ケーブルを意識せずに済み、音に深く没頭できる
ベルリンの電子音楽界でも常に最新のテクノロジーに敏感なアーティスト、リッチー・ホウティン。彼が開発に携わった音楽制作者向けのロスレスなワイアレス・ヘッドフォンTMA-2 Studio Wireless+が発売され、一部で話題となっている。発売したのはDJなどに人気のデンマークのオーディオ・メーカー、AIAIAIだ。独自に開発したW+Linkという通信技術によって、人間の耳では知覚できない超低レイテンシーを実現した。ホウティン本人に少し話を聞く機会があったので紹介しよう。
ヘッドフォンを共同開発することになったきっかけは、数年前のCLOSEというライブ・ツアーだったという。
「このライブでは、左右にテーブルがあって、アナログのモジュラー・システムとデジタルのDJ機器をその場の直感で素早く行き来して演奏するというスタイルでした。ころころ方向を変えるので、ヘッドフォンのケーブルに絡まりそうになったことが何度かあって。そのときに“もしワイアレスのヘッドフォンがあればもっと自由に動けるのに”と初めて思ったんです」
スタジオ・スペースが広く、ビンテージものやモジュラー・シンセの人気が高いベルリンだからこそ、このような需要が意識されたのかもしれない。
「電子音楽家でも、近年はアナログとデジタルのハイブリッドなセットアップを使用する人が増えています。スタジオの特定のパート間を移動しながら制作することもあるでしょう。特に複数のミュージシャンでジャム・セッションをする場合などは、ヘッドフォンの使用が重要になります。ライブ感のある演奏を録音したいときなどはとても重宝します」
これまではケーブルがあるのが当たり前で、不自由だと感じたことは少ないかもしれないが“ケーブルを意識しなくていい”というのは想像以上に解放感があると話す。
「プロのグレードの音をどこにでも持ち歩けて、日常のさまざまな場面をワイアレスで過ごせます。ケーブルに行動範囲を制限されず意識さえしなくていいと、本当に制作に集中し、音にずっと深く没頭できるようになるんです」
移動が多く、外出先でも選曲や制作をする昨今のミュージシャンやプロデューサーのライフ・スタイルの変化に対応しているとも言える。移動中のリスニングの際には、W+LinkからBluetooth通信に切り替えることも可能になっている。
「もし今後何か加えるとしたら、ノイズ・キャンセリング機能を追加したいですね。多くのアーティストは飛行機の中で過ごす時間も長いですから」
浅沼優子/Yuko Asanuma
【Profile】2009年よりベルリンを拠点に活動中の音楽ライター/翻訳家。近年はアーティストのブッキングやマネージメント、イベント企画なども行っている