基礎的な機能ブロックをつなぎ合わせることで独自のソフトウェアを構築できるCYCLING '74 Max。現在ネット上では数え切れないほどのパッチがシェアされており、それらのプレーヤーとしても活用が可能だ。ここでは最先端のアーティストによるクールなパッチを紹介。ファイルをダウンロードして、新しい音楽の制作に役立ててほしい。
ブライアン・イーノの作品を参考に制作
私自身の最近の活動はサウンド・アート的な文脈でのパフォーマンスやインスタレーションが多いのですが、今回は音楽寄りのパッチを紹介したいと思います。“それぞれの音が、それぞれ固有の周期性で発音する”というコンセプトを実現するためのパッチで、ブライアン・イーノのような音作りから、ポリリズムによるパーカッシブなダンス作品のための音作りにまで応用しています。
ある舞台作品のサウンド・デザインを以前に手掛けました。その作品の原作『さようなら、ギャングたち』(高橋源一郎著/講談社)にこんなシーンがあります。“「幼児用墓地」は役所の裏にある。有名な建築家が有名な建築スタイルで設計し、内装は有名な画家が有名な「子供たちの七つの天国」の図案を基に担当し、有名な作曲家の悲歌(エレジー)がエンドレステープで流れているのだ”。この“エンドレステープ”をどう表現しようかと考えていたときに思い出したのが、ブライアン・イーノが『Music For Airports』で用いた作曲技法です。このアルバムの「2/1」において、イーノはテープを用いて異なるピッチの声をそれぞれ異なる周期で再生する手法を採りました。F/A♭/C/D♭/E♭/F/A♭というピッチが、それぞれ約27/21/20/33/16/19/18秒という周期でループしています。この方法を形にする上でMaxはうってつけでした。
私の作品「Elegy for graveyard」(https://soundcloud.com/user-572123217/elegy-for-graveyards)は、イーノのパスティーシュ(作風模倣)として制作し、C/D/E♭/F/G/B♭の音が、チェロの音色でそれぞれ19/20/21/22/23/26秒という周期でループします。音は一定のトーンを保ちつつも変化し続け、元の状態に戻るにはこれらの数字の最小公倍数である26,246,220秒=303日18時間37分がかかります。今回配布するパッチの中では、プリセットとしてイーノと私の曲が再現できるようにパラメーターをセットしておきました。
ランダムな変化からグルーブを見つけ出す
その後も、“すべての音が、それぞれ異なる周期性で鳴らされる”というコンセプトを、さまざまな音素材を用いて展開してきました。2016年にはダンサーとのコラボが始まり、再びこのパッチに手を加えます。それが「Piece with gaps for each other」という作品です(https://kohjisetoh.bandcamp.com/album/piece-with-gaps-for-each-other)。音作りの基本コンセプトは、“公演会場にある扉やパイプ、壁、家具などを、公演中にたたいて音を録音して用いる”こと、そしてそれらの音を“それぞれ異なる周期で再生し、ポリリズムで踊れるグルーブを持った音を作る”という2点でした。
「Elegy for graveyard」のようにアンビエント的なゆったりとした曲であれば気にしなくてもよいのですが、ダンス向けのグルーブを実現するためには、それぞれの音が1つのクロックに同期している必要があります。そのため、1つの[metro]オブジェクトから出されたbangを、すべての音が同期する対象として扱うようにします。そのため、1つのbangを[send]オブジェクトで飛ばし、すべての発音は[receive]オブジェクトで受け取ったbangによってトリガーされるようになっています。テンポ(パルスの間隔)は手動でも設定できますし、ミュージシャンとのコラボレーションも想定してABLETON Liveとも同期できるようにしました。Liveと同期させる場合は、LiveにMIDIノート・ナンバー127を出し続けるクリップを作り、Max側でそれを受信して使用してください。
パフォーマンス中に録音した16個の音は、その場でコンピューターに読み込んで波形編集ソフトAudacityでトリミングし、LiveのサンプラーDrum RackにC1(ノート・ナンバー36)から順番に入れます。Max側ではそれぞれの音に対応するMIDIノート(パッチ内ではpitchと表記)ごとに、発音周期とミュートを設定できるようにしました。例えば、基本のパルスがパッチにあるように150msだとし、周期(パッチ内ではintervalと表記)が3と設定されていると、150×3=450msに一度、割り当てられた音が再生されます。ズラッと縦に並んだ[toggle]で、それぞれの音をミュートできます。発音するタイミングは、サブパッチに入っている[counter]オブジェクトが、入ってきたbangをカウントし、指定された周期ごとにbangを出力。[makenote]オブジェクトをトリガーすることで、指定されたMIDIノート・ナンバーが周期的に出力されます。
パッチ右下にあるピンクと青のボタンは、パラメーターをランダムに変化させます。ピンクのボタンを押すと、音のリズム的構造はそのまま、pitchに割り当てられる音がランダムに変化。例えば、4つ打ちのようなリズム・パターンが出ているときにこのボタンを押すと、その4つ打ち的なリズムはそのままで、出音の音高が入れ替わるのです。青いボタンは、すべての[toggle]のオン/オフを入れ替えます。ボタンを連打するとグルーブがどんどん変化するので、程よいグルーブになったらボタンを押すのを止め、そこから個別の音をオン/オフすることで“演奏”しましょう。プリセットとしてGROOVE 1〜3を用意しましたので、自身で作った音やパーカッション系の音をロードして、いろいろとお試しいただければと思います。
瀬藤康嗣
慶應義塾大学卒業後、同大学大学院にてMaxとWebサーバーを通信させてインタラクティブに音楽を生成するサイトを制作する。近年は、植物や微生物の生体電位から音を生成するデバイス作り、パン作りのプロセスを音響化するイベントや『音を聴く茶会』を主宰。フェリス女学院大学音楽学部准教授を務める。
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