1973年生まれの伝説的セミモジュラー・シンセの名機、BUCHLA Music Easel。この楽器を専門に演奏する有名な奏者もおられるほど、このシンセサイザーの奏でる電子音楽は今も輝きを失うことなく人々を魅了し続けています。ここにご紹介するMusic Easel Commandは、当時と変わらないアナログ音源部やバナナ・プラグによるパッチングはそのままに現代の汎用規格(MIDI、USB、1V/Oct のCVなど)との連携を重視し、さらに入出力を充実させ、改良を加えて、2020年、デスクトップ・シンセ・モジュールとして独立。新製品としてリリースされたものです。
創造力が刺激されるサウンド。スプリングを再現したデジタル・リバーブ搭載
Music Easelのメイン・コントローラー部であるタッチ・センサー・キーボードから独立したMusic Easel Commandは、MIDIインターフェースを搭載しており、MIDI端子やUSBでコンピューターや外部機器と連携させ、高度で複雑なコントロールを容易にします。それはスピーディなアイディアの実現を可能にするでしょう。ピッチやタイミングといった、ノート演奏情報のみではなく、オシレーターなどの重要なパラメーターまでMIDI信号(CC)で制御できるので、DAWベースの作業環境に生きるクリエイターにとっても親和性が高く、本物のアナログ・シンセを手に入れる絶好のタイミングになるかもしれません。
今回、触ってみての正直な実感は、やはり音が良い。そして、音の質感が違う。なので創造力が刺激されます。そして、演奏性、視認性に優れていることにも気付きました。BUCHLAにインパイアされたユーロラック・モジュールに見られる数々の機能や手法のエッセンスが、本機において見事に結晶している印象を受けます。そのユニークなサウンドに今更ながらにインスパイアされ、時がたつのを忘れて夢中になってしまいました。DAWやシンセ経験がある方でモジュラー・シンセを始めてみようと思う方の初めの一台としても大いにお勧めできます。
心臓部を担う2基のメイン・オシレーターそれぞれの音は、ローパス・ゲート(gate 1/2)に内部結線されており、シーケンサー、ランダマイザー、エンベロープ・ジェネレーター、パルス・ジェネレーターを装備、ローパス・ゲートの各アウトはchannel A/Bのマスター・ボリュームを通り、最終段のリバーブへと送られています。過去のモデルではスプリング・リバーブが実装されていましたが、Music Easel Commandではデジタル・リバーブが採用され、その効果はスプリング・リバーブがよくシミュレートされているように思います。リバーブを上げたところから、音圧が減衰したように感じる辺りが、スプリング・リバーブの立ち上がりのようで、低ノイズなのでライブなどでは有用でしょう。スプリング・リバーブならではの“ガシーン”とスプリングをぶつけて鳴らす奏法はできませんね。
“演奏”を重視したCVアマウント・フェーダー。視認性と操作性に優れたパッチ・デザイン
特徴的だと思うのは、パネル上で黒のCV入力ジャックと矢印で結ばれたアマウント調整のフェーダーが、メインのオフセット・コントロール・フェーダーと同等に並び、鎮座していることです。ユーロラックでは、メイン・ノブの下に、小さくトリム調整ノブとして存在しているこのパラメーターが、メイン・パラメーターと同等に扱われているのが分かります。演奏すればその理由をすぐ納得できますが、それだけ音の表情を一変させる大切なパラメーターなのです。
パネル下部に配列している各CVインプットの黒ジャックとカラフルな青(SEQUENTIAL VOLTAGE)、白(RANDOM VOLTAGE)、黄色(PULSER)、紫(pressure)が便利な位置に配置されているのが分かります。つまり、カラー端子(CV出力)と黒の端子(CV入力)という入出力接続状況が一目で識別できます。
Music Easel付属のショーティング・バーという専用パッチ用コネクター・プラグはこの入出力のジャックの距離に合わせてデザインされています。ケーブルだらけになることがなく、演奏の邪魔にもならず、接続状況の視認性にも優れています。これはセミモジュラーの単体機としての優位性ですね。
ユーロラック・モジュラーでさまざまなメーカーの製品を組み合わせて使うことに有益性を感じていましたが、さまざまなファンクションが有機的、音楽的に作用し合うように一体型にデザインされたこのセミモジュラーだからこそ到達できる、Music Easelの表現領域があるように思います。
倍音を生み出すwaveshapeとtimbre。2つのオシレーターの掛け合わせが可能
心臓部COMPLEX OSCILLATOR(赤:以下C.O.)がメインのオシレーターです。ここで発振されるオーディオ信号のピッチや振幅に隣のMODULATION OSCILLATOR(緑:以下M.O)からモジュレーション(周期的変調)を加えます。
C.O.ではpitchを任意のCVソースによって制御。timbreはMusic Easelの音を決定付ける重要なパラメーターで、高周波を強調して音色に特色を加えます。AM/FMといったモジュレーションをかけるときでも、timbreの音色を決めるのも、2基のオシレーターそれぞれの“波形”選択が音を決定付ける大切な意味を持ちます。C.Oには、基本となるサイン波に別の波形をミックスするwaveshapeというパラメーターがあり、そのミックスされた波形とtimbreの値を変化させていくとき、“波形”やwaveshapeの設定次第で実に多彩な音色の変化を生みます。想像以上に豊かな倍音や低音を生み出す変化に耳も心も奪われてしまいます。C.O.のオーディオ・アウトは内部結線によりDUAL LO PASS GATEのgate 1へアサインされています。
C.O.の切っても切れない相方がM.O.です。その名の通りC.O.や外部入力にさまざまな変調をかけるために存在し、C.O.同等の可聴オーディオ周波数(high)とLFOの低い周波数レンジとを切り替えることが可能。オーディオはgate 2にアサインされています。3種の波形(ノコギリ波、矩形波、三角波)が選択できます。重要なのがモジュレーションのタイプのスイッチで、外部入力(プリアンプ)の入力に対してモジュレーション(振幅変調)をかける“bal ext”モード。次はC.O.のラウドネスや振幅に周期的な変化を生む“a.m. osc”モード。このモードはアンプ・モジュレーション(振幅変調)でリング・モジュレーターの効果やサイド・バンド周波数を生み出すことができます。そして、ピッチに周期的な変調をかけるフリケンシー・モジュレーションである”f.m. osc”モードもあります。
M.O.にはさらに“f.m. in”入力が備えられ、C.O.のダイレクト・アウトをパッチしたり、外部からさらにM.O.のピッチ/フリケンシーに対してモジュレーションをかけることをも可能にしています。C.O.にモジュレーションをかけるオシレーターにもモジュレーションをかけてさらに複雑で精妙なサウンド得ることができます。
このオシレーターの生み出す音色は、とても有機的で、存在感が単なる電子音から複雑で精妙な音の振動まで自由に行き来し、表現することができます。また変調された音がにじみ、耳に痛そうな音すらも、心地良い周波数の振動として、耳が疲れないアナログ・サウンドの魅力を存分に味わうことのできる楽器といえるでしょう。フェーダーの長さ、軽過ぎない程度のスムーズなタッチ、微妙な値の違いも表現でき、大胆に動かしたときに広いレンジをダイナミックに、リアルタイムに変化させることもできる、とても音楽的な演奏ができる楽器です。マシンによるエラーのような不快感とは違う、心地良さとして響くのはBUCHLAマジックでしょうか。
MIDIでさまざまなパラメーター変化が可能。ユーロラックとの互換性のある1V/Oct入力も
しかも、Music Easel Commandはデスクトップとなって、MIDI、USB、さらに1V/OctのCV入力、Gate入力も備え、DAW環境やユーロラック・モジュラーとの親和性が高いのです。
今、見てきただけでも非常に高いポテンシャルをシンセ本体に備えている上に、さらに外部キーボード入力を生かすことができ、C.O.とM.O.の各オシレーターのピッチをダイレクトに制御可能。例えば紫のpressureアウトにchannel pressureやCC14がアサインされているので、DAWなどからプログラムして制御することも可能です。ほかにもpitchbend depth、timbreのほか、pressure CVの変化量、拡張カードからのCV出力、キーボードやシーケンスのトリガー、ランダム・トリガーやエンベロープ・トリガー、pulserのトリガーまでもがMIDIでプログラムやコントロールできてしまいます。従来のBUCHLAはユーロラック・モジュラーと電圧レンジやプラグの形状の違いがネックで、何かとややこしかった外部からの制御が、MIDIを装備したことで簡単にアクセスできるようになったのはとても大きな可能性が開かれました。
Music Easel Commandは、まだモジュラーに手を出していなかった方々が最初に導入する一台としても最高かもしれませんね。モジュラー・シンセの真髄に触れ、鍵盤や譜面、打ち込みにとらわれない、自由だけど説得力のある音楽をできたら素敵です。しかも、いつものDAWから制御できてしまいます。どこまでも複雑な誰も聴いたことのないMusic Easelの音楽が創造可能となりました。伝説の音色が現代の制作環境に直結し、また、最新のライブ・ツールとしても、まさに理想的な一台として生まれ変わったと言えるでしょう。
HATAKEN
【Profile】1990年代よりシンセ奏者として活動。2013年から東京モジュラーフェスティバル(TFoM)をデイブ・スキッパーとともに開催。国内でのモジュラー・シンセの普及に努めている。
BUCHLA Easel Command
オープン・プライス
(市場予想価格:428,000円前後)
SPECIFICATIONS
▪外形寸法:458(W)×96(H)×185(D)mm ▪付属品:バナナ・ケーブル(オレンジ:254mm×3本、グリーン:508mm×2本)、Tini-Jaxケーブル(イエロー:457mm)、ショーティング・バー×4個(付属品はロットにより数量や内容が変更される場合あり)