スペインを拠点にするHERITAGE AUDIO。ブリティッシュ・サウンドを連想させるビジュアルのアウトボードやモニター・コントローラーを手掛けているメーカーだ。数々のブランドから名機の再現を狙ったモデルが登場しているが、同社の製品はその中でもどういった特徴を持っているのだろうか? プリアンプ+EQのHA73EQ Elite、バス・コンプのSuccessor、そしてモニター・コントローラのRAM System 2000。日本で発売されているこれら3機種の実力を、エンジニアの中村フミト氏に語ってもらった。
Photo:Takashi Yashima(Except*)
Test Report
ビンテージの色気を踏襲しつつ
現代に適したチューニングが光る機器です
上品で収まりの良いHA73EQ Elite
主役となるパートに空気感を与えられる
まず試してもらったのはHA73EQ Elite。「上品で収まりの良いサウンドですね」と中村氏は第一印象を述べる。
「周波数特性のバランスが優れているプリアンプです。高域が張り出していていながらも、低域までよくキャプチャーしてくれます。基本的にはトランスペアレントなのですが、CARNHILL製トランスによる飽和感も感じられますね。中域の張り出し感はNEVE 1073の雰囲気をとらえているように思いました」
その実力を発揮できる用途を氏に尋ねた。
「中高域のキラッとした感じが長所なので、空気感が欲しいときに重宝するでしょう。例えば女性ボーカルに使えば息遣いがしっかりと聴こえてきて、前に出てくる音色に仕上がります。ピアノにも良いですね。楽曲の主役となるパートに向いているプリアンプです」
最初に試してもらったのは、デフォルトとなる入力インピーダンス=1.2kΩの音色。フロント・パネルに設けられたLOZボタンを押すことで、入力インピーダンスが300Ωに変化する。1.2kΩと300Ωはいわゆる1073 系プリアンプでは定番の数値で、オリジナルNEVE 1073にもリア側にインピーダンス切り替えスイッチが搭載されている。このインピーダンスの違いによる音色変化について、氏はこう述べる。
「HA73EQ Eliteも入力インピーダンスを300Ωにすると高域が落ち着いて、若干暗めで太いサウンドになります。ちなみに今のレコーディング・スタジオでは、1.2kΩで使われていることが多いと思います。ハイインピーダンスがデフォルトの状態であるということから、現代のサウンドを意識して設計しているのかなと受け取れます。また、出力ゲインやPADも搭載されているので、入力インピーダンスに加えて入力ゲインでも音色のバリエーションを作ることが可能です」
一方、EQの特性について、氏はこう続ける。
「1073ほど押し出し感は強くなく、やんわりと自然に効きます。Q幅は結構広い印象です。ですがハイシェルフに関しては1073と非常に似ているように思います」
CARNHILL製トランスを搭載したマイクプリ+EQ
HA73EQ Elite
オープン・プライス(市場予想価格:115,000円前後)
CARNHILL製トランスを搭載する、1chのマイクプリ+4バンドEQ。入力は48Vファンタム電源の供給に対応するマイク(XLR)、ライン(XLR)、D(I フォーン)を装備。出力はXLR端子を採用している。入力ゲインは30~80dBの5dBステップで、出力部には連続可変のアッテネーターを備える。EQはハイシェルフ、ミッドピーク、ローシェルフ、ハイパス・フィルターがスタンバイ。PAD(-20dB)とインピーダンス切り替え(1.2kΩ/300Ω)、PHASEといった機能を配する。
SPECIFICATIONS
■入力インピーダンス:1.2kΩ/300Ω(マイク)、10kΩ(ライン) ■出力インピーダンス:75Ω以下 ■最大出力レベル:+26.5dBu 以上@600Ω ■全高調波ひずみ率:0.025%以下@1kHz ■周波数特性:20Hz~20kHz@EQオフ ■最大ゲイン:80dB 以上
サイド・チェイン・フィルターやブレンド機能で
柔軟な音作りをかなえるバス・コンプSuccessor
ダイオード・ブリッジ方式のステレオ・バス・コンプレッサーSuccessor。「ダイオード・ブリッジといえば、アナログ卓でミックスしていたころからNEVE 2254が大好きなんです」という前置きをしつつ、Successorの特性について氏は語る。
「Successorはダイオード・ブリッジ方式のサウンドを継承しつつノイズが少なく、速めのアタック/リリース・タイムでモダンな音作りもできます。ビンテージの2254はファットなロック・サウンドが素晴らしいのですが、リリース・タイムが長過ぎてドラムに使うのは難しいんですよ。それにコンソールのノイズ・ゲートが無いと使えないくらいノイズが乗ります。Successorの現代的な機能は、サイド・チェイン・フィルターとブレンド。サイド・チェイン・フィルターはハイパス以外に、800Hzと3kHzのミッドブーストも付いているのが面白いですね。サイド・チェイン信号をブーストすることで自然にピークを抑えることができるんです。例えば3kHzを選択すると耳に痛いピークのある歌やギターで効果的に使えます。原音とのブレンドは近年の制作事情を考えると、必要な機能ですよね。トランジェントが保たれたサウンドが求められている今、パラレル・コンプレッションは非常に便利な手段ですから」
2254の使用例を挙げつつ、Successorの有効な使い方を教えてくれた。
「2254はロックなアレンジでストリングスの迫力を出すためによく使っています。レシオ3:1くらいでリダクション・メーターが振り切るくらいまでコンプレッションするんです。Successorでも試してみましたが、近い使い方ができます。リダクションしていくと音が丸くなりつつも、まろやかに倍音が付加されていくんです。またドラム・バスでは、深くかけたときのポンピングが最高ですね。ポンピングが強過ぎたら、サイド・チェイン・フィルターやブレンド機能を使うという手もあります。コーラスやピアノにも相性が良かったです。HA73EQ EliteとSuccessorに共通して感じたのが、懐古主義的なアウトボードではなく、しっかりと現代のワークフローに対応できるように作られているということ。ビンテージ・テイストとモダンなサウンドが両立できると思いますね」
ダイオード・ブリッジ方式のステレオ・バス・コンプレッサー
Successor
オープン・プライス(市場予想価格:189,000円前後)
ダイオード・ブリッジ方式の、ディスクリート・クラスA設計ステレオ・バス・コンプレッサー。入出力L/R(XLR)と、外部サイド・チェイン用のセンド&リターン(フォーン)をそれぞれ1系統搭載する。ゲイン・リダクション・メーターを装備。スレッショルドやレシオ、アタック/リリース・タイムといったコンプレッサーの一般的なパラメーター、5種類の特性を選択可能な内部サイド・チェイン・フィルターや原音とエフェクト音を混ぜるブレンドといった機能も備える。
SPECIFICATIONS
■最大入力レベル:+22dBu 以上 ■最大出力レベル:+25.5dBu 以上@600Ω ■セルフ・ノイズ:-75dBu 以下 ■全高調波ひずみ率:0.07% @20dBu ■周波数特性:15Hz~30kHz(± 0.5dB) ■入力インピーダンス:10kΩ ■出力インピーダンス:75Ω以下
ハイファイな音色でBluetooth 入力もこなす
モニター・コントローラーRAM System 2000
最後に試すのはモニター・コントローラーRAM System2000。同社アウトボードと同じくクラシカルなルックスをしているが、それに反してハイファイなサウンドだと氏は語る。
「非常にフラットな周波数特性で、ハイファイなサウンドという印象です。メイン・アウトだけではなく、ヘッドフォン・アウトも素晴らしい。価格以上の実力を感じます。3系統の入出力をはじめ2系統のヘッドフォン・アウトやサブウーファー、DIMスイッチも搭載されていて、プライベート・スタジオから小規模なレコーディング・スタジオに必要なものがすべて搭載されています」
メインのボリュームを扱う大きな赤ノブには、デジタル制御でアナログ抵抗を制御する64ステップのリレー・ラダー・アッテネーターを採用。「個人的にモニター・コントローラーを選ぶのにマストな仕様です」と氏は語る。
「2連の可変抵抗器で絞っていく方式のボリュームだと、ボリュームの位置によって音色やL/Rバランスが変わってくる場合があるんです。特に音量をかなり絞ったときに、L/Rの音量差が大きくなるものもあります。その点ラダー・アッテネーター方式は音質やL/Rの音量差が安定しているんです。ほかにもデジタル制御の優位性として挙げられるのは、アッテネートした値がdB単位でディスプレイに表示されること。動かした後に元の音量へ正確に戻せますし、常に同じボリュームでモニターできます。例えばマスタリングでリミッターを入れると音量が変化しますが、その音量差を正確にそろえるのに便利なんです」
サウンドが優れているだけではなく、利便性も高いモニター・コントローラーだと氏は重ねる。
「Bluetooth入力は気が利いた設計ですね。“ちょっとほかの楽曲を確認したい”といったときにすぐ再生できますから。それと出力をモノラルにできるのもよいですね。多くのレコーディング・エンジニアはスタジオに入ったときに、スピーカーのセッティングが左右間違えていないか、ツィーターが飛んでいないかなどを、L/R交互に鳴らして確認するんです。HERITAGE AUDIOは、現場の人間が何をやっているか、しっかりと知っているメーカーなんだと思いました」
ステレオ入出力×3とサブローを接続できるモニター・コントローラー
RAM System 2000
オープン・プライス(市場予想価格:100,000円前後)
モニター・コントローラーに求められるニーズを満たす、スタジオ・オーディオ・モニタリング・システム。メインのアナログ入出力(TRSフォーン)を各3系統設け、ヘッドフォン出力(ステレオ・フォーン)も2つ搭載する。そのほかサブウーファー用出力(TRSフォーン)や、プリフェーダー出力(TRSフォーン)、キュー/トークバック(TRSフォーン)出力も実装する。デジタル入力はS/P DIF(コアキシャル)とBluetoothに対応。大型コンソールに使われる、金メッキのリレー・ラダー・アッテネーター(64ステップ)が採用されている。
SPECIFICATIONS
■最大入力レベル:+27.5dBu 以上 ■デジタル入力:最大24ビット/96kHz ■ Bluetooth 入力:AAC、aptX、SBC ■ DIM:-20dB ■最大出力レベル:+27dBu 以上@600Ω ■ノイズ:-99dBu 以下 ■全高調波ひずみ率:0.001% 以下@1kHz
COMING SOON!
HA-609A
ダイオード・ブリッジ・コンプレッサーの名機を現代的に改良したステレオ・コンプレッサーが、まもなく日本で発売される。元となったモデルはICチップとクラスA/Bのアンプ・ステージが用いられていたが、HA-609Aではディスクリート・クラスAに。各チャンネルには3つのCARNHILL製トランスを実装。入出力にはXLR端子が用いられている。リミッターとコンプレッサーの2セクションで分けられており、リミッター部にはリミット・レベルとリリース・タイム・ノブ、アタック・ファスト・ボタンを用意。コンプ部にはスレッショルドとレシオ、リリース、ゲイン・メイクアップのノブ、アタック・ファスト・ボタンを配する。トゥルー・バイパスやステレオ・リンクといった機能が実装されている。
SPECIFICATIONS
■最大入力レベル:+22dBu 以上 ■最大入力レベル:+26.5dBu 以上@600Ω ■セルフ・ノイズ:-75dBu 以下(20Hz~20kHz、-80dBu) ■周波数特性:15Hz~30kHz ■全高調波ひずみ率:0.07% 以下@+20dBu ■入力インピーダンス:10kΩ ■出力インピーダンス:75Ω以下
製品情報
HERITAGE AUDIO HA73EQ Elite
オープン・プライス(市場予想価格:115,000円前後)
HERITAGE AUDIO Successor
オープン・プライス(市場予想価格:189,000円前後)
HERITAGE AUDIO RAM System 2000
オープン・プライス(市場予想価格:100,000円前後)