Maxで作る自分専用パッチ - Patch50 〜音楽におけるサピア=ウォーフ仮説を考える

f:id:rittor_snrec:20220318130242j:plain

プレゼンテーション・モード

基礎的な機能ブロックをつなぎ合わせることで独自のソフトウェアを構築できるCYCLING '74 Max。現在ネット上では数え切れないほどのパッチがシェアされており、それらのプレーヤーとしても活用が可能だ。ここでは最先端のアーティストによるクールなパッチを紹介。ファイルをダウンロードして、新しい音楽の制作に役立ててほしい。

XOR回路が円環状に並ぶアルゴリズム

 DAWでなければできなかった作曲、初音ミクを使わなければ出てこなかった発想など、記述可能性は人の思考や創作方法に影響しうる。音楽の記述可能性は、音楽の形を逆説的に定義してしまっている。

 音楽において楽譜というものはかなり早い時代に発明されており、古くは古代ローマ時代にさかのぼる。西洋音楽というものは古くから楽譜の記述可能性というものの影響を受けてきた。テッド・チャン『あなたの人生の物語』は、要約すると“言語によって世界の見え方(アプローチの仕方)が変わってしまう”という話だったが、これはサピア=ウォーフの仮説と呼ばれるもので、“我々は言語によって物事を理解しているので、我々の認識する世界は言語によって変化する”という考え方に依拠している。言語の無い文明というのは想像しがたいが、例えばダンスを100%記述するであるとか、箸の持ち方というようなものが完ぺきに記述できるのかというと、そうでもない気もする。譜面というのは小説や説明書と同じく、楽譜に記述可能な情報のみで構成されている。

 今回は、譜面やDAWにおける記述方法とは異なる道具としてアルゴリズム作曲法を扱う。本パッチでは、まずlogicalフォルダをMaxのLibraryフォルダー内に移動する。それによりMax内で[and]や[or]などの論理演算子や、n進数を扱う[ternary]を使うことが可能だ。今回事例として紹介するのは三輪眞弘の「またりさま」のアルゴリズムである。これはXOR(排他的論理和)回路を円環状につなげて作られている。この作品の本質は、アルゴリズムで作られた楽曲を人間に演奏させるというところだが、そこは今回は置いておく。このパッチは「またりさま」のアルゴリズムを拡張する形で制作した。

 

▲パッチのアルゴリズムの元となったのが、作曲家/メディア・アーティストの三輪眞弘の作品「またりさま」。リンク先から作品概要が確認できる

 

 パッチ上段のstartを押すとサイン波での演奏が始まるが、基本的にDAWと連動してリズム・マシンのように使うことを想定しているので、DAWを開いて適当なドラム・セットでMIDIを受けられるように設定してほしい。パッチには基本的な作曲アルゴリズムをつかさどるMatarisama Algorithmとその上部にコントロール部があり、all logic changeではアルゴリズムにおける論理回路の種類とテンポを一括で変更できる。上部右側の10個のトグルではそれぞれの論理演算の初期値を設定可能。当たり前ではあるが、この仕組みでは、初期値が同じであれば出力される連鎖した真偽値は常に同じになる(10個の連鎖だと初期値は1,024通り)。logic回路内には最後の状態が常に残ってしまうので、新しく始める際にはinitで初期化する。

 論理演算の種類を変えることによって真偽値の出力パターンが変わるので、XORだけではなくそれぞれ異なる論理演算子を用いてもよい。テンポもms単位で個別に指定できる。右側のternary tempo A/B/Cは、x進数の計算によってテンポを動的に生成するセクションである。それぞれ進数を用いた演算で異なるリズムを生成しているが、興味があればパッチング・モードで確認してみてほしい。何進数を用いるかはXnalyの項目で設定できる。interval timeは各音ごとの次の音までの時間を表示するものだ。

f:id:rittor_snrec:20220318130633j:plain

パッチング・モード

線形時間的な記法と異なるアイディアが生まれる

 このパッチでは円環構造、条件分岐、動的テンポ生成を扱った。「またりさま」のアルゴリズムは、シンプルな構造で無限に続く情報生成ができるところにある(循環は起こりうる)。今回は基本的な論理演算を用いたアルゴリズムを元に、どのような拡張が可能かを示したが、[bpatcher]などを用いず書き換えやすいような作りにしたので、モジュール的に論理演算部分を増やす、接続の仕方を途中で変える、リズム生成のアルゴリズムを自作してみるなどの可能性もあり得るし、パッチから出力されるMIDIのタイミングをDAWで録音し、出力されたタイミングを元に作曲するということもできるだろう。

 Maxを用いるということは、五線譜への記述やDAWでの作曲、SuperColliderのような言語ベースでの作曲とは異なる発想を誘発しやすい。あらゆる記述法にもまた、サピア=ウォーフ仮説は成立するだろうか。端的に言えば、100個の振動子を作るというケースを考えたときに、Pythonならfor文で簡単にできるが、Maxで作ることは本当に考えたくない。クエバ・デ・ラス・マノス(9千年前のアルゼンチンの洞窟絵画)が人間の手の雌型となっているように、我々はツールと、そして何より自分自身の身体から逃れられない、ということを忘れてはならない。

 Maxはタイムライン管理が弱いという話がたまに言われるが、それは五線譜やDAW、テキスト・ベース言語が持つ、ニュートンの線形時間的な記法とは異なる時間の生成のアイディアがここにあるかもしれないということだ。うがった言い方をすれば、今回の提案は、アインシュタインの時間的な“伸び縮みする時間を記述する”というアプローチにも思えるが、逆に言えば、まだアインシュタインの段階(100年前)の時間について考えているの?となってしまう。音楽とは、常に受け手の脳内に時間を生成する行為である。常々時間の無い音楽について考えているが、いまだにアイディアが無い。

 

 

johnsmith

johnsmith

東京大学総合文化研究科広域科学専攻博士課程。同大学学術専門職員。東京藝術大学非常勤講師。“メディア・アートとは何を表現するかを表現すること”“メディア古学的な観点からのmedia as it could be”“猿の書いたシェイクスピアの余り”などのことをぼんやり考えて生きています。

製品情報

関連記事

www.snrec.jp

www.snrec.jp

www.snrec.jp

www.snrec.jp

www.snrec.jp