『おそ松さん』第3期 〜作品の個性を押し出したオープニング/エンディング曲が魅力 6つ子が繰り広げるドタバタ・アニメーション【特集アニメ・ソングの最前線】

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Ⓒ赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

2015年の第1期放送以降、社会現象と言えるほどの人気で話題となった『おそ松さん』。2017年の第2期と2019年公開の劇場版に続き、今年10月12日には第3期の放送スタートを控えている。キャラクターや声優、新たな解釈で表現されたストーリーも人気の理由だが、作品の個性を前面に出したオープニング/エンディング曲も評価されているポイント。第3期のオープニング曲はこれまで同様、ガールズ・ユニットのA応Pが歌唱を担当し、エンディング曲も第1期に引き続きTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが作編曲/作詞を手掛けた。ここでは、音楽ディレクターと作曲家、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDへインタビュー。『おそ松さん』の音楽へのこだわりに迫ってみた。

Interview:Yusuke Imai

 

『おそ松さん』OP曲インタビュー
村井大(作曲家)× 甲克裕(音楽ディレクター)

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Photo:Yusuke Kitamura

 『おそ松さん』第3期のオープニング曲を歌うのは、アニメ好き女子ユニット=A応P。『おそ松さん』では第1期よりオープニング曲を担当しており、その昭和感あるフレーズや和テイストのサウンドなど、『おそ松さん』の世界観を表現した楽曲は多くのファンを生み出した。待望の第3期オープニング曲は「nice to NEET you!」。その楽曲制作背景について、作曲者である村井大氏と音楽ディレクターの甲克裕氏に話を聞いた。

Overview:『おそ松さん』

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赤塚不二夫の漫画『おそ松くん』を原作にしたTVアニメ『おそ松さん』。主人公である松野家の6つ子、おそ松/カラ松/チョロ松/一松/十四松/トド松が大人になった姿を描く。ヒロインであるトト子や“シェー”のポーズでおなじみのイヤミなど、サブキャラクターたちも登場。大人になっても童貞ニートでマイペースに生きるおそ松たちのドタバタな日常が描かれる。

TVアニメ『おそ松さん』第3期/テレビ東京ほかにて10月12日(月)深夜1:30より放送開始
原作:「おそ松くん」赤塚不二夫
監督:藤田陽一
シリーズ構成:松原秀
キャラクターデザイン:安彦英二
キャスト:櫻井孝宏、中村悠一、神谷浩史、福山潤、小野大輔、入野自由ほか
Ⓒ赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

 

固まってきたイメージを壊す
ぶっ飛んだ楽曲を意識した

ー甲さんはA応Pの音楽ディレクターとして参加していますが、具体的にはどのような仕事を?

 アニメのタイアップが決まったときに主題歌をどうするのか、そのカップリング曲をどうするのかを決めていったり、レコーディングでディレクションをするなど、いわゆる音源制作にかかわることを主に担当しています。A応Pは、アニメ専門チャンネルのAT-Xが女性グループを立ち上げるということでスタートしました。AT-Xは放送局なので音楽的なノウハウは無かったため、僕が相談を受けてメンバーをどうするのか、オーディションをどうするのかというところを一緒に考え、グループ結成に至りました。

 

ー『おそ松さん』のオープニング曲を担当して、A応Pの知名度は一気に上がりました。

  当時はこんなに社会現象になるなんて誰も思っていませんでした。オープニングの曲をどうするか藤田陽一監督を含めて打ち合わせを行ったんですが、昭和っぽさやぶっ飛んだ雰囲気が良いだとか、結構ゆるい感じの打ち合わせでしたね。アニメ放送前にもかかわらず公式Twitterのフォロワー数は何万人もいて、そのときは「声優さんの人気だよね?」と言っていましたが、実際に始まってみると予想以上の反響があって驚きました。

 

ー「はなまるぴっぴはよいこだけ」をはじめ、これまでオープニング曲となった4曲はレトロ感や和の要素を感じますが、それは重要なキーワードとして最初からあったのですね。

 昭和感やレトロ、モラトリアム、子供から大人になる途中の葛藤みたいなテーマはありました。でも真面目にやり過ぎると音楽がつまらなくなってしまうので、どれだけはみ出していけるのかを重視していましたね。また、主題歌なのでアニメを背負うというか……例えばイヤミのセリフが出てきてもいいかもしれないという話になり、“シェー”という言葉が歌に入りました。あと、昔のアニメ・ソングには必ずタイトルが入っていたじゃないですか。あれを今やってもいいんじゃないかというアイディアもあり、“おそ松さん”というワードも入っています。そのほかにも和楽器のサウンドを意図的に入れるなど、さまざまなアプローチをしていました。とはいえ、どういう曲や歌詞にするのかというのは作曲家や作詞家が行うことで、僕はそこに肉付けをしていくタイプと言えます。“ここはセリフを入れましょう”とか、味付けみたいなものですね。

 

ー第3期のオープニング曲「nice to NEET you!」は村井さんが担当したわけですが、どういうテーマで作曲をされましたか?

村井  第1期と第2期で『おそ松さん』という作品のイメージが固まってきていたので、それをいかにぶっ壊すのか……とにかくぶっ飛んだ楽曲を作るように意識しました。その加減が難しかったです。やり過ぎてしまうとおそ松さんらしさがなくなってしまうこともありますし。音楽ジャンル的にはファンクという提案がありましたね。

 でも、発注の段階から“こうしましょう”というのはあまり無いんですよ。アニメの制作チームから任せてもらっている部分もあるので。

村井 まずはA応Pが歌うということが大前提。彼女たちらしく、『おそ松さん』らしくを基本に、そこからどうやってぶっ壊していくかを気を付けていました。

 村井さんにいろいろと試行錯誤してもらって一度盛大にはみ出してみる。そこからシュッとまとまった感じです。

 

ー『おそ松さん』第3期は原点回帰が一つのテーマになっていると聞きました。オープニング曲にもそのテーマは反映されていますか?

 過去のオープニング曲の言葉を入れたりしましたね。

村井  歌っぽくない感じの言葉の羅列を入れたり、ガヤを入れるなど、甲さんからはいろいろなアイディアをいただきました。残念ながらボツになってしまったものもあるんですけど。歌詞は2、3曲分くらいのワードを出しましたね。

 曲としては崩壊していると思います(笑)。でも、主題歌たるもの、詰め込み過ぎて曲が長く、だるくなってしまうのはよくありません。しっかり3分くらいの長さにまとめた方が良いので、構成は意識しておく必要があります。「nice to NEET you!」はメインの歌のほか、コーラスやセリフが同時に混在する情報量の多い曲です。どこを聴いていいのか分からなくなってしまうと思うので、村井さんやエンジニア、アレンジャーと試行錯誤をして。クローズ・アップするセリフはセンターに定位させて、コーラスはL/Rに振って、などしていました。迷いながらやっていましたが、しっかりと着地できたなと思います。

 

ーラップや演説など、歌周りのにぎやかさは『おそ松さん』にぴったりですね。サウンド面でも“ぶっ飛んだ”ということはキーワードになっていますか?

 曲全体で言えばはっちゃけたアニメ・ソングではあるんですけど、オケは格好良くしようと決めていました。ファンクというテーマだったので、アレンジャーの倉内達矢さんにはブルーノ・マーズなどの洋楽的な感じにしてほしいと伝えたんです。歌詞はくだらないことを言っているけど音楽がかっこいい、というところを目指していました。アニメ・ソングだけでなく日本の音楽全体に言えることですが、どうしてもオケの要素をもりもりに作ってしまうんですよ。足し算ですよね。でも、引き算をすることでより歌詞や歌にフォーカスさせるのが洋楽だと思うんです。「nice to NEET you!」の制作でもその考え方は意識していて、歌がすごいことになっている分、オケのバランスは丁寧に整えていました。

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アニメ応援プロジェクトとして結成された、アニメ好きの女性たちによるグループ。旭優奈、工藤ひなき、小嶋凛、堤雪菜、春咲暖、広瀬ゆうき、星希成奏の7名で構成されている。『おそ松さん』では第1期よりオープニング曲を担当。「はなまるぴっぴはよいこだけ」「全力バタンキュー」「君氏危うくも近うよれ」「まぼろしウインク」の4曲がオープニングを彩ってきた。第3期では、村井大氏が作曲/作詞を手掛ける「nice to NEET you!」がオープニングに使用される。

あえてはみ出した方法を採ることで
曲のキャッチーさが生まれる

ーアレンジャーにお願いする前、村井さんの段階ではどこまで曲を作り込んでいるのですか?

村井 今回はアレンジャーにお願いしましたが、曲によっては僕がアレンジをすることも多々あります。デモ段階で適当に作っているとアレンジに進むときに大変になってしまうので、キックの音色など含めて大体80%くらいのレベルまで作り込んでいますね。ほかの作曲家の方に比べると、僕は結構作り込んでいる方だと思います。

 

ー村井さんの制作環境は?

村井 WindowsでSTEINBERG Cubaseを使っています。現状ではバージョン10で、最新の10.5にはまだしていません。バージョン10.5では映像も含めて書き出せるビデオ・レンダリング機能があって興味深いんですが、まだ様子を見ている段階です。僕はVariAudioでのピッチ修正をよくするのですが、バージョン10からはエディター上にメロディのMIDIノートをガイドとして表示できるようになったので、すごく便利になりました。

 

ー音源などはどのようなものを使っていますか?

村井 最近はサンプルをよく使うようになりました。SONICWIREなどで手に入れています。上モノの生楽器などでは、サンプルを張った方が格好良く仕上がることが多いです。ドラムはSTEVEN SLATE DRUMS SSD 5.5などで、ベースはSPECTRASONICS Trilian。僕はギタリストなので、ギターは自分で弾いて録っています。もちろんアレンジの段階で差し替わるものもあります。

 

ー仮歌はご自身で歌うのですか?

村井 時間が無いときは自分で歌うこともありますし、女性アーティスト曲の場合は森川夏絃さんというシンガーに歌ってもらっています。“今日中に戻してください”といっても返してくださる素敵なお方です(笑)。

 森川さんはデモの段階からA応Pのメンバーを意識した歌い方をしてくださっていました。癖なども再現してくれているんです。メンバーのみんなもすごく助かると言っていましたね。

村井 仮歌をお願いするときにはすごく細かく指示を出しています。この部分はしゃくれてとか。そうすると森川さんは、まるでプログラミングしたかのようにきっちりとした歌を返してくれるんです。

 

ー最近ではアニメ楽曲のクリエーターやアーティストを目指す人も多いと聞きます。そういった印象はありますか?

村井 ありますね。特に音楽制作ソフトウェアやプラグインを無料で手に入る時代になっているじゃないですか。誰もが気軽に音楽制作を始められるというのも大きな理由の一つだと思います。

 歌のオーディションでも、最近は自分でピッチ修正をしてくる人が多いです。写真の加工と同じような感覚ですよね。だから、事前に送られてきた音源と実際に歌ってもらったときの違いに驚くこともあります(笑)。歌が本当にうまいからスターになれるという時代でもないですから、そういうテクニックを持っているのは良いことだと思いますね。

 

ー歌ってみた動画などの影響もあり、ピッチ修正が一般的になった印象はありますね。

 でも、ピッチが完ぺきだからと言って良い歌になるとは限りません。「nice to NEET you!」でも、A応Pのメンバーはすごく真面目に一生懸命メロディも歌詞も覚えてきてレコーディングに臨んでくれるんですけど、それだけでは面白くならないんです。“ピッチを気にしなくていいからもっとガヤっぽく歌ってみて”なんて僕が指示を出して、彼女たちは戸惑いながらも歌ってくれるんですが、そういう部分が合わさることで楽曲として面白くなる。あえて“はみ出す”ような方法を採ることで、フレーズが耳に残るキャッチーさというのは生まれると思います。

 

映像に対する演出として
転調やキメが使われる

ー「nice to NEET you!」はどのように作曲を進めていきましたか?

村井 作曲はいつも鼻歌でスタートします。今回は、僕の娘がPSYの曲で踊っているのを見て、PSYっぽい楽曲なら幅広い人に受けるんじゃないかと考えたんです。PSYを参考にしつつ、ホーンのリフを“どうやったらニートっぽい雰囲気が出るか”なんて考えながら進めました。

 

ー“グループ”で歌うという部分は意識して作曲をしていましたか?

村井 ガヤや追っかけコーラスなどで人数感を出していきます。メロディをクロスさせたりするとグループの曲と言う感じは出てきますよね。「nice to NEET you!」ではサビのメロディに、演説も入れることでメンバー全員が参加して歌うような楽曲になっています。歌のパートがたくさんあると飽きないですし、聴く側も楽しいのでライブでも映える。アニメ・ソングやアイドル・グループの曲を作る時には常に意識しています。

 

ーアニメの中で89秒という長さにまとめられることは念頭に置いて作曲されるのですか?

村井 僕はもう10年以上アニメにかかわって制作をしているので、普通にワン・コーラスを作ると大体90秒くらいになるんです(笑)。例えば欅坂46などのグループだと、大体ワン・コーラスが2分近くあります。その中に曲の要素を詰め込むわけですが、アニメの場合は89秒という枠があるので、間奏などを長めに入れることは無いですね。歌を詰め込んでにぎやかにした方が聴き映えがよくなるんです。

  僕は、作家への発注時から“89秒でください”と言っていますね。フル・コーラスはそれを元に考える、という。アニメの主題歌などの場合、実際に曲を決定するスタッフが必ずしも音楽に詳しいわけではありません。なので、アニメ制作チームに候補を提示する段階では長さを含めて100点に近い曲にしておき、そこから120点に仕上げていくというイメージなんです。

 

ーアニメ・ソングの特徴としてよく転調が挙げられますよね。やはりキャッチーさを作るという理由から行われるのでしょうか?

村井 そういう理由もありますが、最近では声優の方々が歌うことも多いため、限られた音域の中で変化を付けるという意図もあります。やはり声優には歌に慣れていない方もいるので、音域を大体1オクターブ+2全音くらいに収めることが重要です。特にグループで歌う場合は、みんなが同じ音域で歌えないという場合もありますから。1つのキーの中で作曲してサビで盛り上げようとすると、どうしても音域が広くなっていってしまいます。転調を使うことで、音域をキープしながらも展開を作って盛り上げることができるんです。しかし、最近は循環型のコード進行が多くなってきていると感じています。EDM系のようにコードを3種類くらいしか使っていないことも多いです。僕も今年はEDMの楽曲をよく聴いていました。少ないコード進行の中での展開作りは参考になります。

 アニメであれば映像が必ず付くので、そこに対する演出として転調を使ったり、キメを入れたりするわけです。オープニング曲であればタイトルがドンと出ますし、曲を作る段階で“ここでタイトルを出してほしい”と、狙って音を作る場合もありますね。タイトルやキャッチーさというのを考えて、サビ頭の構成が多かった時代もありましたが、今のアニメの作り方としてはいきなりオープニングが始まるのではなく、アバン(アバンタイトル)という導入部からスタートすることも多いです。アバンがあって、いきなりサビ頭の曲が始まると唐突ですし、違和感が生まれます。映像のチームからも“サビ頭は使いにくいから、最初に1、2小節の序奏を付けてほしい”と言われることもあるんです。映像との兼ね合いで演出は大きく変わってきますね。

聴く側も楽しくライブでも映える曲を常に意識しています

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【村井大プロフィール】作編曲/作詞/ギター演奏/ミックスまでこなすクリエイター。「nice to NEET you!」の作詞曲を担当している。『おそ松さん』第2期第2クールのオープニング曲「まぼろしウインク」もトキメーカーズとともに作曲を手掛けた。

リスナーの反応をイメージした
振り幅の広いアプローチが大切

ーキャラクター・ソングも昔に比べて増えたと思いますが、声優が歌うことの良さはどういう点が挙げられますか?

 キャラクター・ソングの一番の強みは、アニメの背景が決まっていることです。このキャラクターはこういうことを言わない、一人称はこうだとか、ほぼすべての設定が決まっているので、アニメ作品の一部としてキャラクター・ソングというのはものすごく説得力があるものになるんですよ。声優の方々は歌も演技の一つです。曲の中でセリフなどが入ることによって、よりアニメとの親和性が高くなります。だからこそこれだけ評価されているのだと思いますね。

 

ーアニメ・ソングを作る作家にとって必要なこととは何でしょうか?

村井 アニソン作家を目指すのであれば、アニソンばかり聴かない方が良いと思います(笑)。アニメ・ソングの良いところは、いろいろなジャンルを組み合わせて表現できるところだと思うので、日ごろから多くの音楽を聴いていなければいけません。アニメに携わる上で映像との親和性は意識しないといけませんが、まずは音楽家として音で視聴者にどう感じさせるのか……アウトプットした先のリスナーの反応をイメージした、振り幅の広いアプローチが大切だと思います。

 乱暴なことを言ってしまうと、楽曲がアニメ・タイアップになれば、それはもうアニメ・ソングになるわけで、ジャンルは関係ないんですよね。だから何でもできる。僕も『神のみぞ知るセカイ』というアニメの主題歌では、プログレっぽい構成にしたんです。楽章のように作られていて、拍子もテンポも変わっていく。“これはアニソンじゃないよ”って言われたこともありましたが、主題歌になった時点でそれはアニメ・ソングです。言い訳のようですが(笑)。そんな自由度を持っているのがアニメ・ソングの魅力です。その分、作家としてはたくさん曲を生み出せる人でないと大変でしょう。アニソン作家をされている方は、村井さんも含めてみんな仕事が早いし、いろいろな引き出しを持った対応力を見せてくれます。アニソン作家というスペシャリティをこなしつつも、音楽性的にはジェネラリティが求められるのだと思いますね。

自由度を持っているのがアニメ・ソングの魅力です

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【甲克裕プロフィール】山下達郎や竹内まりやなどのアーティストが所属するスマイルカンパニー系列の音楽制作会社、スマイルデイズ代表を務める。A応Pは発足時からディレクターを担当している。

 

『おそ松さん』ED曲インタビュー
TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND

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Photo:Takashi Yashima

 石川智久(syn、k、vo:写真左)、フジムラトヲル(syn、b、vo:写真中央)、松井洋平(syn、sampler、vo:写真右)の3名から成るTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND。多種多様なハードウェア・シンセを武器に、独自の音楽を追求する彼らは、アニメ作品の楽曲を長年手掛けてきた。その一つが『おそ松さん』。第1期の「SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~」「SIX SHAME FACES ~今夜も最高!!!!!!~」は、6つ子やイヤミ、トト子らの歌と、ハードウェア・シンセによるファンク/ディスコ・サウンドの融合で、唯一無二のアニメ・ソングに仕上がった。第3期のエンディング曲も手掛けると聞いた編集部は、まだレコーディング中であるにもかかわらずインタビューを敢行。TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDの3人に制作の話を聞いた。

 

曲のテーマはソウル
Linn DrumやTR-909を活用

ー第1期の曲ではファンクやディスコというテーマになっていましたが、ダンス・ミュージックへと行き着いたのはどういう理由からだったのですか?

フジムラ やっぱり『おそ松くん』(1988〜89年)のときの「おそ松くん音頭」があったからですね。

松井 笑いとダンス・ミュージックは親和性が高いという話も出ましたね。ザ・ドリフターズとか。

フジムラ あと、ちょうどそのころにファレル・ウィリアムスやダフト・パンクなどの影響もあり、ファンクの人気も上がっていたんです。

 

ー第1期の2曲は、両方ともセリフも行き交うにぎやかさを持っているのが特徴的ですね。

石川  “声優さんたちでガヤガヤとする曲”という話が出て、それを踏まえて松井がコントを書いたんです。

松井  曲中でしゃべっているし、その流れで1つのコント作品にしてしまおうと。でも歌としての主軸は崩したくなかったので、歌メロは用意しました。6つ子それぞれのバージョンがありますが、一度英語で書いた1つの詞を元に、一人ずつをイメージして訳していくという手法を採りましたね。

 

ー第3期はどのような楽曲になっているのですか?

石川  今回はソウルです。“またノリを取り戻す”という意味も込めて、踊れるサウンドを目指しています。サウンド的にはLINN Linn Drum LM-1やROLAND TR-909などが生み出すノリを使っていますね。

 

ー楽曲のテーマはアニメ制作チームと打ち合わせをしましたか?

フジムラ 無かったです(笑)。もちろん第1期のときはありましたし、『えいがのおそ松さん』のBlu-ray/DVDボックスの特典で曲も作りましたし、“毎度おなじみのガヤガヤしてください”とお任せいただいた感じです。おしゃれなイメージというのはアニメ制作チームと僕ら共に抱いていたと思います。

 

ー第3期エンディング曲もガヤガヤした中でキャラクターが歌うのですか?

フジムラ  今回はAAAの末吉秀太さんがメイン・ボーカルで参加しています。キャラクターは6つ子以外にもトト子と橋本にゃーという女性キャラクターが参加していて、ガヤガヤ感は変わらずありますね。

松井 メインの歌が芯にあるので、これまでの曲と比べると歌ものとして一番成立していると思います。

 

MKS-80やProphet-5など
ポリシンセの音でソウル感を演出

ー制作はどのように進んでいくのですか?

石川 僕らのスタジオ、HAOKK STUDIOに大体の機材を置いているので、そこで曲のベーシックは僕が作り、後から2人にシーケンスなどピコピコした感じの音などを加えてもらいます。あと、SIMMONS SDS Vなどはサポートのよしうらけんじが演奏しますね。

松井  僕の方では肉付けというか、エッセンスを加えるんです。曲自体を明るくしたり、うるさくしてみたり、というような感じ。

フジムラ そういう自分の作業は基本的に自分の家の機材でやっています。

松井 自分の家の機材でしかできないこともあるし、なにより何度もシンセをいじって録音している姿を見られたくないんですよ(笑)。

 

ー機材面は前作から変えたりしていますか?

石川  ファンクはやっぱりモノシンセのイメージだったんですが、今回はソウルなので和音が出せるポリフォニック・シンセのイメージ。ROLAND MKS-80とSEQUENTIAL Prophet-5でコード弾きをしています。リード・シンセはKORG MiniKorg-700S。なかなかMiniKorg-700Sのような音が出せるシンセは無いんですよ。ARP Odysseyとかでも再現できない。

 

ーフジムラさんと松井さんはどのような機材を?

フジムラ 今回はどんなものを使うかまだ決まってませんが、よく使うのはOBERHEIM SEMです。これは3人が共通して持っているシンセですね。あとはROLAND JX-10。きらびやかな音のシンセで、これもなかなか同じような音が出るものは無いです。

松井 僕はTESCO 110Fとか、ソビエト製シンセとか……。

 

ーかなりマニアックですね。

石川  最近ネット・ショップにソビエト製シンセが並ぶようになったんですよ。松井君はそれを片っ端から買っているんです。

松井 形が格好良いので(笑)。上坂すみれさんの曲を作ったときに、“ソビエト好きの上坂さんの曲には必要だろう”と思って買ったのがきっかけです。

石川 壊れたら誰も修理できないぞって言ったんですけど……。

松井 修理に出しても、やっぱり無理でしたね。まぁ趣味としてシンセを集めるのが好きで、たまたま仕事で使ってるっていう感じです。

石川 俺はそうじゃないけど(笑)。

フジムラ 僕もそうじゃない(笑)。

 

ーハードウェア・シンセの魅力はやはり音の厚みですか?

石川 あと、ピッチが不安定なところですかね。

松井 人間的ですよね。バイオリンとかの生楽器だって常に100%ピッチが合っているわけではないですし。

フジムラ 実際につまみを触りながら音を作れるのは魅力です。制作側のテンションにもかかわってきますから。コンピューターの画面を見ながらではなくて、直接つまみを触ってすぐに行動に移せるので、音作りはやりやすいですよね。ほんの少しの差かもしれませんけど。

松井 こう言っていると、制作の速さにこだわっているような感じに聞こえますけど、グルーブ感にこだわるときは全く逆です。

石川 NEC PC-9801RXにCOME ON MUSIC レコンポーザを入れていて、そこにシーケンスを流し込んでズレを修正したり……。

松井  リズム・マシンもちゃんと本体で打ち込んだりして、そのグルーブを得るんです。その方が時代のノリが出る感じになる。

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トト子と橋本にゃーの歌録りが行われたMSR lab 5Fのコントロール・ルーム。スピーカーはATC SCM20が採用されている。写真左側のラックには、トト子の録音で使用したFOCUSRITE ISA430やWESAUDIO Beta76 FETなどを用意

電源周りを見直すことで
シンセの音がガラッと変わる

ーハードウェア・シンセを録音するにあたっては、こだわるポイントはありますか?

石川 ケーブルや電源はすべてORB製品にしています。

松井 電気を使う楽器なので、電源周りを見直すとガラッと変わりますね。ギターとかよりも直接的に影響がある。

 

ー安定性などが高くなる?

松井 何を使っても不安定さは変わらないです。

フジムラ  ソビエト製はな(笑)。やっぱり音色の変化ですね。圧が上がって、ガッツが出るようなイメージです。

石川 シンセに付いているLEDとかもビカッと光り方が変わります。あと、仮想アースのAKIKO AUDIO Triple AC Enhancerも使っていますね。音がにじまずに、くっきりとしてきます。

 

ー「SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~」「SIX SHAME FACES ~今夜も最高!!!!!!~」では、6つ子に合わせてリズム・マシンやシンセを変えるということをしていましたが、今回も同じようなことはするのですか?

石川 まだ今の時点では決まっていなくて。相談中という感じです。

 

ー6つ子に合わせた機材のチョイスはどのようにしていたのですか?

フジムラ 「SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~」では、6つ子の性格ごとにROLANDのリズム・マシンを決めて使いました。「SIX SHAME FACES ~今夜も最高!!!!!!~」では、YAMAHA CS01などの数字が付くシンセを長男から当てはめています。

松井 性格でリズム・マシンを決めるって意味が分からないと思いますけどね(笑)。でも、“カラ松はTR-909だよね”っていう感じで不思議と3人の意見が一致していました。

 

音に存在感のあるアナログ・シンセは
劇伴において選択肢の一つになる

ー今日はトト子パートのレコーディングだったとのことですが、ボーカルのディレクションもされるのですか?

フジムラ はい。歌を録音するときは、そのキャラクターをどう生かすのかということがとても大事になります。『おそ松さん』はギャグ・アニメなので、真面目にやってもしょうがないんですよね。多少ピッチが外れていても、そのキャラクター感がバッチリ出ていれば大丈夫、という目線でディレクションしています。メインの末吉さんのボーカルと6つ子の声の中、トト子や橋本にゃーという女性陣が入るので、彼女たちの声を埋れさせないためにSONY C-800Gを使って華やかで明るい感じに録りました。6つ子はアフレコ・スタジオで録っています。

 

ー末吉さんの歌録りは?

フジムラ 末吉さんのチームにお任せしました。ただ偶然にも末吉さん担当のディレクターが古い知り合いだったので、“普段の末吉さんのままで歌ってほしい”ということは伝えましたね。キャラがガヤガヤしている中で、末吉さんが真面目に歌うから面白いので。

 

ーこれまで数々のアニメ作品に携わってきましたが、アニメ・ソングを作る上で意識していることはありますか?

石川 僕は特に無いんですよね。プロデューサーの佐藤(純之介)君によってアニメ・ソングを作ることになったわけですが、佐藤君としては当時アニメ・ソングに無かった音楽性を持つTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが手掛けることによるケミストリーを望んでいたと思うんです。アニメ・ソングに寄ったりするのではなく、僕らは僕らのままでいいと。だから、TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDとしての曲とアニメ・ソングで違いを付けていることは無いんです。

松井 僕も劇伴の勉強とか一切しなかったな。

フジムラ 僕も勉強はしなかったけど、何作かのアニメの劇伴を聴いたりはした。でも、聴いた結果“同じようなことはできないな”と感じて、僕らは僕らの音楽性でやろうと。だからこそ、普通のアニメ・ソングとは違ったものが作れてきたと思います。今となっては変に知恵が付いてきたので、ちょっと良くないなと感じていますね(笑)。

 

ーアニメによって全く違った楽曲になっていますが、やはりTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDらしいサウンドを感じられるのが面白いです。

松井 やっぱりハードウェア・シンセを使っているというのが特徴的なんでしょうね。

フジムラ 劇伴だと、セリフの後ろで流れることになるから音数が少ない方が有効的なことが多いんです。そうなると、やっぱり少ない音数でも存在感を示せるアナログ・シンセなどは選択肢に入ってきます。でも人には“やめておきなさい”って言う(笑)。

松井 僕らもソフト・シンセに移行しようとした時期はあるんですよ。理由はたった1つ……機材が重いから。でも、当時はやっぱりソフト・シンセの音の薄さを感じてしまって、結局ハードに戻ったんです。

フジムラ ハードウェアに対するワクワク感とか初期衝動を求めているんですよね。でもお勧めはしません(笑)。

松井 修理代がかかるからね。ソビエト製とかだと(笑)。

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MSR lab 5Fのブース。トト子と橋本にゃーの録音ではSONY C-800Gが使用された

特別共演! 松野家6兄弟×TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND

松野家の6つ子たちがサンレコに登場! TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND の3人と何を語り合うのだろうか?

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今日は僕らの曲を作ってくれてる人たちが来たよ

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こんにちはTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDです

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需要あんの? 童貞ニートとおじさんだよ?ないよね…

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曲ってどうやってつくんの? DAWなに?

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Pro Toolsだ

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フッ、それはプロが使うツールってことだな?

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お前なんもしらねーだろ! 逆に十四松はなんでそんなこと知ってんの!?

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ねぇねぇ、次はアイドルの女の子に歌ってもらうってどうかな?

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じゃあアイドル女の子2人と…

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おお~っ!

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イケメンのデュエット曲になりました

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俺たちじゃないのかよ!

 

プライベート・スタジオ探訪
HAOKK STUDIO

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デスク周り。AVID Pro Toolsをメイン・システムとし、キーボードのKURZWEIL 250、モニター・スピーカーのYAMAHA MSP7とVECLOS MSA-380Sが置かれている

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デスク右側にあるラック。上段はBEHRINGER DeepMind 12D、STUDIO ELECTRONICS MIDIMini、ROLAND MPG-80(MKS-80のコントローラー)がセットされている。下段には、KURZWEIL K2000RやROLAND MKS-80、D-550が見える

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ラック上段のNEC PC-9801RXにはCOME ON MUSIC レコンポーザがインストールされており、写真右側のディスプレイに映し出されている。PC-9801RXの下にはE-MU Emax II、ENSONIQ EPS-16 Plus、ROLAND A-880、UNIVERSAL AUDIO Apollo 8、CLASSIC PRO PD12IIが並ぶ。写真左側、ラックにもたれるように置かれているのはSTEINBERG AXR4だ

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電源タップにはORB DP-6IRを使用。ケーブル類もORBで統一されている

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このラックにはOBERHEIM SEMやTECH21 SansAmp Rack、ROLAND SDE-2000×2、YAMAHA E1010、ROLAND SBF-325、SRE-555がマウントされている

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写真上部はOBERHEIM Xpander。写真下部のSEQUENTIAL Prophet-T8には、ROLAND TR-707、TB-303、SEQUENTIAL Tomが載せられている

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エフェクト類の一部。上からZOOM 1204、VESTA KOZO RV-3、ROLAND SDD-320、BRICASTI DESIGN M7、TC ELECTRONICS TC 2290、BENSON Studio Tall Bird

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『おそ松さん』第3期のエンディング曲で使用したROLAND TR-909(赤)、LINN Linn Drum LM-1

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リード音でよく使うというKORG MiniKorg-700S

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「SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~」で使われたROLAND TR-808

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SIMMONS SDS V。気持ちいいタムの音にするには、低域をカットしないことがポイントだそう

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紹介したもの以外にも、YAMAHA DX7、SEQUENTIAL Prophet '08、ARP Omni-2など、数多くのシンセやエフェクトがスタジオに保管されている

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