
オーディオ信号は基本的に内部結線
CVの流れをパッチして音作りを行う
Don Buchla(ドン・ブクラ)は、この世にシンセサイザーを産み落とした人物として、アメリカではBob Moog(ボブ・モーグ)と同じくらいリスペクトされています。現在もBUCHLAは存続しておりますが、ほとんどオーダーメイドに近い高額なモジュラー・シンセの製造/販売がメイン。Music Easel(以下、ME)は同社のシンセ群の中では最も小規模かつ安価なモデルになりますが、もともとは1973年にリリースされたものです。今回の復刻版はアナログ部はほぼ同じで、MIDIを追加したり、多少の仕様変更が施されています。
オリジナルはZERO HALLIBURTON製のアタッシュ・ケースを流用したものに本体が入っていましたが、この復刻版はBUCHLAロゴをあしらった純正ケースを使っており、材質も黒いポリカーボネートが使用されています(写真①)。

そのせいか本体は割と軽いです(6kg)。上ブタを開けるとカラフルなスライダー群を中心に、ぎっしり詰まったモジュールとノブやスイッチの類が目に飛び込み、モジュラー・マニアたちはそれだけで垂ぜんでしょう。BUCHLA製品に共通するパネル表記のフォントがとてもオシャレです。
MEはいわゆる通常のシンセとは少々違う構成になっているので、ブロック図(図①)やパネル写真を見ながら読み進めると理解しやすいかもしれません。

まず、オシレーターは2つ。片方のCOMPLEX OSCILLATOR(以下、C.OSC)はさまざまな波形を作り出せるオシレーターです。もう一つのMODULATION OSCILLATOR(以下、M.OSC)は主に変調用に使いますが、オーディオ帯域でも使えます。どちらの信号もDUAL LOPASS GATE(以下、DLPG)という2チャンネル仕様のVCF/VCAが合体したようなモジュールを経由した後、ミキサー、リバーブ(本物のスプリングが内蔵されています!)を通過して出力されます。音源はこれら2つのオシレーターに加え、外部オーディオ入力も使用可能。ちなみに一般的なアナログ・シンセのVCAは、BUCHLAではGATE(ゲート)と呼びますので覚えておくと理解が進むと思います。
MOOGなどと同様、MEも電圧(CV)で各モジュールをコントロールします。モジュールはほかにもENVELOPE GENERATOR(EG)、PULSER(いわゆるクロック・パルス発生器)、SEQUENCER、RANDOM GENERATORなどが搭載されており、さらに各モジュール付近には色分けされたポートがあって、ケーブルでパッチングすることが可能です。一見モジュラー・シンセのように見えるMEですが、オーディオ信号は内部で接続されています。実際にパッチするのは基本的にCV信号だけなので、少し変わったセミモジュラー・シンセという感じですね。
ここでBUCHLAの特徴の一つであるパッチ・ケーブルについて紹介しましょう(写真②)。

MEのパネルにあるパッチ用のポートはいわゆるフォーンやミニ端子ではなく、“バナナ”と呼ばれるケーブルでつなぎます。バナナは昔から存在する形状で、BUCHLAは初期のシンセ時代から積極的に採用していました。バナナ・プラグには背中と横に穴が開いているので、そのどちらか、あるいは両方にほかのバナナ・プラグを挿して、信号を自由に分岐させることが可能になります。
MEのパッチングはCV信号の入出力だけに使いますが、そのルールもよく考えられています。まず各ポートは赤/青/白/黄/紫/黒の5色に分けられています。MEの場合、入力は黒だけ。ほかは後述するEG(赤)、SEQUENCER(青)、RANDOM VOLTAGE(白)、PULSER(黄)、pressure(紫)のCV信号が出力されるようになっています。なので、EGでDLPGを変調したいならばEGの赤ポートとDLPGのgate1の黒ポートをつなぎます。このとき通常のバナナ・ケーブルを使ってもいいのですが、付属のコの字型ショート・ピンを使うと見た目にスッキリします。このショート・ピンではスタック(分岐)も可能。例えばDLPGのgate2も同じEGでコントロールしたいなら、コの字の背中に別途ケーブルを挿し、gate2のCV入力に挿すだけ(写真③)。

これはパッチが複雑になってきた際にも信号の流れがつかみやすく、とても合理的な配慮だと感じます。
澄み切った音という印象のオシレーター
マルチに活躍するDLPGモジュール
ではもう少し突っ込んだ各モジュールの解説に入りましょう。まずはC.OSCの音を聴いてみます。何もパッチしなくても内部的にC.OSCはDLPGのgate1に接続されていますので、基本的にはDLPGの“level 1”スライダーを上げれば音が出せます。この“level”と書かれているのはマニュアルCVという意味です。その左隣は外部CV用のスライダー。なので、“level”を上げれば音は鳴りますが出っぱなしです。音を確認したところでその印象を書くと、BUCHLAらしく広い帯域にわたって澄み切ったサウンドだと感じました。C.OSCには3つの基本波形(ノコギリ/矩形/三角)があり、各波形の倍音構成を変化できるよう“timbre”というスライダーが設けられています。その左隣は外部CVコントロール用です。その変化幅は非常に幅広く、C.OSCだけでかなりの音色変化が行えます。
次にDLPGですが、前述したようにDUAL(2系統の)LOPASS(ローパス・フィルター)とGATE(VCA)が合体したモジュールです(写真④)。

そしてトグル・スイッチで、①ローパス・フィルターだけを経由して出力、②フィルター+ゲートを経由して出力、③ゲートだけ経由して出力という3モードを選べる仕様になっているのがキモ。この際、トグルのポジションによって下にあるスライダーの役割が変わるので、注意が必要です。例えばモード①を選択したときは“level”スライダーはカットオフとして機能することになるし、モード③ならアンプ音量になるのです。この辺りは習うより慣れろという感じで、すぐに違和感もなく使えるようになるでしょう。ちなみにフィルターは12dB/octで、レゾナンスはありません。
DLPGモジュールに入力される2系統の信号のうち、一つはC.OSC固定。もう一つはトグル・スイッチで3つの選択肢からセレクト可能です。その選択肢は①M.OSCの音、②外部入力、③C.OSCの音を分岐させたもので、この③がキモ。DLPGのgate1/2に同じ信号が流れるのではなく、位相を180度反転させて流すのです。そうするとDLPGの“level”スライダー(または隣の“modulation”スライダー)の位置次第で、ハイパス・フィルターとして使うことができます。これは便利! 2つのスライダーの微妙な位置関係により、単なるハイパスだけでなくバンドパスのような効果も出せるなど、多彩な変化を付けられるのがミソですね。
ここまで読んで、何だかやけにトグル・スイッチが鍵を握っているように思うかもしれませんが、それがMEの特徴でもあります。トグルの位置一つで信号のルーティングを瞬時に変化させることができるというわけです。音色を作って鍵盤で弾くという行為が水平的だとするなら、BUCHLAは瞬時に違うパフォーマンスに移れるという垂直な行為にも長けた設計になっているのです。こういう発想はMEだけでなく、BUCHLAのほかのシリーズにも共通しており、筆者が最初にそれを知ったときはシンセに対する世界観が随分と広がったよう感じたものです。ただし“何だよ、ROLAND TB-303系の音も出せないのかよ”と思う人がいても不思議はありませんが、少なくともMEは一台でどんなこともできる“無双のシンセ”ではありません。
M.OSCはMEの裏司令塔です。まず“modulation”スライダーを使うことで、C.OSCにかける変調度を変えることができます。ここにもトグル・スイッチがあり、AM/FMの選択に加え、外部入力を変調用オシレーターとして使うこともできます。そのかかり具合ですが、AM/FM共にすごく奇麗。これはBUCHLAシンセ全般の特徴でもあり、しっかりMEにも継承されているわけですね。
外部信号が入るPREAMPセクションも解説しておきましょう。aux in端子に入力された外部信号は、3段階のプリアンプ・ゲインで増幅され、その出力は内部的にENVELOPE DETECTORにルーティングされてenv outからCV出力されます。オーディオの音量を連続したCV信号に変化させるという点で、エンベロープ・フォロワーと同じですね。同時に、入力された外部信号は前述したDLPGのトグルで選択することで、DLPGのgate2を経由して出力されますから、オーディオ信号として耳で聴くことも可能。このとき、MEのマスター・アウトはサイド・パネルのフォーン端子から出力されますが、同時にトップ・パネルにあるOUTPUTSのL/R(ミニ端子)からも同内容の音が出力されます。ちなみに、まるで“接続してください”と言わんばかりに近くにaux in(ミニ端子)があるので、そのままOUTPUTSをここに入力すると……フィードバックしてとんでもないサウンドを奏でることが可能になります。なので外部信号としてほかの楽器や声を使わなくても、ME自身の音をソースとして使うことができるのです。
SEQUENCER+ARPEGGIATORで
独特なフレーズ作りも可能
ここからは駆け足でほかのセクションも紹介していきます。まずはBUCHLAシンセのトレードマークでもあるKEYBOARD(写真⑤)。

いわゆるピアノ・タイプのものではなく、鍵盤に見立てた銅板の上を指でなぞることで音階CVを出力しますが、指が銅板に接触する面積の差異をpressure CVとして別に出力することが可能な点も特徴の一つです。例えば、ドレミ……と弾きつつ、ミのところで指の接触面積を変えてフィルター・カットオフを変化させるというようなことが可能。ただし、静電容量を利用したシビアな方式なので人や環境により過敏反応する場合などがありますから、特にグラウンドが不安定な場所での使用時にはリスト・バンド(写真⑥)の使用が推奨されています。

このKEYBOARDはほかにもPORTAMENTOやARPEGGIATOR、PRESET VOLTAGE SOURCEを各種装備。これらの使い方がこれまたBUCHLA的。例えばARPEGGIATOR。ドミソと鍵盤上を押さえて繰り返す……なんてことは当たり前ですが、SEQUENCERでオシレーターをコントロールしつつ、瞬間的にARPEGGIATORからのCVを混ぜ込むことで連符や変拍子を加える、といった使い方も楽しいです。
そのSEQUENCERは、3/4/5ステップの切り替えが可能。キモはトリガー(シーケンスを走らせる基本クロック)をKEYBOARD/PULSER/offから選択できること。この切り替えもおなじみトグル・スイッチで瞬時に変更でき、換言すれば演奏者の指揮通りにテンポを扱うことができるというわけです。
EGはアタック、サステイン、ディケイが用意されており、入力トリガーはKEYBOARD以外にもPULSERとSEQUENCERの切り替えが可能。何度も繰り返していますが、ここもトグル・スイッチでいちいちパッチしなくても瞬時に切り替えできるのがMEの特徴です。
次はPULSERとRANDOM VOLTAGE(写真⑦)。

PULSERは先述したようにクロック・パルス発生器です。もちろん一定のクロックだけでなく、タイミングの変調が可能です。エンベロープでコントロールすれば、段々と遅くなったり、突然速くなったりと、トリッキーなクロック変化も可能。RANDOM VOLTAGEはKEYBOARD/PULSER/SEQUENCERからのトリガーを元にランダムな結果を出力するというもの。SEQUENCERの出力をC.OSCに送りつつこのRANDOM VOLTAGEにも入れ、その出力をM.OSCへ接続すれば2種類のシーケンスが実現できたりします。
ここまで紹介した機能は1973年に発表されたオリジナルとほぼ同じになりますが、復刻による大きな違いの一つはMIDIが追加されたことでしょう。外部MIDIによるノートとMIDIクロックの受信(11種類の分周が可能)が行えます。さらにMIDI pressureをBMEのpressureとしてCV変換することも可能になっています。
専用基板の抵抗ハンダ付けで
音色メモリーも可能
MEはいわばセミモジュラー型シンセの範ちゅうにありますが、面白いことに音色メモリーが可能です。方法は“よし、このパネルの状態を記録したい!”と決めたら、すべてのスイッチやスライダーの位置を自分で抵抗値に置き換え、しかるべきメモリー用ブランク基板(5枚付属/写真⑧)上のポイントに抵抗をハンダ付けするというものです。抵抗(もちろんハンダなどの工具含む)はユーザー自身で用意します。

“スライダーの目盛り8は150kΩ”というように特定のルールが設定されているし、半端な数値も合成抵抗値から算出できますので、頑張ってハンダ付けすればメモリー・ボードが出来上がります。当然、オームの法則程度の初歩的電気知識と最低限のハンダ付けスキルは必須ではありますが。こうして完成したメモリー・ボードをパフォーマンス中にザクリと差し替えれば瞬時に音色呼び出しが可能になるというわけ。ちなみに“ハンダ付けなんてゴメンだ!”という人には、APPLE iPadにWi-Fi経由で本機のメモリーを保存できるIProgram Cardというオプション(幾つか機能拡張も可能になるそう)も今後リリースされる予定とのことです。
MEは一般的なアナログ・シンセと考え方が少し異なるので、“フィルターはどこ?”というように最初は戸惑うかもしれません。でも全容がつかめるようになると、考え方自体は案外シンプルであることに気が付くでしょう。誰にでもお薦めできるシンセとは思いませんが、音楽のジャンルがたくさんあるように、シンセの使い方とその世界観を広げるという意味も込めて、ぜひとも多くの人に試してみてほしいシンセだと思いました。
(サウンド&レコーディング・マガジン 2015年2月号より)