかける場合もあれば、ある程度バランスを取っておいて1つにまとめる場合もあります。平歌でソロのときは個性の強い部分を出してミックスするんですけど、サビはAUXでまとめて全員の歌を丸ごとコンプで突っ込んだり、個人の個性とグループとしての個性、それぞれのキャラクターを生かすための研究はすごくしましたね。
山内 キー・ビジュアルを見て、歌うときの立ち位置は上手下手どっちですか?って聞くのは僕らだけですよね。
木皿 僕は歌い分け歌詞のフォーマットがあるんですが、そこにはダンス用の立ち位置が書いてあるんです。
佐藤 それを見てパンニングを調整して、絵が付いたときやライブのときにイメージが崩れないよう丁寧に再現します。
ーそういった細部の調整がリアリティを生むのですね。
山内 声優は役者だから、台本を読むように歌う人が多くて、リズムやピッチよりそのニュアンスを優先することは多いですね。その上でミックスではさらに踏み込んで、必殺のセリフ……例えば“好き”みたいな言葉があるときには、そこだけドライにして急に目の前に来た感じにして、さらにリアリティを持たせるために、その場にいるスタッフに“女の子と腕を組むときは左右どっち側?”という決を採って、“左”という意見が多かったので、じゃあパンニングを左に60°振ってくださいとお願いしたりして。そのドライ具合を生かすために敢えてほかをウェット気味にもしますね。
佐藤 今度マネさせていただきます(笑)。
山内 そういう微妙なズレは、パッと意識を持っていかれるから効果的。
野崎 キーワード部分だけリバーブを外すことはあっても、パンまで動かしたことは無いな(笑)。
山内 そういう意味では音楽的にもミックスも好きなようにやって楽しんでます。
佐藤 アニソンの仕事を初めてランティスでやったときに、ここは天国だ!と思ったんです。しっかり手を抜かず世界観が合っていてクオリティが高ければユーザーにダイレクトに認めていただける。僕はここにいていいんだ!と実感しました。アニメ・ソングの世界は、クリエイティビティを発揮できる場所がある素敵な世界だと思います。
スタジオ ユモ
東京都新宿区に位置する音声収録専用スタジオ。アニメ作品のアフレコなどに使用される。最大20名が同時収録可能なアフレコ・ブースのほか、配信番組やラジオ番組のスタジオとしても使用可能