Maxで作る自分専用パッチ - Patch48 〜サウンド・インスタレーション作品のテスト用パッチ

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プレゼンテーション・モード

基礎的な機能ブロックをつなぎ合わせることで独自のソフトウェアを構築できるCYCLING '74 Max。現在ネット上では数え切れないほどのパッチがシェアされており、それらのプレーヤーとしても活用が可能だ。ここでは最先端のアーティストによるクールなパッチを紹介。ファイルをWebよりダウンロードして、新しい音楽の制作に役立ててほしい。

出力する音高の重み付けを行う

 初めまして。イトウユウヤと申します。普段は現代美術やメディア・アートの現場でテクニカル・ディレクター/スタッフとして仕事をしています。アートの現場でのテクニカル・ディレクターという仕事は、一言で表すと作品制作および展示における技術的課題を解決し、作家およびキュレーターの思いを実現する仕事です。筆者は“自分専用のMaxパッチ”を作ったことはあまり無く、仕事柄、作品の運用補助や作品のプロトタイプとしてパッチを制作することが多いです。そこで今回は、羽田空港第2ターミナルに展示中(2021年11月現在)のサウンド・インスタレーション、スズキユウリ×細井美裕による『Crowd Cloud』のテスト・パッチを紹介します。

 

 この作品は、日本語を構成する音を細井さんが発声/録音し、それを68個のホーンからランダムに出力することで、独自のサウンドスケープを作り出します。さまざまな高さと方向を持ったホーンのビジュアルはスズキユウリさんの設計です。細井さんはサウンド周りを担当し、時間によって出力する音声の傾向を調整して、多彩な音景を作り出そうとしていました。

 

 今回紹介するテスト・パッチは、作家から正式に制作を求められたものではありませんでした。ただ、このパッチがあることで表現内容の検討ができるかもしれないと、勝手に制作し、細井さんに託してみたというのが制作の経緯となります。

 

 パッチの内容は実にシンプルです。まずパッチを開くとイニシャライズ作業が始まります(パッチング・モード解除後画面左上)。ほかの言語でいうと、メイン・ループが動き出す前に行う作業。これは私の癖とも言えるパッチングです。Maxには[loadbang]や[loadmess]など、パッチを開いた際に自動で処理をするオブジェクトや、いろいろなプロパティを記録して呼び出せる[preset]オブジェクトがあり、これらはとても便利なのでよく活用しています。しかし、パッチ・ファイルを他人に渡すことが多い筆者は、ファイルやフォルダ構造など、パッチ周辺の環境を確認する必要があります。そのために“イニシャライズ”という工程を設けているのです。パッチ内で使用する値は、[pattr]と[pattrstorage]オブジェクトを使ってjson形式の外部ファイルとして保存しています。

 

 イニシャライズの内容は簡単なものです。時計を開始し、フォルダ/ファイル・パスの変数を設定([value]オブジェクト)、プリセットの準備やパッチのウィンドウ・サイズを調整して見た目を整えるなどを行っています。

 

 画面左中央には“Random”と“Result”という名前が付いた棒グラフ[multislider]があります。横軸の52~72は細井さんが発生する声の音高のノート・ナンバーです。例えば、60(C/ドの音)だけ棒グラフを高くしてほかの音を0にしてしまえば、出力される細井さんの声はすべてドの音となります。このように、出力される音高のランダム性に重みを付けることができるのです。Resultは、実際に出力された音高の数が結果として表示されます。

作家のクリエイティビティを強化/共有する

 サブパッチである[miyu_player]を見てみましょう。これはサブパッチを独立したファイルとして保存し、通常のオブジェクトと同じように使用できる機能を利用して、複製しています。動作としては、重みの付いたランダムなタイミングで“sound”フォルダに保存されたオーディオ・ファイル(実際の展示では7,000程度のファイル数)やポーズの時間などを設定し、再生するシンプルなものです。この70個ある[miyu_player]から出る音声がL/Rの2chから出力されます。オーディオ・インターフェースをつないで少し編集すれば、マルチチャンネルで音を出力することもできるはずです。

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パッチング・モードの一部。全体としては右下のサブパッチがさらに下へと続く

 細井さんには、このパッチで鑑賞体験のシミュレーションをしてもらいました。そしてテスト・パッチを元に、細井さんとプログラム担当の新美太基さんとで必要な音高数やランダムの重みなどを検討し、本番のプログラムを制作してもらっています。テスト・パッチ内の[miyu_player]は実際のプログラムでは使用されず、代わりに同様の振る舞いをする再生デバイスを堀尾寛太さんと斉田一樹さんに製作していただきました。

 

 このパッチで作家のクリエティビティを強化し、さらにはそのイメージをプロジェクト・チーム全体に共有することができればプロジェクト内に共通認識が生まれ、チームが強固になります。最初、自分専用のMaxパッチなど作ったことが無いと言いましたが、テクニカル・ディレクターとしてプロジェクトを豊かにしたいという思いに立ち戻ると、まさにこれは“自分専用のMaxパッチ”だったのかもしれません。

 

 最後になりましたが、この記事の執筆を快諾していただいたスズキユウリさんと細井美裕さんに心より感謝いたします。本当にありがとうございました。このテスト・パッチおよび本番のプログラムでは細井さんの音声ファイルを使用しましたが、今回提供するパッチにオリジナルの音声ファイルを含むわけにはいきません。そこで、Macのsayコマンドを使用して音声ファイルを生成するMaxパッチと、そこから出力した音声ファイルをおまけで付けています。よく考えたら、このMaxパッチが一番自分都合で作成したMaxパッチかもしれません。

 

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イトウユウヤ

山口情報芸術センター[YCAM]での勤務を経て、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]を中心に、メディア・アートや現代美術、演劇/パフォーマンスのテクニカル・スタッフとして活動。展示設計やディレクション、アーティストの制作補助、イベントのオペレーターや舞台監督など、活動内容は多岐にわたる。
写真:山口真由子

 

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