みなさんこんにちは。 前回の記事でMIX師に興味を持ち、いろんな作品を聴いてみたという方がいらっしゃいましたらうれしい限りです。今回はMIX師に必要な機材やツールについてお伝えします。
歌い手が安心して依頼できる環境作りを
昨今、スマホひとつで誰でも音楽制作が容易にできる時代になり、“歌ってみたMIX”も歌い手自らで行える環境は整っています。それでもわざわざMIX師に依頼するのは、クオリティの向上を求めているからこそ。歌い手の期待に応えるために技術を習得することも重要ですが、道具をそろえることも同じくらい重要です。充実した制作環境は良いアピールポイントにもなります。
以下を参考にして制作環境を作ってみてください。
DAWソフト 〜“歌ってみたMIX”制作の中心
DAWソフトは、マルチトラックレコーダー/音源/シーケンサー/ミキサー/エフェクトなどが1つになった音楽制作ソフトで、“歌ってみたMIX”を作る上でも欠かせません。MIX師の中では、特にSTEINBERG Cubase、PRESONUS Studio One、APPLE Logic Proが人気です。もちろんプロ御用達のAVID Pro Toolsやその他のDAWソフトでもかまいません。
ちなみにGarageBand(Macに同梱されている無料DAWソフト)は、サンプリング周波数(オーディオファイルの形式)が44.1kHz固定であることや、ミキサーの自由度が低いことなどの理由で、歌ってみたMIX依頼を受けるという視点ではおすすめできません。
歌い手のセルフミックスであればGarageBandでも良いと思いますが、歌い手がMIX師に依頼するということは、それ相応のクオリティを求めているわけですから、先述したようなフルスペックのDAWを用意した方が安心してもらえるはずです。
オーディオインターフェース選びのポイント
オーディオインターフェースの音質は予算が許す限りこだわりたいところです。特に“歌ってみたMIX”の作業では、出力の音質、つまりDAコンバーター(デジタル信号をアナログ信号に変換する回路)が優れているモデルをオススメします。入力については使用頻度があまり高くないため、入力数は少ないモデルでも大丈夫です。
また、MIX師の中には、ビンテージのマイクプリやコンプレッサーなどのアウトボードを使う方もいらっしゃいます。将来的にこのような機材環境を視野に入れるのであれば、入出力数の多いハイグレードなモデルを用意しておくというのも一つの手です。
スピーカーやヘッドフォンの選び方
レコーディングやミックスにおいてモニター環境は非常に重要です。“歌ってみたMIX”もカラオケとボーカルを合わせるだけだから適当な環境で良いということではありません。カラオケの音質もさまざまなので音質調整を加えることも多々ありますし、YouTube用にマスターを書き出すためマスタリング的な作業も必要になります。モニタリング環境に関する考え方は一般的なレコーディングや音楽制作と同じです。
そのため「自分の好みの音が出るか」よりも「原音に忠実に再生できるか」がポイントになります。
スピーカーは、低域がきっちり再生される5インチ程度のウーハーを搭載したモデルがオススメです。しかし部屋のサイズに見合わない大きなスピーカーはオススメできません。ある程度音量を出さないと本来の再生能力が発揮されない可能性があるからです。
ヘッドフォンの場合、ミックスで使用するのであれば密閉型と開放型、どちらを選んでも構いません。開放型ヘッドフォンは音漏れはしますが、装着感が軽く、スピーカーから鳴っているような広い音像が特徴です。ちなみに私は、NEUMANN NDH 20という密閉型ヘッドフォンと、SENNHEISER HD 400 Proという開放型ヘッドフォンを使用しています。色付けの濃いオーディオ用ではなく、音楽制作用のものを選びましょう。
また、最近ではスマホで音楽を聴くユーザーも多いので、スマホチェックのワークフローを確立しておくことも重要です。私の場合は、制作した曲を書き出し(データ化)したファイルをクラウドサービスにアップロードしてスマホでチェックします。さらに便利な方法としては、Audiomovers Listentoというサービスを使うと、書き出しをせずにスマホでチェックすることができます。
ミックスはさまざまリスニング環境を想定しながら行うことが重要です。モニター環境をひとつに限定してしまうと、ほかの環境で聴いたときにミックスバランスが変わっていたということがよくあります。最低でもスピーカーとヘッドフォンでチェックするようにしましょう。
“歌ってみたMIX”の鍵を握るボーカル編集ソフト
"歌ってみたMIX”において、ボーカルのピッチとタイミングの編集は欠かせません。
Cubase Proのようにピッチ補正機能(VariAudio)とタイミング補正機能(Audio Warp)が付属するDAWソフトもありますが、DAWソフトによっては付属しなかったり、簡易的な機能に抑えられていたりするので、試して使いにくいようであればボーカル編集ソフトを別途用意することをオススメします。
MIX師の定番ボーカル編集ソフトは、ずばりCELEMONY Melodyneです。ANTARES Auto-TuneやWAVES Tuneなどのプラグインもありますが、“歌ってみたMIX”のニーズを1つで網羅できるのはMelodyneです。かなり高いシェアを誇っており、「Melodyneを使いこせるかどうかが"歌ってみたMIX”のクオリティを左右する」といっても過言ではありません。
Melodyneのグレードは入門版から順にEssential、Assistant、Editor、Studioがありますが、“歌ってみたMIX”を扱っていくのであれば、複数のトラックを同時に表示できる最上位のStudioを入手したいところです。メインボーカルとハモリのタイミングを合わせるなどの作業において圧倒的に高い作業効率を生み出します。予算上の問題で難しい場合は、最低でもピッチカーブ編集の自由度が高いAssistantは入手しておくべきでしょう。
ボーカルのノイズ除去ソフトも忘れずに
ノイズ除去ソフトも“歌ってみたMIX”では必須です。歌い手の環境はさまざまなので、ノイズの多いボーカルトラックが届くことも少なくないからです。MIX師の定番はIZOTOPE RXシリーズですが、私は残留ノイズ除去にWAVES X-NoiseやNS1、リップノイズの除去にIZOTOPE De-click(RXシリーズに含まれる)を使用しています。
そのほかのエフェクトについて
ミックス作業工程で必要になるエフェクトについては、DAW付属プラグインを使用して自分が必要とするツールが明確になってから徐々に入手していくのがよいと思います。ある程度の環境をそろえてしまいたいということであれば、WAVES GoldやIZOTOPE Elements Suiteなど、さまざまな種類のエフェクトがセットになっているバンドルから始めると良いでしょう。
いかがだったでしょうか。もちろん最初からすべてをそろえる必要は無いと思いますので、経験を積みながら整えていくと良いでしょう。これまで楽曲制作が中心でボーカル編集をしてこなかった人にとっては、MelodyneやRX9の入手がポイントになるかもしれません。
次回からは実際のツールの使い方や作業フローについて紹介します。お楽しみに!
第2回のまとめ
- MIX師の作業にはフルスペックのDAWソフトが必要
- オーディオインターフェースは出力の音質にこだわる
- モニター環境は複数用意して同じバランスになるようにミックスする
- CELEMONY MelodyneはMIX師の定番ボーカル編集ソフト
- ノイズ除去ソフトも用意する
- プラグインエフェクトはDAW付属を使いながら、自分に合ったプラグインを徐々に取り入れていく
小泉こいた。貴裕
【Profile】ミキシング・レコーディングを手がけるマルチクリエイター。一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会代表理事。NoGoD、小比類巻かほる、口笛世界チャンピオンYOKOの作品などを担当。TASCAMのマーケティング、音楽コラボアプリnanaのマーケティングユニットマネージャーを経て音響機器メーカーなどのマーケティングコンサルタントも行っている。2022年には歌ってみた文化の活性化を図るため、一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会を設立。自身のYouTubeチャンネルSWKミキシング講座とともに、若いクリエイターへのスキルアップや機会提供に奔走する。
SoundWorksK Website https://soundworksk.net/
一般社団法人日本歌ってみたMIX師協会 https://www.mix-shi.org/