「HERITAGE AUDIO HA73EQ Elite」製品レビュー:CARNHILL製トランスを搭載したマイク・プリアンプ+3バンドEQ

HERITAGE AUDIOHA73EQ Elite
 HERITAGE AUDIOはスペインを拠点に構えるプロ・オーディオ・メーカー。NAMM Show 2019ではNEVE 1073をほうふつさせるデザインの19インチ・ラック型アウトボードやサミング・ミキサーなどを展示しており、注目していたメーカーだ。筆者も実際に同社のAPI 500互換プリアンプ、73JRを使っている。そんな同社から既発機のノウハウが惜しみ無くつぎ込まれたエントリー・モデル、HA73EQ Eliteが日本市場にお目見えすることになった。驚くべきはその価格。早速スタジオで使ってみよう。

NEVE 1073と同じ周波数ポイント
EQには厳選したパーツを使用

 手元に届いたHA73EQ Eliteのルックスは名機NEVE 1073そのもの。HERITAGE AUDIOのロゴが無ければ、本家と見間違えてしまうほどそっくりだ。

 フロント・パネルは左からDIインに始まり、ファンタム電源(48V)、PAD(-20dB)、マイク/ライン入力とインピーダンス切り替えのスイッチ群がスタンバイ。さらに右には本家おなじみのマルコーニ・タイプの入力ゲイン・アッテネーター(5dBステップ)がお目見えし、3バンドEQとハイパス・フィルターが並ぶ。その隣にはアウトプット・ゲインとEQのオン/オフ・スイッチ、フェイズ・スイッチが用意されている。

▲入力ゲインだけではなく、ハイパス・フィルターのつまみもマルコーニ・タイプ。EQの周波数帯域を決める銀のダイアルなど、ビンテージNEVEを意識した操作子があしらわれている ▲入力ゲインだけではなく、ハイパス・フィルターのつまみもマルコーニ・タイプ。EQの周波数帯域を決める銀のダイアルなど、ビンテージNEVEを意識した操作子があしらわれている

 EQの周波数ポイントは本家と同様だが、入力ゲインは-20dBではなく+30dBからスタートしている。マルコーニ・タイプのつまみは適度な重さがありながら滑らかに回転させることができて思わずニヤリ……。少し厳しめに評価するなら、数値の間に微量なクリック感が残っているのは惜しく感じた。

▲リア・パネル。左からDC電源入力端子、ライン・アウト(XLR)、ライン・イン(XLR)、マイク・イン(XLR)が並ぶ ▲リア・パネル。左からDC電源入力端子、ライン・アウト(XLR)、ライン・イン(XLR)、マイク・イン(XLR)が並ぶ

 リア・パネルも見ていこう。XLR端子のマイク・インとライン・イン、ライン・アウトをそれぞれ1系統装備。電源はノイズ対策として外部電源を採用している。

 HA73EQ Eliteはルックスだけではなく、内部のパーツもこだわっている。AMS NEVE 1073にも使われているCARNHILL製のトランスを採用。インプットにVTB9045、アウトプットにはVTB2513を内蔵している。ほかにもEQのカーブの精度を高めるために、誤差±5%内のWIMA製コンデンサーやビンテージ・タイプのポットコア・インダクターなどが使われている。この丁寧なデザインから、HERITAGE AUDIOのブランド・ポリシーがうかがえる。

くっきりした輪郭でスムーズなサウンド
粒立ちに優れた再現性で音を描写

 今回は実際のレコーディング現場でボーカルとアコギ、バイオリンでテストを行う。比較対象としてビンテージのNEVE 1073をチョイス。ビンテージ故の個体差とコンディションも考慮し、AMS NEVE 1073とも比較した。

 まずはボーカルから。ベテラン歌手である“バラードの帝王”にご協力いただいた。実音と倍音をとても忠実にとらえている。NEVE 1073と比較すると音像はやや小さく若干押し出し感にとぼしい一方、輪郭がくっきりとしていながら“ポツン”とした点定位にはならず、バランスが取りやすい。NEVE 1073だとやや張り出し気味の220Hz付近を若干カットしたくなるが、HA73EQ Eliteではそのような“モヤモヤ感”は無くスムーズ。このボーカリストの魅力である、のどを鳴らす独特の低域も奇麗に再現された。

 次にアコギで試してみると、バランスが取れた勢いのあるサウンドだ。NEVE 1073と比べると低域が安定しており、余計な響きを感じない。ボディが“ボワーン”と鳴ってしまうような場面でも、HA73EQ Eliteはそれらを奇麗に抑え込んでくれるのだ。ただ、弦を擦る音がわずかながら強調されてしまう気もした。

 バイオリンでは倍音が非常に豊かで、弓が弦を擦るさまを極めてリアルに描写する。NEVE 1073では良い意味でなじみの良いサウンドであったが、HA73EQ Eliteは輪郭がくっきりとして定位がしっかりと出る。

 これらのソースで試した際にEQも使用した。ハイシェルビングがNEVE 1073そのものでビックリ! あの徐々に効き始める感じと、ギター・アンプでいうプレゼンスのような音楽的な操作感が見事に再現されている。他方ミッドとローはしっかりと効くイメージで、本家より音色の変化が明確に感じられた。現代のデジタル・レコーディングにおけるレンジの広さを考慮したEQのボリューム・カーブに設計されているのでは……と想像する。

 次はオーバー・レベル時のひずみを比較してみる。AMS NEVE 1073やNEVE 1073では“ズズズ……”とパワー感につながるひずみ方をするが、HA73EQ Eliteでは同様の設定値にしても全くひずまず、かなりの余裕を感じる。さらにゲインを上げてひずませると“ビリビリ”とひずむ。パワー感ではない、いわゆるひずみのサウンドだ。

 筆者は現在まで数多くのNEVE 1073のコピー・モデルを試してきた。今までのコピー・モデルはクオリティを追求し過ぎるが故にオリジナルと近い価格になっているモデルもあったが、HA73EQ Eliteは“コスト・パフォーマンスを追求しながら必要な部分は絶対に手を抜かない”というHERITAGE AUDIOのポリシーを強く感じた。この価格帯なら10chほどを大きめのラックにマウントして、ドラムやストリングス用に持ち出すことも現実的だ。

 NEVE 1073やAMS NEVE 1073ほど中域の粘りやコシは無いものの、天井が高くハイエンドもスムーズに伸びている。そして高いSN比で、静かな背景の中に極めて細かく楽音を描き出す。立ち上がりのエネルギーに若干の力不足を感じないでもないが、その代わりに整然として粒立ちの良い再現性を有している。現代のレコーディング・シーンに十分対応できるポテンシャルを持ったサウンドだ。

 サウンド以外にも技術や機能、コストなど総合的な完成度が高く、HA73EQ Eliteは今後のトップ・モデルになり得る資質を持つような貴重なモデルであった。

サウンド&レコーディング・マガジン 2019年10月号より)

HERITAGE AUDIO
HA73EQ Elite
オープン・プライス(市場予想価格:115,000円前後)
▪入力インピーダンス:300Ω@LO、1,200Ω(マイク)@HI、10kΩ(ライン) ▪出力インピーダンス:75Ω以下 ▪THD:0.025%以下@1kHz ▪最大出力レベル:+26.5dBu以上 ▪最大ゲイン:80dB以上 ▪等価入力ノイズ:−125dBu以下 ▪出力段ノイズ:−100dBu以下 ▪周波数特性:20Hz〜20kHz@EQオフ ▪外形寸法:480(W)×45(H)180×(D)mm ▪重量:2.9kg