Maxで作る自分専用パッチ - Patch46 〜異なる周波数/周期のサイン波が生むドローン

Maxで作る自分専用パッチ - Patch46 〜異なる周波数/周期のサイン波が生むドローン

プレゼンテーション・モード

基礎的な機能ブロックをつなぎ合わせることで独自のソフトウェアを構築できるCYCLING '74 Max。現在ネット上では数え切れないほどのパッチがシェアされており、それらのプレーヤーとしても活用が可能だ。ここでは最先端のアーティストによるクールなパッチを紹介。ファイルをダウンロードして、新しい音楽の制作に役立ててほしい。

魅力的な波形同士の小さなうごめき

 今回紹介するのは大学時代に初めて作ったMaxパッチの2021年バージョンです。2つのサイン波の周波数や周期を微妙に変化させることで干渉やうなりを起こすテクニックを元に、LFOをスパイス的に用いながらカット&ペーストでたくさん並べることでアンビエント・ドローンを生み出します。1つの大きな流れを虫眼鏡でクローズ・アップしてみると、小さな動きのうごめきがあちこちで起きているよ、というようなイメージでしょうか。“簡単なテクニックでもオリジナルなサウンドや作品につながっていく”という良い例だと思い、取り上げました。当時はプログラミングも音響合成についても全く知識が無く、アナログ・シンセやモジュラー・シンセの存在すら知らなかったので、とにかく理解したことを使いこなして面白いものを作ろうと耳をすませながら手を動かした結果です。この原体験やアイディアが作品制作の根底に深く結びついていきました。

 

 今回のパッチの元となった実験ではSuperColliderを使っています。2つのサイン波の周波数が近付くにつれてうねりやビートが生まれ、やがてぴったりと重なるという波形の動きや音の変化が、なんだかとてもマジカルで魅了されて、飽きずにずっと波形を眺めていました。周波数に思いを馳せていると、“なぜ人の耳は2つなのか?”という素朴な疑問や、道教の陰陽思想など、どんどん空想が広がっていきます。

 

 大学時代にボランティアをしていたアート・スペースが、ジョン・ケージやフルクサス、フェリックス・ヘスやロルフ・ユリウス関連だったこと、2000年代前半に世界で同時多発的に起こっていた周波数関連の流れも、私が周波数にどっぷり浸かることになった背景としてあります。私の周辺だと、海外ではlowercase soundや.microsoundメーリング・リスト、キム・カスコーンの論文“Aesthetics of Failure”、日本ではThe SINE WAVE ORCHESTRAや中村としまるさんのノー・インプット・ミキシング・ボードなどがありました。ぺ・ランやジモウンのサウンド・アートなども、“小さなもの/音をたくさん並べる”という点でとても共鳴しています。

 

 2005年ごろまでは、同様のアイディアを元にSuperColliderでアレンジしたプログラムとフィールド・レコーディング音源のMD、ミキサー・フィードバックの高周波や非可聴領域音などを使ってパフォーマンスをしていました。そのころのパソコンではCPUが足らず途中でバグが出やすかったのですが、その音がカッコ良かったので、即興で演奏しながらわざとバグらせてMDに録音し曲にしていました。

 

 このときの初期体験以来、周波数への興味はコンピューターの外にも飛び出して、イルカの出す周波数世界に魅せられてフロリダのドルフィン・リサーチ・センターに行ったり、音叉のサウンド・ヒーリングをリサーチしたり(実験台になってくれる方を募集中です!)。ニューヨーク大学のインタラクティブ・テレコミュニケーション学部では、“いろいろな流れがあちこちで出会って、干渉し合い、またほかのどこかへと旅立っていく~世界を音でとらえたのがサウンド・スケープだとしたら、地球上や宇宙でのさまざまなうごめきを周波数としてとらえるのはシグナル・スケープなのではないか“というテーマで、修士論文を書いています。ちなみに修論の指導教員は、CYCLING '74のR.ルーク・デュボアで、修論の中では、Wi-FiシグナルのソニフィケーションとビジュアリゼーションにMax/MSP Jitterを使いました。

 

周波数差の設定に加えLFOでの揺らぎも足せる

 さて、パッチの具体的な説明です。サウンドのメイン部分は“twinsine”というパッチャーで、これを複数並べて混ぜ合わせることでサウンド全体を作っています。twinsineの中には、デフォルトでは周波数が10Hz違うサイン波が2つ入っていて、サイン波の周波数差はDifferenceで設定可能。さらに、LFO sizeで設定した周波数の幅で揺らぎを与えることもできます。RANDOM or SET FREQ下のランダム・ボタンか数値入力で基本の周波数を設定でき、現在設定されている周波数値はパッチャーの下に表示されます。ランダム・ボタンを使うと、非可聴領域の8Hzといった数値が出てくることもあるのでご注意を。

 

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パッチング・モード

 

 twinsineはそれぞれ音量調節が可能なので、1基だけでも、複数混ぜ合わせても、いろいろな使い方ができます。いつも気分を上げるためにお気に入りの画像を張るのですが、今回は私のMVを手掛けてくださっているkyndさんの画像を使いました。また、お守りがわりに、ニコラ・テスラの言葉もこっそり隠してあります。

 

 20年前に初めて作ったパッチなので、今ならもっとスマートにできる部分や発展させられる部分もあったのですが、そこも味かなと思い、あえてそのままにしてあります。また、当時はLFOといった単語や概念も知らなかったのですが、その部分は分かりやすく書き替えました。作ったときはプリセットを鍵盤のように演奏して遊んだりもしていたので、まずはプリセットを触って試してみてください。完成したパッチというよりはカスタマイズの種として、皆さんのインスピレーション源になったらうれしいです。

 

 

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sawako

サウンド・アーティスト。デジタルとオーガニックの間を漂いながら、12kやscholeなどからアルバムをリリース、スペインのSonarでプラネタリウムのためのオーディオ・ビジュアル作品を発表するなど、さまざまな時空間で活動を展開。慶應義塾大学環境情報学部卒、NYU ITPで修士号。現在フェリス女学院大学非常勤講師。

 

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