Pro Toolsでボーカルの編集|解説:Ryosuke "Dr.R" Sakai

Pro Toolsセッションのテンプレートを作成〜レコーディングをスムーズに行う方法|解説:Ryosuke Dr.R Sakai

 こんにちは、音楽プロデューサーのRyosuke “Dr.R” Sakaiです。前回はトップ・ラインのレコーディングに関してでしたが、今回は編集について説明していきます。ボーカル・エディットというと、日本では案外軽視されがちな部分ではありますが、欧米諸国では専門のスーパー・エンジニアがいるくらい、とても重要なプロセスです。歌が入る作品の場合は、ダンス系やヒップホップに関してもやはり歌が主役になりますので、歌のクオリティを高いものにできるか否かで作品の完成度も変わってきます。僕にとっても、作品作りの際に最も時間をかけるのがボーカル・エディットです。

リズム・エディットは16分のグリッドで

 本連載で題材としている楽曲、Ms.OOJAの「Open door」は、ボーカル・トラックが全部で5トラックとかなりシンプルな構成です。下の画像の一番上から、リード・ボーカル、バース2パートから登場するラジオ・ボイス加工が施されたディレイとハーモニー、ブリッジ・パートのリード・ボーカル、2番のサビ以降のハーモニーLチャンネル、2番のサビ以降のハーモニーRチャンネルとなっています。

Ms.OOJA「Open door」のボーカル関連トラック。 ①リード・ボーカル ②バース2パートから登場するラジオ・ボイス加工が施されたディレイとハーモニー ③ブリッジ・パートのリード・ボーカル ④2番のサビ以降のハーモニーLチャンネル ⑤2番のサビ以降のハーモニーRチャンネル

Ms.OOJA「Open door」のボーカル関連トラック。①リード・ボーカル、②バース2パートから登場するラジオ・ボイス加工が施されたディレイとハーモニー、③ブリッジ・パートのリード・ボーカル、④2番のサビ以降のハーモニーLチャンネル、⑤2番のサビ以降のハーモニーRチャンネル

 まずはリード・ボーカルについて詳しく見ていきましょう。レコーディング時にはMs.OOJAに頭から歌う形で4テイク歌ってもらい、それらをコンピングしていきました。アーティストや楽曲によっては、セクションごとに録音していくことも多いのですが、本楽曲の場合は一気に頭から最後までを通して歌った方が良い温度感の歌になるであろうと判断しました。

リード・ボーカルは4テイクが録音され、それらをコンピングして1trにまとめられた。各テイクはすべて頭から通し歌われたものだ

リード・ボーカルは4テイクが録音され、それらをコンピングして1trにまとめられた。各テイクはすべて頭から通し歌われたものだ

 基本的な歌エディットの流れですが、テイク・コンピング→リズム・エディット→ピッチ・エディット→再リズム・エディット→再ピッチ・エディットという形で進めます。

 リズム・エディットに関してはグリッドを目安として編集していきますが、通常は16分音符でグリッドを設定することが多いです。Ms.OOJAはリズムも安定しているアーティストなので、ご覧の通り、かなり奇麗なポジションで歌が展開されています。

リズム・エディットは16分音符のグリッドを目安にして行う。とはいえ、Ms.OOJAのリズムはとても安定しているのはこの画面で見て分かる通り

リズム・エディットは16分音符のグリッドを目安にして行う。とはいえ、Ms.OOJAのリズムはとても安定しているのはこの画面で見て分かる通り

 ここで一点アドバイスですが、歌い出しのアタック・ポイントだけリズムに合わせて満足されている方も多いのですが、歌の切れ際のリズムも歌い出しと同じく非常に大切です。下の画像はMs.OOJAではない別のアーティストの波形ですが、上段のオリジナル・テイクの場合、歌の切れ際の長さが少し不足していました。そこで下段のように歌の波形を途中で分割して2サイクル分程度、延長しています。エラスティックオーディオを用いて伸ばすことも可能ですが、素材をエクステンドする場合はどうしても音色の劣化が見られるので、僕は実際の波形を用いて引き伸ばす方法を採用しています。

上段はエディット前のオリジナル・テイクで、下段は歌の切れ際を伸ばしたエディット後のテイク(Ms.OOJAではない別アーティストの波形)

上段はエディット前のオリジナル・テイクで、下段は歌の切れ際を伸ばしたエディット後のテイク(Ms.OOJAではない別アーティストの波形)

 この例のように、ちょっとした切れ際の長さが改善されるだけでも、聴感上ではグルーブが爆発的に改善されますので、ぜひ歌い出しの頭のタイミングだけではなく、終わり際のタイミングにまで意識を向けていただければと思います。

 次はピッチ・エディットについてです。僕は第一選択のツールとしてCELEMONY Melodyneを用いますが、ほかにもANTARES Auto-TuneやWAVES Tuneなど、さまざまなピッチ・エディット・ツールを使って編集していきます。なぜ複数のツールを使うかというと、例えばMelodyneだと歯擦音周辺のピッチ検出ができないことが時々起こるのですが、そういった場合にTuneだったら検出できることもあるなど、オーディオ素材によってベスト・マッチなものを使いたいからです。

 Melodyneは直接インサートでかけるのではなく、Melodyne専用オーディオ・トラックを別に立ち上げ、そこに編集元の素材をコピー。

CELEMONY Melodyneはボーカル・トラックに直接インサートするのではなく、専用のオーディオ・トラックを別に用意して、そこに編集元の素材をコピーして使用している。Melodyneはピッチ・エディットの際のファースト・チョイスだ

CELEMONY Melodyneはボーカル・トラックに直接インサートするのではなく、専用のオーディオ・トラックを別に用意して、そこに編集元の素材をコピーして使用している。Melodyneはピッチ・エディットの際のファースト・チョイスだ

 Melodyne内でピッチ・エディットが完了したら、元のオーディオ・トラックのプレイリストをデュプリケートしてプレイリスト名の末尾に「.tuned」と記載し、そこに追加していきます。プレイリストにどこまでエディットを施してあるのか記載しておくと、別日で作業を続ける場合などにとても有用です。

Melodyneでの編集作業が終わったら、元のボーカル・トラックのプレイリストをデュプリケートして、名前の末尾に“.tuned”と記しておく。さらにエディット内容をComments欄に残しておくと、後日の作業をスムーズに進められる

Melodyneでの編集作業が終わったら、元のボーカル・トラックのプレイリストをデュプリケートして、名前の末尾に“.tuned”と記しておく。さらにエディット内容をComments欄に残しておくと、後日の作業をスムーズに進められる

 ちなみに僕は絶対音感が備わっているので、ピッチ・エディットするときはボーカル素材のみを聴いて作業します。仮に絶対音感が無い方でも、可能な限り歌のみで作業をする癖を付けると、トラックにごまかされることなく、しっかりと歌のエディットに集中できますのでぜひお試しください。

 実際にMs.OOJAの歌を取り込んだMelodyneの画面を見ると、ピッチ・カーブが非常に安定していることが分かると思います。正しい音高にピッチ・カーブが長い時間滞在していると安定した歌に聴こえるので、もし正しい音高に一瞬しか滞在できていない歌の場合にはカーブ・エディットを駆使してなるべく滞在時間を長くしてあげてください。それだけで、歌の聴こえ方が一気に安定してきます。

Ms.OOJAのボーカルをMelodyneで表示したところ。ピッチ・カーブが安定しており、ビブラートも上下動の幅が一定であることが分かる。とても美しいデータだ

Ms.OOJAのボーカルをMelodyneで表示したところ。ピッチ・カーブが安定しており、ビブラートも上下動の幅が一定であることが分かる。とても美しいデータだ

 またビブラートも歌の大きな構成要素の一つになりますが、安定したビブラートは上下動の幅が一定になります。上の画像で見られるMs.OOJAのビブラート曲線はかなり奇麗なので、こういったビブラート曲線を目指してエディットをしていただけると聴感上しっかりとしたビブラートを作り出せます。

 リード・ボーカルに関しては、全体的に1度目のリズムとピッチ・エディットが終わった段階で、再度気になる細かい部分のエディットを追い込んでいき、気になる部分が無くなるまでエディットを続けていきます。

ダブルやトリプルの編集にはSYNCRO ARTS Revoice Pro

 バックグラウンド・ボーカルは、基本的にはリード・ボーカルと同じようにエディットを施していきますが、同じフレーズをダブルやトリプルで録っている場合、すべてを同じ形で編集するのはかなり時間を要しますよね? そんなとき、僕はSYNCHRO ARTS Revoice Proを使用して時間短縮を図ります。大前提としてダブル成分やトリプル成分がしっかりとしたテイクで録音され、エディットも施されている必要はありますが、このプラグインを用いるとダブルやトリプルと対をなす元のテイクとほぼ同じ状態で、ピッチやリズムのエディットを自動かつ一瞬で終わらせてくれます。詳細な使い方は割愛させていただきますが、とても便利なのでぜひ調べてみてください。

Pro ToolsとSYNCHRO ARTS Revoice Pro間でオーディオ・データを転送する際の画面

Pro ToolsとSYNCHRO ARTS Revoice Pro間でオーディオ・データを転送する際の画面

Revoice Proはガイドとなるトラックのピッチやタイミングに合わせて、目的のトラックを自動的に修正してくれるため、ダブルなどのトラックを修正する際、大幅な時間短縮を実現できる

Revoice Proはガイドとなるトラックのピッチやタイミングに合わせて、目的のトラックを自動的に修正してくれるため、ダブルなどのトラックを修正する際、大幅な時間短縮を実現できる

 最後に、奇麗な歌データの作成にはリップ・ノイズの除去も大事です。僕はIZOTOPE RX Mouth De-Clickで一括除去してしまいます。元の音色にはほぼ影響無く、除去が難しいリップ・ノイズも簡単に取れるのでぜひお試しください。

リップ・ノイズの除去にはIZOTOPE RXに含まれるMouth De-clickを使用。感度や周波数、処理幅などを設定することで口の動きから生じる破裂音を解消できる

リップ・ノイズの除去にはIZOTOPE RXに含まれるMouth De-clickを使用。感度や周波数、処理幅などを設定することで口の動きから生じる破裂音を解消できる

 次回はミックスについてお話ししていきます。

 

Ryosuke "Dr.R" Sakai

【Profile】ちゃんみなやmilet、AK-69、Ms.OOJA、UVERworld、東方神起など、数多くのアーティストを手掛けるプロデューサー。2021年からはDr.Ryo名義でアーティスト・プロジェクトをスタートした。また、レーベルのMNNF RCRDSを主宰する。

【Recent work】

『Open Door』
Ms.OOJA
(ユニバーサル)

 

AVID Pro Tools

AVID Pro Tools

LINE UP
Pro Tools Artist:12,870円、Pro Tools Studio:38,830円、Pro Tools Flex:129,800円
(いずれも年間サブスクリプション価格)
※既存のPro Tools永続版ユーザーは年間更新プランでPro Tools|Studioとして継続して新機能の利用が可能
※既存のPro Tools|Ultimate永続版ユーザーは、その後も年間更新プランでPro Tools|Ultimate搭載の機能を継続して利用可能

REQUIREMENTS
▪Mac:macOS 10.14.6以降、INTEL Core I5以上のプロセッサー
▪Windows:Windows 10以降、INTEL Core I5以上
▪共通:16GBのRAM(32GBもしくはそれ以上を推奨)

製品情報